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第一部 決闘大会編

一話

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 「トンネル抜けたら雪国だった」ってやつあるじゃん。
 なんかすげぇ人の書いた、小説の出だしってことで、有名だよな。まあ、俺なんぞは読んだこともねえし、よく知らんのだけど。
 たださ、たかがトンネル一つ抜けただけで世界変わるかよ? ていつも疑問ではあったわけな。だって、トンネル抜けたらいきなり「雪国」だぜ? ステーキ屋とはわけが違うよ。
 するとさ。
 俺と負けず劣らず馬鹿のイノリなんかは「そりゃー、トキちゃん。トンネルにもいろいろあるんだよ。千尋だって、トンネルくぐって不思議の国へ行くんだし」なんて、目ぇきらきらさせて言うんだな。
 そんで、お前ソレ作り話じゃねぇか、やっぱありえねえよなんつって、みんなで馬鹿笑いするのが、いつもの流れってやつだった。
 そう。ほんのちょっと隔たりで、世界が変わるなんてありえねえ。
 ありえねえ、はずだったんだけど。

「とと時生ときおー!? 今日遅いんじゃ……?!!」
「あっ、時生くん! これにはわけが!」

 トンネル抜けたら、異世界だった。
 いや、俺の場合は、トンネルじゃ無くて俺ん家の玄関なんだけど。
 目の前に広がるカオス。
 その根源は、ソファで抱き合う中年のオッサン二人。
 玄関開けたらサトウのごはん、とはいかなくて。異世界よろしく、オッサンどものキスシーンが繰り広げられていた。
 しかも、片や親父で、片や親友の親父って言うね。それって、どういう地獄だよ。
 そりゃ服は着てるし、くんずほぐれつってわけじゃあないよ。
 だけどそんなん、慰めになる?

「なにやってんの? 父さん、おじさん」

 思ったよりクールな声が出た。
 ビビッて飛び上がったちびのオッサンが、ソファから落ちそうになる。間一髪、背の高い美形のオッサンがキャッチした。ちびのオッサンーー俺の親父が頬を赤くしたのをみて、気を失いそうになった。

 いや、今日はさ。部活が休みになったんだよ。
 あ、ちなみに俺は、サッカー部。地区大会も勝ち抜けねー弱小なのに、やたら顧問が張り切ってて、ちょっと頑張ってる系で。
 昭和の熱血サッカー少年そのものに、毎日「うおおおお」とタイヤ引きずって走ってみたり、ドリブルでコーンをなぎ倒したり。
 それでちっとも勝てねえあたり、俺たちマジで才能ねえけど。楽しいからいいか、なんつって。
 まあ今日は、顧問が代理の出張で。テスト前だし、エースの佐藤は追試だとかで、「お前らも、ちっとは勉強しろよ」って、急遽中止になったわけ。
 そんで、いつも最終門限まで、俺が帰ってこないもんだから。オッサンたちは、安心してイチャついていたってわけらしい。
 つか、もしかして、いつもこんなことしてたのか。 
 俺が懸命に部活してる時に、オッサン同士で、不倫キス? 
 それって、かなりクソじゃねえ?

「どういうことよ。二人はマジで何なわけ? ふざけてんの? つきあってんの? 何なのよ? てーか母ちゃんは知ってんの?」
「あわあわわ」

 唾を飛ばして捲し立てる俺に、父さんが泡吹きそうになっている。
 すると美形のオッサンは、そんな相方を庇うように立ち上がり、きりっとした顔になった。
 そんでもって、俺にむかって「武器はねえぞ」とでも言うように、両手を広げてみせる。

「時生くん、落ち着いてください。ちゃんと話をしましょう、ね?」

 猛獣に言うように言われたならよかった。
 いつも通り、大人で親切なおじさんの声で言われ、俺は猛烈にカチンとした。

「誰が落ち着けるか、このくそボケどもっっっ!!!」

 俺は怒鳴り、鞄をバーンと床に叩きつけた。
 ぎゅん、と踵を返し、玄関を一気に逆戻り。
 背中で、俺を呼ぶ声が聞こえたけど、当然知らねえふりをした。
 ばごーんって、地球ごと吹っ飛ばす勢いで、思いっきりドアを閉めてやる。うちは賃貸マンションだけど、ご近所から苦情が来たって知るかってんだ。
 そんで、ぜえぜえ荒い息吐きながら、ドアに凭れていた時だった。

「ふざけんなよ!! 色ボケババア共がっっ!!!」

 突如響いた大音声。
 びりびりびり、と凭れていたドアが振動する。ぎょっとしていると、隣家のドアが、バーンって凄まじい勢いで開いた。
 そんでもって、イノシシみてえに共同廊下に飛び出してきた、長身の男。
 亜麻色の髪を振り乱し、女子に美形とほめそやされる、甘いマスクは引き攣っていた。

「イノリ……?」

 俺は、すげえ形相の幼馴染に若干びびりつつ、名前を呼んだ。
 すると、化け物でも見たみたいに真っ青な顔が、くるんと俺の方を向く。

「トキちゃん……」

 かっと見開かれた目が一瞬で潤み、甘えた声で名前を呼ばれた。イノリは、地獄で仏にあったみたいに、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
 死ぬほどむかついていた俺だけど、それでつられて眉が下がった。

「おい、どうしたんだよ」

 そんで、幼馴染のほうへ、一歩近づいた時だった。
 バタン! という音の二重奏。俺の家とイノリの家のドアが、同時に開いた。

「待ってください時生くん、話をしましょう? お願いですから!」
「ババアなんて酷いじゃない、イノリ! まず話を聞いてちょうだい!」

 そして、中から現れたおじさんと、イノリのお母さん。それぞれその背後に、俺の父さんと母ちゃんがくっついている。

「うっせえな! 話すことなんてねえよ!」

 四人が出てきた途端、悪鬼みたいな顔になってイノリが怒鳴った。初めて聞いた親友のどすの聞いた声に、俺はぴゃっと飛び上がる。
 そんなイノリに、おばさんが切れた。
 おばさんは「ギャア」と叫んで、万歳した両手の間、なんか火の玉みたいのを生み出した。

「はあ????!」

 ちょ、意味分かんねえ。
 真っ赤な炎が、ボールみたいに飛んでんの。
 つか、超、熱いし。
 火の玉は俺の前髪を焼きながら、イノリに向かってすっ飛んでいく。
 しかしイノリは動じない。うるさそうに腕を払うと、火の玉をかき消してしまった。 
 俺は、意味わかんなすぎてボー然とした。前髪がぶすぶす焦げてやたら臭いから、ギリ現実ってわかるくらいだ。

「ババアてめえ、トキちゃんに何するんだよ!」
「はあ? あんたがうざいからでしょ?!」

 俺の頬を両手で挟んで、イノリが青筋を立てる。おばさんも居丈高に腕を組んで、「私は悪くありません」と誇示するように、顎を突き上げた。
 イノリは今にも殴りかかりそうな気配になる。ちょっとまって、お前そんなに気が荒い奴だっけ?

「二人とも、落ち着いてください!」

 おじさんは、イノリとおばさんの間に割って入り、声を張り上げた。もう近所迷惑ってどころじゃねえな、と俺は明後日に現実逃避した。
 こんなときに、俺の父さん母ちゃんはおろおろしてて、てんで役に立たねえしよ。息子の俺が情けねえ。

「ちょっと、まじでなにがどうなってんの?」

 マジでしょげた声が出て、余計に途方に暮れちまった。

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