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現世

戸籍謄本

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なんで高3にもなって、なぜに集団下校なんかしなきゃならないんだ、、、

涼馬は思う。

マイクロバスの後方の席の方に固まりキャッキャッと騒いでいる生徒達とは離れ、前方の席に座っている。

引率の教師と会話するのも面倒なので、そちらとも距離をとって。

集団下校が始まった頃こそ静かだったが、クラスメートや部活仲間とは違う在校生達と知り合えたということで、学年を越えた仲良しグループが出来上がっている。

今も3人の生徒が固まってバスを降り、目の前の家に入っていく。

本来、家に直帰しなければならないが、親が不在の時は友人の家で過ごして良いという特例ができて以来、家の方向が同じもの同士が放課後に一緒に過ごす例が増えてきている。

バスは住宅街の小道を進み、涼馬の家が近づいてくる。

次第に心が重くなる。

薄いペパーミントグリーンの地に茶色で“大地の母と生きる会”と書かれている看板が門に掛けられた家。

それが涼馬の家だ。

涼馬が集団下校を嫌がる理由。

母親が新興宗教の幹部で、家が道場のようになってしまっていることが、集団下校によって学校で広まってしまったことだ。

これまで極力隠してきてのだが、マイクロバスが家の前に停まることにより、バスに乗った生徒に知られてしまった。

家の前には香の匂いが漂い、時には家の中から奇妙な唱和が聞こえてくる。

興味津々な生徒達の視線を受けながらバスを降り、家に入るのは苦痛だった。

さらに涼馬が嫌だったのは、一連の事件で街の中の不安が広がると同時に、信者が増えていっていることである。

中には生徒の親族も居るため、学校で露骨に睨まれたり、嫌味を言われることも増えた。

初めての集団下校時、家まで歩くからここで降ろしてくれと頼んだが、家の前まで送るのがキマリとあっさり断られた。

今日も涼馬の家が近づくとカーエアコンが効いているのに後ろの席の窓が開けられた。

“匂ってきたね~”

“あたし、だんだんこの匂い、好きになってきた”

“え?マジ?俺は苦手だな~”

そんな笑い含みのヒソヒソ声を涼馬は聞こえないフリをする。

低く単調な人々が唱和する声が聞こえてくる。

“ウァ、、、レグ、、、ナイアァ、、、シュブゥ、、、幸あれ、、、大地、、、母なるヤギ、、、”

今日も信者たちが集まり、祈りを唱えているようだ。

“母なるヤギだって、、、”

“大地と一緒に生きてる人達だぜ、、、”

背後で失笑が起き、涼馬は恥ずかしさで耳を赤くさせながらバスを降りる。

門を開け敷地に入るが、玄関からは入らず裏に向かう。

玄関を開けると廊下まで溢れた信者達と顔を合わせてしまう。

だから台所脇の裏口から家に入ろうというのだ。

が、台所では3人の女性達が飲み物と軽食を用意していた。

「坊っちゃま、お帰りなさい」

勝手口の扉を開けた涼馬を見て、3人が恭しく頭を下げる。

「ただいま、、、」

ぶっきらぼうに言い、涼馬は2階にある自分の部屋へと急ぐ。

自室に来ると、涼馬は直ぐにワイヤレスイヤホンを耳に着け、好きな音楽を流す。

耳障りで不気味な祈りの声を聞かないためだ。

ベッドに大の字に横たわる。

流れしたのはガーシュインの『ラプソディ・イン・ブルー』。

ジャズ仕立てのクラシック。

その軽やかなメロディに体を委ねようとする。

なんか疲れたな、、、

失踪事件だけではなく、最近、涼馬の周りで様々なことが立て続けに起こった。

まずは涼馬の家庭のこと。

実の両親ではないことは知っていた。

聞いていたのは育ての母の妹が実の母親で、涼馬を産んで直ぐに亡くなり、現在の母に引き取られたということだった。

涼馬には、産みの母の記憶は無い。

だから、現在の母親との生活が当たり前の生活だった。

それに不穏な影が差したのは失踪した体育教師の一言だった。

廊下で涼馬を呼び止めると、急に言われた。

「伏戸、お前、なんで本名以外の名を使っているんだ?」

は?

