魔王さんのガチペット

メグル

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第1章 ペットの個性の話

第24話 七日目の夜(4)

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「最初のニマが城にやってきたのは、三〇〇年ほど前だ。大きな戦争を終えて、この国を整備していこうという時に人間の村から献上されたんだ……人間という弱い種族を守ってくれと」

 しばらくして泣き止んだ魔王さんは、ゆっくりと話し始めた。

「一目見た瞬間、その美しさに心を奪われた。見ているだけで幸せで、俺の宝物だと思った。だから、俺が美味いと思うものを与えて、大事に部屋に仕舞い込んで、大事に大事にしたつもりだったんだ……」

 膝に置かれた魔王さんの手が、また痛々しいほど強く握られる。

「従順で、優しい子だった。いつも笑顔で……しかし、ニマは三年を過ぎた頃からだんだん体が弱って……当時は人間専門の医者なんていないから、魔族の医者に見せたが理由は解らないし、治癒魔法もあまり効かなかった」

 魔王さんが悔しそうに唇をかむ。

「どんどん体が弱っていくのに、ニマはずっと、自分は魔王様に献上されたから、魔王様を喜ばせるのが仕事だと……俺の顔を見ればベッドから降りて、着飾って、ほほ笑んでくれた。食事や、ずっとこの部屋にいることに、文句は言わなかった。俺が触れたい時に触れさせてくれて、何時間でも、俺が良いというまでずっとそばにいてくれた」

 触れる? 何時間もそばに?
 今と少し扱いが違うのか……。

「でも、一度だけ……『外に出たい』と言われたんだ」

 あぁ……。

「あの時俺は、外とは……自分のいた人間の村に、帰りたいのだと思って……それで……」

 魔王さんの瞳が潤む。
 優しいな……。

「あの時、外に、部屋の外に連れ出せば違ったんだ。俺が、もっとニマの、人間のことを解ってやれば……」

 項垂れた魔王さんの背中をそっと撫でて、かける言葉を考える。
 魔王さんは口に出したくないだろうから詳しくは聞かないけど、リリリさんが「初代ニマ様は人間の平均寿命の半分も生きられませんでした」と言っていたから……お城に来て一〇年も生きていないんだろうな。
 これだけの話では、それを魔王さんのせいとも言いにくいし……どうしようかな。
 俺は魔王さんを元気づけたいから……。
 うん。
 ニマちゃん、ごめん。

「え? ソレって、ニマちゃんも悪くない?」
「……は?」

 俺が首をかしげると、泣きそうだった魔王さんが目を瞬かせる。

「だって、魔王さんに勘違いさせたんでしょう? 誰だって、『あなたの側から離れて実家帰ります』ととられるようなこと言われたらショックだよ」
「いや、しかし……察してやれなかった俺も……」
「そう? 俺が『外に出たい』って言ったのはちゃんと伝わったよね? 俺は、魔王さんに伝える努力したよ。魔王さんとちゃんと向き合った。ニマちゃんはそれをしない『察してちゃん』で体調悪くなったんなら、ニマちゃんの自業自得じゃない?」

 ごめん。
 ニマちゃん、本当にごめん。
 きっと、今よりも魔王さんが恐れおおくて、ちゃんと話せなかったって解る。
 俺と違って、日光や食事に対する正しい知識がこの世界の人間には無くて、言葉できちんと説明できなかったのも解る。
 もう限界で実家が恋しかったのかもしれない。持病があったのかもしれない。
 ニマちゃんは悪くない。仕方が無かった。
 解っているけど、利用させてもらう。

 だから、ニマちゃん……恨むなら俺を恨んで。

「魔王さんにも飼い主としての責任はあるけど、ニマちゃんにもペットとしての自己責任があるんだから。双方のコミュニケーション不足。二人とも悪い。だから魔王さん、ニマちゃんに対する後悔は、今日から半分にしたらいいと思うよ」
「……」

 魔王さんは呆然と俺を見る。
 理解が追い付いていない? 

「それにさ、ニマちゃんが三年で体調崩したから、後の人間は三年までで帰すんでしょう? 触れ過ぎないようにしたり、一緒の時間も少なくしたり。反省して次に生かす魔王さん、えらいね。優しいね」

 俺を褒めてもらう時にしてもらうように、魔王さんの頭をポンポンと撫でる。
 ……角がちょっと邪魔で、思ったような撫で方にはならなかったけど、魔王さんの表情が少し緩んだ。

「ニマちゃんって魔王さんに人間を好きになってもらうために献上されたんでしょう? 魔王さんがこんなに人間好きになっているなら、ニマちゃんは満足しているんじゃない?」
「確かに、俺はニマのお陰で人間が好きになったが……だからこそ、ニマに対する尊敬や感謝はずっと忘れてはいけないと……」
「魔王さん、人間の良さを教えてくれたニマちゃんにずっと感謝してるんだ? 優しいなぁ、魔王さん……」

 この人、本当に優しくて、本当に人間を深く愛しているんだなぁ。
 いいなぁ。

「魔王さんのそういうところ、大好き」

「……!?」

 そのでっかい愛、できればもっともっと俺に向けて欲しい。
 そんな気持ちを包み隠さずに魔王さんに向けると、魔王さんが目を見開いて息を飲んだ。

「あ……っ……」

 魔王さんがまた泣きそうな顔になって、唇を震わせる。

「ライト……なぜ……」
「んー?」

 俺が笑顔のまま首をかしげると、魔王さんは唇を震わせたまま声を絞り出した。

「なぜ、おまえの口からは、俺の言われたかった言葉ばかりが出てくるんだ? なぜ、俺の心の苦しかった部分を癒してくれるんだ?」
「なんでだろうね? ……っ!」

 そんなの、俺が魔王さんにいっぱい愛して欲しいからだけど、とぼけてにこにこ首をかしげていると、魔王さんに体をすっぽり包み込むように抱きしめられた。

「ライト……ありがとう。大事なことに気付かせてくれた。今までニマへの気持ちを引きずって、後悔もあって、一人一人の人間にきちんと向き合えていなかった。でも……これからはきちんと向き合いたい。俺の今のペットはライトだ。だからもう、ニマのことは忘れて、お前だけを愛する!」
「ふふっ。嬉しい……でも……」

 俺の思い通りになったのは嬉しいけど……。

「魔王さん、ニマちゃんの写真か絵か何かないの?」
「写実画ならあるが」
「見たい」

 魔王さんの腕の中で顔を上げると、少し戸惑いながらも頷いてくれた。
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