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第5章 王都編

和見幸奈 15

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<和見幸奈視点>



 携帯が震えている!
 けど……。

 着信じゃない?

「……」

 ただのメール。
 父からの着信じゃなかった。

 よかった……。

「……」

 よくない。
 何もよくなっていない。

 こわい。
 こわい!

 電話が怖い!

 これからのことを考えると。
 あの地下室のことを考えると。

 この時間が、耐えられない。

 ……。

 ……。


 だめ。
 やっぱり、だめ!

 わたしひとりじゃ、もう!

 功己!
 功己と話したい!

 せめて声だけでも聞きたい!

「……」

 それでもまだ躊躇する自分の手を、無理やり伸ばし。
 携帯に手を。

「……」

 押してしまった!
 功己に電話をかけてしまった!

 けど!

 出ない?
 功己が出てくれない!

 こんな時間なのに?
 家にいないの?
 それとも、もう寝てしまったの?

「……」

 何十コール続けただろう?
 諦めきれず、切ることもできず。

 でも、功己は出てくれない。

「……」

 功己は携帯電話を持っていない。
 だから、もう。
 話せないんだ。

 今はもう……。

 ……。



 一瞬の熱から覚めたように、少しだけ冷静さが戻って来る。
 すると、考えてしまう。

 これで良かったのかな?
 今功己と話すと、何を言ってしまうか分からないから。
 自分を抑えられるとは思えないから。

 そんな風に……。




 えっ!

 玄関のチャイム音が聞こえる。
 誰?

 まさか!?

 窓から眺めるわたしの目に入ってきたのは……。

「っ!?」

 黒衣の女性!!

 そんな!
 嘘だ!

「……」



 黒衣の異能者……。

 忘れられない。
 忘れることなどできるわけもない。

 あの悪夢のような時間を!
 悪魔のような笑みで、何度もわたしを切り裂いた異能を!

 あの女性がまた、目の前に……。

 ……。

 ……。

 形容しがたい激情のあとに残るのは恐怖。
 抑えきれない恐怖に、体が震えだす。

 止まらない!
 震えが大きくなっていく。

 恐怖と混乱で頭が真っ白に!

 ただ、ただ!

 逃げたい!
 ここから逃げ出したい!
 今すぐ!

「っ!?」

 着信音!?

 表示には……父の名前!!

「……」

 だめ。
 もうだめ。

 動けない。
 空気が吸えない。
 息が苦しい。

 電話なんて、手に取ることもできない。

「……」

 そのまま数コール。
 着信音が消えた。

「……」

 ああ。
 空気が戻ってくる……。

 わたし、助かったの?

「……」

 違う!

 またかかってくるに違いない。
 それとも、父が直接この部屋に来るかも。

 どうしよう?
 どうしたら?

「……」

 目の前のテーブルの上には薬の入った包み。
 以前から病院で処方してもらっていた睡眠薬の包み。
 この部屋には、たくさんある。

 そうだ。

 これを飲んで眠ってしまえば。
 それなら父だって。
 何もできないはず!

 プルルル……。

 また携帯が動き出した。
 父からの着信だ!

 ……。

 ……。

 飲むしかない。
 眠るしかない。

 震える体を何とか押さえつけて、睡眠薬を手に取り。
 一気に流し込む。

 プルルル……。

 着信音は鳴りやまない。

 まだ眠くならない。
 早く眠らないとまずいのに!

 プルルル……。

 もう一度、睡眠薬を口に。

 プルルル……。

 でも、眠くならない!
 どうしたらいいの!

 階下から声が。
 父の声?
 黒衣の女性の声?

 だめ!
 ほんとに、時間がない。

 薬を!
 もっと薬を!






************************

・黒衣の女性は第4章『和見幸奈 6』に登場しています。
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