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第二部 プロムナード編

第四話

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「うおー! 帰って来たぜぃ!」
 
 鞄を振り回し、ダッシュで石造りの門をくぐる。
 いやー、久々にくる学校って、なんでこんなワクワクするのかな? 懐かしい風の匂いだぜ……と悦に入りつつ、空気を胸いっぱいに吸い込んでいると、イノリの軽やかな笑い声がする。
 
「あはは、トキちゃんてば。はしゃぎすぎだよー」
「だってよー、あんま人いねえ学校って、なんか楽しくねえ? 俺、いっぺん走り回ってみたかったんだ」
「わんぱくさんだなぁ。そんじゃあさー、俺と寮まで鬼ごっこしようか?」
 
 こてん、と首を傾げたイノリの薄茶の目が、悪戯っぽく光る。俺は、ニカッと笑って頷いた。
 
「おうっ、望むところだぜ!」
「じゃあ、トキちゃん逃げてみてー。俺、三秒数えたら追っかけるからねぇ」
「わかったぜ!」
 
 肩掛け鞄をリュックみたいに背負って、重心がぶれねえようにする。俺は、二、三回屈伸して膝を整えると、思い切り地面を蹴った。
 
「うおおお!」
 
 俺はビュンビュン風を切って、校舎をごぼう抜きにする。
 背後から「さーんにーい……」とのんびりしたカウントが聞こえてきた。肩越しに振り返ると、ゆったりと腕を伸ばしているイノリが、かなり遠くに見えた。ゆうに校舎三棟ぶんは、距離がある。
 
 ――いやあ、冬休み中も欠かさず走り込んだ脹脛、いい仕事するぜ。
 
 いかなイノリと言えど、そうそう追いつけまい。
 
「うははは」
 
 いい気分で、前を向いた俺の視界に、亜麻色の光がゆらりと過った。あれ? と思った矢先、体がひょんと宙に浮かんだ。足が地面から離れて、いっきに青空に近くなる。
 
「でえっ?」
 
 ぎょっと目をひんむいた俺は、イノリが俺の胴体を掴み、頭の上で高々と「ヒコーキ」をしてるって、気づいた。
 
「おおおい! 何やってんだ!?」
「わーい。トキちゃん捕ったどー」
「俺はとれたて海の幸かっ」
 
 ツッコんでから、風になびく髪が金色の光を纏ってると気付く。――こ、こいつ、魔法使いやがったな!
 
「こらーっ、ずりいぞイノリ!」
「あはは、だって魔法使いだもーん」
 
 じたばたもがく俺をよそに、イノリはご機嫌に走り続けてる。
 脇腹を掴む手は、ソフトタッチなのにびくともせん。こいつ、卵を取り合うコンテストがあったら、間違いなく優勝だろ。
 
「ふふっ。トキちゃん、楽しいねえ」
「!」
 
 振り仰いだ顔に、無邪気な笑みが浮かんでいる。――こんな顔されたら、しかたねえや。
 
「イノリ! もっと飛ばそうぜ」
「はーい。トキオ号はっしーん」
 
 俺は景気よく、イノリをあおった。
 スピードアップして、ぐんぐんレンガ畳の道をゆく。左右の樹木が風でサァァ……と音を立てる。
 
 ――ふふ……くく……
 
「ん?」
 
 葉擦れに混ざって、笑い声が聞こえたような。
 疑問がもたげたのと同時、イノリがキキーッ! と急停止した。
 な、なんだ?! ――目を白黒させているうちに、腕の中に赤ん坊のように抱えられちまう。
 
「おい、イノリ?!」
「……」
 
 たじろぐ俺を目で制し、イノリは自由な方の人差し指を拳銃のように突きつけ、
 
 ――ゴォォ……!
 
 近くの樫の木に向かって、竜巻を放った。
 
「でえ?!」
 
 メキメキ……バリーン!
 
 竜巻は、枝をせんべいのように粉砕し、ふっ飛ばした。衝撃の余波で木が大きく撓ったかと思うと――そこから、ちいさな影が飛び出してきた。
 影はくるくると回転し、青空に高く浮かんだと思うと、俺たちの前に着地する。
 
「桜沢、こんのドアホッ! いきなり、何してくれてんのじゃあ!」
 
 影――須々木先輩は、澄んだ声で怒鳴った。勢いよく顔を上げた拍子に、真っ赤な髪がふわっとなびく。
 おお、先輩、休み中にイメチェンしたのか――じゃなくて。
 
「先輩、なんでここに!?」
 
 イノリの腕から降りて駆け寄る。
 と、須々木先輩は険しい顔をゆるめて、よっと手を上げた。
 
「おひさしゅう、吉村くん! せっかく出向いてもらうから、サプライズでお迎えせな♡ と思って」
「そ、それで木の中に?」
 
 エキセントリックすぎんだろ。
 
「うん。そしたら、あのアホが!」
 
 言葉の途中で羅刹のような面になった先輩が、親指でイノリを指した。当の本人は、しれっと肩を竦めて言う。
 
「だってぇ、木の中に変な気配があってー。怖いなあーって思ったんすもん」
「嘘つけ、お前やったらわかるやろ! ――さては、八つ当たりやな?」
「まさかあ。先輩相手にそんなんしねーっす」
 
 やいやいと言い合う二人に、俺はあっけにとられた。我に返って「まあまあ」と間に割って入る。
 
「すんません、須々木先輩。来てくれて嬉しいっす! ほら、イノリも謝って」
 
 びっくりしちまったにしても、危ないからな。背中を叩くと、イノリもぺこりと頭を下げる。
 
「はーい。須々木先輩、ごめんなさい」
「……うわ、わかりやす。これはこれで腹立つな」
 
 須々木先輩は、可愛い顔をげっと顰めたものの、すぐに寄った眉根をひらいた。
 
「まあええわ、ぼくもデバガメやったもんね。吉村くん、桜沢。二人とも、よう来てくれたなあ」
「うす!」
 
 ぴっと敬礼すると、須々木先輩はニッコリして、踵を返す。颯爽と前を行く赤い髪が、風になびいた。
 
「ほな、さっそく待ち合わせに行こか。桜沢のこと、みんな待っとるから」
 
 
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