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第35話 実家(2)

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「あ、あー……そういえばアオくん。あの警視庁のシリーズにも出たよな! おじさんあれが大好きで……甥っ子が出るなんて嬉しくて録画したよ」

 叔父さんが気を利かせて話題を変えてくれる。
 叔父さんも弁護士だし、兄である父に頭が上がらないらしいので、庇ってくれるわけではないんだけど……いつも話題を逸らす程度はしてくれて助かっている。 

「ありがとうございます。人気シリーズでベテランの役者さんばかりなので緊張しました。設定も重くて……」
「あのシリーズは犯人の動機が毎回重いよなぁ。アオくんが演じた連続強盗殺人犯もただサイコパスかと思ったら過去の復讐でさ。ちょっと泣いちゃったよ」

 今までに犯罪をするような悪役を演じることが無かった俺の挑戦作。
 これも伊月さんの会社がスポンサーの枠で、ゲストとしてねじ込んでもらって……「これだからコネは」と言われないように必死でベテラン俳優たちに食らいついた仕事だ……役作りのためにやつれすぎて倒れたけど。
 結果、現場の人にも視聴者にも好評で、「新しい波崎アオが観られた」と俳優として一つレベルアップできた、昨年の仕事の中でも俳優として特別な思い入れがある役だ。

「おばさんも泣いちゃったわ。動機が分かるまでは怖くて怖くて仕方がなかったのに……」
「演技も凄味があったけど、やせこけた顔はメイクじゃないよね? ダイエット? 役者さんってここまでやるんだ~ってビックリした!」

 叔母もそう言ってくれて、横で従兄弟たちも頷いた。
 倒れたのは不覚だったけど、そう言ってもらえるなら……うん。頑張って、無理をした甲斐があった。
 親戚にも好評で嬉しいな。
 これなら両親も自慢に思ってくれるはず……

「あら、そうなんですか? 我が家はとても怖くて、途中で観るのを辞めちゃったんですよ。役とはいえ強盗……しかも殺人なんて恐ろしい」

 え?

「あぁ。あんなサイコパス殺人鬼が身内だと思うと観ていられなかったな」

 え?

「本当、俺だったら役でもあんな顔できないよ。兄さん、強盗殺人鬼の才能あるんじゃない?」

 え?

「あ、あれはさすがに演技ですよ。しかも、なかなか上手くできなくて沢山練習して、監督とも相談して……」

 そう。もちろん演技だ。
 しかも、上手くできないし、上手くできたと思っても周囲のベテラン俳優さんたちに並ぶとまだまだで……必死に頑張ってクオリティを上げた演技だ。
 いい仕事にするために。
 いい仕事にして、両親に認めてもらうために。

「演技なんでしょうけど……弁護士の息子として、もう少しお仕事を考えて頂戴ね?」
「あ……はい」

 ショックだった。
 頑張ったのに。
 一番認めて欲しい人に認めてもらえない。

 あ……辛い。

 辛い、けど……こんなこと、毎年のことなのに。
 何度も言われていることなのに。
 慣れているはずなのに。

 おかしいな。
 なんで?

 なんで俺……今年、こんなに辛いんだろう?
 
――ブブブ

 俺が黙ってしまい、静まり返った部屋の中にスマートフォンのバイブ音が響く。

「あ、あ! 仕事の連絡かも。少し、失礼します!」

 電話でなく、メッセージが届いただけなのは解っていたけど、逃げるように廊下に出て画面を確認する。

『聖地巡礼が終わったから、この駐車場に停めて待っているね』

 伊月さんからそんなメッセージと共に、位置情報、あと、俺が好きなパン屋さんのパンとコーヒー、ゲーム機の写真が送られてきた。
 待つ準備は万端だからゆっくりしてきて、ということなんだと思う。
 優しいな。
 伊月さんは、ずっと優しい。
 伊月さんなら俺のことをもっと褒めてくれる。
 俺の仕事、俺の頑張り、俺がただここにいること。褒めて、愛してくれる。
 伊月さんなら……!

「そうか……俺、知っちゃったから……」

 両親から欲しかったもの、全部伊月さんがくれたから。
 それをくれない両親が……いつもよりも辛いんだ。

「……」

 どうしよう。俺、もうここに居たくない。
 折角の年に一回の家族との時間なのに。
 家族に会えているのに。
 家族より…… 

「伊月さん……」

 伊月さんからきたメッセージに「すぐに向かいます」と返事をして、広間に繋がる襖を開けた。

「すみません。急な仕事で帰らないといけなくなりました」

 入り口に立ったまま言うと、にこやかに話していた両親が、笑顔のまま頷いた。

「あら、そう。お仕事なら仕方ありませんね」
「あぁ。それじゃあな」

 期待したわけではないけど、一ミリも別れを惜しんでくれない。すでに「人気俳優の息子」を充分に自慢できたから俺は用済みなんだろう。むしろ、希望通りに進学できなかった、できの悪い息子が早々に帰ってくれて助かるとでも言いたそうだ。
 弟だけは、少し悔しそうに睨んでくるけど……それは、辛いというよりは少し申し訳なかった。
 でも、もうだめだ。

「……お邪魔しました。失礼致します」

 上着を羽織りながら、実家を飛び出した。


      ◆


 実家から徒歩五分くらいのコインパーキングへ走ると、奥まった場所に伊月さんの車が停めてあった。

「伊月さん!」

 一月の寒空の下、伊月さんは助手席のドアに凭れて待っていてくれた。

「早かったね……っ!」

 嬉しそうに手を振ってくれる伊月さんの顔を見てしまうと、外だということも忘れて、たまらず抱き着いてしまった。

「アオくん?」

 伊月さんはすぐに俺の体を抱きしめてくれる。
 優しく、愛おしそうに、頭や背中を撫でてくれる。
 頬へのキスも嬉しい。

「伊月さん……誕生日、今からしっかりお祝いしましょう」
「え?」
「伊月さんが生まれてきてくれたこと、しっかりお祝いしたいです。伊月さんに、感謝したいです」
「アオくん……」

 俺、明らかに様子がおかしいのに。加減ができないくらい強く、伊月さんを抱きしめているのに。

「嬉しいな。最高の誕生日だよ」

 伊月さんはただただ俺の言葉を喜んでくれた。

 実家を飛び出してきて、正解だと思った。
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