何を言われているのか分からなかった。

しばらく答えられずにいると、

「なんで答えられない!俺を馬鹿にしてるのか?新興宗教教祖様の息子だかなんだか知らないが、本名を隠す理由くらい答えろっ!」

怒鳴りつけられた。

ムカっとして、涼馬は体育教師を睨みつける。

「なんだ!その反抗的な態度はっ!」

体育教師は今にも殴りそうな表情で涼馬を睨み返す。

「先生、何を怒鳴っているんです?」

責めるような顔で中年の女性教師が睨み合う2人のもとに駆け付け、2人の顔を交互に見る。

チッ

体育教師は軽く舌打ちをして、「何でも無いですよ。つまらないことで騒ぎ立てないでください」と女性教師に言い捨て、去って行った。

女性教師は怒りを抑えた顔で体育教師の後ろ姿を見ている。

体育教師の生徒に対する横暴な態度は教員室でも問題になっているようだ。

「大丈夫かしら。何があったの?」

心配そうな顔で涼馬を見る。

「変なことを言われたんですよ。本名を隠してるとか訳の分からないことを言いだし、、、」

涼馬は言葉を止める。

女性教師の顔付が明らかに変わる。

「そんなプライベートのことを軽々と、、、」

憤懣やる方ないように呟く。

その女性教師の顔に体育教師の言いがかりが、決して言いがかりではないということが分かった。

けれど、“本名以外の名”とはどういう意味だろう。

分からない。

自身の名を調べるためには、、、

そうだ。

戸籍謄本を取れば良い。

スマホで取り寄せ方を調べる。

取り方は簡単だった。

請求者が記載されている本人であれば、本人確認書類さえあれば取れるようだった。

本人確認書類の中に顔付の学生証も挙げられていた。 

涼馬は、午後の授業を抜け出し、役所へ向かった。

ガランとした庁舎。

暇そうな高齢の窓口の担当者。

時代物のベッコウ眼鏡の下から涼馬を見る。
 
軽い緊張を覚えながら申請書類をだす。

ゆっくりと書類を見た後、パチ、、、パチ、、、とパソコンを操作し始める。

申請書が受け入れられたのにはホッとしたが、作業がゆっくりしている。

どんだけ待たせるんだよ、、、

軽くイライラし始めた時、ボソッと呟く。

“あれ?”

担当者がディスプレイを見、手元の資料を見る。

何度か見比べた後、「ああっ」と合点が言ったように呟き、エンターキーを押すのが見えた。

ジージーっとプリンターが動き始める音がする。

担当者が龍馬を見、苦笑するように笑いながら言う。

「役所の資料を取る時はちゃんとした漢字を書かなきゃダメだよ」

「え?」

「君の名前はりょうまくんだよね」

「はい」

「確かに、両方、リョウマって読みだから今回は資料を出すけれども、本当は、ちゃんとした名前じゃないと出せないから、これからは気をつけてね」

そして、戸籍謄本が、渡される。

涼馬は立ち上がり、役所の入口まで来ると戸籍謄本を見る。

名前の欄には

“伏戸鈴真”

と記されている。

最初に思ったのは、

“ふーん、鈴って漢字は、リョウって読み方もあるんだ”

だった。

おそらく本当の両親が付けたのが“鈴真”と言う名で、何らなの理由で母は“涼馬”という漢字を当てて、育ててきたのだろう。

自身の子として育てようという気だったのだろうか。

さらに養子ということは知っていたけれど、元の親として記載されていたのは全く知らない名前だった。

産みの親、母の妹は“恵子”というなと聞いていた。

が、記載されていたのは田村茉莉絵という名だった。

父親は田村和人と記載されている。

田村和人、茉莉絵、、、、

どんな人なんだろう。

無意識にスマホを取り上げて、検索欄にその名を入れる。

そして検索結果で出てきたのは“山中の六体の白骨遺体、7年前の失踪家族と判明”という10年前の記事だった。

長野県の山中で発見された複数の白骨遺体は、鑑定の結果、7年前、自宅が全焼し、知人宅に預けられていた生後6ヶ月になる息子を除き、行方不明となっていた田村和人さん夫妻と田村さんと妻の両親の6名であるとわかった、、、とある。

