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閑章 村人たちの暗躍
カレン⑦
しおりを挟むある日の放課後、ロランのサロンを訪ねると、その部屋の中は異様な雰囲気に包まれていた。
とは言っても決していやなものではない。
むしろ、静かな興奮、というのが一番近かったかのかもしれない。
そんな、どことなく喜びに満ちたような空間で、サロンに所属する生徒たちがひそひそと噂話をしていた。
誰もが笑顔であり、満足げで、これは何かいいことがあったのだろうと私は思った。
だから、サロンに来て、まず、ロランに話しかけて何が会ったのかを尋ねることにした。
「ロラン様、サロンの方々がみな、どこか興奮されているように感じるのですが何かあったのですか?」
すると、ロランは楽しそうに説明してくれた。
彼が言うには、今日の昼頃、廊下でロランの派閥とあまり折り合いのよくない派閥が運悪く出くわし、しかもその際にぶつかってしまったらしく、どっちがぶつかってきたか、という点についての言い争いが始まったらしい。
その時点で私は、非常にどうでもいいことで喧嘩になるのだなと思ったのだが、その争いはものすごくつまらないことが原因であるにも関わらず徐々にヒートアップしていったということだ。
ぶつかったぶつからない、の話をしていたのは初めは両者二人ずつだったらしいのだが、徐々に人数も増えていき、気づいた頃には五、六人ずつになっていたという。
そしてそれくらいの人数になり、口での言い争いで勝負がつかないとなれば、最終的には手が出る展開になるのが普通だ。
そのときもそうなりかけたらしい。
けれど、貴族の争いには、作法というものがあるのだという。
単なる言い争いならともかく、手が出るような展開になった場合には、何も言わずに殴り合いを始めたりするのではなく、"決闘"を申し込み、相手方の同意を得て戦いを始めるべき、というものだ。
そのため、そのときもやはり五、六人ずつ入り乱れての喧嘩になったわけではなく、当事者である初めからいた四人のうち、ロランのサロンに属する側が、相手方に"決闘"を申し込んだのだという。
"決闘"をするとどうなるか。
これは、大人同士の、それこそロランたちの親のような貴族としての権利義務を完全に保持しているような人間同士が行えば、ありとあらゆるものを賭けて行うことができ、相手側にいかなる要求をもしうる大変なものなのだが、子供同士のものとなるとその様相は少し異なる。
ある程度の要求は可能だが、それにはしっかりと限界が画されており、それは学院が取り決めているため、生徒にそのような制度を認めてもそれほど大きな問題にはならない。
本来、貴族同士の制度だが、学院が取り決めている関係で平民も巻き込まれる可能性があるのだが、今はそれはおいておこう。
とにかく、学院生徒同士の"決闘"は本来はそれほど大事に至らない、子供の争いにすぎないもののはずだった。
けれど、そうはならなかったという。
"決闘"自体は、通常通り行われた。
つまり、審判として、学院の教員が入り、そのすべてを監督する形で行われ、通常通り、魔法や刃のつぶされた模造刀などを使ってけがも出来るだけしないように治癒魔術師まで横に控えた状態で行われた。
その戦いは熾烈を極めた。
というのはこの戦いに参加した本人たちの言葉らしいのだが、今年の入学生同士で行われたもののようなので、レベルは低いものであり、熾烈といっても初級魔法がちょろちょろ飛び交うようなものだっただろう。
しかし本人たちは真剣に戦った。
結果として、ロラン側が勝利を収め、相手側に要求を呑ませることになった。
このとき、彼らが相手側に呑ませた条件は、一定期間(学院の取り決めによれば三ヶ月が限界だという胃)、ロラン派閥に属する貴族を廊下で見かけた場合、道を必ず譲ること、だった。
きわめてかわいらしい、そしてつまらない要求のように感じたが、これは相手にとってきわめて屈辱的であり、しかもプライドも満足する非常にすばらしい要求なのだという。
本当か、という気もするが、語るロランは大まじめなのであるから、本当なのだろう。
しかし、彼はそれを語ってもまだ笑っていた。
まるでほかにもまるでなにかあるような顔で。
だから私は聞いた。
なにか、あるのですか、と。
するとロランは秘密の宝箱をそっとあけて見せるかのような表情で、教えてくれたのだ。
"決闘"における表向きの要求はそれだった、と。
つまり裏の要求があるわけだ。
ロランは続けた。
"決闘”に挑むに当たって、まず先に本来の要求を決めた。
それから、学院に申請して学院の基準に従った"決闘"を行い、その敗者は表向きと裏向きの要求の二つを呑まなければならない、ということにしたのだと。
「その裏向きの要求ってなんですか?」
そう聞くと、ロランはにやにやと笑い答える。
