上 下
34 / 239
第一部 決闘大会編

三十四話

しおりを挟む
 今日も今日とて、早朝の補習だ。
 俺たちは葛城先生のもと、グラウンドに集まってたったか走る。

「寒いだろうが、集中だ! 元素に集中しろお前達!」
「うす!」

 一晩経って、俺はだいぶ調子を取り戻していた。
 そりゃ、最初は衝撃的だったけど。よく考えたら、裸が何だってんだって話だよな。
 だって俺は、大浴場にだって行くわけで。イノリとも、ガキの頃から何度も一緒に風呂に入ってるんだし。
 あいつだって、きっとそういう感覚だったから、さらっと「見てあげる」って言ったんだろう。
 うん。きっとそうだ。

「吉村、ペースが乱れてるぞ。ちゃんと呼吸を整えろ!」
「うす!」

 葛城先生の威勢のいい檄に、応える。今朝はかなり寒いから、吐く息が白く上った。もう、すっかり冬だな。



「あの、吉村くん。な、なにかあったの?」
「へ?」

 着替えていると、森脇におずおずと尋ねられた。きょとんとして見返すと、森脇は手をもじもじさせながら言葉を続ける。

「その、きっ気のせいかも、なんだけど。今日、ちょっと調子悪そうだった、よね? だから、あの……」
「えっ」

 びっくりした。
 そんなに態度に出てたのか、俺。全然、いつも通りのつもりだったんだけど。
 気づいてみれば、心配そうな森脇の向こう、一人離れて着替えていた片倉先輩もこっちを見ている。
 俺は苦笑いして、頭を掻いた。

「あー。ごめん、心配かけて。ちょっと考え事しててさ」
「か、考え事?」

 森脇は、窺うように俺を見る。「どういうこと?」って、目が言っていて、俺はわけを言うか逡巡する。
 でも、ちょっと皆にも聞いてみてえ。魔力を触るって、どういう認識でいるもんか。

「あのさ、ちょっと変な事聞くんだけど」
「な、なに?」

 こそこそ、と小声で聞くと、森脇は真剣な顔で耳を傾けてくれる。

「森脇ってさ、そのー……魔力って、ダチに触られたことある?」
「ふええっ?!!」

 聞き終わるかどうかで、森脇は大声を上げてのけ反った。青白い肌が、ぶわーっと真っ赤に茹で上がる。
 あっけにとられる俺をよそに、森脇はあわあわとシャツを掻き寄せてる。

「えっ、何で? 何でそんなこと聞くのっ?! あっ! もしかして僕、なんか変だったのかな」
「え、いや、その」

 何やら大慌ての森脇に、俺も狼狽える。
 と、いつのまにやら近寄っていた片倉先輩に、タオルで頭をはたかれた。

「わぷっ」
「アホかお前。朝っぱらから何聞いてんだボケ。セクハラで訴えるぞ変態」
「ひ、ひでえ!」

 流れるような罵倒の嵐。
 ガビーンとなる俺に、先輩はあきれ返った目を向ける。

「おい馬鹿。魔力に触るってのは、確かに医者の治療みてえなもんだよ。けどな、思春期だぜ。「その質問」は、クソ野郎に見下されて好き放題されたか、てめえ自身を好きにさせる相手がいるか、暗に聞いてることになんだよ」
「え」

 俺は、目を見開いた。先輩は苛立たし気に鼻を鳴らす。

「転校したてだか知らねえけどなぁ。こっちも、お前のもの知らずにイラつく自由があるんだわ。俺に聞いてたら、ぶっ飛ばしてるからな」
「す、すんません」

 深く頭を下げると、片倉先輩は不機嫌そうに息を吐いた。
 なんてこった。俺は、すげえ失礼をかましてしまっていたらしい。
 俺は慌てて、うずくまる森脇の前に膝をついて、平謝りした。

「ごめんな、森脇。立ち入ったこと聞いちまって」
「う、ううん。僕こそ、大騒ぎしちゃってごめん……」

 森脇は、へにゃっと眉を下げて首を振る。心配してくれたのに、悪いことしちまった。
 片倉先輩は、ガシガシと頭を掻きむしったかと思うと、投げやりに言う。

「吉村、そういうことだから。触らせろとか言われても、ホイホイ頷かねえで嫌がれよ。……まぁ、黒の抵抗なんざ、知れてるけど。合意だったなんざ、言われたかねえだろ」

 俺はともかく頷いた。先輩が、言葉はぶっきらぼうでも心配してくれてんのがわかったから。
 けど本当は、頭がぐるぐるして、何も言えなかっただけかも。
 二人の反応的に、やっぱアレなのかな。俺らのしたことって。
 あっ、やべえ。
 俺、ちょっとショック受けてるかも。なんでなのか、わかんねえけど……。




 ぐるぐるしながら授業受けて、昼休みになってさ。
 305教室に入ったら、イノリが出迎えてくれた。

「トキちゃん、おはよー」
「おはよ、イノリ」

 いつも通りだ。ぐだぐだ考えてんのは、俺だけだから当たり前なんだけど。
 イノリは、ニコニコしながらカセットコンロにやかんをかけていた。

「今日も寒いねぇ。あったかいもん飲みたいなーと思って、色々持ってきたんだー」
「わ、すげえ」
「でしょ。トキちゃんどれがいい?」
「え、いいのか? なんかすげー紅茶とかあるけど」
「いいよー。ぜんぶ貰いもんだし気にしないで」