他の記事を見たが、同じような内容ばかりで、新しい発見はない。

計算すれば、家事と失踪事件は17年前になり、涼馬の歳と一致する。

足元がグラつくような感覚。

知人宅に預けられていた子供は自分だろう。

なぜ母は自分にその話をせず、死んだ妹の子と伝えていたのだろう。

そして、疑問は続く。

学生証は学校から与えられ、携帯するものだから別として、涼馬は自身の身分を証明するものをこれまで見たことがなかった。

パスポートは取ったことがない。

そして、保険証も携帯したことがない。

まず医者に行くことがほとんど無かったし、風邪をひいて医者に行くとしても、近くのかかりつけの医者だったので、保険証を携帯したことがなく、それが当たり前と思っていた。

学校を抜け出す前に、学食で昼飯を食べながら「保険証なんて触ったこともない」と言ったら、同級生たちは明らかに驚いて、「医者に行く時に出すだろう」とごく当たり前のように言った。

その場に居た4人が口を揃えていうのだから、おかしいのは自分のようだ。

涼馬の中で疑念が渦巻いた。

が、それを母に言うことは出来ない。

母は、涼馬に対して過干渉だった。

とにかく涼馬を手元に置きたがる。

子供の頃から遊ぶにしても、友達の家ではなく、涼馬の家に連れてくるように言った。

学校で涼馬が同級生と喧嘩して、膝を擦りむいた時は、すごい形相でその同級生の家と学校に乗り込んだ。

そして、“大地の母と生きる会”に入れ込んでからはその戒律を守ることを涼馬に強要してくる。

そして、近所を勧誘で周り出す。

だんだん、友人達が涼馬から距離を置くようになる。

涼馬は居心地が悪かった。

だから高校は、通学には不便だが、街から遠い高校を受験したかった。

その地域の名門と言われている高校で、中学の担任もそこへの進学を勧めた。

が、母は頑なに地元の高校への進学にこだわった。

なんど言い合いをしただろう。

が、母は主張を曲げず、最後に涼馬が折れ、唯一獲得したのは、高校になったら部活動をして良いことだった。

そんな頑な母だから、自分の出自を尋ねても、これまで話してこなかったのだから、簡単には話してはくれないだろう。

それどころか、信心が足りないと無理やり決めつけ、地母神様への祈りと禊をしろと言い出す可能性も高い。

それは勘弁して欲しい。

何も行動を起こせず、悶々と過ごしていると、ある日、体育教師が居なくなった。

失踪したと校内に噂が流れる。

そして、失踪者は、体育教師だけではなく、何人も居ると。

やがて、切り裂き事件が起こり、涼馬の家を訪ねてくる人が増えてくる。

困った時の神頼み、、、というヤツだろう。

元々、集会は水曜日と土曜日と決まっていた。

だから、その2日を家にいないように母好みの言い訳を作れば良かった。

が、事件が続くとともに涼馬の家を訪れる人々は増えていき、ここしばらくは集会の予定時間などお構いなしに信者が現れ、祈りの言葉を唱和し続ける。

勘弁してくれよ、、、

偽らざる感想だ。

自分の家なのに信者を気にして、自室に篭らなきゃならない。

コンビニに行って飲み物とポテチでも買ってくるか、、、

ベットから起き上がる。

ふと窓から下の道を見下ろす。

え?

そこに黒いスーツを纏い、レイバンのサングラスをした大柄の男が立っていた。

涼馬の視線を感じたのか、黒づくめの男がゆっくりと顔を上げ、涼馬の方を見る。

肩まで届く長髪をオールバックにしている。

がっしりとした格闘家のような体型。

レイバンで視線は見えない。

が、その頭の角度、レイバンの向きから、龍馬を見ているのは間違いないだろう。

涼馬は身体が動かない。

しばらく2人の視線が交差する。

そして、呪縛が解けたように涼馬は機敏に動き、カーテンをさっと閉める。

そして、壁際に身を寄せ、そっとカーテンの端を開き、道を見下ろすと、もうそこには誰も居なかった。





















































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