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第一部 決闘大会編

二百話

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「うーむ」
 
 俺は、小瓶を蛍光灯にかざした。中指くらいの長さの瓶には、白っぽい空色の水薬が入っている。
 これは、姫子先生が俺にくれた課題だ。
 っていうのも、遡ること二時間前――
 
「わが身に宿る風の元素よ~」
「わが身に宿る土の元素よ~」
「わが身に宿る水の元素よ~」
「わが身に宿る火の元素よ~……」
 
 うーん、なんも起こんねえぞ。
 順繰りに詠唱していってるものの、鍋の中身に影響はなかった。俺が苦戦してることを察し、見に来てくれた姫子先生も不思議そうで。
 
「おかしいわね。程度の差はあれ、みんな何らかの変化は起きているんだけど……」
「なんでっすかね?」

 先生は、俺の目を覗き込んで、

「魔力もちゃんと動いているね。詠唱に問題もないし……どうして、放出がうまくいかないのかしら……」

 何事か独り言を呟いて、しきりに首を傾げている。 
 結局、俺だけなんの変化も起きなくて、特別課題が出た感じ。姫子先生は、ガラスの小瓶に俺の作った回復薬(レベル1)を入れて、持たせてくれた。
 
「この薬に、魔力を込める練習してみて。それで、次の授業に持ってきてくれる? どれくらい魔力の変化があったのか、見るから」
「わかりました!」

 って、顛末なんだな。
 ちゃぷ、と手の中の水薬が揺れる。今は白っぽいけど、クラスアップすると澄んだ空色になるんだって。
 先生いわく、うちのクラスでそこまで行けたのは、三人だけらしいよ。

「おい」
「わっ?」

 突然、現実に引き戻されてギョッとする。振り返れば、箒を携えた鳶尾が俺を睨んでて。

「さっきから、何をさぼってるわけ。お前のせいで、いつまでたっても帰れないんだけど」
「あ、悪い」

 そうだった。
 今は、法規の授業が終わって、教室の片付けしてるところ。しかし、いつも鳶尾と居残りさせられんのは何故なのか?
 まあ、今はぼーっとしてた俺が悪いや。
 ポケットに小瓶をしまって、せかせかと机を拭く。
 すると、鳶尾が、俺の前に回り込んできた。
 

「何だよ?」
「別に……さっきの、姫子先生の課題だろ? うちのクラスで出されたの、お前だけって知ってる?」
「そうなのか?」
「というか、学年でもそういないかもね。魔力を込めるなんて、小等部の生徒でも出きることなのに。惨めだと思わないわけ?」

 そう言って、鳶尾は大げさに肩を竦めた。ムッとして、言い返す。

「俺だって、出来るようになるんだ。その為の課題だし!」
「は、劣等生はこれだから。自分のために先生の手を煩わすのが当然の権利って、勘違いしてない? 能力どころか、メンタリティまで下なんだね」
「うぐっ」

 めっちゃ、痛いとこ突いてくるな! うぐ……と呻いていると、鳶尾はフンと鼻で笑った。
 と、思ったら。
 ビュン、といきなりポケットに手を突っ込まれる。

「うわ!」
「……ふん。元々大した出来じゃないな」 

 一瞬で身を引いた鳶尾の手には、小瓶があった。乱暴に揺らされて、ちゃぷちゃぷと水音がする。

「あっ、返せよ!」

 慌てて手を伸ばすと、かわすように高くに持ち上げられた。薬を追いかけて、飛び回る。でも、あとちょっと届かねえ。


「くそー!」
「ふっ」

 鳶尾は、勝ち誇った顔で俺を見下ろした。
 そして。

――キィン……。

「あっ」

 鳶尾の手の中で、四色の光が点滅する。

「ほら、返すよ」
「……あー!」

 ぽい、と投げて寄越した小瓶をスライディングしてキャッチした。はっし、と掴んだそれを見て、俺は叫んだ。

「色変わっちゃってる! どうしてくれんだよっ」

 俺の薬は、澄んだ空色になってしまっていた。
 完成しちゃったら、練習できねえじゃん。せっかく、姫子先生が用意してくれたのに!
 食ってかかると、鳶尾は横目で睨んできた。

「どうするって? この程度のことも出来ないお前が、ボクに何をさせるつもり?」
「それは――普通に謝るとか」
「はっ」

 鳶尾は鼻で笑うと、俺の胸ぐらを掴んできた。

「ボクがお前に謝る? ごめんだね。魔法使いの世界では、実力が全て。何しようが、勝つものが偉いんだ」

 めちゃくちゃ俺様やんけ。
 思わずポカンとしていると、鳶尾はすかさず追撃を加えてくる。

「お前、決闘辞退しろよ」
「は?」

 何言ってんだこいつ。俺は、鳶尾の顔をまじまじと見た。

「やだし。お前が挑んできたんじゃん」

 なんで俺が断るのよ。てか、宣誓破ったら退学にもなるし、普通に困る。
 そう言うと、鳶尾は肩を竦めた。

「わからないかな? ボクの温情ってものが。無様を晒さずに、学校を辞めさせてやるって行ってるんだ」
「はあ?!」

 無茶苦茶だ。
 てか、いくらなんでも、馬鹿にしすぎだぜ。俺は奴をキッと睨み付けた。

「やなこった! お前こそ、俺と闘うのが怖いから、そんなこと言ってんだな!?」

 カッとなって、言った瞬間。
 どん! と突き飛ばされて床に尻餅をつく。

「あいだっ!」
「思い上がるな、劣等生!」

 鳶尾は怒鳴って、めちゃくちゃ俺を睨み付けた。
 そして、ずかずかと乱暴な足取りで教室を出ていった。

「ひえ……」

 あ、あいつ、テンション乱高下すぎねぇ? ちょっと、たじろぐわ。
 打ったケツを擦りながら、どっこいしょと立ち上がる。
 小瓶は、幸い割れてなかった。しかし、完璧に薬出来てる所をみると――鳶尾の実力てのはスゲーもんだ、とわかる。

「とはいえ! ビビる俺じゃないんだぜっ」

 ふんす、と布巾を握る。
 鳶尾め、絶対勝てると思ってると、ビックリする羽目になるからな!
 気合いをこめて、掃除を再開した。せっせと机を拭き、床を掃く。

――ガラッ。

 しばらくして、背後で戸が開いた。
 なんだ。
 鳶尾のやつが戻ってきたのか?
 そう思って、のんびり振り返ると――そこには。

「よー、吉村」
「こんなとこで、何やってンの?」

 泰我先輩と利登先輩が、ひらひらと手を振っていた。

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