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第一部 決闘大会編

百九十六話

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「はー……」
 
 俺は、机に向かいながらため息を吐いた。
 駄目だ。全然、集中できねえ。
 鉛筆をコロコロ転がしていると、ベッドに寝そべっていた西浦先輩が、心配そうに言う。
 
「吉ちゃん、どうしたの。何か心配事?」
「あっ、いえ! 何でもないっす」
 
 慌てて、首をブンブン振る。先輩はナットクいかなそうに、眉根を寄せている。
 
「でも――」
 
 そのとき、コンコンとノックの音がした。ひょい、と顔を出したのは、真北先輩だった。
 
「西浦、ちょっといいか?」
「真北。どうしたんだよ」
「ちょっと、決闘大会のことでさ――」
 
 ちら、と真北先輩は俺を見る。ピンと来て、俺はあわてて課題と筆記具をまとめた。
 
「あっ。俺、出てますよ」
「いや、いいよ! おれたちが出るから。いいよな?」
「まあ、いいケド」
 
 口をとがらせる真北先輩の背を、西浦先輩がグイグイと押していく。
 
「じゃあ、部屋の前にいるから。何かあったら、声かけてね」
「は、はい! すんません」
 
 一礼したところで、パタン、と扉が閉まる。……気を使ってもらっちまって、申し訳ないや。俺を一人にしないように、西浦先輩も、佐賀先輩もかなりの不便をしてもらってて。
 
 ――真帆は、やたらお前に肩入れして……
 
「うう……」
 
 俺のせい、とかさ。
 落ち込んだって、みんなの気持ちに不誠実だって、分かってるんだけど。
 先輩たちも、二見も、イノリも。みんな、俺のために心を砕いてくれているんだから。
 それにこたえるには、元気に、やるべきことをやって、序列をあげるんだって。
 
「わかってんだけど……俺だけ、自分のことしてて、いいのかな……」
 
 なにか、見て見ぬふりをしてるような――そんな気になってしまうというか。
 
「えーい! やめやめ!」
 
 頭を振って、荷物を机に置きなおす。と、ノートの上を消しゴムが、落っこちた。ちびた消しゴムは、コロコロと遠くまで転がって。前つかってたベッドの下に、入り込んでしまう。

「あらら」

 四つん這いになって、ベッドの下を探ると、指先にコツン、と何か当たった。なんか――紙袋、みたいな。「よいしょ」と引っ張り出すと、ゆうパックの袋だった。何故かガムテープで、ぐるぐる巻きになっている。
 
「これ……」
 
 こないだ、教科書をまとめて入れた袋だと思ったけど。でも、あの袋はこんな風に、ぐるぐる巻きにはしなかったよな。
 じゃ、これは――もしかして。
 
「記憶をなくす前の、俺が入れたやつ……?」
 
 袋はずっしりと重くって、揺らしてみるとガサガサと中で何か傾く感じがした。
 何が入ってんだろう? なんとなく、本みたいな気がするけど。
 俺は、意を決して、ガムテープを剥がす。
 袋をさかさまにして、中からドサドサ出てきたのは――教科書やノート、参考書。運動靴と、体操服、エトセトラ。
 よくこんな、詰めたな! 重いはずだわ。しかも、ずい分無秩序なラインナップだぜ。
 
「この運動靴とか、気に入ってたやつなのに。なんで無いんだって思っ――」
 
 ひょいと手にとって、ギクリとする。
 運動靴は、鳩目が全部切り取られて、中敷きがごっそりなくなっていた。 
 他の教科書やノートも、大方似たありさまで。なんつーか、なんでこんなことすんだろって、悲しくなってくる。
 それでも、なんで前の俺が捨てなかったのか、なんとなくわかるから。
 
「……」
 
 俺は、無言で中を改めた。
 すると、一冊のファイルから、ばさりと何か落ちた。キレイな草花柄のカバーがついていて、大きめの手帳みたいだ。
 俺、こんなん持ってたときねえぞ。
 怪訝に思いつつ、拾い上げて中を開いた。
 すると、出し抜けにイノリの横顔が出て来て、度肝を抜かれる。
 
「えっ?!」
 
 そこにあったのは、イノリの写真だった。どうも、これはフォトアルバムらしい。見開きで四枚、写真が収納されている。
 その四枚ともに、イノリが写っていた。
 
「ど、どういう……」
 
 ぺら、とめくっていく。めくっても、めくっても、イノリの写真。
 机に頬杖をついていたり、壁にもたれていたり、ポーズは色々。背景から、この学校の校舎だってわかるけど。イノリは制服とも、イノリのセンスとも違う、簡素な衣服を着ていた。
 なんだこれ、と混乱しつつ、ページを繰る。
 
「あれ」
 
 と、ページを遡っていくごとに、イノリが幼くなっていく事に気がついた。
 
「この、イノリ! 髪が短い。これは、確か……中学二年だ。あいつ、美容院で失敗したって、落ち込んでて……指に包帯を巻いてるのは、小6だ。あいつ、べっこう飴作ってたんだって……」
 
 俺は、ぴたりと手を止める。
 珍しく、その写真はイノリ一人が写ってたんじゃなかった。
 ……四人の男の子が、黒板の前に並んで立っている。何かの、記念写真みたいに。
 今までの写真で、一番幼いイノリが、端っこで写ってて。
 その隣に、見覚えのある生徒が立っている。
 俺の知ってる面影じゃ、これより少し髪が長い。でも、線の細い雰囲気と、綺麗な顔立ちは変わってねえ。
 
 ――お前は、桜沢くんに相応しくない!
 
「こいつ……俺を突き落とした!」
 
 下駄箱で、どこかの教室でなんどか見かけた、あいつじゃねえか。
 
「なんで、こんなもんを、俺は持ってるんだ……?」
 
 ――ズキッ!
 
 頭が、シェイクされてるみたいに痛い。冷や汗でぬめる手から、アルバムが滑り落ちた。
 バサリ、と床で開いたそれを、目で追いかけて――。
 
「あっ」
 
 俺は、鋭く叫んだ。
 脳裏に、ぐるぐると映像のように記憶が巻き戻る。
 
 
 
 ――青空。
 ざあざあと、波のような音を立てる紅葉。――ああ、ここは、温室の近くだ。
 
 ――これを、見て欲しい。
 
 差し出されたフォトアルバムを、俺は受け取っていて。
 精悍で強そうな手の先を、戸惑う様に見上げた。
 
 ――どれだけ、水脈が彼を思って来たか……どうか、わかってやってくれないか……
 
 切実な、誠実な声が訴えるように言う。
 この声、知ってる。
 いつも、良い人で――
 
 
「――吉ちゃん!」
「はっ!」
 
 俺は、我に返った。
 気づけば、横ざまに床に倒れ込んでいて。西浦先輩が、心配そうに俺をのぞき込んでいた。
 
「ひどい顔色だよ。すごい汗だし……」
「先輩」
 
 先輩のひんやりした手が、俺の額を冷ます。西浦先輩は、俺を抱き起してくれながら、「あれ」と呟いた。
 
「何、この写真?」
「!」
 
 俺は、ギクリとする。
 先輩が見ているページには――この学園の制服を着た、おかっぱの儚げな生徒と。その肩を抱く、スポーツ刈りの精悍な青年――白井さんが写っていた。
 
 
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