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第五章 五十嵐大吾の憂鬱
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俺は今現在、自室のソファで一人ゴロゴロと寝転んでいる。定休日である火曜日の、昼にはまだ早い午前時。漫画もテレビも見飽きた。
以上、この俺五十嵐大吾の休日とはくそ暇だったのだ。
「あー、暇だ」
あてもなく、北鎌倉台商店街をぷらぷらと歩いてみる。相変わらず、この商店街は閑散としている。ちらほら人間のジジババやら人間に化けたあやかしの主婦はいるようだが、それでもいつもとなんら変わりない顔触ればかりだ。この商店街は、本当に何も変わらない。
そうして、「雨宿り定食」の店先を通り過ぎようとした時だった。
「あれ、大ちゃん?」
運が良かったのか悪かったのか、着物にエプロン姿という時代錯誤の女と鉢合わせてしまう。
時雨涼子──雨女一族の末裔で、この店を任されている若女将でもある。歳は俺よりも3つ上の、28歳。一応、幼馴染である。そして幼馴染の俺が言うのもなんだが、かなりの美人だ。
「珍しいわね。これからどこかに行くの?」
「いや、別に……玉藻の奴が騒がしく落ち着かないから、外に出ただけだ。ちょうど暇だったしな」
俺がそう言えば、涼子は口元に手を当てて「そう」と可笑しそうに笑った。
「な、なんだよ」
「いやね、大ちゃんは本当に玉藻さまと仲が良いんだなぁって、そう思って」
「はぁ? んなわけねぇだろ、邪魔で仕方がねぇっての」
「またそんなこと言って。玉藻さまみたいな優しい方、そういないわよ。なにより綺麗だし。どうやったらあの美貌を保てるのか、不思議なくらい」
「(そうか? 俺には、ただのガキにしか見えねえが)」
俺からすれば、涼子の方が全然色っぽくて綺麗だと思う。顔立ちも恐ろしいくらい整っていて、肌も雪みたいに白い。髪なんかもさらさらしていて、こいつが通ればなぜか知らんがいつもシャンプーの良い香りが漂うんだよな。あれ、マジで不思議だ。俺だって毎日シャンプーしてるのに、なんでだ? 龍之介も、男のくせに良い匂いがしてるいのに。なんでだ?
「俺が、臭いのか」
「ん、なに?」
「え!? あ、いや、なな、なんでもねーし! てか、俺は忙しいからもう行くわ! さて、ひさびさ渋谷にでも繰り出して暴れてくるかなー」
「ふふふっ、なに言ってるのよ大ちゃん。渋谷に行ったこともないくせに」
「はぁ!? いやいや、全然あるから! めっちゃ行ったことあるから! 若い頃は渋谷のドンってみんなに噂されてたんだからな!?」
「若い頃って、いつよ。少なくとも私の知る大ちゃんは、私と一緒に鎌倉へ遊びに行くのが限界だったけど?」
「なんだよそれ、はるか昔の話だろうが」
それこそ、まだ小学生の時くらいの頃だ。桐枝は忙しいからって、よく涼子が俺をいろんな場所へ連れていってくれた。
俺の両親は俺を産んだすぐにもどこかへ飛んでしまったとかで、顔すらも知らない。多分、屑親だったのだろう。桐枝も、そのことについてはあまり詳しく話したがらなかった。そんなわけで、昔の俺とはほぼ毎日この涼子とともに過ごしていたのだ。
懐かしいと、その変わらない店構えを眺めてはいつも思わされる。
「大ちゃん」
その呼び方も、昔となにも変わらない。涼子はどうしてか、いつまでたっても俺を子供扱いする。
今だってそうだ。俺の顔を見上げて、頭をぽんぽん撫でてくる。
「また、背ぇ伸びた?」
「伸びねぇよ。もう成長期終わってるし」
「そうね。この前まであんなに小さかったのに、不思議。昔は『涼ねぇ、涼ねぇ』って、付いて回ってきてたのにね」
「だから、何年前の話してんだよ。俺はもう大人、立派な成人だ。あの頃とは、違う」
「ふふ、そうかしらね。少し寂しい気もするけど、うん。大ちゃんも成長したって、そういうことよね」
笑っているはずなのに、悲しそうに見えるのは何故だろうか。昔から知っているからなのか。いや、違うな。
俺はたった一度だけ、涼子が泣いて悲しんでいる姿を見たことがある。あの時の涼子の泣き顔が脳裏に強く焼き付いているから、俺には涼子の悲しみを我が事のように察知できるのだ。
本当に、嫌になる。
「大ちゃん、お腹空いてるでしょ? どこかへ行くのはいいけど、とりあえずウチで食べて行ったら?」
