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閑章 村人たちの暗躍
カレン②
しおりを挟む男というものは極めて単純である。
あれほどいがみ合っていたくせに、殴り合いの喧嘩をした程度ですっかり晴れ晴れとしていい笑顔で肩を組み合ったりするのだから。
女ではこうはいかない。たとえ子供であろうとも、女は女で、仲が悪いと言うのはかなり深刻な事態を意味する。
だから彼ら男の単純さがたまにうらやましい。
テッドはジョンに模擬戦で敗北したわけだが、そのときにジョンの力、というか剣術の高い技術にすっかり男の子連中は惚れ込んでしまい、ジョンにその技術を教えてほしいと頼み込んでいた。
ついこの間まで仲が悪かったのに、力を見せたらそんな風にすり寄ってくるのだから私から見ればそれは非常にみっともないというか、情けない掌返しだと思ってしまうのだが、彼らにはそんな感情は一切ないようだった。
ジョンはジョンでそんな風な考えなど思い浮かば無いようであるし、ジョンに頼み込んだりジョンの剣術すげーとか言いながら興奮気味の男の子たちもジョンを利用しようとかそういう感じではなく単純にジョンに好意をもって近づいているらしいのだ。
こういうところがうらやましい。
女なら、そういう掌返しをする者は明確に邪険にされるし、表面上は微笑んで接してはいてもその張り付いた笑みの裏側では憎しみと嫌悪が渦巻くものである。
彼ら男にはそういうところがまるでないのだ。
単純。
本当に、単純である。
ただ、そういうところこそが男の子の愛すべき美点であり、私の母も父を見つめながら私が思っているような事と似たような台詞を言っていたりする。
父が村の男たちと酒を飲んで楽しそうにしていたり、たまに殴り合いの喧嘩に発展したり、その三十分後には肩を組んで歌を歌いあっていたりするのを、「まったく。馬鹿なんだから……」とため息をつきながら優しい微笑みを浮かべる母が、私は好きだ。
村の女友達に聞けば、彼女たちの両親も同じようなものらしく、いつかはああいう家庭を持ちたいものだとよく話している。
そんな訳で、村での生活は至極平和で、そのままずっと平和に過ぎていくはずだった。
けれど、実際はそうはならなかった。
テッドがジョンに敗北した日の次の日、村の子供たちを集めてジョンが剣術を指導する許可をアレンおじさんにもらったことを告げた日。
ジョンはテッドと、コウたち、フィル、そして私を呼んで内緒話を始めたのだ。
何か面白いことでもやる気かな、とぼんやりと考えていたのだが、ジョンの口から飛び出た内容は私の予想とは全く違っていて、本当に開いた口が塞がらなかった。
彼は言ったのだ。
「それじゃ、お前らには特別訓練だ……魔法を、教える。大人には絶対内緒だ」
と。
◆◇◆◇◆
ジョンがやっぱり普通ではなかった。
そのことが明確に明らかになったのが、この特別訓練からだ。
剣術の強いことは才能、で片づけることが出来る。実の父であるアレンさんがあれだけ強い剣士なのだから、その息子が強いのも納得しやすい。
けれど、ジョンは全く新しい技術を私たちに伝授し始めたのだ。
魔法について、私たちはあまり詳しくは無かったけど、フィルが基本的なことは大体理解していたので、常識的な魔法とジョンの教える魔法との違いを事あるごとに説明してその異常性を教えてくれた。
ジョンから魔法を教えられるにつれ、フィルに通常の魔法との違いを説明されるにつれ、ジョンの魔法がどれだけ強力で便利なものなのかを理解できるようになった。
ジョンの魔法は詠唱をしなくても使用することができる。
持って生まれた適性など関係なくあらゆる属性を誰でも使用することができる。
魔法の射出速度は極めて早く、集中がある程度散漫であったとしても、一語だけ詠唱すれば使用することができる。
それは恐ろしいほどの有用性だ。
ジョンが言うにはこれは敵と戦うために最も合理的なものとして考案した魔法であるという。
事実、フィルの言う通常魔法の欠点と言われる部分をほとんど全て排除してその体系は作られていたのだ。
これを、こんなものをどうしてこんな辺境の村の子供に過ぎないジョンが編み出せたのか。
ジョンは天才だと、ジョンに特別訓練を受けた者のほぼ全員が思った。
けれど、フィルだけは違った。
彼が言うには「ジョンは天才じゃない」とのことだった。
