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第30話 ランド/初対面
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伊月さんに誘われた二週間ほど後、朝から例の「ランド」に来ていた。
一応仕事というかたちで、少しだけ伊月さんの会社の公式動画サイト用の動画を撮ったり、プレス用のインタビューを請けたりしたけど、基本的には自由に遊んでいいといわれて……
「次も二人乗りだって」
「じゃあジャンケンしよ! 勝った順で……」
「お! 俺が波崎くんとだ! 波崎くんのお陰でぼっち乗車がなくなるからマジ助かる! こういうとき五人組って嫌なんだよね。波崎くんうちのグループ入らない?」
「お前、その理由は波崎くんに失礼すぎ!」
フユキさんの所属しているアイドルグループ「five×ten」のメンバーは、二十三~二十七歳と年が近いこともあって、全員すぐに打ち解けて仲良くしてくれた。フユキさんも当然「友達」の距離で接してくれる。
「あ、コースの最後、落ちる瞬間に写真撮られるから、なんかポーズ決めようよ」
「俺らのハンドサインでよくね?」
「折角波崎くんが一緒なんだし、なんか違うポーズ考えようよ」
「波崎だから、こう、波ポーズは?」
「それのどこが波? もっと波崎くんの爽やかさを表現しないと」
「じゃあどんなの?」
「えっと……これ?」
「いやそれ俺らのハンドサイン!」
「ははっ!」
貸し切りといってもアトラクションの待ち時間が数分ずつあるけど、フユキさんたちがずっと楽しくしゃべってくれるのでずっと楽しい。
それに……
「波崎くん、ここまででどれが一番よかった?」
「俺はやっぱりゲームとのコラボVRのコースターですね。迫力がすごかった!」
「あれすごいよね! 小型飛行機で逃げるシーンは風を感じるし振り向いたら翼竜が迫って……でも、ゲームだったら限定装備に投擲で地上から倒せるなとか考えてた」
「わかります! 下からの方が絶対に倒しやすいですよね。でもすごく楽しかった。ゲームするときに思い出すんだろうな」
「そうそう。ゲームが一層楽しくなるよね」
こういうところのアトラクション、ものすごく楽しい!
俺が初めてだからそう感じるのかなと思ったけど、「ランド」に何度も来ているらしい五人もすごく楽しそうだ。
俺たちだけでなく、周りのお客さんたちも楽しそうだし、俺たちの付き添いのマネージャーさんたちまで、こっそり楽しそうな顔をしている。
俳優業の楽しさや目標を聞かれるとき、優等生な答えとして「みんなを笑顔にしたくて」なんて答えるけど、俺の仕事よりもこういう場所の方が間違いなくみんなを笑顔にできるんじゃないか……なんて思うほど、本気で楽しんでいた。
「ねー! チュロス食べようよ」
「良い匂いしてるよなぁ~。でもこの後、社長さんと昼飯じゃん? 豪華なコースらしいしお腹空かせておこうよ」
「そっか。そうだよね」
「……」
そうだ。
楽しくてつい忘れていたけど、この後「CMタレントのみなさんに社長より感謝のランチ」なんだった。
俺と伊月さん、対外的には「初対面」の設定なんだよね。
俺は演技が得意だけど、伊月さん大丈夫かな?
少し不安になりながら、フユキさんたちと供に敷地内のレストランへと向かった。
貸し切りになっているランド内で一番高級なレストランの中に、伊月さんが社長さんらしくスーツで、横に真面目そうな秘書の男性を二人従えて立っていた。
ちゃんと仕事用の笑顔で、まずはフユキさんたちが自己紹介をして、握手をして、次に俺が……
「初めまして、グループの自動車メーカーと飲料メーカーのCMに出演させていただいています。俳優の波崎アオです」
俳優らしい爽やかな笑顔であいさつしたけど……あれ? 伊月さんの様子がおかしい。
……やっぱり恋人相手だと態度に出ちゃう?
