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閑章 村人たちの暗躍
カレン④
しおりを挟む私の魔力触媒は一点ものだ。
既製品ではなく、材料の選別から私のためだけにされた完全なるオーダーメイド。
こんなものは一流の魔術師になった人間がその俸給のほとんどを叩いてはじめて購入が叶うもので、私のような未だ学生でしかない者が持てるような品ではない。
しかし、それにも関わらず、私がこんなものを持てているのは、全てジョンのお父さんとお母さん――アレンおじさんとエミリーおばさんのおかげだ。
私達タロス村出身の魔術師候補生たちのために、アレンおじさんはその能力を使って材料集めを、そしてエミリーおばさんはその伝手を辿って最高の鍛冶師に魔力触媒の製造を依頼してくれたのだ。
材料も、そしてそれを製作した鍛冶師も、聞けば目が回るような存在であって、私たちはそれの内実を自らの両親、そしてジョンに聞いて驚いたものだ。
おそらく、どれだけのお金を積もうとも、同じものを手に入れることは二度とできない。
そう思わせるほどの逸品。
それが私達タロス村出身者の持つ魔力触媒である。
私の触媒は、黒いワンド部分に、水色の魔石のはめられているものだ。
ワンド部分には当然の如く美しい彫刻と文様が彫られており、魔石も加工されてキラキラとした輝きを放っている。
とは言え、外見的にはそれほど派手なものではない。
よくよく見てみると、まるで吸い込まれてしまいそうなほど美しく精巧な造りであることが徐々に分かってきて、気づいたらもう二度と手放したくない、というような気持ちになるのだが、ぱっと見は他の生徒の持っている魔力触媒と大して変わらない。
なぜなら、魔力触媒は魔術師の公式な場での正装の中に含まれており、そのためにある程度の装飾がなされていて当然という事情があるからだ。
特に杖型の魔力触媒は他の形――指輪型とか、イヤリング型とか――と言ったものと比べて見栄えがするので、多くの生徒がこの形の魔力触媒を持っているという事もあり、タロス村出身者たちの魔力触媒はそう言ったものにまぎれて目立たないのである。
ただ、それでも見るものが見れば、まず間違いなくその価値の違いが分かる。
ローズちゃん――ナコルルなどは、一目見た瞬間に「みみみ見せてくれその触媒!」と言って目を充血させながら近寄ってきたくらいで、手渡すと矯めつ眇めつうっとりとした様子で撫でていたのが印象的だった。
「……ワンド部は夜皇骸骨の大腿骨か……おぉ、水精霊の涙でコーティングしてあるぞ……外界との接続部は闇巨人の足音を使っておるのか……信じられん……それに、魔石とワンドの接続は天竜のため息じゃと……魔石は……含有魔力から察するに風と水の混合魔石か……あるとは聞いていたが初めて見たぞ……どこにあるのじゃこんなもの! 個人で収集できるものなのか、これは……。わしでも厳しいぞ……いや、無理じゃ。無理無理なのじゃ。大体、集められたとして誰が加工できると言うのじゃ……神代の御業か? 奇跡じゃ……奇跡がここにある! 欲しい……」
などと言っていたのを覚えている。返してもらうときナコルルの手の力が中々抜けず、物凄く物欲しそうな目で見ていたので申し訳ない気分になった。
ナコルルの言っていたのは、つまり私の触媒の材料となった魔物の素材であるが、どれもこれも化け物と言っていい存在である。
それを、アレンおじさんは倒すなりなんなりして収集したと言うのだからあの人こそ人間ではない。
夜皇骸骨はスケルトン系最高の魔物の一体であるし、水精霊の涙などその協力を得なければ採取することなど出来ない。闇巨人などほぼ絶滅種に近く、探すだけでも一苦労であるし、天竜などドラゴンである。倒すことなど英雄でなければ不可能だ。
私の触媒だけではない。
タロス村出身者の触媒は全て、似たような材料を使って作られている。
その全てをアレンおじさんが集めたと言うのだから、ため息しかでない。
断言してもいいだろう。あの人は人間を辞めている。
ただ、ナコルルも言っているように、私たちの持っている触媒は極めて珍しい特殊なものだ。こんなものを持っている者など、ほとんどいないと言っていい。
あえて他に持っている者を挙げるのなら、かなり長い歴史を持った家で代々受け継がれている品であるとか、迷宮の深部で得られた品であるとか、そういう場合であろう。
金を積んだだけではどうやっても手に入れることができない。そういう品なのである。
だからこそ、欲しがる人間がいてもおかしくないし、むしろ当然だと言えるだろう。
ただ、高価な魔力触媒など、私達だけでなく、平民でも持っている者も少なくない。
実家が商家である者などはその典型で、逆に貴族でも大した触媒を持たない者もいる。
