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第4章 異能編
下山 2
しおりを挟む胸の奥底から這い上がって来る疼き、痛み。
油断すると、そちらにばかり意識が向いてしまう。
自然とそう……。
駄目だな。
今はそんな感情にとらわれている場合じゃない。
とにかく、早く下山しないといけないんだ。
「……」
セレス様の様子を見るに、問題はないように思える。
魔落の空気を吸っていない現状、あの症状が現れることはないと。
そう考えたいし、実際そうだと思っている。
が、原因が魔落だと確定したわけじゃない。
なら、少しでも早く下山し、セレス様の状態をオルドウで調べてもらうべきだろう。
もちろん、これも念のためだ。
さきほど同様、疼きを抑え。
「少し急ぎますね。と、その前に」
手を上にかざし、そのまま魔力を練り空に向けて発射。
バーーーン!
轟音とともに上空で炎を花びらが開くように展開。
例の合図の魔法だ。
「……これは?」
上空から目が離せないセレス様。
「その魔法は何なのでしょう?」
「セレスティーヌ様の救出成功を知らせる魔法ですね。これで、シアとアルも安心するはずです」
「そんな魔法が……凄いです。それにとても綺麗」
「ありがとうございます。では、行きましょうか」
「はい!」
ここからはただ下山するのみ。
少し辛いだろうが、セレス様にも頑張ってもらおう。
ひたすらテポレン山の獣道のような道を下る。
所どころ、獣道ですらないような険しい道を進んでいるが、セレス様はいっさい弱音を吐かない。
さすがセレス様だ。
歩き続けること半刻。
途中で遭遇した魔物なんかは。
「雷撃!」
これで撃破。
それでも足りない場合は、剣の一振りで屠っていく。
とにかく早くテポレン山を下りたいので、速度重視で魔物を倒し足を進める。
魔物を倒すたびにセレス様の称賛の声が聞こえてくるが、簡単な対応で済ませ今は先に進む。
そうして、順調に下山を続けていると。
「はあ、はあ」
セレス様の息遣いが荒くなってきた。
麓までは少し距離があるものの、かなり近づいてきたのも事実。
このまま進めば日暮れ前には到着できるだろう。
なら、少しは。
「そろそろ休憩しましょうか」
「いえ、私は大丈夫です。ですから、このまま下り続けましょう」
「良いのですか?」
「はい。まだまだ平気です」
「そういうことなら……。ですが、辛くなったら言ってくださいね」
「分かりました」
ということで、休憩を取らず下山を続ける。
その僅かばかり後のこと。
「コホッ」
「!?」
「ゴホッ」
咳?
セレス様が咳を!
「コホッ、ゴホッ」
これは……!
まさか今回も?
そんな不吉な想像が頭をよぎる。
「セレスティーヌ様、大丈夫ですか?」
「はい、少し咳が出ただけですので」
そう答えるのは分かっていたが、聞かずにはいられない。
でも、これが本当に前回と同じなら。
「……」
一瞬で、嫌な汗が噴き出してくる。
「コーキ様、どうかされましたか?」
「……いえ」
そうだ。
今回は魔落に下りていないのだから。
そんなはずはない。
あんなこと、二度と起こるわけない。
けれど……。
魔落が原因じゃないなら。
「……」
下山を始めて以降ずっと心の奥に隠していた懸念が湧き上がってしまう。
「ゴホッ……」
セレス様……。
これが前症状だとしたら。
今の俺にできることは……。
治癒魔法しかない。
ただ、治癒魔法は前回効果がなかった。
それなら、他に術は?
「……!」
そうだ、回復薬だ!
一度目は魔落で使い果たし、手元に残っていなかった魔法薬。
今回はまだ残っているぞ。
これなら俺の魔法より効果があるはずだ。
とはいえ、この薬。
セレス様はさっき飲んだばかり。
この短時間で二度も飲んでも……。
いや、飲んで悪いことなどない。
効果が増す可能性だって考えられる。
「セレスティーヌ様、一応回復薬を飲んでおきましょうか」
「はい? 先ほどいただきましたが?」
「少し量が不足していたかもしれません。ですので、どうぞ」
「そうですか……分かりました」
若干怪訝そうな表情は見せたものの、素直に口に入れてくれた。
「咳はどうです?」
「ええ、治まったみたいですね」
「それは良かった」
これで回復するなら、ありがたい。
いやまあ、今回の咳が前回と同種のものとは限らないんだが……。
念には念を入れておいた方がいいだろ。
「コーキ様、それでは、行きましょうか」
「はい」
足取りも軽く歩き出すセレス様。
ほら、大丈夫だ。
きっと……。
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