何をもってそんなことを言うのか、と私は内心少しだけ怒りながら思っていたが、訓練を続ける中で、フィルの言う事は正しいのかもしれないという気がしてきた。
ジョンは、すごく上達が遅かった。
ジョンが剣術や魔法を教える中、誰もがものすごい速度で上達していった。
私は強くなることにそれほど熱心ではなかったからそれなりだったが、他のみんなはめきめきと力をつけていった。
ジョンはジョンで、こつこつ毎日訓練して少しずつその力を上げていたのだが、みんなの上達に比べると、それは亀のようにゆっくりとしていて、本気でやっているのか、と首を傾げたくなるようなものだった。
もちろん、みんなが初心者で、ジョンは中級者ないしは上級者の腕前をもっていたからそんな風に上達に差が出ているのかもと考えないではなかったが、それにしても……という気はずっとしていた。
訓練を続けていく中で、明かされた秘密がいくつかある。
その中でも私にとって重要なのは、いつかジョンとテッドがアレンおじさんに連れられて森に入った時の話だった。
今でもその三人はたまに一緒になって森に入り魔物を狩ってくるのだが、そのたびにジョンとテッドはなぜかほくほくとした癒された顔をして帰ってくるのが気になっていた。
だから遠回しにそのことについて尋ねてみたら、その理由が発覚したのだ。遠回しに尋ねたのは正面から聞くと隠し事をしそうな気がしたからだ。テッドとジョンは私に何か隠そうとするときがあるので、そう言う場合はそれとなく尋ねることにしている。
すると、テッドはジョンに話していいか、と許可を得てまぁいいだろう、ここにいる奴らにならと言われてから話し出した。
それは森の中でクリスタルウルフに遭遇した際の逃走と、ジョンの勇気ある対話の話であり、コウたちやフィルは楽しそうにしてその話を聞いていた。
魔物が言葉を理解する、というのは驚きで、そんなクリスタルウルフと話をしに森へ行くのだという話をするに従い、私はだから彼らはあんなに楽しそうに森に向かい、そして帰ってくるとほくほく顔なのかと納得しかけた。
けれど、話はさらに別の方向へと転がっていく。そのことが、私の人生に大幅な影響を与えたのは言うまでもない。
テッドは言った。
「それでさ、そのクリスタルウルフの子供たちがまた可愛いんだよな。もふもふしてて……じゃれてきたりして。肉球なんかぷにぷにしててさわりごこちが最高だったぜ。子供たち同士で転がるみたいにじゃれあったりしてるのを見てても癒されるな……あぁ、話してたらまた行きたくなってきたぜ」
「おい、テッド!」
ジョンは、テッドの話が進むにつれ、私の表情をちらちらと見始め、さらにクリスタルウルフの子供の可愛さを語る段になって私の眼の色が変わり始めたのを理解したのか、慌ててテッドの話を止めた。
しかし、止めるのが少し遅かっただろう。
私は二人にクリスタルウルフの子供につき、洗いざらい吐かせ、私をその場所に連れて行き、クリスタルウルフに私を紹介して一緒に遊ぶ許可を得ることを約束させた。
後に、そのときの様子を後ろの方で怯えながら見ていたコウが語った。
「……あれは手慣れた尋問官よりも堂に入った尋問ぶりだったぜ。話を逸らそうとしたらすぐに本筋に戻す、と思いきや自ら別の話を振ったりして安心させて、と思いきやその話は本筋の裏付けのための罠だった、っていう風に……二人に同情したな」
別にそんなつもりは全然なかったのだけど、聞くべきことは聞かなければならない。
女というものはみな、可愛いものが好きなのである。
もふもふしたものが好きなのである。
それに独占的に会える権限をひけらかすような者に尋問じみたことをして何が悪いか。
甚だ狂気的だが私は実際そのときそんなことを考えていた。
それから、渋々ながらテッドとコウはアレンおじさんに今度私を連れて森へ行っていいかとお伺いを立てに行ってくれた。
なんだかんだ言いつつ、私がかわいいものが好きだということを二人は知っている。私の部屋には何体かのぬいぐるみがあり、それを私がきわめて大事にしているという事実を知っているのだ。だからこそ、今回そのつもりがなかったとしても除け者にしたような感じになってしまったことを少し悪く思っているらしく、私のほとんど我儘に近い要求を二人はそろって受け入れてくれたのだった。
これで私ももふもふに会いに行ける!