 机の上には、色とりどりの使い切りパックが広げられてた。ほうじ茶ラテとか、ルイボスティとか、普段飲まないようなもんもあって、もの珍しい。
 「はい」と、紙コップを手渡される。

「ルイボスティって、とんかつ屋でしか飲んだことねえ」
「あ、俺もー。やべぇ、とんかつ食いたくなりそー」
「なんちゃらの犬だろ、それ」

 だらだら喋りながら、湯の沸くのを待つ。
 昨日のことは、話題にならない。
 俺が言わないから、イノリは待ってくれてるんだと思う。優しい奴だ。
 ちら、と隣を見れば、おっとりと笑う横顔がある。
 そうなんだよなあ。
 イノリは親友なんだ。俺を傷つけたりしないって、はっきりしてる。
 俺は、なにをこんなに気にしてるんだろう。

「トキちゃん?」

 振り返ったイノリが、不思議そうに首を傾げる。俺は、ハッとして目を逸らす。

「えーと。もう、沸いたかな?」
「あ、待って。このやかん、取っ手が脆いから――」

 誤魔化そうとやかんに手を伸ばすと、イノリが慌てて止めようとする。
 そしたら、イノリの手に、俺の手が触って。
 
「あ……」

 無意識に、手がパッと逃げてしまった。
 イノリの目が、大きく見開かれたのを見て。
 失敗を悟ったけど、後の祭りだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

烏木の使いと守護騎士の誓いを破るなんてとんでもない

時雨
BL
いつもの通勤中に猫を助ける為に車道に飛び出し車に轢かれて死んでしまったオレは、気が付けば見知らぬ異世界の道の真ん中に大の字で寝ていた。 通りがかりの騎士風のコスプレをしたお兄さんに偶然助けてもらうが、言葉は全く通じない様子。 黒い髪も瞳もこの世界では珍しいらしいが、なんとか目立たず安心して暮らせる場所を探しつつ、助けてくれた騎士へ恩返しもしたい。 騎士が失踪した大切な女性を捜している道中と知り、手伝いたい……けど、この”恩返し”という名の”人捜し”結構ハードモードじゃない? ◇ブロマンス寄りのふんわりBLです。メインCPは騎士×転移主人公です。 ◇異世界転移・騎士・西洋風ファンタジーと好きな物を詰め込んでいます。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

管理委員長なんてさっさと辞めたい

白鳩 唯斗
BL
王道転校生のせいでストレス爆発寸前の主人公のお話

くんか、くんか Sweet ~甘くて堪らない、君のフェロモン~

天埜鳩愛
BL
爽やかスポーツマンα × 妄想巣作りのキュートΩ☆ お互いのフェロモンをくんかくんかして「甘い❤」ってとろんっとする、可愛い二人のもだきゅんラブコメ王道オメガバースです。 オメガ性を持つ大学生の青葉はアルバイト先のアイスクリームショップの向かいにあるコーヒーショップの店員、小野寺のことが気になっていた。 彼に週末のデートを誘われ浮かれていたが、発情期の予兆で休憩室で眠ってしまう。 目を覚ますと自分にかけられていた小野寺のパーカーから香る彼のフェロモンに我慢できなくなり、発情を促進させてしまった! 他の男に捕まりそうになった時小野寺が駆けつけ、彼の家の保護される。青葉はランドリーバスケットから誘われるように彼の衣服を拾い集めるが……。 ハッピーな気持ちになれる短編Ωバースです

真冬の痛悔

白鳩 唯斗
BL
 闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。  ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。  主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。  むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。

全寮制男子高校生活~行方不明になってた族の総長が王道学園に入学してみた~

雨雪
BL
スイマセン、腐男子要素どこいった状態になりそうだったんでタイトル変えました。 元、腐男子が王道学園に入学してみた。腐男子設定は生きてますがあんま出てこないかもです。 書いてみたいと思ったから書いてみただけのお話。駄文です。 自分が平凡だと本気で思っている非凡の腐男子の全寮制男子校での話。 基本思いつきなんでよくわかんなくなります。 ストーリー繋がんなくなったりするかもです。 1話1話短いです。 18禁要素出す気ないです。書けないです。 出てもキスくらいかなぁ *改稿終わって再投稿も終わったのでとりあえず完結です~

なぜか第三王子と結婚することになりました

鳳来 悠
BL
第三王子が婚約破棄したらしい。そしておれに急に婚約話がやってきた。……そこまではいい。しかし何でその相手が王子なの!?会ったことなんて数えるほどしか───って、え、おれもよく知ってるやつ?身分偽ってたぁ!? こうして結婚せざるを得ない状況になりました…………。 金髪碧眼王子様×黒髪無自覚美人です ハッピーエンドにするつもり 長編とありますが、あまり長くはならないようにする予定です

俺の義兄弟が凄いんだが

kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・ 初投稿です。感想などお待ちしています。

処理中です...