今すぐにでも逃げ出したい気分。だけど、そんなことをすれば涼子が悲しむ気がして。
「……おう」
俺は大人しく、涼子の誘いを受けるしかなかった。
以上、この俺五十嵐大吾の休日とはくそ暇だったのだ。
「あー、暇だ」
あてもなく、北鎌倉台商店街をぷらぷらと歩いてみる。相変わらず、この商店街は閑散としている。ちらほら人間のジジババやら人間に化けたあやかしの主婦はいるようだが、それでもいつもとなんら変わりない顔触ればかりだ。この商店街は、本当に何も変わらない。
そうして、「雨宿り定食」の店先を通り過ぎようとした時だった。
「あれ、大ちゃん?」
運が良かったのか悪かったのか、着物にエプロン姿という時代錯誤の女と鉢合わせてしまう。
時雨涼子──雨女一族の末裔で、この店を任されている若女将でもある。歳は俺よりも3つ上の、28歳。一応、幼馴染である。そして幼馴染の俺が言うのもなんだが、かなりの美人だ。
「珍しいわね。これからどこかに行くの?」
「いや、別に……玉藻の奴が騒がしく落ち着かないから、外に出ただけだ。ちょうど暇だったしな」
俺がそう言えば、涼子は口元に手を当てて「そう」と可笑しそうに笑った。
「な、なんだよ」
「いやね、大ちゃんは本当に玉藻さまと仲が良いんだなぁって、そう思って」
「はぁ? んなわけねぇだろ、邪魔で仕方がねぇっての」
「またそんなこと言って。玉藻さまみたいな優しい方、そういないわよ。なにより綺麗だし。どうやったらあの美貌を保てるのか、不思議なくらい」
「(そうか? 俺には、ただのガキにしか見えねえが)」
俺からすれば、涼子の方が全然色っぽくて綺麗だと思う。顔立ちも恐ろしいくらい整っていて、肌も雪みたいに白い。髪なんかもさらさらしていて、こいつが通ればなぜか知らんがいつもシャンプーの良い香りが漂うんだよな。あれ、マジで不思議だ。俺だって毎日シャンプーしてるのに、なんでだ? 龍之介も、男のくせに良い匂いがしてるいのに。なんでだ?
「俺が、臭いのか」
「ん、なに?」
「え!? あ、いや、なな、なんでもねーし! てか、俺は忙しいからもう行くわ! さて、ひさびさ渋谷にでも繰り出して暴れてくるかなー」
「ふふふっ、なに言ってるのよ大ちゃん。渋谷に行ったこともないくせに」
「はぁ!? いやいや、全然あるから! めっちゃ行ったことあるから! 若い頃は渋谷のドンってみんなに噂されてたんだからな!?」
「若い頃って、いつよ。少なくとも私の知る大ちゃんは、私と一緒に鎌倉へ遊びに行くのが限界だったけど?」
「なんだよそれ、はるか昔の話だろうが」
それこそ、まだ小学生の時くらいの頃だ。桐枝は忙しいからって、よく涼子が俺をいろんな場所へ連れていってくれた。
俺の両親は俺を産んだすぐにもどこかへ飛んでしまったとかで、顔すらも知らない。多分、屑親だったのだろう。桐枝も、そのことについてはあまり詳しく話したがらなかった。そんなわけで、昔の俺とはほぼ毎日この涼子とともに過ごしていたのだ。
懐かしいと、その変わらない店構えを眺めてはいつも思わされる。
「大ちゃん」
その呼び方も、昔となにも変わらない。涼子はどうしてか、いつまでたっても俺を子供扱いする。
今だってそうだ。俺の顔を見上げて、頭をぽんぽん撫でてくる。
「また、背ぇ伸びた?」
「伸びねぇよ。もう成長期終わってるし」
「そうね。この前まであんなに小さかったのに、不思議。昔は『涼ねぇ、涼ねぇ』って、付いて回ってきてたのにね」
「だから、何年前の話してんだよ。俺はもう大人、立派な成人だ。あの頃とは、違う」
「ふふ、そうかしらね。少し寂しい気もするけど、うん。大ちゃんも成長したって、そういうことよね」
笑っているはずなのに、悲しそうに見えるのは何故だろうか。昔から知っているからなのか。いや、違うな。
俺はたった一度だけ、涼子が泣いて悲しんでいる姿を見たことがある。あの時の涼子の泣き顔が脳裏に強く焼き付いているから、俺には涼子の悲しみを我が事のように察知できるのだ。
本当に、嫌になる。
「大ちゃん、お腹空いてるでしょ? どこかへ行くのはいいけど、とりあえずウチで食べて行ったら?」
今すぐにでも逃げ出したい気分。だけど、そんなことをすれば涼子が悲しむ気がして。
「……おう」
俺は大人しく、涼子の誘いを受けるしかなかった。
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