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第五部 『帝国』編

405 「窮地(2)」

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「さて、私の慈悲もこれで最後だ。降りたまえ」

 馬の上から権高に言ってくる。
 しかもこっちの名前すら口にしてない。
 どう考えても、素直に言う事を聞かせる気が無いとしか思えない。

「もう忘れたのか? オレは主人の言葉にしか従わないよ。それに一応これでも貴族なんで、騎士風情の風下に立つ気もないね」

「ハッ、貴族ね。ちなみに階位は、領民の数は? ちなみに私は、領地はないが準男爵位だ。だが、オクシデントの並みの貴族よりも多くの禄を皇帝陛下より賜っているがね」

 ゴード将軍のような人もいれば、こいつみたいなのもいる。沢山人が集まると仕方ないんだろうけど、こういうタイプは気に入らない。
 『帝国』の権威を笠に切る、虎の威をかるクズ野郎だ。
 戦いに勝利する事以外の表裏の無かった剣闘士アインスの方が、好感が持てるほどだ。

(オレがこいつを気に入らないのは、オレがガキだからなのかもな)

 そう思いつつも、ちょっとイタズラ心が芽生える。

「そうかい。じゃあ、いいもん見せてやるよ。これが何か分かるか?」

 カーンとその周りにいた騎士や魔法使い、兵士達が注目して首を傾げる。
 けど、カーンの側に来ていたかなりお爺さんな魔法使いの顔に、徐々に理解と同時に驚愕と表現していい表情が広がっていく。

(良かった、分かる人がいて)

「これは、世界竜エルブルスから、オレが頂いた彼の鱗だ。加えて、オレが彼の領地の一部を領有する証だ」

「はっ、戯言を。ただの大型飛龍の鱗ではないか」

「いえ、カーン様、あれは紛れもなく世界竜のものです。以前私は、あれと同じ魔力を放つ鱗を、帝室の宝物庫で拝見した事が御座います」

「誠か?」

 魔法使いの爺さんが強く頷く。
 真面目でまともな人がいて助かった。
 そして三剣士カーンの顔に理解が広がり、そしてオレへと向きなおる。

「つまり、皇帝陛下を暗殺しようとしたのは、世界竜の意思だと言う事か!?」

(どうしてそうなる?)

 本気でずっこけそうになった。
 どうやらこいつの頭は空っぽらしい。
 横では「クククッ」と忍び笑いが聞こえる。
 トモエさんの笑いの琴線に触れたようだ。オレも他人事なら笑いたいところだ。

「いえ、カーン様、世界竜は人の世の事には無関心で御座います」

「だが、現にこうして!」

 めっちゃ指差された上に、親の仇でも見るように視線がオレに注がれる。
 このところ物騒な男に見つめられてばかりだ。
 
「いえ、ですから、この者、いえこの方は、世界竜エルブルスが認めた方ではありましょうが、世界竜が『帝国』に何かするなどありえません」

「その魔法使いの言葉が正しいよ。エルブルスは、『帝国』の事は気にもしてないだろうさ」

「おのれ『帝国』を愚弄するか!」

「愚弄じゃなくて、関心ないんだって言ってるだろ。人の話聞けよ」

「同じだ! この痴れ者め、覚悟しろ! 剣の錆にしてくれる!」

 そう言うや飛馬を翔けさせ、一気に間合いを詰めて来た。
 「かかれ」とすら言ってないので、当然周りは置き去りだ。

 そしてオレには、先日と違いこいつの動きが見えていた。それ以前に、出くわした当初から地下水道で感じた程の脅威は感じてなかった。
 ランクひとつ違うくらいの格差すら感じる。
 トモエさんの言う通り、先日の夜は魔力を使い過ぎてたらしい。

 けど時間稼ぎが目的なので、勝てるとしても倒してしまうのも問題だ。かと言って長時間切り結んだりも、主に感情的にしたくない。
 そこでカーンの必殺の一撃らしいものをかわす時、飛馬の片翼を頂戴しておいた。
 飛馬に罪はないけど、これくらいなら後で治癒してもらえるだろう。

 オレが翼を叩っ斬ると、「ズッダーン」と言う感じで飛馬がバランスを崩して地面に倒れ伏し、三剣士カーンも馬上から放り出される。
 けど流石に魔力が多いだけあって、転ぶほどの無様は見せない。
 地面に片膝をついて、こちらを睨みつけてくる。

「卑怯だぞ、貴様!」

「あんたから見て、オレは皇帝暗殺未遂の犯人なんだろ。卑怯で何が悪い? お前の都合の良い事ばっかり口にしてんじゃねーよ。この自己陶酔野郎め!」

 「お、おのれ! 騎士を愚弄するか!」と、顔どころか全身真っ赤にせんばかりに怒りを現している。頭からは湯気も上ってそうだ。
 もっとも、未だに兜を被ったままなので、ご尊顔を見ることは叶わない。
 まあ、眼光だけでお腹いっぱいで、見たいとは全然思わないので、そのままでいて欲しい。