まずいな。この様子は公式動画サイト用にカメラにも抑えられているのに。何かフォロー……
「ほ、ほ、ほ……本物の、波崎……アオくん……っ!」
「え?」
伊月さんが顔を真っ赤にして両手で顔を覆う。
「社長! ほら、折角お会いできたのに! 一秒でも長く見ないと勿体ないですよ!」
「昨日あれだけ練習したじゃないですか!」
すかさず横から秘書の男性二人が声をかけてきた。
これ……まさか……
「あ、あぁ。あの……えっと……デビューされた時からの……ファンです。お会いできて、光栄です!」
「あ……」
伊月さんが震える手で、ポケットから俺の公式ファンクラブの会員証を取り出した。
こんなの持っていたんだ? まぁ、持っているか……
それよりも、伊月さん、「ファンの俳優に初めて会った演技」が上手すぎない?
同じ児童劇団にいたから演技ができるとは知っていたけど、それにしても。
「わぁ! 会員№一桁台? そんな最初から、ずっとファンでいてくれているんですか!? 嬉しい」
「うっ、アオくんの生笑顔……」
胸を押さえて顔を歪めるの、本当に演技? 上手い。上手すぎる。俺の笑顔なんてもう何十回も見せているのにこんな反応できるなんて。
「社長、ほら、握手!」
「え? カレンダーのお渡し会でもないのに、握手とか、無料でしてもらうなんて、そんな! 申し訳ないって!」
「ある意味タダじゃないから大丈夫ですよ、社長! ほら、あちらのグループの方とは握手したのに波崎さんとしないのは失礼ですよ!」
「あ、じゃ、じゃあ……お願いします」
伊月さんがおずおずと俺に向かって手を差し出す。
俺が笑顔で握手をすれば、伊月さんは二人きりの時でもなかなかしないような、子供っぽく目をキラキラ輝かせた笑顔になった。
「あ……うわ……俺、一生手を洗わない」
「社長、よかったですね!」
「長年の夢でしたもんね!?」
秘書さんたちの、この大げさな反応は演技なのか本気なのかどっちだろう?
カメラが回っているから盛り上げようとしている感じはある。
どちらにしろ、いい秘書さんたちだな……
「ふふっ。夢? 俺と会うのが、ですか?」
「あ……あ、は、はい……」
つい楽しくなってしまって、笑いながら首を傾げると、伊月さんは呆然としながら息を飲みつつ頷いた。
完璧に、握手会に始めて来たファンの反応だ。
「社長、それだけじゃないでしょう? 会社を大きくして、波崎アオさんのイメージに合うような商材を子会社化して、波崎アオさんの魅力に追いつくような素晴らしい製品をたくさん生み出して、波崎アオさんにCMタレントをしてもらえる会社にするのが夢だって頑張って来たんじゃないですか!」
秘書さんが横からフォローを入れてくれる。
元々大きな会社だけど、社内ではそういうことになっているのか。
まぁ、俺の枕営業だとか、恋人だから優遇しているなんて言えないよね。
「やっと社長に代替わりしてから、波崎アオさんに見合うメーカーを傘下にして、製品が作れて、CMにも出てもらえて、会社もそのお陰で順調で……あの、波崎さん。社長は本当に努力の人なんです! 社員の誰よりも働いて、勉強して、苦労して……そんな社長だから、私たちも尊敬して、見習って……」
「ん?」
秘書のうちの一人、若いメガネの男性が俺の方を見ているようで……視線がその後ろに向く。
「大ファンの、フ、フ、フユキさんに、CMに出てもらえるように……!」
「あ、秘書さんは俺なんだ?」
秘書の男性がさっきの伊月さんのように顔を真っ赤にしてフユキさんと話し始めた。
あぁ、上手い。
俺だけでなくフユキさんも巻き込むことで特別扱いが目立たない。
「……」
