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第2章 ミシラス湖の特異個体

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 拝啓、故郷のお爺様。
 春うらら、ああ~とんでもなく春うららな今日この頃を如何様にお過ごしですか?
 私は元気です。ええ、それはそれは元気一杯に頑張っていますとも。
 いつかお爺様と約束した誓いを果たすべく、遠いこの地『ひまわり牧場』にて切磋琢磨の日々を送っております。
 さて、そんな私なんですが……ここ最近、悩みの種が一つ増えてしまったのです。
 聞いてくれませんかお爺様。
 その悩みの種とは、とある新人訓練生のことでしてーー
「お手紙ですか?」
 驚いた。私は筆を止め、サッと文面を掌で覆った。文章は『私に付き纏う迷惑な訓練生ウ』とはそこで止まっており、その後に続く『ボー』を書けず終い。
 繋げると、『私に付き纏う迷惑な訓練生ウボー』。にしてその文面を証明するかの如く、本日も彼女は姿を見せた。
「だからウボー、いきなり現れないでよ」
 言っても無駄だと分かっている私とは、悲しくもウボーのストーカー行為を半ば容認しつつあった。不本意ではある。
 ここはひまわり牧場の書庫。モンスターに纏わる文献が数多く揃うその書庫にて、私は隠れて手紙を認(したた)めている最中であった。
「すみません、驚かせるつもりはなかったのですが……つい」
 ウボーは反省混じりに答えて、ペロッと舌を出した。
 うん、反省する態度について今一度教育した方がよろしいかしら?
「それで、誰宛ですか? まさかとは思いますが……恋人さん?」
「そんなわけあるか」
 あとその「まさか」はやめろ。冗談でも傷つくから。
「ですか! ですよね! うふふふ」
 何で嬉しそうにしてるんですかねぇ……
「分かりました! では、故郷のご家族さんにとか?」
「あーはいはいそうですよその通りですよ」
 年頃の女である私とは毎日汗水垂らして泥臭い日々を送っていて、その鬱憤(うっぷん)を故郷のお爺様に同情を求めようとしていますが、それが何か?
「大体だよウボー。私が手紙を書く理由は大方貴女が原因なんだからね?」
「えっと、どうして私に関係が? ま、まさかとは思いますが……可愛い後輩が出来ましたとか、そんな感じですか!?」
 と、ウボーはワーキャーと一人騒ぎ始めていた。
「んなわけあるか」
 私は断言して、手紙を破り捨てた。何だか馬鹿らしくなったからである。
「ところで、何かよう?」
「いえいえ私個人には何も。強いて言えば、今日もまたアポロさんの活動の御共とは思いまして」
 助手ですし、ウボーはそうも言った。
 私自身助手を取ったつもりはないが、ウボーの中ではとっくに私の助手をしている気分であるらしい。
 ウボーがこのひまわり牧場に来て実に一カ月程が経過していた。その間にも、ウボーが私の助手らしいことをした機会なんて一度たりとしてなかった。
 故に今一度考え直して欲しい。助手という定義、その立ち振る舞い方とは何か?
 言って、ウボーがやっている事は悪戯に私の活動に茶々を挟んでいるに過ぎないのだから。
「貴女に何を言っても無駄だろうけどね」
「何か?」
「いや、こっちの話」
「変なアポロさん。でも、そんなアポロさんも私は好きですけど」
 その報告はいらん。



 結局、この日もまた助手(仮)ウボーと活躍することになった。
 いつにも増して張り切るウボーを見ては、今更とはそう思ったわけですね。
「さぁアポロさん、今日もメキメキお手伝い致しますので、何なりとお申し付け下さい!」
「……へいへい」
 昼前、例の雑木林へとやってきた。
 ただ言って、別にフルートの餌やりに来たわけではない。また別の理由があるとは、そうは言っておこう。
「ああ……フルートちゃんはいつ見ても可愛いですねぇ」
 雑木林の中からおずおずと這い出したフルートを見ては、ウボーは相変わらずフルートにぞっこんな様子を見せつける。またフルートの鼻先を抱きしめては、スリスリとほお擦りするのである。
 不思議なもんで、フルートがウボーを嫌がったりする事はなかった。現に今も、フルートの鼻先を抱き着くウボーを遠ざけたりはしていない。
 もしかしたら、あまりにも馬鹿そうに見えるから敵視する必要性を感じていない、とかですかね?
