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第一部 決闘大会編

四十七話

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 全快!
 翌朝、俺はスッキリ爽快気分で寮を飛び出した。
 病み上がりって、いつもの倍くらい清々しいよな。なんつーか、お日様感謝って気分になるっつーか。
 その上、最近頭を悩ましていた問題が、昨日いっぺんに解決してしまったわけで。もう、向かうところ敵なしだぜ! って気分だ。
 朝飯をたんまり食って、補習へ向かう。
 西浦先輩から、葛城先生が「明日は無理そうなら来なくていい」って言ってたって聞いたんだけどさ。もうすげえ元気だし、昨日の報告を先生にしときたいもんな。


 しかし、グラウンドに一番乗りで顔を出した俺に、葛城先生は目を丸くした。さらに、俺が走るつもりだとわかると、ギンと眉を吊り上げる。

「駄目だ。大事を取って休め」
「大丈夫っす! もう気分爽快で」
「馬鹿もの! 魔力中枢の乱れを甘く見るな。今日は欠席してもいいくらいだというのに」
「す、すんません!」

 えらい剣幕で叱られ、ぺこぺこと頭を下げる。呆れ顔で、先生はため息を吐いた。

「まあ、来てしまったものは仕方ない。――僕としても、お前から聞いておきたいこともあったしな。おい」
「うす」

 先生は首から下げていた鍵を一つ外すと、俺に投げてよこした。

「僕の部屋の鍵だ。後で話をするから、中に入って待っているように。ちゃんとあったかくして――お前、ヒーターの付け方ぐらいわかるだろうな?」
「えっ、その」
「こんな寒空に見学など、僕の道義心が許さん。わかったら、さっさと行け」

 話し終えると、先生はクルッと背中を向けて行ってしまった。
 ちょうど、片倉先輩と森脇が来たところで、葛城先生の威勢がいい号令で、補習が開始される。先生と目が合うと、「さっさと行け!」と言うように睨まれる。
 うーむ、まごまごしてても仕方ないか。
 ここはひとつ、先生のご厚意に甘えよう。
 森脇が、突っ立ってる俺にちらちらと不思議そうな目を向けていた。それに、へらっと笑い返すと、俺は歩き出した。


 家主のいない家ってなんか不思議だな。いや、部屋なんだけど。
 そこに居るはずの人がいないのに、自分がいるってのがなんか面白い。
 まあ、実家のイノリの部屋とかだったら、勝手知ったるナンチャラすぎてそんな風には思わんけど。
 言いつけ通りヒーター付けて、ソファに座って先生を待つ。
 来るたんび思うんだけど、本がいっぱいだ。天井に支えてる本棚にはきちきちに本が詰まってんのに、床とか机でも雪崩起こしてる。
 先生これ、全部読むんだよな。すげえなあ。漫画でも、読める気がしねえや。
 ふと、ローテーブルの上にある本に、目を引かれる。

「お、これ『サルでもわかる魔力コントロールbasic2』じゃん! ……待ってる間、ちょっと借りて良いかな?」

 手に取って、ページを開く。一巻と同じで、絵が多くてわかりやすい。
――なになに。魔力コントロールは、まず単一の元素を確実に呼び起こすことから始め、慣れてきたら複合させることを…………。


「待たせたな、吉村」
「……あっ。お疲れ様です!」

 夢中で読んでて、葛城先生が戻ってきたことに気づかなかった。
 慌てて立ち上がり、頭を下げる。先生は鷹揚に頷いて、対面のソファに腰を下ろした。

「それ読んでいたのか?」
「あ! これ、勝手に借りちまって」
「構わん。人に読ませるために書いてるんだ。好きに読むといい」
「え、マジっすか?」

 「勉強しろ」って貸してくれた。先生、太っ腹だぜ。

「さて、本題に入るか。吉村、こっちを見ろ」
「あ、うす……?!」

 なにげに顔を上げて、ぎょっとする。
 先生は、虫眼鏡を右目に当てていて、レンズの中で目がでっかくなってる。
 戸惑う俺に対して、先生は真剣そのものだ。時折、「うむ」とか「なるほど」とか頷いててちょっと怖い。

「――なるほど。風の元素が、完全に表出している。中枢も、魔力管も無傷のようだな。しかし、一回でここまでしてしまうとは無謀な。こいつの魔力量だと、かなり暴れたはずだが……」
「あ、あのー?」
「ああ、すまん。吉村、問題なく起きているから安心しろ。熱が出たのは、急檄に魔力が動いたための疲労のようだ。まあ一応、今日は安静にしているがいい」
「はい」

 よくわかんねえけど、うまくいってるってことだよな。
 頷くと、先生は言葉を続ける。

「お前、今日は特別に体が軽いだろう? それは風の元素が表出しているからだ。他の元素が起きるにつれ、またいつもと違った感じがすると思う。その感覚は、コントロールに役立つから覚えておけよ」
「はい!」
「あと、これを貸す」

 先生は、楕円形の箱を俺に差し出した。中を開くと、普通の眼鏡がおさまっている。
 でも俺、目はけっこう良いぞ。
 首を傾げてると、先生は説明してくれた。

「それは特殊な魔石で造られた眼鏡だ。魔力による瞳の色の変色を解りにくくする。お前の目はかなり目立つ。色が元に戻るまで、かけていると良い」
「あ……はい。ありがとうございます」

 なんだと。そんな便利なもんがこの世に存在してたのか。
 佐賀先輩のアドバイス通り伏し目にしてたけど、それもまぶた疲れるからな。
 さっそくかけさせてもらうと、先生が満足そうに頷いた。

「それでいい。妙な半目は、目に悪い」
「あはは……」

 思わず半笑いになる。

「わが校は、伝統的に「人の弱点は叩け」だからな。妙な風習も蔓延していることだし、かけておくのが無難だろう」
「妙な風習?」
「なに。特別な関係の相手に魔力を注いで目の色を変える――ような遊びが昔からずっと、流行っているのさ。古今東西、この年頃はバカばかりだな。無理にそんなことをしたら、魔力中枢が乱れるだろうに」
「えっ」

 ちょっと、ドキッとする。

「ああ、お前の場合は違うぞ。それは、お前の魔力が表出しているだけだから。だが、魔力量の問題で、普通そこまで色がハッキリと定着しない。そこを、一時的に魔力量を増やす方法をとって、無理にだな――――まあ、そんなことはいい。大事なのは、こんなバカがいるせいで、お前が誤解されるかもしれんということだ。人前で、ゆめゆめ外すなよ」
「う、うす!」

 先生は、急に早口になると話を締めくくった。
 ちょっとわかんねえとこもあったけど、先生が俺を心配してくれたのは伝わった。思わず、頬が緩む。

「ありがとうございますっ」
「うむ。まあ、それくらいだ。吉村、これから他の元素も起こしていくだろうが、きちんと報告に来ることだ。経過を見るから」
「はいっ」
「あと、お前の相手に伝えろ。水と土は二回、火は三回に分けて起こしたほうが良い、とな」
「はい、伝えます!」
「また、不安があれば何でも聞きに来い。――吉村、魔力を起こして、まずここからだぞ。これから、授業が今までと違った様に感じると思う。楽しみにしておけ」

 そう言って、葛城先生は珍しくほんのちょっと口端をあげた。
 俺は、つられて笑顔になる。

「はい!」

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