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第10章 位相編
能力開発研究所
しおりを挟む幸いなことに、5年後の世界と同じ場所、同じビルに能力開発研究所は存在していた。その事実にひとまずは胸をなでおろしたものの、それもつかの間のこと。
「アポイントを取っていない方は、お断りしています」
「後日アポイントを取ってから再訪ください」
受付での対応は、まったく取り付く島もないものだった。
とはいえ、ここで簡単に引き下がるという選択肢はない。
「何とかお願いします。大事な話があるんです」
「そう言われましても……」
「少し時間をいただくだけでいいですから」
「……申し訳ありませんが、規定なので取り次ぎはできないのですよ」
「……」
やはり、そう簡単に事が運ぶことはないか。
となると、ここはもう……アレを使うしかない。
収納から取り出したのは1枚のカード。
廃墟ビル事件の後、鷹郷さんにもらった身分証明用のカードだ。
これを見せれば、突破口が開けるはず。
ただし、5年後に発行されるこのカードが問題を引き起こす可能性も充分に考えられる。
「……」
露見の危険が頭を過る。
一瞬手が止まってしまう。
「どうしました?」
それでも、今はカードに頼るしかない。
「これを」
意を決してカードを受付台の上に置いた、その時。
「話くらい聞いてあげればいいじゃない」
奥から現れたのは、ひとりの少女。
少しきつめの口調で受付の女性に声をかけてきた。
「楓季ちゃん……訓練はどうしたの?」
「ちょっと、ちゃんはやめてって言ったでしょ」
楓季?
「ふふ、そうだったわね、楓季ちゃん」
「だから、それはやめてって」
まさか、古野白さんなのか?
俺の知る彼女に比べれば、ひとまわり小さいし顔つきにもあどけなさが残っているが?
それでも、この容姿に口調、楓季という名前は……。
「はいはい、古野白さん」
間違いない。
彼女は炎を操る異能者、古野白楓季だ。
「功己さん……外に出ましょうか?」
俺がころころと表情を変えたからだろう。
幸奈が心配そうに見上げている。
「大丈夫だ。問題ない」
「そう、ですか?」
「ああ、任せてくれ」
「……はい」
5年前の古野白さんの姿に若干戸惑ってしまったが、異能者である彼女が能力開発研究所にいるのはおかしいことではないんだ。
動揺するようなことじゃない。
それより今は、鷹郷さんと会うことが何より重要。
まずは受付カウンターの上に置いたカードを見てもらう必要がある。
「すみません、これを見て……」
「古野白ぉ、何してんだぁ?」
受付の女性にカードを手渡そうとしたところ、また奥からひとりの少年が姿を現した。
「普通人の訪問者を見に来ただけよ」
「普通人なんて、どうでもいいだろ」
「でも、珍しいのよ。この人、鷹郷さんを名指ししてたんだから」
「鷹郷さんを?」
「そうなの。普通人なのにおかしいでしょ」
「確かに、普通じゃねえなぁ」
「楓季ちゃんに大志君、要らぬこと喋ってないで訓練に戻りなさい」
少年の名前は大志。
あの武上、武上大志だ。
「訓練なら、もう終わったぜ」
「それなら、帰りなさい」
「まだ帰らねえぞ。こっから自主練なんだからよ。ってことで、古野白行くぞ。その普通人も連れてな」
「訓練室に一般人は入れないわ」
「楓季ちゃんの言う通りよ」
「ふたりとも分かってねえなぁ。カウンターの上を見てみろよ」
「……!?」
「……!?」
「カードを持ってんだぜ。一般人じゃねえだろ」
「……そうみたいね」
「ああ、こいつも所有者かもしんねぇな。確かめるためにも訓練室に行こうぜ」
「分かったわ」
「そこの兄さん、そういうわけだからオレたちと一緒に来てくれ」
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