 と、その時、後ろでケラケラと豪快な笑い声がした。
 トモエさんはさっきからずっとクスクス笑っていたけど、今や完全に馬鹿笑いレベルだ。
 三剣士カーンの間抜けな言葉の連打に、ついに我慢の限界が来たらしい。

「ヒーッ、お腹痛い。これ以上私の腹筋攻撃しないデーッ!」

 三剣士カーンは一瞬唖然としたあと、ご機嫌はますます斜めのご様子となったけど、トモエさんは気にもしてない。
 けど、三剣士カーンがあっさり落馬させられた事と合わせて、周りの空気が弛緩してしまった。
 『帝国』の追っ手の皆さんは、揃って困惑顔だ。
 命令もせずに一騎打ちのような行動に出たこいつも悪いけど、三剣士カーンはどうやら人望は薄そうだ。

 そしてトモエさんが一通り笑い終わって仕切り直しと行きたいところだけど、誰も動くに動けなくなっていた。
 小馬鹿にされた三剣士カーンは、オレと馬鹿笑いしたトモエさんへの復讐戦をしたいのだろうけど、踏み出せずにいる。

 楽に勝てると踏んだ相手に自身の馬上からの攻撃をかわされ、返す刀で乗馬を使い物にならなくされたのがかなりショックだったようだ。
 オレも実際に再戦するまで、カーンはもっと強いと思ってた。
 けど、カーンはめげない人らしい。

「囲んで魔法で始末しろ!」

「しかし、可能な限り生きて捕らえろとの命令が」

「私に指図するか!」

 そして、そんな三下野郎なやり取りをしている。
 しかし魔法の総攻撃となると、こっちも死に物狂いでいかないとまずい。

「(イヤー笑った笑った。君、煽り過ぎでしょ。さて、次はどうする? マジにやる?)」

「(流石にそれしかなさそうですね。オレが切り込むんで援護を)」

「(二人で切り込んでかき回す方がいいよ。で、そのまま包囲網を破ろう。一番強いのがアレなら、何とでもなるでしょ)」

「(了解です。ここより森の中の方がマシですしね)」

 決めたは良いけど、これは一筋縄ではいかなさそうだった。
 『帝国』の兵士はどんどん集まってきているので、その数は最低でも100人。恐らくその倍はいる。
 しかも、弱い者も含めると4分の1は魔力持ち、つまり騎士の皆さんだ。完全武装だろうから、魔物よりずっと厄介だ。
 しかも魔法使いも相応の数が居そうだ。

 一人ならともかく三剣士カーンはやっぱり脅威だし、Aランク級の魔法使いが2人いる。Aランクの騎士はないさそうだけど、Bランクくらいなら10人を超えている。見れば、魔導器の武具を持っている者も少なくない。
 かなりの精鋭を連れてきたらしい。

 そしてオレ達にとってのある意味足枷は、出来る事なら殺さないようにしたいという事だ。
 無実の罪が晴れても、大量に殺していては洒落にもならないだろう。
 けど、三剣士カーンがオレもしくはオレ達を殺す気な以上、肚を括るしかなさそうだった。
 両者ジリジリと間合いを詰めつつ、オレ達は機先を制して突撃を行うタイミングを測る。

 すると、その時だった。
 白い影が空高くから一気に舞い降りて上空を通過した。
 そして一瞬遅れて叫び声。

「空襲警戒っ!!」

 その場の全員が一瞬固まる。
 特に『帝国』兵の皆さんは、伏せたり上空を警戒する動きを見せたりで、オレ達どころじゃない。
 一方オレ達が、この隙に動き出そうとする寸前に、絶壁の側から飛龍が数騎急接近し、絶壁と交差するところで、便乗してた数名が降り立つ。
 降り立ったのは、ハルカさんとゴード将軍だ。

 飛んできた飛龍の1体も蒼い鱗のライムで、白い影はもちろんヴァイスだ。
 しかもヴァイスは、空をすれ違いざまに翼竜をひっつかんで、そのまま地表で押さえ込んでいる。
 殺すのも容易いけど、こうして見ると獲物を捕らえた鷲っぽい。
 それにヴァイスの背には、さらにシズさんとアイの姿も見える。
 そして降り立った二人が周囲見渡す。

「双方剣を収めよ! 皇帝陛下の裁定は下った! これが書状である!」

「こちらは、真実を示す神殿からの書状です!」

 二人して似たような書状を両手でかざす。
 そして魔力持ちで目の良い騎士がそれを遠目でも確かめると、一斉に恐れ入る。
 なんだか時代劇で見たような場面だ。
 書状とか権威が出てきたってことは、何かハルカさん達の方で急展開があったらしい。

 何はともあれ、大立ち回りの寸前で助かったのは確かなようだ。
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