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第二章 かっぱの頭

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「あーあ、なんでこうなるんだか」

 店を飛び出したあとにも、途端に罪悪感が押し寄せてくる。

 でも、間違ったことは言っちゃいない……よな?

 この俺、五十嵐大吾の言い分としてはこうだ──龍之介は、こんな場所にいなくたってどこでだって活躍できる。そのくらい、龍之介は確かにカリスマだった。ここ数日、奴のカットがどんなもんかと様子を伺って、その上で実感したのだ。

あいつは、マジでうまい。「流行」だなんだとそのへんのことはよく知らない俺ですら、龍之介のカットであやかしどもが喜んでいるのが分かってしまう。なにより、みんなよく似合っていた。

「美容室に来て生まれ変わった」とは、まさにあのようなカットのことを言うのだろう。龍之介なら、ここじゃなくたって東京の大都会でも戦えるんじゃないのかって……違うのか?

 わざわざ、こんな辺鄙な場所であやかしどもの髪を切る理由など、ないと思うが──

「おい、まて大吾っ!」

 俺に対する怒声とともに、腰に痛みが走った。どうやら足蹴りされたらしい。痛みといっても、たいしたことはないが。

 振り返ると、そこには眉間にシワを寄せる湖太郎がいた。

「いきなりなにすんだ、コラ」

「大吾! お前、また蘭子をいじめたな!?」

「はぁ? んなわけねーだろ」

「嘘つくな! 俺、さっき聞いたんだからな! 蘭子が叫んでるの、聞いたんだからな! ボケ! あほ! なんでいっつも蘭子をいじめるんだよ!」

 そう叫んで、湖太郎は大して腕力もないくせにポカポカと俺へ殴りかかってくる。

 なぜこうも湖太郎がキレているのか──なんて、今更だ。湖太郎は、どうやら蘭子のことが好きらしい。また、幼いながらも男として蘭子のことを守ろうとしているのだろう。

「ばか! あほぉ!」

 どこで覚えてきたか分からない暴言を吐きながら殴ってくるが、そのうち俺に全く歯が立ってないことを悟ったのか、途端に泣き出してしまった。この流れもお約束。口や態度では強ぶっているくせに、湖太郎は泣き虫だ。

 やれやれ、ガキの世話には本当に手が焼く。

「おい、悪かったよ。泣くな湖太郎。ほら、ゲームでもやろうぜ」

 俺は泣きじゃくる湖太郎の体をひょいっと掲げ「河童お寿司」の裏口へと回った。そして広々とした家の中を進めば、小学生である湖太郎には些か広過ぎる湖太郎の自室とはある。勉強机にはたくさんのオモチャや、最近の流行りなのだろうカードゲームの束がずらっと置かれている。また、部屋の中央にある大きな液晶テレビの前には最新のゲーム機類が揃っていた。まるで子供の夢全てを実現させたかのような、そんな空間。

 だが、湖太郎に必要なものはこんなものじゃないと俺はそう思っている。湖太郎には、兄弟がいない。親も仕事が忙しくて、あまり構ってはくれない。その為に用意された夢の子供部屋なのだろうが、それで湖太郎の孤独が満たされるとも思えない。

 だからこその、蘭子だったのだろう。

 蘭子は、湖太郎の姉がわりとなっていつも面倒を見てくれる。湖太郎はこんな性格だから、学校でも仲間外れにされているらしい。そんな湖太郎を思って、蘭子は時間があれば湖太郎の遊び相手になってあげている。好きにならない理由がない。

 昔の俺を、見ているような気分だった。

「おい湖太郎。お前、そろそろ髪切った方がいいんじゃねーか?」

 俺は通例に従い対戦ゲームで負けてやがりながら、湖太郎にそんなことを尋ねた。すると湖太郎は、泣いてゆるゆるとなった鼻をすすりながら、

「だから、髪を伸ばすんだって言ってるだろ。俺、切りたくない」

「でもお前、頭変になってるぞ。伸ばすにしたって、少し切れよ」

「う、うるさい! だまれだまれっ!」

 やはり、湖太郎は切りたがらない。その理由について、俺はなんとなく察していた。

 というのも以前、湖太郎はこんなことを言っていた。

『なぁ大吾、どうやったらエグダイルの八咫ってやつみたいな髪になれるのかなぁ』

 八咫とは、今巷で話題のダンスボーカルユニット「エグダイル」のメインボーカル「八咫 狂四郎」のことだ。蘭子が今一番推している有名人らしいと、そんな話を湖太郎から聞かされた。つまり湖太郎は、その八咫ってやつの「バーバースタイル」っていうよく分からない髪型となって、蘭子の気を引きたいらしい。

 だが湖太郎の髪はいつも俺が短くスポーツ刈りにしていたから、二、三ヶ月経った今でもまだ長さが足りない。むしろ伸び切った今とは不恰好にモコモコと膨れ上がり、それこそマジで河童みたいだ。なにより湖太郎の頭頂部には皿のようなものがあり、若干出っ張っている。それが目立たないよう、これまでスポーツ刈りにしてきたのだが──

『湖太郎、あの河童みたいな頭のせいで余計にいじめられてるみたいなの。ねぇ大吾、どうにかならない?』

 それは先日蘭子から相談されたこと。全く、罪な女だ。自分がそうさせているなんて思ってもいないのだろう。

 それに、

「湖太郎、明日だからな」

「……」

「髪、切るぞ」

「やだ」

「そんなこと言ったって、仕方ねえだろうが。お前の父ちゃんに頼まれちまったんだから」

 こればっかりはどうしようもならない理由として──なんでも、湖太郎の通っているスイミングスクールでシラミが発生しているらしい。シラミは頭に寄生する厄介な虫で、一匹でも頭に湧いてしまえばあっという間に拡がってしまう。俺もガキの頃に湧いたことがあるから、そのつらさはよく知っている。頭皮がチクチクと痛んで、とにかく痒いんだ。そして頭の皿が命の河童一族とは、特に気をつけなくてはならない問題。別に短くしたからといってどうにかなることでもないが、長いよりはマシなことに変わりはない。

 以上の理由から、土曜日朝一の予約だ。湖太郎の髪を切ることは既に決まっている。

 だが、それでも湖太郎は認めちゃくれないのだろう。

「帰れ! 俺は、絶対に切らない!」

 半狂乱となった湖太郎から逃げる形で、俺はその場を後にする。

 全く、嫌な気分だ。なんでこんな損な役割に回らなきゃいけないんだって、時たま無性に虚しくなる時がある。それがあやかしと付き合うことを選んだ俺の道ならば、それもまた仕方ないことだと分かっているが……

「(龍之介なら、どうカットするんだろうな)」

 頭の中で、なぜか龍之介のこと考えている俺がいた。あいつのカットを真似できたら、湖太郎を納得させてやれるのかなって──

「はぁ、アホくさ」
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