カメラはフユキさんたちへ向いているのに、伊月さんは相変わらず「初めて推しと会えた!」顔をしている。
これ、どこまでが計算なんだろう。
……全部かな。
一応仕事というかたちで、少しだけ伊月さんの会社の公式動画サイト用の動画を撮ったり、プレス用のインタビューを請けたりしたけど、基本的には自由に遊んでいいといわれて……
「次も二人乗りだって」
「じゃあジャンケンしよ! 勝った順で……」
「お! 俺が波崎くんとだ! 波崎くんのお陰でぼっち乗車がなくなるからマジ助かる! こういうとき五人組って嫌なんだよね。波崎くんうちのグループ入らない?」
「お前、その理由は波崎くんに失礼すぎ!」
フユキさんの所属しているアイドルグループ「five×ten」のメンバーは、二十三~二十七歳と年が近いこともあって、全員すぐに打ち解けて仲良くしてくれた。フユキさんも当然「友達」の距離で接してくれる。
「あ、コースの最後、落ちる瞬間に写真撮られるから、なんかポーズ決めようよ」
「俺らのハンドサインでよくね?」
「折角波崎くんが一緒なんだし、なんか違うポーズ考えようよ」
「波崎だから、こう、波ポーズは?」
「それのどこが波? もっと波崎くんの爽やかさを表現しないと」
「じゃあどんなの?」
「えっと……これ?」
「いやそれ俺らのハンドサイン!」
「ははっ!」
貸し切りといってもアトラクションの待ち時間が数分ずつあるけど、フユキさんたちがずっと楽しくしゃべってくれるのでずっと楽しい。
それに……
「波崎くん、ここまででどれが一番よかった?」
「俺はやっぱりゲームとのコラボVRのコースターですね。迫力がすごかった!」
「あれすごいよね! 小型飛行機で逃げるシーンは風を感じるし振り向いたら翼竜が迫って……でも、ゲームだったら限定装備に投擲で地上から倒せるなとか考えてた」
「わかります! 下からの方が絶対に倒しやすいですよね。でもすごく楽しかった。ゲームするときに思い出すんだろうな」
「そうそう。ゲームが一層楽しくなるよね」
こういうところのアトラクション、ものすごく楽しい!
俺が初めてだからそう感じるのかなと思ったけど、「ランド」に何度も来ているらしい五人もすごく楽しそうだ。
俺たちだけでなく、周りのお客さんたちも楽しそうだし、俺たちの付き添いのマネージャーさんたちまで、こっそり楽しそうな顔をしている。
俳優業の楽しさや目標を聞かれるとき、優等生な答えとして「みんなを笑顔にしたくて」なんて答えるけど、俺の仕事よりもこういう場所の方が間違いなくみんなを笑顔にできるんじゃないか……なんて思うほど、本気で楽しんでいた。
「ねー! チュロス食べようよ」
「良い匂いしてるよなぁ~。でもこの後、社長さんと昼飯じゃん? 豪華なコースらしいしお腹空かせておこうよ」
「そっか。そうだよね」
「……」
そうだ。
楽しくてつい忘れていたけど、この後「CMタレントのみなさんに社長より感謝のランチ」なんだった。
俺と伊月さん、対外的には「初対面」の設定なんだよね。
俺は演技が得意だけど、伊月さん大丈夫かな?
少し不安になりながら、フユキさんたちと供に敷地内のレストランへと向かった。
貸し切りになっているランド内で一番高級なレストランの中に、伊月さんが社長さんらしくスーツで、横に真面目そうな秘書の男性を二人従えて立っていた。
ちゃんと仕事用の笑顔で、まずはフユキさんたちが自己紹介をして、握手をして、次に俺が……
「初めまして、グループの自動車メーカーと飲料メーカーのCMに出演させていただいています。俳優の波崎アオです」
俳優らしい爽やかな笑顔であいさつしたけど……あれ? 伊月さんの様子がおかしい。
……やっぱり恋人相手だと態度に出ちゃう?
