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第17話 多忙(1)

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 内部告発の動画が拡散されてから、俺の仕事が増えた。
 公共性の高いCMとか、チャリティードラマとか、学生と交流する演劇ワークショップのドキュメンタリーの案内役とか……ちょっと真面目なやつ。
 あと、有名お笑い番組の審査員にもなぜか呼ばれて……嶋北さんの所属事務所の息がかかった番組らしく「罪滅ぼし」のようだった。
 仕事が増えるのはなんでも嬉しいけど、真面目な仕事を増やすと、両親が今までよりも喜んでくれた。
 そうか、こういう仕事が喜ばれるんだ!
 だったらもっともっと、この方面で頑張ろう。
 でも、真面目な仕事は世間一般へのわかりやすい人気にはつながらない。
 引き続き、目立つドラマやCMの仕事も続けたい。
 
 そうなると……

「アオくん、久しぶり」
「なかなか来られなくてすみません」

 仕事が忙しすぎて、伊月さんに会えるのは二週間に一度ほどになった。
 
「アオくんのお仕事が順調な証拠だから、寂しいけど嬉しいよ」
 
 伊月さんは本当に嬉しそうに、玄関で俺を抱きしめてくれる。
 しっかり抱きしめるのに優しい力で、俺への愛情を感じる手。
 人からの愛情に飢えている俺にとって、これは幸せなことではあるんだけど……

「……あれ?」

 伊月さんのシャツから、いつもの香水ではなく柔軟剤の匂いがした。

「ん? どうかした?」
「……」

 俺、いつも柔軟剤は無香料なんだけど、最近掃除洗濯をお願いしているハウスキーパーさんが間違って香り付きを購入してしまい「すみません、こちら買取して新しい物を……」とは言ってくれたけど、強い香りではないから使い切るまではこれでいいですよということになった。
 その柔軟剤の匂いがする。

「えっと……」 

 今までにも、伊月さんに渡されているスマホの決済で購入した食べものや飲み物が伊月さんの家にもあったり、同じ服があったり、同じ本を読んでいたりすることは多々あった。
 でも、ハウスキーパーさんの買物は別の決済。なんなら現金で渡す。
 なんでわかるの?
 ……考えない方がいいか。

 話題を逸らそう。

「あ、伊月さん、少し痩せました? 伊月さんもお仕事忙しいんですか?」
 
 抱き着いた体の厚みが若干薄くなった気がして首を傾げてみると、伊月さんは笑顔を深める。

「そうだね。アオくんがお仕事を頑張っているから、俺もやる気が出て色々頑張っているよ。それに……」

 伊月さんが俺の腰をなぞるように撫でる。

「っ!?」
「アオくん、次のドラマの役のために体絞っているんだよね? 食生活を真似していたら自然と痩せたよ」
「……!」

 痩せ方って色々あると思う。
 健康的に痩せるなら、食事より運動がいいとか、体のここを細くしたいとか。
 今の俺の痩せ方は、次に俺が演じる「復讐に燃える殺人犯の役」のための痩せ方だ。
 警察物の人気シリーズで、演技派のベテラン俳優ばかりが出演する憧れの現場。これも、伊月さんのお陰でとれた仕事で、本来なら俺みたいな若造は出られない。
 だから、「実力も無いのにコネで……」と言われないように必死に役作りを頑張っていて、役のための痩せ方も「痩せる」というよりは「やつれる」ためだから不健康。特に、ここ二週間ほどは食生活がめちゃくちゃだ。

「そ、そういう真似は……俺と伊月さん、体格も違うし、生活も違うから止めた方が……」
「心配してくれるの? 優しいなぁ。でも、大丈夫だよ。アオくんも頑張っているんだって体で……内臓で感じられて幸せだから」

 内臓で俺の頑張りを感じるってパワーワードすぎない? 怖いよ?
 
「それに、アオくんが何を食べたのか解らない日は、好き勝手に食べているから安心して」
「あ……」

 そうか、全部把握しているわけじゃないんだ?
 さすがにそうだよね。

「先週末、ドラマの共演者のみんなと個室の韓国料理店へ行っていたよね? テーブルオーダーのバイキングで食べたメニューまではさすがに解らなかったから……俺はスンドゥブとチョレギサラダともやしナムルと韓国風冷奴を食べたよ。あと柚子茶とコーン茶」

 それ、ほぼ把握しているんじゃ……しかも予想は大正解。柚子茶とコーン茶も飲み放題メニューの中から選んだから、決済の記録は残らないのに。
 どうやって情報を得ているのかも怖いけど、俺の考えなんて全部お見通しなのも怖い。

「それに、仕事の関係で会食の日もあるから。しっかり食べているよ。心配しないで」

 なにも言えなくなった俺が、「心配」していると思ったのか、伊月さんは笑顔でまた優しく抱きしめてくれるけど……嬉しいんだけど……嬉しいと怖いが混ざり合って複雑な気分だった。

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