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第四章
第6話 林檎のパイで占いを(後編)
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王子さまのパイは無事に焼き上がり、お茶の時間に供された。
給仕の娘たちを下げてしまうと、いつものようにキアランがお茶を淹れ始める。
珍しく、オルフェンがいそいそと席を立った。
「わたしもお給仕をするわ」
先を越されたアリルは、こちらも珍しく自己主張をした。
「僕が切り分ける。形がいびつになったら困るからね」
オルフェンを制し、王子自らナイフを手に取って、さくさくと切り分けてゆく。パイはあっという間にきれいに六等分された。
「では、これを客人に」
アリルがリボン飾りのついたパイを皿にのせて、オルフェンに手渡す。
皿を受け取ったオルフェンは、少し考えた。
給仕をする場合、最も身分の高い者からというのが王宮でのマナーだ。
特別に招かれた客がいる場合には、そちらを優先することもある。
この場合はどうしたらよいのだろう。
身分だけなら、ダナンの王子である兄。次は妹である自分だ。
兄は「客人に」と言う。
キアランは除外。一応客分ではあるが、その立ち位置が曖昧だ。
すると残るは、聖騎士フランか。彼が守護するエレインか。
改めて兄に問えば、「女性からに決まっている」と答えるだろう。
これが花飾りのついたパイだったら、迷うことなくエレインに差し出すのに。
パイを取り分けている兄の横顔を、ちらっと窺う。
ならば――。
「そうね、これはあなたに」
ことん。オルフェンはシャトンの前に皿を置いた。
「あっ」
それを見たアリルが思わず声を上げ、シャトンは咄嗟に右手で皿を左隣の席に押しやった。そこにはエレインがいた。
「あら、あたしにくれるの?」
おっとりとエレインが首をかしげるその傍で、オルフェンが唖然としている。
「おい、お前ら」
三者三様。
不自然な行動と反応にフランの声が尖った。
「何を企んでいる」
アリル、オルフェン、シャトン。
ゆっくりと、順々に視線を移してゆく。
アリルはうつむき、オルフェンはつんと横を向いた。
「占いをするんだってさ」
右前足でくるんと顏をひと撫でして、シャトンが正直に答えた。
「占い、ですか」
フランのカップにお茶を注ぎながら、くすくすとキアランが笑う。
「怖いですね。一体何が入っているのでしょう」
それをじろりとひと睨みすると、フランは腕を組み、ぐいと顎を上げた。
「だったら、両殿下には手を出さないでいただこうか。どこに何が隠されているか、ご存じなのだろうからな」
この兄妹はそろってポーカーフェイスが苦手だ。
何も言わなくても、「その通りです」と顔が語っていた。
「あなただって、視ようと思えば見えるでしょう」
キアランが口を挟む。
「お前もな」
フランが返す。
「と、いう訳で、エレイン。お前さんが分けてくれ」
「あ、はい……」
まだ事情が飲み込めないままのエレインが席を立ち、皿を配り始めた。
「じゃあ、シャトンにはこれを」
エレインがシャトンのために選んだのは、花飾りのついたパイだった。
オルフェンの視線が痛いが、エレインの前には既に皿がある。これ以上押し付けることはできない。シャトンは身じろぎもせず、じっと自分の前に置かれたパイを見つめた。
(これは、どうしたものだろうね)
悩んでいる間にも着々と皿は配られ、カップにお茶が満たされる。
猫舌のシャトンにはぬるいミルクを。
アリルはお茶と菓子が全員に行き渡ったのを確認して、キアランにも席に着くよう促した。
ようやくお茶の時間だ。
客をもてなす主として、アリルが短い祈りの言葉を唱え始める。
皆が目と口を閉じ、軽く手を合わせた。
天の恵み 大地の恵み
命の糧ありて 日々の営みあり
我らが心よりの感謝を ダヌの御許に
「では、このひとときをお楽しみください。みなさんに幸運が訪れますように」
さく、さく。パイにナイフを入れる音が聞こえる。
「王冠ですって?」
真っ先に声を上げたのはオルフェンだった。きっ、とオルフェンがアリルを睨む。
「知らないよ。それは、僕のせいじゃない」
アリルはシャトンのパイを切り分けるのに余念がない。
「おやおや、硬貨ですか。特に経済的に不自由はしていないのですが」
キアランがコインを摘み上げて困ったように溜め息をつく。
「嫌味な奴だな。それじゃ、そいつをよこせ。俺のと交換してやるよ」
フランが差し出したのはメダルだった。
「それは結構。苦労はあなたがしてください。神々のご加護がありますように」
自分のパイの中に金の指輪を見つけたエレインは、隣の席を振り返った。
シャトンはパイもミルクもそっちのけで、銀の指輪を転がすのに夢中になっていた。
「おそろいね」
「まあね」
生返事だ。ぺたぺたと、テーブルの上に猫の足跡が増えてゆく。
お行儀はよろしくない。しかし怒れない。
エレインは微笑んで、そっとその背を撫でた。
「で、お前さんのには何が入っていたんだ?」
フランがアリルに尋ねる。つられて皆がアリルの方を見た。
「何も」
アリルが軽く肩をすくめる。
「何も入っていませんでした」
賑やかだった座がしんと静まり返る。
ハズレ。
あまりにもこの王子らしい結末に、誰も二の句が継げなかった。