まずいな。この様子は公式動画サイト用にカメラにも抑えられているのに。何かフォロー……
「ほ、ほ、ほ……本物の、波崎……アオくん……っ!」
「え?」
伊月さんが顔を真っ赤にして両手で顔を覆う。
「社長! ほら、折角お会いできたのに! 一秒でも長く見ないと勿体ないですよ!」
「昨日あれだけ練習したじゃないですか!」
すかさず横から秘書の男性二人が声をかけてきた。
これ……まさか……
「あ、あぁ。あの……えっと……デビューされた時からの……ファンです。お会いできて、光栄です!」
「あ……」
伊月さんが震える手で、ポケットから俺の公式ファンクラブの会員証を取り出した。
こんなの持っていたんだ? まぁ、持っているか……
それよりも、伊月さん、「ファンの俳優に初めて会った演技」が上手すぎない?
同じ児童劇団にいたから演技ができるとは知っていたけど、それにしても。
「わぁ! 会員№一桁台? そんな最初から、ずっとファンでいてくれているんですか!? 嬉しい」
「うっ、アオくんの生笑顔……」
胸を押さえて顔を歪めるの、本当に演技? 上手い。上手すぎる。俺の笑顔なんてもう何十回も見せているのにこんな反応できるなんて。
「社長、ほら、握手!」
「え? カレンダーのお渡し会でもないのに、握手とか、無料でしてもらうなんて、そんな! 申し訳ないって!」
「ある意味タダじゃないから大丈夫ですよ、社長! ほら、あちらのグループの方とは握手したのに波崎さんとしないのは失礼ですよ!」
「あ、じゃ、じゃあ……お願いします」
伊月さんがおずおずと俺に向かって手を差し出す。
俺が笑顔で握手をすれば、伊月さんは二人きりの時でもなかなかしないような、子供っぽく目をキラキラ輝かせた笑顔になった。
「あ……うわ……俺、一生手を洗わない」
「社長、よかったですね!」
「長年の夢でしたもんね!?」
秘書さんたちの、この大げさな反応は演技なのか本気なのかどっちだろう?
カメラが回っているから盛り上げようとしている感じはある。
どちらにしろ、いい秘書さんたちだな……
「ふふっ。夢? 俺と会うのが、ですか?」
「あ……あ、は、はい……」
つい楽しくなってしまって、笑いながら首を傾げると、伊月さんは呆然としながら息を飲みつつ頷いた。
完璧に、握手会に始めて来たファンの反応だ。
「社長、それだけじゃないでしょう? 会社を大きくして、波崎アオさんのイメージに合うような商材を子会社化して、波崎アオさんの魅力に追いつくような素晴らしい製品をたくさん生み出して、波崎アオさんにCMタレントをしてもらえる会社にするのが夢だって頑張って来たんじゃないですか!」
秘書さんが横からフォローを入れてくれる。
元々大きな会社だけど、社内ではそういうことになっているのか。
まぁ、俺の枕営業だとか、恋人だから優遇しているなんて言えないよね。
「やっと社長に代替わりしてから、波崎アオさんに見合うメーカーを傘下にして、製品が作れて、CMにも出てもらえて、会社もそのお陰で順調で……あの、波崎さん。社長は本当に努力の人なんです! 社員の誰よりも働いて、勉強して、苦労して……そんな社長だから、私たちも尊敬して、見習って……」
「ん?」
秘書のうちの一人、若いメガネの男性が俺の方を見ているようで……視線がその後ろに向く。
「大ファンの、フ、フ、フユキさんに、CMに出てもらえるように……!」
「あ、秘書さんは俺なんだ?」
秘書の男性がさっきの伊月さんのように顔を真っ赤にしてフユキさんと話し始めた。
あぁ、上手い。
俺だけでなくフユキさんも巻き込むことで特別扱いが目立たない。
「……」
カメラはフユキさんたちへ向いているのに、伊月さんは相変わらず「初めて推しと会えた!」顔をしている。
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