楽しみ!
とおもってその日が来るのを楽しみにしていたのだが、この期待は残念なことに裏切られることになった。
意外にも――今考えれば意外でもなんでもないが――アレンおじさんから不許可の申しつけがなされてしまったためだ。自分で自分の身を守れない奴が森に入るのを許すわけにはいかないという至極真っ当な理由である。特にそれが女の子ならば余計に、と付け加えられた。
それならアレンおじさんに連れてってもらえば、と一瞬思わないではなかったのだが、アレンおじさんがジョンとテッドを連れて森に入るのは理由あってのことだ。テッドは猟師の息子として森に親しむため、ジョンはいつかアレンおじさんの村での仕事――森での魔物の狩り――を継ぐためという明確な理由が。私にはそれがなかった。だからアレンおじさんに頼むわけにはいかない。大体、アレンおじさんもたまにしか村にはいない。そんなに暇ではないし、そもそも休暇で村にいるのだ。それを私がクリスタルウルフの子供に会いたいからと毎回引っ張り出すわけにはいかない。
そんな話をして、ジョンに相談したら、
「……毎回引っ張り出すわけにはいかない? つまり定期的に会いに行く気なんだな……」
とげんなりした顔をしてため息をつかれた。
何を当たり前の話を改めて確認しているのだろうと私は首を傾げたが、ジョンはもうそのことについては触れずに、提案を始めた。
「だったら強くなるしかないだろ。自分の身を守れるくらいに」
と。
魔物から身を守るのは大変なことだ。魔物を倒せる人間と言うのは極めて少なく、国の騎士や兵士、それに冒険者に限られ、その他の普通に生活している人間にはできないことだ。特に女がそれをやるのは極めて大変なことだった。
けれど、今の私の状況でそれが出来るようになるのか、と聞かれればおそらくなるだろうと答えられる。
ジョンが教えてくれている魔法にはそれだけの潜在力がある。ジョンの教えてくれる剣術はその魔法と合わせて運用できるもので、村の森の魔物から身を守るくらいの実力にはたどり着けそうだった。
ただ、当然ながらそれは簡単なことではない。
普通にやっていたら、五年、いや十年かかるかもしれないと思った。
けれどそういうわけにはいかないのだ。
私は、もふもふに会いに行く。
絶対に、そう、三年以内に。
それが私の決意だった。
そう決めてから、ジョンたちとの特別訓練は血反吐を吐く様なものへと変化した。
別にジョンがそれくらいやれと言ったわけではない。
けれど私は死ぬ気でやった。剣を振り、血豆を何度も潰しては、腕がだるくなっても剣を振り続けた。魔法も無詠唱で出来るようになるまで、ひたすらにトレーニングを続けた。魔力が尽きたら魔法の性質や運用法の思索に時間を振り、回復したらまた訓練を続けた。
「……何がお前をそこまで駆り立てるんだ……」
ジョンが訓練をする私を見て、そう言ったことは一度や二度ではない。
何がって、もふもふがに決まってるでしょうがと何度も叫んだものだ。
そうやって訓練を続けていたら、なぜかテッドたちが焦り始めた。
私があまり根を詰めないで特別訓練をしていたときに開いていた彼らとの実力差が、気づいたらもうほとんどなくなっていたことに気づいたからだ。
小さいころは腕っぷしでもテッドに勝てていたが、最近はめっきり勝てなくなっていた私。もちろん、勝てないことは分かっていたから喧嘩は売らずに、勝ち逃げのままだったのだが、このころ私は好んでテッドたちと模擬戦をするようになった。強くなるためには実際に戦わなければならないと思ったからだ。そして気づいた。負けることも勿論あったが、かなりの確率で私が勝てるようになっているということに。
