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第5話 お茶

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 立会人に「連絡先を交換して解散でもいいし、このままデートしてもいいですよ」と言われた俺たちは、「デートというか……カフェで軽くお茶でも」と近くの落ち着いた喫茶店にやってきた。

「ミチくん、敬語じゃなくていいよ」
「はい。でも、年上にタメ口って慣れなくて……ゆるい、楽な敬語でもいいですか?」
「いいよ。ミチくんの話しやすい、一番おしゃべりしてくれる口調で」
「はい」

 話ながらも、頭の中は「目の前の人、かっこいい! 素敵!」で埋まっていて、アキヤさんが運ばれてきたコーヒーをブラックで飲む……たったそれだけで、すごくかっこいいしアルファっぽいと思ってしまう。
 俺もブラックだけど。

「そういえば、お仕事は手芸用品の……?」
「はい。手芸用品の会社です。学校向けの裁縫セットから、趣味でハンドメイドをする人向けの直営店まで幅広くやっています」

 先に連絡先の交換と合わせて名刺も交換したけど、俺の会社は業界最大手ではあっても一般の人にはあまり知られていない。商品や店舗画像を見せれば「そういえば小学校の時に使っていたかも?」とか「近くのショッピングモールにお店あるよね? 入ったことないけど」なんて言ってもらえる程度だ。

「言われてみれば、会社名が日本語だから解らなかったけど、直営店はアルファベット表記?」
「そうです! 俺は販促企画部で、店頭のフェアとかSNSのキャンペーンとかを考えるお仕事をしています」
「へぇ。良い商品を作っても知ってもらわないと意味が無いから、重要なお仕事だね」
「そうなんです。ハンドメイドブームとかはあるんですけど、手芸ってやる人、やらない人の差が大きいので……もっとうちの商品を知って、気軽に手芸を楽しむ人が増えて欲しいので頑張っています!」

 きっと手芸なんて縁がない人なのに、興味深そうに、真剣に俺の話を聞いてくれる。
 嬉しい……。

「それに俺、趣味が編み物なんです」
「もしかしてそのカーディガンも?」
「あ、これは先週友達と一緒に買った服です。顔合わせなのに手作りは、失礼かなって、慌てて……」
「そんなこと無いのに。でも……」

 俺の言葉で、目の前の素敵な人の表情が嬉しそうに緩む。

「俺のためにわざわざ選んでくれた服なんだ……」

 多分、俺にキュンとしてくれているんだと思う。
 でも……こんな顔されたら、俺の方がキュンとする。

「どうしよう。すごくかわいいのに、ますますかわいく見える。本当、かわいい」
「っ……アキヤさん、その……かわいいなんて言われ慣れてないから、恥ずかしいんですけど……」

 恥ずかしいとは言ったけど、嬉しさも大きくて……かわいいって言われるたびに心臓が大変で困る。

「あぁ、うん。ごめん。かわいいより美人とかキレイだよね? でも、美人だなと思うけど……美人な顔なのに」

 アキヤさんの返事も、どこかズレているけど……わかる。
 目の前のアキヤさん、すごくかっこいいのに、この照れている感じ、ちょっとかわいくて……。

「俺には誰よりもかわいく見える」
「……!」

 なんで……?
 かわいいって美人と同じ誉め言葉のジャンル違いなだけだと思っていたのに……なんでだろう。美人よりもかわいいの方が……なんでこんなに嬉しいんだろう。

「……そんな顔されるともっとかわいい」
「え?」

 俺、今どんな顔してる?
 アキヤさんは少しだけ眉を寄せて困っている感じなのに、口角はあがっていて嬉しそうというか幸せそうで……熱っぽい視線は真っすぐ俺に向いている。この顔って……。

「ねぇ隣、いかにもアルファとオメガのカップルって感じじゃない?」
「うわ。美形の圧がすごい。絵に描いたようなアルファオメガのカップルだ」

 俺たちがそれぞれ誤魔化すようにコーヒーを飲んでいると、隣に座っている若い女の子二人のひそひそ声が聞こえてしまった。

「お似合いすぎ」
「しかも、お互いのこと大好きって顔してるし」
「ラブラブすぎ。羨ましい」

 そう見えるんだ……。
 俺たちまだ付き合って……出会って二時間くらいなのに。

「……」
「……」

 チラッとアキヤさんの顔を見ると、少し居心地悪そうな……でも、めちゃくちゃ嬉しそうな顔をしていた。
 多分、俺もそう。

「……もっと話したい気持ちもあるんだけど、離れがたいんだけど、ごめん。俺、今日は冷静じゃないな。日を改めてもいい?」
「俺もです。いい意味でパニックっていうか……あの、次に会うまでに気持ちを整理してきます」
「うん、じゃあ、次の予定だけ……」

 スマートフォンを取り出して、どこか事務的に予定を伝えあう間、ほっとしたような寂しいような……でもずっと心臓はドキドキで……正直、このあたりの記憶はあいまいだ。


      ◆


 喫茶店を出て、駅の改札まで一緒に歩き、車で来ているというアキヤさんといよいよここでお別れとなった時、浮かれて忘れかけていた「約束」を思い出し、慌ててスマートフォンを取り出した。

「あの、一つ、お願い良いですか?」
「良いよ」

 まだどんなお願いか言っていないのに、アキヤさんは笑顔で全肯定してくれる。
 ……これが番?
 うわ、また嬉しくてボーっとしちゃうけど……いけない。約束はちゃんと果たさないと。

「写真……撮らせてもらっても良いですか?」

 服を選ぶのを手伝ってくれたヨナちゃんが、顔が見たいって言っていたんだ。
 俺のためにいつも一生懸命になってくれる友達との約束、ちゃんと守らないと。

「いいね、俺も撮りたい! 良いよね?」
「はい」

 アキヤさんは嫌な顔ひとつせずに、スーツのポケットからスマートフォンを取り出した。
 良かった。それに……俺の写真撮りたいって思ってくれるんだ?
 アキヤさんにも友達がいて報告するためかもしれないけど……報告したい相手と思ってくれるのも嬉しいし……え、嬉しい。写真ってちょっと苦手な方なんだけど、アキヤさんになら……。

「じゃあ、二人で並んで撮ろうか……俺のスマホでいい?」
「お願いします」

 アキヤさんが俺に並んで、少しだけ肩が触れる位置で腕を伸ばし、スマートフォンのインカメラを向ける。
 場所は繁華な駅の改札の横。
 商業施設の入り口との間の無機質な灰色の壁を背に撮った、ただのツーショット写真。

「……うん、良い感じ」
「そうですね!」

 アキヤさんがすぐにメッセージアプリで送ってくれた写真には、めちゃくちゃ幸せそうな顔の俺が写っていたけど、自分の顔よりもアキヤさんの笑顔にばかり目が行って、自分の表情に気が付くのは数日後だった。

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