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第一部 決闘大会編

百二十一話

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 焼きそばをたいらげて、俺のおにぎりも半分こすると、腹いっぱいになった。
 机にうんと伸びをすると、でっかいあくびが出た。
 イノリは頬杖をついて、くすくす笑っている。

「トキちゃん、眠そう」
「んー、へいきへいき」

 突っ伏したまま、手をぺらぺら振る。
 と、頭にでっかい手が乗っかった。ほんわりとあったかい。

「寝ていいよ。俺、時間見てるから」
「うう……」

 米神を指で優しく擦られて、頭の芯から、痺れるみたいな眠気が来た。
 眠い、眠すぎる。
 けど、今日は寝るわけにはいかねえ。
 イノリと話したいことがあるんだ。メシのことや、試験のことも。あと――「お布団タワー」のこととか。警備の仕事、やっぱり危ないこともあるみたいだし、心配なんだ。

「うぐぐ。お、起き」

 机の角を掴んで、ふらふらと上体を起こす。よ、よし。これで、なんとか――。

「のわ」
「トキちゃんっ」

 よろけて、顔面が机に急降下。イノリが慌てて腕を伸ばして、抱き留めてくれる。
 ポフ、と頬がカーデに埋まった。
 
「痛いとこない?」
「う、うん。わり」

 び、びっくりした。「寝ぼけてるときは、飲酒運転とほぼ同じ!」って父さん言うけど、本当だな。
 でも、ビビったおかげなのか、けっこう目が覚めたぞ。
 体を起こそうとして、イノリの心配そうな目とかちあった。

「トキちゃん。無理しないで?」
「えっ」

 真剣な声音に、ハッとする。
 イノリは、静かに言葉を続けた。

「俺、最近ね。風紀によく出入りするんだぁ。業務の都合で」
「そうなん?」
「だから……ごめん。第三にトキちゃんが行ったの、知っちゃった」
「そうなのか……」
「トキちゃんさ。何か困ってるんだよね?」

 イノリの言葉は、一応疑問形だったけど、本当は「わかってる」んだって言っていた。
 頬を包まれて、じっと見つめられる。
 薄茶の目がきらきらと強い光を放っていて、俺は息を飲む。

「トキちゃん、疲れた顔してるよ。……俺、休ませてあげたいの」
「イノリ……ありがとう」

 俺は、イノリの手を包む。
 イノリは、いつも優しい。
 俺が隠したいのわかってて、はっきり言わないでくれる。

「でも俺、大丈夫。もうちょっと自分でなんとかしてみるよ!」

 そう言って、ニカッと笑ってみせる。
 イノリは、眉をハの字にして、困り顔になる。いつも、心配かけてごめんな。
……でも、俺もお前が心配だよ。
 この前さ。
 二見に話し聞いて、あらためて思ったんだ。
 お前って、「しんどい」とか。俺に言わないよなって。
 「紫」に選ばれて、大変だったこと。俺が怪我して、きっとすごく心配してくれてたこと。ずっと一人で、闘ってたこと。――もっと前、俺たちの親のこと知ったときも。もしかしたら、俺の知らないたくさんのことでも。
 いつも俺のことばっか気遣って、自分を後回しにしちゃうんだよな。
 最近も、ずっと忙しそうじゃん。
 この上、俺のことまで背負ってほしくねえんだ。

「……そっかぁ」
「おう!」

 イノリは目を伏せて、小さく息を吐いた。
 
「でも、無理はしないで。俺がいること、忘れないで。約束だよ?」
「――うん! わかった」

 俺は、笑顔で思いっきり頷く。 
 イノリに相談したら、絶対ちからになってくれるってわかる。それだけで、俺は大丈夫なんだ。
 だから、

「イノリ! 俺さ、頑張るから。待っててくれな」

 決意を込めて、でっかい手を握る。イノリは、目を見開いた。 

「……トキちゃんは、いつも頑張ってるよ?」
「サンキュ。でも俺、もっと強くなりてえから」

 俺が、もっと強くってカッコイイ奴になったら。
 例えば、会長みたいなスケールのでっかい男になったら。
 しんどいとかも言って、俺を頼ってくれるようになるよな?
 照れくさくなって俯くと、腕を引かれた。
 ぎゅうっと強い力で、背中を抱かれる。
 甘い香りに包まれて、俺は目を丸くした。

「イノリ?」
「……っ」

 しばらくして、ぱっと体を離される。
 イノリは、ニッコリと笑って言ってくれた。

「俺、待ってるね」
「うん!」

 俺は期待されたのが嬉しくて、笑い返した。

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