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第7章 危ない街に訪れた!
第32話 ネクロマンサー
しおりを挟む「よく眠っておられましたのぅ…」
目を覚まして最初、俺はガルマの声を耳した。
その場所は薄暗いどこか部屋のようで、窓から差し込む月明かりだけで頼りである。月光に照らされたガルマの顔を視界に、俺はどうやら手足を縛られ拘束されているらしい。
「ガルマさん…これは、一体?」
俺は覚束ない口振りで尋ねた。そんな俺を見て、クツクツと笑うガルマ。そしてゆっくりと俺の元へ歩み寄ると、
「つくづく可愛い奴じゃ、シノミヤ」
皺だらけの指で、頬を撫でられていた。やたらとネットリとした手つきに嫌気を覚える。
「や、やめてください!」
「ほっほっほ、何を嫌がっておる?」
「ふざけるのも大概にして下さい!」
と、俺を無視してーーーガルマは俺の髪を乱暴に鷲掴み、
「ご主人様に向かって何じゃその態度は!?」
荒々しい口調でそう言った。
待て、何だご主人様って!?
「いいかシノミヤ、お前は既にわしの物じゃ。ワシの可愛い人形として、存分にワシを悦ばせるのじゃ!いいか!?」
いいわけあるか馬鹿野郎!
「は、離せ!」
俺は踠いて必死に抵抗。だが、そんな抵抗も虚しく、ガルマは俺の髪を思いっきり引っ張り上げると、力任せには床へと頭を叩きつけた。鈍痛と衝撃が同時に襲って意識が揺らぐ。
「女風情がわしに楯突くんじゃない!」
ガルマは激昂して叫んだ。また次の瞬間にも狂ったようには俺の頭を足で何度も踏みつけてくる。痛みで頭がどうにかなってしまいそうだった。
「糞が!糞が!教育してやる!教育じゃ!」
教育…だと?こいつ、さっきから何を言ってやがる…
「いいかシノミヤ?お前はこれから死体人形として生まれ変わるのじゃ」
死体人形という言葉に俺は耳を疑った。その恐ろしい響きだけで、事のヤバさを存分に理解できた。
「俺たちをこの屋敷に招き入れたのは…初めからそれが目的だった、のか?」
「無論じゃ。でなきゃ、この高貴なるワシが貴様らのような薄汚い雌豚風情を我が家に入れるわけもなかろう」
ああ、そうか。やっぱり、俺たちは騙されていたんだ。最初からガルマは俺たちを客人として呼んだのではなく、そう、これは罠だったのだ。俺たちはその罠にまんまと嵌められた、つまりはそういうことなのだろう。
「どうしてこんなことを…」
「どうして?愚問じゃのうシノミヤ。単なる暇つぶしじゃ」
「元勇者とあろう者がこんな下衆な行為をして暇つぶし?ふざけやがって…」
とんでもねぇクズ野郎じゃねーか。
「ほっほっほ、そうでもないぞ?暇つぶしを極まれば、時にわしのように幸運を掴む瞬間が訪れる。その結果がお前だ、[勇敢なる救済の乙女]よ…いや、こう呼んだ方が良かったかのう?ーーー
と、ガルマは続けて、
「叛逆の竜皇女ビルマ・マルクレイドの生まれ変わり…シノミヤ、とな?」
そんな事を、口にした。
俺は驚愕を隠せなかった。
「まさかバレていないとでも思っていたのか?」
そのまさかである。
「どうしてそれを…」
「ほっほっほ、とある方が教えてくれたのじゃ。異世界転生者のシノミヤという、絶世美女を扮した悪魔の生まれ変わりが近くこの街を立ち寄るとのう…初めは冗談かと思っておったが、どうやら当たりだったようじゃ」
とある方?
「誰だそれは?」
「教えるわけなかろう?仮に知ったところで、お前はもうじき自我を失い、ワシの物となる。ワシが飽きるまでの間、ずっとワシに仕えてはその身を捧げるのじゃ!」
嘘は言っていないように見える。つまりガルマは本当に、それを実行できるだけの能力があるということか…
「何者なんだ…お前は…」
「今更それを知ったところでもう遅いと思うが…そうじゃな、冥土の土産に教えてやってもいいじゃろう」
ガルマは俺の腕を乱暴には掴むと、ずりずりとは引きずる。そうして俺は近くのベッドの上には押し倒され、醜く歪んだガルマの顔を眼前には見ていた。
「ワシはネクロマンサー…死人を操る異能の力を手にしたーー超越者」
ネクロマンサー、どこかで聞いたことのある言葉だった。
「分かり易く言えばのう…ワシは魂の抜けた死者の体を思いの儘には操ることができるじゃ。どうじゃ、すごかろう?」
そう言って、ガルマは口角を上げてニタニタと笑う。月光に照らされたその顔は、まさしく悪魔の素顔を彷彿とさせる。
「死者を、操る…だと?じゃあこの街で夜な夜な目撃される歩く死者はお前の仕業か?」
「ほっほっほ、そうじゃ。最初は悪戯気分で始めたんじゃがのう、あまりに皆が恐怖に怯えるもんだから、ついつい楽しくなってしまった」
「狂ってる」
俺はガルマを睨みつけては言った。
「黙れ。お前なぞが超越者たるワシの力にケチをつけるでない。ビルマ・マルクレイドの生まれ変わりである化け物め、魔物を従えるお前の方がよっぽど狂っておるぞ」
ガルマは俺の頰を抓り上げて、
「すぐにそんな無駄口が叩けぬよう調教してやる…お前を殺して、従順で可愛い死体人形にしてやるから覚悟しておけ…ただ、その前に…生きているお前を愉しむとしようかのう?」
と、ガルマはベロりと舌を出して俺の首元を舐め出していた。愉しむとは、つまりそういうことか。
「この変態め…何が元勇者だ!」
信じた俺が馬鹿だったよ。一度でもこの変態クソ野郎を凄い奴だと思ってしまった自分が情けない。
「何とでも言え。今更お前には何もできまい…お前の妹達共々、存分に可愛がってやるからのう…」
「ふざけるな…ルンルンとザラにだけは、手を出したら許さない!」
俺はこれでも男だ。今更何されようが我慢できる。だが、あいつらは違う。こんな変態野郎なんかに好き勝手されてたまるか!
「威勢がいいのう、ますます気に入った。二度と逆らうことができないように、たっぷりと可愛いがってやる…」
何を言っても無駄だーーガルマの態度がそれを語っていた。
クソ、どうやったらこの状況を打開できる。考えろ、考えろ俺ーーー
そうして、俺の長い長い悪夢のような夜が、幕を開けた。
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