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番外編3 一番の●●
マティオラ(6)
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「導王様! 村の皆が、導王様のお優しいお心遣いに感謝していました! あんなお菓子、村では食べられないので大人も子どもも大喜びです。それに、新しい街灯……お陰で夜も安全で怖くないと言っていました!」
里帰りのたびに土産を持たせたし、マティオラが定期的に帰る村だと思うと一層のインフラ整備や支援を心がけた。
それに……
「……それと……私が、ついつい導王様の素敵なところをみんなに自慢したので……羨ましがられてしまいました」
少し照れたように言ってくれるマティオラを見られるので、定期的に里帰りさせるのも良いものだなと思った。
三日ほど、マティオラのかわいい姿が見られないことはものすごく寂しいが。
「三日離れていた分、今日からまたしっかり、密にお供いたしますね!」
……離れる時間があるからこそ、絆が深まる気もするので我慢できた。
◆
幸せな日々は長くは続かない。
いや、人間にとっては長かったのかもしれない。
「マティオラ? 聞こえるか?」
「……導王様……」
一八歳で城にやって来たマティオラは、九〇歳になった。
人間の平均寿命より一〇年も長く生きているというが、魔族にとっては一〇年は短い。九〇歳は若い。
昨年、重い風邪を引いてから呼吸の調子が悪く、医者には「老化が一因なので、魔法では根本治療ができません。痛みや苦しさを和らげることしか……」と言われた。
ハリのあった肌はシワやシミができ、ふくよかだった体も少し細くなった。
焦げ茶色の髪は白くなって、甘い声もかすれている。
一日の大半をベッドの上で過ごし、瞼が閉じている時間も多い。
でも……
「今日も、かわいいな」
「ふふっ」
かわいいと声をかければ、ちゃんと笑ってくれるところ、どんなに体がしんどくても、私がベッドに近づけば手を伸ばしてくれるところ。
手を握れば、愛おしそうに私の手を撫でてくれるところ。
何より、もう人生の終わりが近いというのに……人間の村よりも、ここに……私の側にいることを選んでくれたことが嬉しくてたまらなかった。
「なぁ、マティオラ。私はお前と一緒にいる時間が、一番幸せだ」
「……私もです」
「こんなに穏やかで、優しい気持ちを持てたのは、マティオラのお陰だ」
「ふふ、元々、お優しいですよ」
「そんなことはない」
絶対にそんなことはないのに……マティオラにはそう見えているということが嬉しい。
「導王様……私は、導王様にお仕えできて幸せでした。とても幸せで、幸せで、村でもずっと惚気て、自慢していたんですよ?」
「そうか……それは、良かった」
マティオラが、重い瞼を開いて、私の顔をじっと見つめてくれる。
「だから……きっと、私のように導王様のことを尊敬して、ペットに憧れている子が沢山います」
「……え?」
尊敬? 憧れ? まさか、そのためにずっと、私が好かれるために、里帰りで……?