学院に来て驚いたのが、財力と身分と言うのは意外と比例しない場合が少なくないという事である。
経済力のある平民と言うのがいる一方で、困窮する高位貴族というのも存在するのだ。
このうち、私があまり関わり合いになりたくないと考えているのは後者である。
なぜなら、前者は身分的には同等であるから対等に話しても問題は生じにくいが、後者はそうではないために色々難しいからだ。
特に居丈高に身分を笠に着られると非常に面倒臭い。
だからジョンに事前に言われた通り、そういうのからは遠ざかっていたのだが、難しいものである。
私がそういう風にしていても、問題というものは向こうの方からやってくるらしい。
◆◇◆◇◆
それは、実技の授業が終わった直後のことだった。
授業では旧式魔法について、私のクラスを担当する教導魔術師から講義を受け、何度か魔法を行使した。
その際、私がぽんぽんと魔法を成功させ、しかもその制御が生徒の中ではうまい方だったのだが、そのことに眼をつけた貴族がいた。
そいつは授業が終わってから私に近寄ってきて言ったのだ。
「おい、お前。そこの平民、お前だ」
平民などそこら中にいるので誰のことを言っているのかしら、私にはわからない……いう風を装ってみたのだが、それは通じないらしい。
その貴族男子はだんだんといらついた声になっていき、ついには私の肩を掴んで彼の方を向かせようとした。
「聞いているのか……お前だ!」
しかし、私はその肩を掴もうとした手をひらりと何気なく避けて別の方向へとあるいていったので、空振りする。
随分な力を込めたようで、大幅に体の体勢を崩したその貴族男子はこけそうになったが、魔法学院にくるだけのことはあるのだろう。
バランスよく体勢を引き戻して倒れずに済んでいた。
それからその貴族男子は私をもう一度つかむことにチャレンジするのはやめて、私の前に立ち、指を指して私に言った。
「お前だ!」
ここまでされてはもはや知らんぷりは出来ない。
私の周りにいたはずの平民たちはそそくさとどこかに去って行ってしまっている。
素早いことで、平民の事なかれ精神と言うものに感動を覚えた。
まぁ私も同じようなことをしていたし、こうやって面倒事から逃げることが上手でなければ学院ではすぐにトラブルに見舞われるのだから平民に身についていて当たり前の技能なのだが。
ため息を吐きたい気分になりながらも、そんなことをしては明らかに目の前に立つ貴族男子の機嫌を損ねるのは明らかなので、微笑みながら首を傾げる。
そんな私に貴族男子は少し頬を赤くして、「うっ」という顔をした。
初心なことである。扱いやすそうな気配を感じた私はそのまま笑顔を維持して聞く。
「私に何か御用ですか?」
私のような者に貴族の方が関心を持たれるような要素はないと思いますが、と言うような顔をして言った私に、その貴族男子は言う。
「分は弁えているみたいだな……まぁ、確かに貴族がお前のような平民に用があるなど滅多にないことだが、今回は例外だ。トラン男爵の御子息であるロラン様がお前に御用があるとのことだ。来い!」
男爵。まぁ学院にいる貴族の中では中堅どころと言ったところだろう。
公爵及び侯爵、伯爵家の子女はかなり数が少ない。
その理由はそこまで高位貴族になってしまうと子供を魔法学院で学ばせるのではなく、自らの手元に置いて一流の家庭教師をつけて学ばせることの方が多くなるからだ。
その方がきめ細かく、能力に見合った学び方をすることが出来るし、それに魔法学院では貴族としての在り方や領地の経営方法など教えたりはしない。
大家であればあるほど領地経営などにはそれなりの才能と教養が必要になってくる以上、魔法学院で遊ばせるわけにもいかないのだ。
したがって、魔法学院にいるような貴族は高位貴族であれば次男や三男であったり、またはあまり領地など持たない低位の貴族であるのが基本である。
男爵はそのあたり微妙なところで、広大な領地を持っている男爵もいれば、その辺の地方豪族と変わらない程度の領地しか持たない男爵もいる。
今、私の眼の前にいる貴族の言う、トラン男爵はその点、比較的広めの領地を持っている方で、力ある貴族の一人だと言えるだろう。
だから正直あまり関わり合いになりたくないのだが、名指しで呼ばれてはそうもいかないのが平民の悲しいところである。
ここは腹を括ってできるだけさっさと見限ってもらえるように振る舞うしかあるまい。
私はそう心に決めると、そんな心のうちを披露することなどなく、さも非常に光栄であるかのような微笑みを顔に張り付けて言うのだった。
「承りました。すぐに向かわせていただきます」
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