上 下
11 / 60

第11話 仕事/打ち合わせ

しおりを挟む
「一緒に過ごせて楽しかったよ。幸せな時間をありがとう」

 初めてのお家デートの翌朝、そんなことを言いながら頬にキスをされて、今日は一人でタワマンを後にした。
 ちなみに、今日も用意されていた新品の下着、さらに今日の仕事にちょうどいい新品の服を身に着け、用意してくれたいつも自分で作る朝食と同じ朝食を食べた。
 ……前回俺が身に付けていた下着ってどうなったのかとか、昨日着ていた下着と服がどうなるのかとか、引っかかるところはあるけど……一応、昨日から今日にかけてしたことを思い返せば、ごく普通の恋人のお家デートだった気がする。
 伊月さんは「次に会えるころにはアオくんが好きな海外ドラマの新シリーズが配信されているはずだから、あれ観ようね。あと、もし時間があったらマンションの中のプライベートジムも行ってみる?」と言っていた。

「オフはどうせ家で映画やドラマを観て食事の作り置きをするか、体づくりが必要な時期ならジム通いだから……オフの過ごし方の横に、伊月さんがくっついているだけと思うと、そんなに負担ではないか」

 ……と、自分に言い聞かせた。


      ◆


 二回目のお家デートの翌日、テレビ局の広めの会議室で、新しく始まるクイズバラエティ番組の顔合わせをしていた。
 レギュラー放送は次の次のクールからだけど、その前に絶対に視聴率の取れる豪華ゲストを招いた特番を数回放送し、「好評につきレギュラー化」と銘打つ算段だ。意外と力の入った番組だな……初MCなのに責任重大だけど、メインMCは俺一人ではなく、大御所芸人の嶋北しまきたさんも一緒だし、サブにベテランの女性アナウンサーがつく。
 俺は安心。ただ、大御所芸人さんには……

「えー! 俺の出番これだけ? このメンツならしゃべりはどう考えても全部俺だろ!?」

 嶋北さんは今年六十代の後半に入る司会慣れしたベテランだから、自分ひとりがメインではないことが不満のようだ。元々毒舌……何でもズバっというところが売りの人だし。六十代のわりに体格がよく、体も声も大きいのでちょっと怖い。
 司会として仕切るのはすごく上手いから尊敬しているし、不満もわからなくはないけど。

「あとさ、若い子を横につけるのはわかるよ? アオくん、女の子の人気すごいし、視聴率には必要。でも、メインがどっちかハッキリさせないと。視聴者も混乱しない?」
「嶋北さんのおっしゃることはわかるんですが、スポンサーが……」

 やや若めで線の細い男性プロデューサーさんが語尾を濁すと、嶋北さんは顔を歪ませながらも笑ってくれた。

「あぁ、なんだっけ、自動車か。アオくんがCMしてるとこか。それはしかたないなぁ。ま、俳優サンは台本通りにしゃべるのが仕事だと思うからそこは任して、あとは俺が勝手にしゃべるか~。見た目担当のアオくん、しゃべり担当の俺ってことで。な?」
「はい。慣れないことも多いと思いますが、嶋北さんをお手本に頑張ります!」

 大御所ともめるのは得策じゃない。
 大人しく神妙に頭を下げると、嶋北さんもどちらが上かハッキリして少しは納得したようだった。

「はははっ! お手本にしなくていいって! 俺みたいにしゃべられたら俺の仕事が減るからさ。アオくんはニコニコとイケメンしておいてよ!」

 古い人だからか、「スポンサー」の一言で話が通じるのはいいのか悪いのか……テレビ業界の悪習のような気もするけど、助かった。俺の隣でマネージャーの遠野さんも顔に出さずほっとした気がする。

「でもさぁ、若い女の子たりなくない? これじゃあ若い男が観ないって。せめて女子アナをこんなオバサンじゃなくて若い……ほら、去年入った巨乳のさ、あの子とか」

 四十代で育休から復帰したての女性アナウンサーの顔が引き攣……りはしないか。女性アナウンサーも大御所ともめるのはまずいと必死に困ったような笑顔を浮かべている。

「こちらの番組は、家族で安心して視聴できるファミリークイズで……」
「あー毒にも薬にもならない、ぬるい感じ? まぁ、ねぇ。昨今コンプラがね、厳しいか。はぁー、テレビもつまんなくなるねぇ」

 嶋北さんの発言は完全にアウトだけど、まぁ……いるよなぁ、こういうベテラン。
 年配の芸能人が全員こうという訳ではなく、年配の、昔人気があってやりたい放題だった人が「昔はよかった」と言うことが多いし、そう言う人はいまだに影響力がある。
 ヤバくても多少はもみ消せるんだろう。実際、放送される番組ではギリギリのラインの発言しかない。気を付けているのか、カットしてもらっているのか……

「でも、この曜日に他にクイズ番組ないし、俺が司会ならそこそこ視聴率はいくんじゃない?」

 イラっと思うこともあるけど、今までにもっとヤバいおじさんもおばさんもたくさん見てきた。
 折角、伊月さんとの恋人のフリを頑張って手に入れた初MCの仕事なんだ。
 苦労を水の泡にしたくない。
 こんな昭和頭のおじさんくらいスルーだ。
 大丈夫。
 聞き流して、自分の仕事に集中するだけだ。
 それが、プロの芸能人だ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

旦那様に勝手にがっかりされて隣国に追放された結果、なぜか死ぬほど溺愛されています

新野乃花(大舟)
恋愛
17歳の少女カレンは、6つほど年上であるグレムリー伯爵から婚約関係を持ち掛けられ、関係を結んでいた。しかしカレンは貴族でなく平民の生まれであったため、彼女の事を見る周囲の目は冷たく、そんな時間が繰り返されるうちに伯爵自身も彼女に冷たく当たり始める。そしてある日、ついに伯爵はカレンに対して婚約破棄を告げてしまう。カレンは屋敷からの追放を命じられ、さらにそのまま隣国へと送られることとなり、しかし伯爵に逆らうこともできず、言われた通りその姿を消すことしかできなかった…。しかし、彼女の生まれにはある秘密があり、向かった先の隣国でこの上ないほどの溺愛を受けることとなるのだった。後からその事に気づいた伯爵であったものの、もはやその時にはすべてが手遅れであり、後悔してもしきれない思いを感じさせられることとなるのであった…。

運命は、もうほらすぐ近くに

朝顔
BL
オメガとして生まれた俺は、運命の番と結ばれることを願っていた。 しかし俺は発情しても微弱なフェロモンは出るが、一般的な人間は気が付かないという特異体質だった。 運命の番と出会うことなど不可能だと沈んだ日々を送っていた。 そんな時、文化祭の劇に出ることになり、勝手に苦手だと思っていた、学校の王子様と呼ばれるアルファの生徒会長と関わることに。 しかも誰も感じないはずの俺の匂いが気に入ったと言って近づいてきて……。 苦手なはずなのに気になってしまうが、彼の側には可愛くて完璧な人がいて……。 オメガバースの設定をお借りしています。 高校生×高校生 美形ミステリアス生徒会長×平凡特異体質男子

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

お幸せに、婚約者様。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

処理中です...