1,054 / 1,157
第10章 位相編
終局 4
しおりを挟む「ぎゅっとして」
「……」
「お願い」
俺の両腕は行き場を失ったまま。
ずっと宙に留まっている。
「抱きしめて」
「……」
「抱きしめてください!」
それは……。
「今だけでいいから」
「……」
ほんの少し動かすだけ。
それで幸奈の希望を叶えられる。
難しいことじゃない。
分かってる。
「お願いだから」
けれど……。
俺は……。
「ごめんなさい……」
どれだけ時間が経過しただろう?
1分とも1時間とも思えてしまう。
「変なこと言って……」
いや。
「わたし……」
幸奈は悪くない。
「わたし……」
いいんだ。
「分かっていたのに……功己さんから話をきいていたのに……」
「……」
「5年後に会えるって納得していたはずなのに……」
「……」
「駄目だな、わたし」
駄目じゃない。
「カッコ悪いな」
そんなわけないだろ。
「けど、もう大丈夫」
「……」
「もう、すっきりしたから、平気です」
そう言って、俺の胸から離れる幸奈。
さっきまでの表情はどこにも見えない。
それどころか。
「だから、わたしのことは気にせず、元の世界に戻ってくださいね」
力強い瞳に優しげな眉、柔らかな頬に淡く光る唇。
幸奈の好きな紅梅を思わせる笑顔に見とれてしまう。
やっぱり、幸奈は幸奈だ。
カッコいい少女だよ。
「功己さん」
「……」
「約束です、5年後に会いましょ」
位相世界とあちらの世界。
似て非なる異なる世界。
当然、5年後の有馬少年は俺とは別人だ。
ただ、この真っ直ぐな想いに対しては。
「……ああ、また会おう」
他に言葉が出てこないんだ。
「はい、必ず!」
「……」
今回のこと。
これが最善ではないだろう。もっと良い方法もあったはず。
それでも、この笑顔を見ていると……。
「じゃあ、20歳のわたしが待ってますから」
「……」
「あっちでも優しくしてくださいね」
「……分かってる」
今は帰ろう。
元の世界に戻ろう。
ガチャッ。
扉を開け、再び足を踏み入れた和見屋敷の地下室。
何も変わった様子は見えない。感じる空気も想定通り。
これなら……。
「功己さん、戻れそうですか?」
「分からない、が、試してみよう」
トトメリウス様からいただいた暗示、元の世界での位相空間への移動法。
これらを応用すれば戻れる可能性も低くはないはず。
まずは、変移極点を探して。
「……」
「……」
「……」
あれか?
いや、違う。
「……」
ここは?
これも違うか。
だったら……。
「……」
そこはどうだ?
「っ!」
この感覚、正解では?
と思った次の瞬間、目の前が歪み、体が軽くなっていく。
「功己さん!」
正解だ。
「見つけたんですね?」
「ああ」
「そう、ですか」
明るさを取り戻していた幸奈の気配が、また沈んで?
「功己さん、色々とありがとうございました」
いや、沈んでいない。
「心から感謝しています。わたし、功己さんに会えてほんとに……」
「……」
「さよなら!! 大好きです!!!」
「っ!?」
幸奈の声が耳に入ると同時に。
目の前から世界が消えてしまった。
20
お気に入りに追加
527
あなたにおすすめの小説
【完結】モンスターに好かれるテイマーの僕は、チュトラリーになる!
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
15歳になった男子は、冒険者になる。それが当たり前の世界。だがクテュールは、冒険者になるつもりはなかった。男だけど裁縫が好きで、道具屋とかに勤めたいと思っていた。
クテュールは、15歳になる前日に、幼馴染のエジンに稽古すると連れ出され殺されかけた!いや、偶然魔物の上に落ち助かったのだ!それが『レッドアイの森』のボス、キュイだった!
書道が『神級』に昇格!?女神の失敗で異世界転移して竜皇女と商売してたら勇者!聖女!魔王!「次々と現れるので対応してたら世界を救ってました」
銀塊 メウ
ファンタジー
書道が大好き(強制)なごくごく普通の
一般高校生真田蒼字、しかし実際は家の
関係で、幽霊や妖怪を倒す陰陽師的な仕事
を裏でしていた。ある日のこと学校を
出たら目の前は薄暗い檻の中なんじゃ
こりゃーと思っていると、女神(駄)が
現れ異世界に転移されていた。魔王を
倒してほしんですか?いえ違います。
失敗しちゃった。テヘ!ふざけんな!
さっさと元の世界に帰せ‼
これは運悪く異世界に飛ばされた青年が
仲間のリル、レイチェルと楽しくほのぼの
と商売をして暮らしているところで、
様々な事件に巻き込まれながらも、この
世界に来て手に入れたスキル『書道神級』
の力で無双し敵をバッタバッタと倒し
解決していく中で、魔王と勇者達の戦いに
巻き込まれ時にはカッコよく(モテる)、
時には面白く敵を倒して(笑える)いつの
間にか世界を救う話です。
地球にダンジョンが生まれた日---突然失われた日常 出会った人とチートと力を合わせて生き残る!
ポチ
ファンタジー
その日、地球にダンジョンが生まれた
ラノベの世界の出来事、と思っていたのに。いつか来るだろう地震に敏感になってはいたがファンタジー世界が現実になるなんて・・・
どうやって生き残っていけば良い?
異世界転移は草原スタート?!~転移先が勇者はお城で。俺は草原~
ノエ丸
ファンタジー
「ステータスオープン!」シーン「——出ねぇ!」地面に両手を叩きつけ、四つん這いの体制で叫ぶ。「クソゲーやんけ!?」
――イキナリ異世界へと飛ばされた一般的な高校ソラ。
眩い光の中で、彼が最初に目にしたモノ。それは異世界を作り出した創造神――。
ではなくただの広い草原だった――。
生活魔法と云うチートスキル(異世界人は全員持っている)すら持っていない地球人の彼はクソゲーと嘆きながらも、現地人より即座に魔法を授かる事となった。そして始まる冒険者としての日々。
怖いもの知らずのタンクガールに、最高ランクの女冒険者。果てはバーサーカー聖職者と癖のある仲間達と共に異世界を駆け抜け、時にはヒーラーに群がられながらも日々を生きていく。
チートなんて簡単にあげないんだから~結局チートな突貫令嬢~
まきノ助
ファンタジー
事故で転生する事になったが、若い女神は特別扱いしてくれないらしい。
「可愛い女神様、せめて友達になってください」
なんとかそれだけは約束してもらったが……。
ゆるふわ女子高生が異世界転生して、女神に求めたのはチートではなくお友達認定でしたが、何故かチート能力を増やして無双してしまう。
7月は男子校の探偵少女
金時るるの
ミステリー
孤児院暮らしから一転、女であるにも関わらずなぜか全寮制の名門男子校に入学する事になったユーリ。
性別を隠しながらも初めての学園生活を満喫していたのもつかの間、とある出来事をきっかけに、ルームメイトに目を付けられて、厄介ごとを押し付けられる。
顔の塗りつぶされた肖像画。
完成しない彫刻作品。
ユーリが遭遇する謎の数々とその真相とは。
19世紀末。ヨーロッパのとある国を舞台にした日常系ミステリー。
(タイトルに※マークのついているエピソードは他キャラ視点です)
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる