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 江ノ島ーーそれは古い文献にて一度だけ拝見したことがありました。
 かなり古い文献で、断片的でお粗末な情報しか残ってはいませんでしたが、インパクトの強い内容でしたのでよく覚えております。
 何でも『サーフォー』という水を操るハンターが、海から次から次へと迫り来る『波』という化け物と立ち向かったたされる禁忌の大地……だったそうです。
 江ノ島とはそんなサーフォー達の集うメッカのような場所で、夏になれば世界各地から名のあるサーフォー達が集まり、波を狩りに来たと。
 また商業の盛んな大地だったようで、季節問わず多くの人々に愛され親しまれていたようで。
「確かそんな感じでしかね」
 で、その江ノ島とは現代に於いても実は存在していたと。しかもグールの住処となっていて、此の度村の人々を殺しにやってきたーーと。
「お爺さんは近付くな言っておりましたが、明日にでもベルウルフを連れて行ってみましょうか?」
 私は頭上のスラちゃんに尋ねますが、スラちゃんは微動だにする事なくジッとしたままです。
 先ほどは鳴き声を上げたり震えたりとアクティブさに溢れていましたが今はそうでもないですね。
 気分屋さを、ということでしょうか?分かりません。
「さて、とにかくもです」
 グールは人間の体内に進入後、後数時間後には活動を始めるようです。人間の体を乗っ取った後について、その行動プログロムに規則性はないみたいです。
 各々が生きたいように生き、中には人間だった頃の自我を失うこと無く活動する個体もいるとかいないとか。真実の程は定かではありません。
 ですが、
「それも、時期に分かります」
 私は遠目にも、それらを確認いました。
 覚束ない足取りの、血みどろに塗れた村人さん達ーー訂正、グール達とは呼称を変更しておきましょう。
 そんな見慣れた顔ぶれのグール達がですね、どうも新鮮な血肉である私を求め迫ってきたと、つまりはそういうことなのでしょう。
 彼等とはこれまでより良い友好関係を築いてきたつもりでした。
 私はハンターとしてモンスターや猛獣供を狩り、彼等はその対価として移住区なり食料なりを恵んでくれたのです。
 また、たくさんの知識を私に授けてはくれました。三人寄れば文殊の知恵とは旧来の諺(ことわざ)でありますが、今にして思えば確かにその通りだったように思えます。
 文字の読み書き、狩りの仕方やモンスターの解体手順、その他生き抜く為の処世術extra(エクストラ)……
 何も私を育ててくれたのはお爺さんだけではないと、今だからこそその事実を認めましょう。また、感謝致しましょう。
「その対価が命で奪う事でしか返せないのが、些か残念ではありますが」
 これも世の情け。かくも無情な世界のルール。
『生きる為には、生きる為に必要な分だけの命をからなければならない。それがハンターとしての生業であり、また生きる者としての務めである』
 ああ悲しきかな、世界の残酷さに私もうお腹一杯です。
「さて、そうも言ってられませんから……いきますね」
 私は視認できる範囲のグールの、蠢き歩きよってくる数匹の村人さんに刃を突き立てました。
 喉元に一撃。でも、これでは駄目……
 ですよね、お爺さん?
 私は剣柄を握り直し、力目一杯には剣先を捻り上げます。捻り上げて、グールの首をチョンパして差し上げるのです。これで1匹。
「さて、続けましょうか」
 次の2匹目、3匹目も同様の手順で駆逐していきます。彼等の血を浴びないよう細心の注意を払いつつ、その生態をよく確認しておきます。
 動きは鈍く、機敏さに欠けているようですね。また思考能力は著しく低く、集団的統率力は皆無のよう。また対話は不可能。
 もしかしたら、人間の体の扱いにまだ順応できていないのかもしれません。それぐらいにはお粗末で雑な動きでしかないのです。
 はて私はモンスターを狩っているのか、モンスターに乗っ取られただけの村人達を狩っているのか……実に不思議な気持ちです。
 不思議な気持ちと言えば、迫り来るそのグールには特に感じ取れることですね。
「ハイ、エンド?」
 そのグールは他のグールとは違い対話出来るだけの思考能力が残されていました。また、私の事を覚えているようです。
「ピコ、貴方ですか?」
「ピコ?ああ……そうか、確か、俺はそんな名前だった……けな。あれ?そうだよな?」
「ええ。貴方はまごう事なきピコ、その人です。そのアホヅラを見間違える程私も馬鹿ではありませんので」
「ああ。そうか……そうだよな。俺は……ピコ、そして……お前は、ハイエンド」
「ご名答。よく出来ました」
 私は笑みをこぼして見せ、そのグールを褒めてあげるのです。
 いやはや、グールに対してもこの優しさ、流石私です。
「ははは……思い出してきたぞ……」
「そうですか。それは良かったですね」
「ああ、ああ……良かった。時に……ハイエンド?」
「はい、何でしょう?」
「お前は……どうして俺に剣を向ける?」
「え?どうしてと言われても」
 そりゃあ、決まっていますよ。
「私がハンターで、貴方がモンスターだから……です」
 私は剣先をピコグールに向け、ジリジリとその距離を詰めていきます。また周囲の警戒は怠らず。油断は禁物、ハンターの鉄則ですね。
「は、はぁ?俺が……モンスター?馬鹿言え。俺は……人だぞ?」
「違います。ピコ、貴方は既に人ではありません。覚えていないのですか?」
「……何を?」
 ピコはゴキッと首を横に倒し、疑問色を見せます。
 どうも自分の置かれた立場というものをてんで理解できていないようです。分かりました、良いでしょう。現実を教えてあげましょう。
「貴方はグールに襲われ、一度は死に落ちたのです」
「……俺が、死んだ?」
「ええ、自分の体をよく見れば分かりますでしょう?貴方は既に、モンスターと化してしまったのです」
「……う、嘘だ」
「嘘じゃないっす」
 あれま、ついつい若者言葉を使ってしまいました。
 親しかった仲にも礼儀あり、ですね。
「ハイエンド、多分、何かの間違いだ?俺は……死んでなんか、」
 と、ピコグールがゆっくりと近づいてきました。
 私はその分だけ、後退ります。一定の間隔を保ちます。
「ハイエンド、どうして……逃げる」
「ハンターたる者、駆除対象との間合いは見誤ってはいけません」
「駆除、対象って……酷い、酷い……」
「ですか。ごめんなさい」
「何で、だよ……これまで……一緒にやってきたじゃない、か!?それこそ幼い頃から、ずっと!」
「ええ、確かにその通りですね。ですが、勘違いしないで下さい。私が親しくしてきたのは人間であるピコであって、グールである貴方ではありません。誤解のように」
「ふふ、ふざけるな!俺は、ピコだ!」
「そうですよ?ピコという名前のグール。言って、モンスターです」
「ハ、ハイエンド……貴様ぁあああッ!!」
 と、ピコが怒涛の勢いで接近してきます。
 これには流石の私も度肝を抜かれました。
 他のグール個体とは違い、このピコグールはより良く人体と適応できているのです。
 何故でしょうか?
「もしかしてですが、先日激虫に侵されたことと何かしらの因果が?」
「ハイエンドぉおおッ!!」

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