明るい西日の射しこむ部屋。
カポポック、カポポック、ココウ――…
窓の外をワタリガラスの声が通り過ぎていった。
給仕の娘たちを下げてしまうと、いつものようにキアランがお茶を淹れ始める。
珍しく、オルフェンがいそいそと席を立った。
「わたしもお給仕をするわ」
先を越されたアリルは、こちらも珍しく自己主張をした。
「僕が切り分ける。形がいびつになったら困るからね」
オルフェンを制し、王子自らナイフを手に取って、さくさくと切り分けてゆく。パイはあっという間にきれいに六等分された。
「では、これを客人に」
アリルがリボン飾りのついたパイを皿にのせて、オルフェンに手渡す。
皿を受け取ったオルフェンは、少し考えた。
給仕をする場合、最も身分の高い者からというのが王宮でのマナーだ。
特別に招かれた客がいる場合には、そちらを優先することもある。
この場合はどうしたらよいのだろう。
身分だけなら、ダナンの王子である兄。次は妹である自分だ。
兄は「客人に」と言う。
キアランは除外。一応客分ではあるが、その立ち位置が曖昧だ。
すると残るは、聖騎士フランか。彼が守護するエレインか。
改めて兄に問えば、「女性からに決まっている」と答えるだろう。
これが花飾りのついたパイだったら、迷うことなくエレインに差し出すのに。
パイを取り分けている兄の横顔を、ちらっと窺う。
ならば――。
「そうね、これはあなたに」
ことん。オルフェンはシャトンの前に皿を置いた。
「あっ」
それを見たアリルが思わず声を上げ、シャトンは咄嗟に右手で皿を左隣の席に押しやった。そこにはエレインがいた。
「あら、あたしにくれるの?」
おっとりとエレインが首をかしげるその傍で、オルフェンが唖然としている。
「おい、お前ら」
三者三様。
不自然な行動と反応にフランの声が尖った。
「何を企んでいる」
アリル、オルフェン、シャトン。
ゆっくりと、順々に視線を移してゆく。
アリルはうつむき、オルフェンはつんと横を向いた。
「占いをするんだってさ」
右前足でくるんと顏をひと撫でして、シャトンが正直に答えた。
「占い、ですか」
フランのカップにお茶を注ぎながら、くすくすとキアランが笑う。
「怖いですね。一体何が入っているのでしょう」
それをじろりとひと睨みすると、フランは腕を組み、ぐいと顎を上げた。
「だったら、両殿下には手を出さないでいただこうか。どこに何が隠されているか、ご存じなのだろうからな」
この兄妹はそろってポーカーフェイスが苦手だ。
何も言わなくても、「その通りです」と顔が語っていた。
「あなただって、視ようと思えば見えるでしょう」
キアランが口を挟む。
「お前もな」
フランが返す。
「と、いう訳で、エレイン。お前さんが分けてくれ」
「あ、はい……」
まだ事情が飲み込めないままのエレインが席を立ち、皿を配り始めた。
「じゃあ、シャトンにはこれを」
エレインがシャトンのために選んだのは、花飾りのついたパイだった。
オルフェンの視線が痛いが、エレインの前には既に皿がある。これ以上押し付けることはできない。シャトンは身じろぎもせず、じっと自分の前に置かれたパイを見つめた。
(これは、どうしたものだろうね)
悩んでいる間にも着々と皿は配られ、カップにお茶が満たされる。
猫舌のシャトンにはぬるいミルクを。
アリルはお茶と菓子が全員に行き渡ったのを確認して、キアランにも席に着くよう促した。
ようやくお茶の時間だ。
客をもてなす主として、アリルが短い祈りの言葉を唱え始める。
皆が目と口を閉じ、軽く手を合わせた。
天の恵み 大地の恵み
命の糧ありて 日々の営みあり
我らが心よりの感謝を ダヌの御許に
「では、このひとときをお楽しみください。みなさんに幸運が訪れますように」
さく、さく。パイにナイフを入れる音が聞こえる。
「王冠ですって?」
真っ先に声を上げたのはオルフェンだった。きっ、とオルフェンがアリルを睨む。
「知らないよ。それは、僕のせいじゃない」
アリルはシャトンのパイを切り分けるのに余念がない。
「おやおや、硬貨ですか。特に経済的に不自由はしていないのですが」
キアランがコインを摘み上げて困ったように溜め息をつく。
「嫌味な奴だな。それじゃ、そいつをよこせ。俺のと交換してやるよ」
フランが差し出したのはメダルだった。
「それは結構。苦労はあなたがしてください。神々のご加護がありますように」
自分のパイの中に金の指輪を見つけたエレインは、隣の席を振り返った。
シャトンはパイもミルクもそっちのけで、銀の指輪を転がすのに夢中になっていた。
「おそろいね」
「まあね」
生返事だ。ぺたぺたと、テーブルの上に猫の足跡が増えてゆく。
お行儀はよろしくない。しかし怒れない。
エレインは微笑んで、そっとその背を撫でた。
「で、お前さんのには何が入っていたんだ?」
フランがアリルに尋ねる。つられて皆がアリルの方を見た。
「何も」
アリルが軽く肩をすくめる。
「何も入っていませんでした」
賑やかだった座がしんと静まり返る。
ハズレ。
あまりにもこの王子らしい結末に、誰も二の句が継げなかった。
明るい西日の射しこむ部屋。
カポポック、カポポック、ココウ――…
窓の外をワタリガラスの声が通り過ぎていった。
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