「まぁいいや」
 私はウボーを横目に、フルートの首筋を撫でた。回数にして3回、これには意味がある。
 その意味については次に見せたフルートの行動が物語る。フルートは態勢を低く落とすと、目線のみで私に合図を送ってきていた。
 私は頷いて一斉の背でフルートの背に飛び乗り、跨る。そのままフルートの首回りに手綱を括り付けて、準備完了。
「ア、アポロさん!? これは!?」
 ウボーが驚き声を上げた。
「見ての通りだよ」
 そうです。なんとこのフルート、人を乗せて空を飛ぶ事ができるのです。
 飛龍種なのだから当然では?
 と思われがちだが、実はそうもいかない。
 と言うのも、ドラゴンの獰猛は荒い。どれくらい荒いのかと言えば、見知らぬ生物が近寄ろうもんならたちまちその鋭い爪にて八つ裂きにされ、最悪一口にてパックンチョ。
 フルートは手懐けているのでそんな物騒な真似はしないが(それでもウボーに一切の敵意を向けないのは不思議)、これはフルートだからと言っても過言ではないだろう。
 一説によれば、飛龍種は非常にプライドの高いモンスターなのだという。そのプライドの高さ故か、群れることを嫌う。更に言えば、誰かの命令に従うなどごく稀の稀の稀のまたまた稀。つまり奇跡に近い。
 警戒心はモンスター随一、その獰猛さもまた恐ろしく。そんな飛龍種の背に跨り空を飛ぶテイマーは世界でも指折り数える程にしかいないと言われているのだが。
 そう、何を隠そうその一人が私です。腐っても上級テイマー、神話クラスのモンスター『白龍』を従えた人類初の女です。
「アポロさんはやはりすごひぃぃぃ!」
 声にならない声を上げるウボー。側から見れば気が狂ったようにしか見えないだろうけど、テイマーとして少しでも知識を齧った者なら当然と呼べる反応かもしれない。未だゴブリンとの距離を縮めれないウボーなら尚更に。
「ということでウボー。今日はここまで、私はちょっと用事があるから」
「えぇ、そんなぁ!?」
「だって仕方ないじゃん?」
 私はフルートの頭を撫でて、
「フルートに乗れるなら話は別だけど?」
 そう言いつつも、無理だろうと鼻で笑う。
 流石にフルートの背に跨っての遠出にはついてこれまいと、そうは考えていたのだ。
 のだが、
「乗ります!」
 目を輝かせて、ウボーはシュバッと挙手した。
 いや待て、そこは潔く引くところでしょ?
「正気?」
「もちろん!」
 いやさ、
「気持ちは分かるんだけだけど、気合いだけで乗れる程甘くないのよこれ?」
 因みに、私が始めてフルートに乗った時は振るい落とされ肋(あばら)の骨を骨折、完治二ヶ月程の痛手を負ったわけです。
「さすがにそこまでは容認しきれないから」
 諦めてーーと言おうとして。
「よいしょ、よいしょ」
 フルートによじ登るウボーを見た。
 て馬鹿、行動に移すの早過ぎだ!
「ウボー! 今すぐ降りて!」
 ヤバいことになったーー私はすぐ様フルートを宥めようとした。宥める必要があると、そうは思ったわけだ。
「えっと、フルート?」
「GU?」
 フルートが長い首を傾け、不思議そうな瞳をぶつけてきた。
 「何をそんなに慌てている?」、もしもフルートが口を聞けたのなら、多分そんな類いの台詞を吐いていたと思う。
「フ、フルート? あんた平気なの?」
「?」
「え、うそーん……」
 何ともないみたい。
 どうやら思い過ごしの取り越し苦労だったと。
「うひゃー、見てくださいアポロさん! 私、生まれて始めて飛龍の背に跨っちゃいましたよ!」
 いつの間にやら、私の腰に手を回したウボーがはしゃぎまくっていた。
「う、嘘だ……こんなの」
「アポロさん?」
「私は認めないぞーーーー!」
 かつての古傷がズキズキと痛み出した、そんな気がした。
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