「王都の東に広がる森があるだろう。あそこは"人鬼の森"と呼ばれる魔物の住処なんだが……あそこで一夜を明かすこと、を要求にしたんだよ。しかも、相手のーー彼女たちの盟主である、カサルシィ家の娘を連れて、ね」
カサルシィ家の娘。
それは学院にいる高位貴族の中でも最も高い地位にいる生徒のことだった。
未だ接触したことはなかったが、いつかは話しかけてみようと思ってもいた。
もちろん、性格によってはそうしないことも考えてはいたが。
しかし、そんな人間をそのような罠にはめようとするなど、いったいロランは何を考えているのだろう。
あまり賢い行動とは思えない。
おそらくこの様子だと、ロランの家なりその関係する家なりがカサルシィ家と敵対的に関係にあるのだと思われるが、だからといって公爵令嬢を死の危険のある場所に連れて行くなどと言う真似は許される範囲を超えているように思われる。
けれどロランは自信ありげに言った。
「おびえているのかい? だけど大丈夫だ。なにせ、我々が"決闘”で要求したのは、あくまで道を譲ること。そのほかに何か事件が起こったとしても、我々にはもともと関係のない話だ。そうだろう?」
そうして、笑う。
つまり彼は、今回のことでカサルシィ家の令嬢がたとえ死ぬことになったとしても、その原因は勝手にそんな危険な場所に連れて行った人間本人にあるのであり、ロランたちがそのような指示などしたという事実を確認することはできないのだから、責任も問われることはないとそういいたいらしい。
たしかに、通ってほしくはないが論理としては明快で筋が通っている。
そういわれると、反論するのは難しい。
これを覆すには目撃者なりなんなりが必要だが、裏向きの要求をする際には細心の注意を払ったらしく、実際に森へカサルシィ家の令嬢を連れていった二人の少女しかいないときを狙って行い、しかもほかに聞き耳を立てている人間がいないことをしっかりと確認した上で行ったというのだから底意地が悪いことこの上ない。
ひどいことをするものだ、と思ったものの、ここまで事態が詰んでいては手の出しようがないだろう。
運良く生きて帰ってくることを祈るしかないのではないだろうかと思った。
サロンを出たらひっそりと教師に連絡し、助けを出してもらおうと思った。
けれど、私はふと気になった。
なぜなのかはわからないが、何か引っかかりを覚えたのだ。
カサルシィ家は公爵家、相当な大家であり、その娘もまた裕福であろう。
そこまで考えて、あっ、と思ったのだ。
私はあわてて聞いた。
ただし、顔は冷静な表情を崩さない。
「ロラン様、そのカサルシィ家の令嬢の顔、絵などはありますか?」
「絵? ふむ……誰か持っていたか?」
そういってロランがあたりを見回すと、脇に控えていた貴族少年の一人が映像水晶を持って差し出した。
それはローズちゃんーーナコルルが作った映像水晶の簡易版であり、動画を撮ることはできないが静止画を何枚も保存することができるというものだった。
発売されてまもなく、最新の技術であるために値段はそれなりに張るのだが、流石貴族の子供というべきだろうか。
高いはずのそれを持っていて、そこにカサルシィ家の令嬢の顔を保存しているらしかった。
指名手配書か何かなのかそれはと突っ込まずにはいられない。
ともかく。
見せてもらったそれに、私は確信を新たにする。
そこに写っていたその顔。
それは、あの屋根の上で出会った彼女だったのだ。
そして、気づいたときには私は走っていた。
無詠唱で魔法を使う。
ジョンの教えてくれた、あの魔法を。
(耐久強化……筋力強化!)
魔法はしっかりと発動し、私の身体能力を確かに高める。
ジョンの教えてくれた身体強化魔法のいいところは、一度発動させると基本的に効果が切れることはないと言うところだ。
もちろん、魔力が途切れれば効果もまたなくなるのだが、そうでない限り永遠に維持し続けることが可能なのだ。
また、出力も流す魔力の量によって変えることができ、より多くの魔力を流せば強い力が得られるようになっている。もちろん、その場合、魔力の減りは早くなるから、その辺のバランス調整は簡単ではない。
ただ、数年の修行を経て、私はそのバランス調整をしっかりと身につけた。
未だに甘いところもあるが、それでも十分実用に耐えるレベルにあると自負しているし、アレンおじさんからも低位の魔物であれば問題なく戦えると太鼓判を押されているのだ。
その私が、全力で人鬼の森へ向かっている理由。
それはもちろん、あの少女を救うためにほかならない。
ジョンの魔法は隠さなければならない。
けれど、緊急の場合はその限りでない。
今こそが、私にとっての緊急だった。
それをきっとジョンは許してくれる。
そう、私は信じている。
だから私は急いだ。
魔法学院に来て初めての、村の子供以外の友達を、助けるために。
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