上 下
26 / 60

第26話 上手い理由

しおりを挟む
「アオくん? 大丈夫?」

 伊月さんが笑顔のまま首を傾げる。
 セックスの余韻が残る色っぽくて、俺のことが大好きって感じの笑顔。恋人らしい笑顔。
 理由はどうあれ、俺のことを想って頑張ってくれたのは間違いない。
 
「はい。大丈夫です……あの……すごく、きもちよかったので」
「こういうセックス、好き?」
「はい。すごく気持ちよくて……好きです」

 素直に頷くと、伊月さんが満足そうに頷いて頬にキスをした。

「よかった。アオくんが仕事をセーブしてまで体調整えようと頑張っているから、俺もセックスで負担をかけちゃいけないと思って頑張った甲斐があった」
「あ……そういう気遣い……! ありがとうございます!」

 なんだ、そういうことか。
 確かに体調を崩してから初めてのセックスだから……そうか。あまりにもタイミングがよすぎて、色々疑ってしまったけど、そうか。そうだよね。盗聴なんて、そんな……

「でも、俺って童貞を卒業したばかりだから、激しくなくても愛情がしっかり伝わるセックスってどうすればいいかわからなくて……上手くできていた?」
「はい。すごく気持ちよくて、俺のことを考えながら触れてくれているのがよくわかって、伊月さんの体温とか……中に、入っている形とか、いろいろなものがしっかり感じられて……いつもより、伊月さんが感じられてよかったです」

 今後もこういうセックスがいいから、少し丁寧に感想を言うと、伊月さんは珍しく照れたようなくすぐったそうな顔で俺の体を抱きしめた。

「そんなこと言われたら……俺、もっとセックス頑張るね。しっかり特訓しておくよ」
「……え?」

 今、伊月さんなんて言った?

「とっくん……?」
「うん。俺、アオくんしか経験がないから、遊び慣れている経営者仲間に相談したんだ。そうしたらこの辺りのゲイ風俗でナンバーワンの子を紹介してくれて……三日くらい集中レッスンしてもらって、頑張ってテクニックを磨いたんだよ」
「……」

 風俗……か。
 そうだよね。
 なにも教えてもらったり練習したりせずに、急にセックスが上手くなるわけがないよね。
 でも、それって……

「伊月さん、それって……」

 俺以外、抱いたってこと?
 風俗は……プロは浮気に入らないっていう人もいるけど、でも……
 っていうか、俺って浮気とか言える立場?
 伊月さんと恋人関係になってから、枕営業の機会が無かったから他の人とセックスしていないだけで、もし機会があれば、俺は平気でしちゃいそうなのに。
 なのに……あれ? 

「アオくん?」
「あ、ご、ごめんなさい、なんでも……ない、です……」

 外で練習して上手になってくれるなら俺だって嬉しいし、伊月さんが俺とのセックスの練習のためだとしても俺以外と関係を持って……それが続けば俺への執着だって薄まるかもしれない。
 喜ばしいことのはず。
 なのに……

 伊月さん、俺だけって言ったのに他の子抱くの?

 ……こんな言葉が、口から出そうになった。

「あ! もしかして、風俗嫌だった? そうだよね。彼氏が風俗利用なんて、どんな理由があっても嫌だよね?」
「あ、いえ……えっと……」

 風俗が嫌というよりも、俺以外の人に触れたのが嫌なんだけど……でも……

「ごめん! 俺、自分にテクニックが無いことに焦って……本当にごめん。でも、言い訳がましいけど、この部屋で……」
「!?」
 
 この部屋?
 ここ、呼んだんだ?
 俺が高い所の景色が好きだからって選んでくれた部屋に、俺とエッチするための部屋に、他の子が入ったんだ?
 それ……

「オンラインで講習受けただけだから!」

 え?
 
「オンライン……?」
「そう。オンライン。画面越しに部屋の中は見せたし、画面越しに風俗のボーイの子たちの……体とか、実技を見せてもらったけど、実際に会ってはいないし、触れてもいない。もちろん、セックスもしていないよ」

 伊月さんがとても真剣に、申し訳なさそうに、必死に俺に語り掛ける。
 言っている内容も、俺に嫌われないように必死な態度も……ほっとする。

「それでも、風俗利用には変わりないよね。ごめん。先に相談しておくべきだったね。ごめんね、アオくん!」

 謝りながら、伊月さんの両手が俺を抱きしめる。
 力強い。
 絶対に俺を離したくないって手だな。
 この手も、ほっとする。
 ほっとしたから、俺もきちんと話せそう。

「……ごめんなさい」
「アオくん?」
「俺、風俗っていうから……伊月さんが他の子抱いたのかなって、勘違いして、伊月さんのこと、信用しなくて、ごめんなさい」
「ア、アオ……くん!」
 
 伊月さんの肩に顔を埋めて、小さく呟くと、伊月さんは一層強く俺を抱きしめた。

「謝らないで。俺の言い方が悪かった。それに、恋人としてそう思うのは当然だから。当然だし……それに……」

 伊月さんが「はぁー……」っと深い深いため息をついてから、蕩けそうな声で耳元で囁いた。

「嫉妬? 独占欲? そういうの、死ぬほど嬉しい!」
「あ……え?」
「アオくん、恋人でもあまり執着しないというか……ドライで大人の距離感なのかと思ったけど、そっか……ちゃんと、俺のこと、恋人として……そっか。嬉しい」

 嫉妬?
 独占欲?
 恋人として?

「アオくん、俺はアオくんのこと大好きだし、アオくん以外には勃たないし、触れたくも無いし、全く興味ないから安心してね。俺はアオくん専用。アオくんが独占していいんだよ」
「独占……? 俺だけで?」
「そう。俺のことは、アオくんが独り占めしていいんだよ」

 俺が、誰か一人を独り占めできる……?
 両親の愛情は弟とシェア……むしろ、弟の残りをちょっともらうだけ。
 マネージャーの遠野さんが優しいのは仕事だからで、遠野さんには家族がいるし、他のタレントにつくこともある。
 仕事一筋で友達なんていない。
 枕営業の相手は仕事をもらって終了。
 俺が、誰かを独占できるなんて考えたことも無かった。

「アオくん、遠慮なく嫌なことは嫌って口に出してね? 我儘でもいいんだよ。アオくんを嫌いになることなんてないんだから。アオくんに嫌な思いをさせるなんて嫌だから」
「……はい」

 嫌って言っていいんだ。
 嫌って言っても、伊月さんは離れていかないんだ。
 しかも、こんなことを言うくせに、伊月さんは「だから俺もアオくんを独占したい」なんて言わなかった。
 それにも……ほっとした。

 伊月さん、重いのに。
 重いんだけど。
 自分の気持ちよりも俺を優先してくれるんだ。

 この重さ、ちょっと……ちょっとだけ……好き……かもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜

N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間) ハーレム要素あります。 苦手な方はご注意ください。 ※タイトルの ◎ は視点が変わります ※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます ※ご都合主義です、あしからず

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

処理中です...