私に実力で負けていると理解したテッドたちはそれから私と同じように死に物狂いで訓練をするようになった。模擬戦では勝ったり負けたり。ジョンだけは誰にも負けることは無かったが、それでも実力差は縮まってる気がした。やっぱり、ジョンの上達は私たちに比べてかなり遅い。それでもジョンが遠くにいることは間違いないのだけど。追いつける日はそれほど遠くは無いのかもしれない。そんな気がした。
力がついたと感じる度、私はアレンおじさんに挑んだ。
「森に入るに十分な実力がついたと判断できれば、許可をやる。方法は、俺との模擬戦だな。何、別に本気で戦いやしねぇ。が、必要以上の手加減もしねぇからな」
と言うからだ。
初めてアレンおじさんと戦った時は、そのあまりの強さに愕然としたものだ。
これで本気ではないと言うのかと、そう思って。
こんなものに勝てる人間など存在するのかと感じるくらいに、アレンおじさんは強かった。
けれどそんなおじさんとジョンが戦うと、ジョンが勝つのだ。
ジョンの方が強いというわけではなく、おじさんが手を抜いているから勝てているだけで、この程度の強さになれば森に入ってもいいと言うデモンストレーションに過ぎなかったのだが、本当に私はここまでの強さを得られるのかと不安に思った。
だけど、訓練は私を裏切らなかった。
何度もおじさんに挑むにつれ、見えなかった剣線が見える様になり、受けられなかった剣が受けられるようになり、振る事すらできなかった剣を振る余裕まで生まれてきたのだ。
自分は、強くなっている――
おじさんとの模擬戦は、そう確信できる楽しい時間だった。
そうして、二年が経ち、森の魔物から身を守れる、と自信を持って言えるくらいの実力が付き始めた頃、私はおじさんに再度挑んだ。
私がそんなことを言い始めるとテッドも挑むと言い始め、じゃあ二人同時に相手してやるとおじさんが言い始めたので、そうしてもらうことにした。
そんな風にまとめて相手をしてもらうことも今まで何度かあった。
不思議なのは、というかおじさんが凄い人なのだと改めて思うのはそういうときだ。
一人で挑んでいるときも、二人、三人で挑んでいるときも、手ごたえが全く変わらないのだ。
どんなときも、おじさんは同じように手ごわく、同じような実力で私たちをあしらった。
人数が増えれば対処も難しくなるはずなのに、しかも私たちは普通の魔法ではない、ジョンの魔法を使用しているのに、おじさんはすぐにそれに対処してくるのだ。
一体どれほどの実力を秘めているのだろうと、いつかこの人が本気で戦っているところを見てみたいと、何度も思った。
だから、
「……合格だ」
私の放った魔法がうまいことアレンおじさんの足元をぐらつかせ、そのタイミングに完璧に合わせたテッドの一撃がおじさんに入った時、そうおじさんが呟いた瞬間、これは夢ではないかと思ったものだ。
二年。
本来は三年かけるつもりだった目標を、私は一年短縮することができた。
自分の力だけで達成できたとは思わない。
ジョンやテッドたち、それにアレンおじさんの力があってこそだ。
目標を持って切磋琢磨して訓練し続けたからこそ、これほどの実力を手に入れられたのだ。
いくらみんなに感謝しても足らないほどの素晴らしい時間だった。
だから私はこれから待っている時間も、心の底から楽しまなければならないのだと思う。
そう、私を待っているもの。
至福の空間。
クリスタルウルフの、モフモフワールドを!
つまりは、女にも単純な部分はあるということだ。
可愛いものに関して、私は極めて単純である。
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