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第三章 闇を暴く系YouTuber・シャイン
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しおりを挟む一度きりの人生。なにか、人の記憶に残るようなデカいことを成し遂げたい──
そう思い始めたのはいつ頃からだろうか。少なくとも、高校生の頃のシャインとは「将来はビッグになりたい」とまわりに吹聴し回っていたし、「自分は特別な人間だ」という根拠のない自信も人一倍強かった。
だが、夢や目標があったわけではない。
高校卒業後、シャインはとりあえず地元の自動車工場へ就職。二十四時間体制で稼働する工場へ行ったり来たりする日々を、かれこれ一年ほど続けた──が、シャインの飢えた野心は満たされる日は一向に訪れなかった。
結局、シャインは自動車工場を退社。なにか打ち込めるものが見つけたいと、さまざまなことへ挑戦してみることに。そんな奮闘の日々に、転職は数知れず。バイトを含めれば、履歴書には到底収まり切らない。ただどうだろうか、心の履歴書はずっと空白のままだった。
こんなことをするために、俺は生まれてきたわけじゃない。
なにか、自分にしかできない特別なことがしたい。出世したい。大金持ちになりたい。ビックになりたい。誰よりも目立ちたい。俺らしく生きたい。
『好きなことで、生きていく──』
そのキャッチコピーを始めて見た時の衝撃を、シャインは今でも鮮烈に覚えている。
そのキャッチコピーは、ユーチューバーたちの生き方そのものを表したものだ。彼らは自分の得意なことや好きなことを動画に収めて公開し、そこで得られた収益だけで生きている。それこそトップユーチューバーにもなれば、月収数百万、年収数億も稼ぐ者もいるくらいだ。
シャインは「これだ!」と、すぐにもユーチューブチャンネルを開設。やっと俺のやりたいことが見つかったんだと、意気揚々とスマホで動画を撮り始めた──
『はいどうもこんにちわ、シャインです。えー、今回なんですけども~、』
スマホを片手に、これまでにない新しいことにチャレンジ。一握りの者だけが辿り着けるユーチューブ界の頂き、新天地(フロンティア)へ歩み始めた──
※ ※ ※
「ま、結果はお察しっす。普通に考えて、今のユーチューブ界で稼ぐって、並大抵のことじゃないんすよ」
マクドナルド薬院駅前店にて、シャインは悟り切った口調で打ち合わせに訪れた綾野へと語り続けた。
「そもそも、パイがもう決まってるんす。どのジャンルにしても、穴は全て埋まっているのが今の現状です。さらに今じゃあ、芸能人やらがユーチューブに参入してきてますから、まさに飽和状態。ほんと勘弁して欲しいんすよ、ああいうの」
続けてシャインは、「不祥事でテレビ界から干された芸能人は、みんなユーチューブにシフトしてますよ」とも明かす。それこそ知名度のある芸能人たちは、活躍の場さえあればどうとでも潰しが効く職業である。視聴率がとれるのであれば、わざわざテレビに固執する理由もない。なおかつ収益もそれなりにあるのならば、テレビ界の面倒なしがらみに縛られるのがバカみたいな話だ。
とは言え、シャインたち素人からすれば、芸も知名度も秀でた彼らのユーチューブ参入は迷惑極まりないわけで──
「俺らのような底辺ユーチューバーからすれば、奴らはみんな敵っすよ」
「底辺? シャインさんは、ユーチューブでもう既に成功してるんですよね? だったら、底辺じゃないと思うんですけど」
「いーや、まだまだ底辺っす。動画が幾つかバズった程度ですから。登録者数の五万人だって、実際問題減り続けてますし。面白い動画をコンスタントにあげられるようにならないと、そのうち忘れ去られるのが現実っす」
先日の強気なシャインとは対照的な、本日の彼は実に憂鬱そうだ。
「ほんと、いろいろやりましたよ。商品レビューをやりました。激辛料理を食べました。釣りをやりました。心霊スポットへ行きました。他にもいろいろと、数え出したらキリがないくらいに。でも、ダメなんすよ。いまさら他の誰かがやってることを真似したところで、視聴率なんて稼げない」
「だから、その……闇を暴く系のジャンルに?」
「ええ。ただ闇を暴く系も、実を言うとやり尽くされたジャンルなんです。しかもあれ、ほぼやらせですし」
「え、そうなんですか?」
「もちろんすよ。あんなもんガチでやってたら、反社の人たちも黙ってないっす。99%やらせです」
「じゃあ、シャインさんのあの動画も」
「いえ、俺のはガチです。俺は残りの1%、社会のリアルを動画に収めたんです。だから、バズったんすよ。リアル感とでも言うんすかね? 他の闇暴く系にはない緊張感が、俺の動画にはある」
綾野にはその違いが分からない。だが実際に、シャインは視聴率を稼いでるわけで。だったら視聴者には伝わったのだろうか、シャインの本気度が。
「俺、ずっと考えてたんすよ。『なんで生まれてきたんだろう』って、『自分になにができるんだろう』って。俺はここにいるぞって、世界に知らしめたかったんです。そのためになら、なんでもしようかなって」
その「なんしよう」という言葉は、なにも虚勢などではなかった。
「そういう意味では、俺も『なんでも屋』なのかもしれませんね」
「なにが、シャインさんをそこまで駆り立てるんですか?」
綾野の率直な質問に、シャインは言葉を詰まらせる。
言われてみれば、なんで俺の心はこんなにも飢えているのだろうか──
普通に生きようかと思ったこともある。それこそ何度も、こんなにも面倒くさい生き方やめてしまった方が良い人生が送れるのではなかろうかと全てを投げ出したくなったこともあった。
でも、ダメだったのだ。夢を、目標を失った自分の姿が想像つかない。
夢を、ずっと見ていていたい。
「俺、ずっと自由でいたいんすよ。なにものにも縛られたくない。自分の好きなことをして、生きていたいっす。それが、ユーチューブなら叶えられるんすよ」
シャインは、すっかり冷めたコーヒーで喉を潤した。
「綾野さん、そろそろ密着取材の打ち合わせしませんか? 俺も暇じゃないんで」
「あ、はい、すみません」
綾野は、はっと我に返る。慌ててカバンから資料を取り出し、シャインへと手渡した。
「日時は約束通り三日後……一日経ってますので二日後の土曜日になります。その日は自分も代表の依頼をお手伝いするので、シャインさんにら我々と一緒に現場へと同行していただきますが、よろしいですか?」
シャインは、ニヤリと笑った。
「ええ、もちろん。地獄の底まで、ついていきますよ」
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