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プロローグ
しおりを挟む北鎌倉には、あやかしの髪を切る美容室がある──そんな冗談みたいな話を聞かされて、果たしてどれだけの人が信じてくれるだろうか。
だってそうでしょ。二一世紀の、それも令和という新年号に移った時代にあやかしなんているわけがない。そもそもの話、あやかしに髪の概念なんてあるのかな?
少なくとも、数ヶ月前までの僕はそう思っていた。
「龍之介。新年一発目のお客さまは『牛鬼』なんて呼ばれている鬼の末裔だ。人間に化けちゃいるが、一度怒り出すと手がつけらねぇからな。怒髪天を衝くなって、一応は忠告しといたぜ」
そう言ってくるのは、赤いツナギ姿のヤンキー風美容師「五十嵐大吾」だ。最初こそトンチンカンに聞こえた彼のあやかし事情も、今ではすんなりと受け入れることができていた。
「ちなみに大吾、怒り出したらどうなるの?」
「成り行き次第だな。最悪、ここが潰れるなんてことを考えられなくねぇ。でもまあ、大丈夫だろ? なんたって、お前はカリスマ美容師『桐生龍之介』なんだからよ」
皮肉っぽく言ってくる大吾には、僕はどんよりとした重たいため息で返した。
そして、
「では龍ちゃんに大吾、新年初の開店じゃ! 本日もがっぽり稼ぐのじゃぞ!」
きつね色の髪をした玉ちゃんこと「玉藻」のはつらつとした声が、店内に嬉々として響き渡った。
時計の針は午前十時を指す──美容室「神結い」の扉は開け放たれ、チリンと耳心地の良い鈴の音が鳴った。その扉向こう。
「……髪を切りに、参った」
新年初来店のお客さま「牛鬼」というあやかしを迎え入れる。
「いらっしゃいませ」「らせー」「らっしゃっせなのじゃ!」
そんな噛み合わない掛け声とともに、また僕らの一年が始まった。
あやかしにだって髪の悩みがある。そんな悩みを解決するのが僕ら美容師のお仕事。
これは、僕らとあやかしの髪に纏わるちょっと不思議な日常物語。
ただ、もちろん初めからこうだったわけじゃない。妖力の篭ったハサミ「神切鋏」を渡されて、僕こと「桐生龍之介」の人生は大きく変わってしまったのだ。
だからそうだな、まずは僕がこの美容室「神結い」で働くこととなった、そんなキッカケから語ろうと思う。
あれはそう、数ヶ月前のことだった──
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