「私は、私がいなくなった後に、導王様が寂しい思いをするのが心配でなりません」
「……寂しくならないとは……言えない」
「ふふ、そうでしょう? ですから、どうか、新しいペットを迎えてくださいね?」
「……」
「私の大事な導王様と、私の大事な故郷……両方が……幸せでいて欲しいのです。私の、最後のわがままです」
すぐに、「次のペットを迎える」とは言いたくなかった。
マティオラよりも大切な存在が見つかるとも思えなかった。
だが……。
「マティオラの方が、何倍も優しい」
この優しい心遣いを……無下にはできない。
「かわいい。本当に……かわいい……マティオラ……かわいい」
細くなったマティオラの手を握ると、マティオラの細い皺だらけの指が手の甲を撫でてくれた。
「ありがとうございます」
「かわいいから、かわいいわがままだから、きいてやろう」
薄くなった唇を啄むと、ちゃんと口角が上がった。
「ありがとうございます。導王様、大好きです」
「私も、大好きだ」
それから数日、マティオラはだんだん声が出なくなって、眠っている時間も多くなって……眠るように息を引き取った。
何日も涙が止まらなくなるほど悲しかったが、きちんと最期の瞬間まで寄り添って、人生の全てを共にできた、幸せにできたから後悔はなかった。
残ったのは、マティオラへの感謝だけだった。
里帰りのたびに土産を持たせたし、マティオラが定期的に帰る村だと思うと一層のインフラ整備や支援を心がけた。
それに……
「……それと……私が、ついつい導王様の素敵なところをみんなに自慢したので……羨ましがられてしまいました」
少し照れたように言ってくれるマティオラを見られるので、定期的に里帰りさせるのも良いものだなと思った。
三日ほど、マティオラのかわいい姿が見られないことはものすごく寂しいが。
「三日離れていた分、今日からまたしっかり、密にお供いたしますね!」
……離れる時間があるからこそ、絆が深まる気もするので我慢できた。
◆
幸せな日々は長くは続かない。
いや、人間にとっては長かったのかもしれない。
「マティオラ? 聞こえるか?」
「……導王様……」
一八歳で城にやって来たマティオラは、九〇歳になった。
人間の平均寿命より一〇年も長く生きているというが、魔族にとっては一〇年は短い。九〇歳は若い。
昨年、重い風邪を引いてから呼吸の調子が悪く、医者には「老化が一因なので、魔法では根本治療ができません。痛みや苦しさを和らげることしか……」と言われた。
ハリのあった肌はシワやシミができ、ふくよかだった体も少し細くなった。
焦げ茶色の髪は白くなって、甘い声もかすれている。
一日の大半をベッドの上で過ごし、瞼が閉じている時間も多い。
でも……
「今日も、かわいいな」
「ふふっ」
かわいいと声をかければ、ちゃんと笑ってくれるところ、どんなに体がしんどくても、私がベッドに近づけば手を伸ばしてくれるところ。
手を握れば、愛おしそうに私の手を撫でてくれるところ。
何より、もう人生の終わりが近いというのに……人間の村よりも、ここに……私の側にいることを選んでくれたことが嬉しくてたまらなかった。
「なぁ、マティオラ。私はお前と一緒にいる時間が、一番幸せだ」
「……私もです」
「こんなに穏やかで、優しい気持ちを持てたのは、マティオラのお陰だ」
「ふふ、元々、お優しいですよ」
「そんなことはない」
絶対にそんなことはないのに……マティオラにはそう見えているということが嬉しい。
「導王様……私は、導王様にお仕えできて幸せでした。とても幸せで、幸せで、村でもずっと惚気て、自慢していたんですよ?」
「そうか……それは、良かった」
マティオラが、重い瞼を開いて、私の顔をじっと見つめてくれる。
「だから……きっと、私のように導王様のことを尊敬して、ペットに憧れている子が沢山います」
「……え?」
尊敬? 憧れ? まさか、そのためにずっと、私が好かれるために、里帰りで……?
「私は、私がいなくなった後に、導王様が寂しい思いをするのが心配でなりません」
「……寂しくならないとは……言えない」
「ふふ、そうでしょう? ですから、どうか、新しいペットを迎えてくださいね?」
「……」
「私の大事な導王様と、私の大事な故郷……両方が……幸せでいて欲しいのです。私の、最後のわがままです」
すぐに、「次のペットを迎える」とは言いたくなかった。
マティオラよりも大切な存在が見つかるとも思えなかった。
だが……。
「マティオラの方が、何倍も優しい」
この優しい心遣いを……無下にはできない。
「かわいい。本当に……かわいい……マティオラ……かわいい」
細くなったマティオラの手を握ると、マティオラの細い皺だらけの指が手の甲を撫でてくれた。
「ありがとうございます」
「かわいいから、かわいいわがままだから、きいてやろう」
薄くなった唇を啄むと、ちゃんと口角が上がった。
「ありがとうございます。導王様、大好きです」
「私も、大好きだ」
それから数日、マティオラはだんだん声が出なくなって、眠っている時間も多くなって……眠るように息を引き取った。
何日も涙が止まらなくなるほど悲しかったが、きちんと最期の瞬間まで寄り添って、人生の全てを共にできた、幸せにできたから後悔はなかった。
残ったのは、マティオラへの感謝だけだった。
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