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第四部

335「ランバルトへ(2)」

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「見られてない?」

 表情一つ動かさず、ハルカさんがごく小さい声でみんなに問いかけてくる。それにオレは視線で応える。

「ちょっと待て。……魔法でも監視されているな」

「ヴァイスも、ジロジロ見られててご機嫌斜めだね」

 シズさんとボクっ娘が、手に小さな魔法陣が浮かぶ程度の第一列のちょっとした魔法で状況を確認したが、オレ達の陰になっていて他からは見えていない。

「あー、ライムも不機嫌っぽいなぁ。私、先になだめて来る」

「あ、ボクも。面倒はよろしくね」

 けど無視も出来ないので、そそくさと二人がそれぞれのパートナーに向かった。
 ゆっくり歩いているオレ達3人に、甲冑状態のキューブゴーレムのアイが残された格好だけど、なるべく自然にゆっくりと歩きつつ相談をする。
 この距離だとシズさんの魔法でのヒソヒソ話が出来るので、口を開く必要が無いのは便利だ。

「(で、無視するか?)」
「(ちょっかいをかけて来ない限り無視でいいでしょ)」
「(オレ達がまだ気になるゴロツキじゃないのか?)」
「(何にせよ、こんな公の目のある場所で神官を害しようという馬鹿はいないし、してきても錦の御旗はこちらにある)」

 相変わらず過激だけどシズさんの言う通りなので、そのまま無視して出立することにした。

 そして飛び立っても警戒を怠らない様にしたのだけど、オレ達が気になる連中は流石に人目は気にしたらしい。

 ヴァイスにはオレとハルカさん、ライムにはシズさんとアイが乗っているが、編隊はなるべく緊密にして周囲を警戒していたのだけど、警戒するまでも無かった。

「どうやらさっきの覗き魔は、誰かに告げ口をしたようだ。多分、小さな使い魔か何か速いヤツを飛ばしたな。どこか比較的近くの直線上に、情報を伝えた相手がいるぞ」

 飛ぶ直前にシズさんが探知系の魔法を使い、それを維持していたのだけど、飛び立ってすぐにも簡単に引っかかったからだ。
 そしてハーケンの街が遠くなり始めたころだった。

「空で襲うならそろそろよね」

「それなんですけど、目の前みたいです」

「だよね。でも1体だね。飛龍かな?」

 オレとボクっ娘の視線の先には、空に何かの点が見えていた。
 ハルカさんもすぐに気づいた。

「どうする? 私がやろうか? レナが落とす?」

 悠里がライムをさらにヴァイスに寄せて聞いてきた。

「もう敵決定かよ」

「あれで敵じゃなかったらなんだっての。で、どうしよう?」

「じゃあ、ボクが行くよ。念のためショウだけ借りてくから、ハルカさんはライムに移ってもらえるかな」

「了解。ユーリちゃんよろしく」

「はーい」

 素早くライムがヴァイスの下に位置すると、ハルカさんが軽やかにライムの背へと飛び移る。
 そして視線を後ろから斜め上へと変えた悠里が元気に手を振る。

「じゃあ、ヤバかったら、みんなでブレスと魔法で援護するね!」

「必要ないって言い切りたいけど、あれはむしろ先制パンチしてもらった方がいいかも」

「じゃ、それでいきましょう!」

 ハルカさんの即決で、即興の作戦も決まった。
 ゲテモノを見る目のボクっ娘の視線の先には、どうみても普通じゃない飛行生物が、澱んだ魔力をまき散らせつつ飛んでいた。
 もとは翼龍だろう。しかしそれが3つもくっつくと、禍々しい魔物だ。しかも近づいて来て分かったが、生きている魔力の気配じゃない。

「なんだろうね? 一応ワイバーン・ゾンビ? それともワイバーン・キメラ?」

「確かあんなヤツが昔の特撮映画にいたよな」

 姿が見えるようになって、何となくだけどネットで見かけた姿が思い浮かんだ。
 そしてボクっ娘も同様だった。

「ああ、キンキラキンのやつね。でも、あれって翼は2対もなかったよね」

「それに、あんなに禍々しいわけないよな」

「何にせよ前途多難だね。ボクらを覗き見してたやつは、ボクらに行って欲しく無いみたいだね」

「もしくは、ランバルトを目指すヤツら全員に来て欲しく無いんだろうな」

 今ひとつ緊迫感に欠ける会話をしながら接近しているが、ボクっ娘はなにもしてないわけではない。
 巧みに相手の注意を引いて牽制している。その影では、ライムに乗る魔法使い組が準備を整えていた。

 そしてこちらが襲いかかると見せかけて、寸前で進路を変更して回避したすぐ後ろに、準備万端整えたライムとその背の魔法使い達の姿があった。
 ライムの首もと当たりに魔法陣が幾つも回っていて、禍々しくはないものの迫力満点だ。

 ヴァイスが一瞬急降下すると、ワイバーンゾンビの目の前にはライムが位置していた。
 そして次の瞬間、光の槍と炎の槍、ライムの雷撃咆哮の最大威力がほぼ同時に叩き付けられ、避け様のないワイバーンゾンビに全弾命中。
 それで落ちれば問題ないが、意外に頑張っているようなので、避けたと見せたヴァイスが空中でくるっと一回転してその背から襲いかかる。
 普通なら上位龍でも叩き落とせる攻撃だ。

「やっぱり、翼で飛んでる訳じゃなかったみたいだね」

 ヴァイスの爪の一撃で左側の翼を全部失っても、化け物は飛んでいた。いや浮かんでいると言った方がいいだろう。魔力に任せて、体内の浮遊石に似た作用をもたらす細胞かなにかで浮かんでいるのだ。
 しかし魔法やブレスを叩き付けられ、これが生き物なり普通の魔物なら息絶えている事だろう。
 実際、無傷でもないし、苦しそうにも見える。

「こうなるとオレの出番?」

「また行くの? じゃあ、これ持っていって」

 ボクっ娘が、懐から紫色の水晶のようなものを取り出す。

「何?」

「浮遊石の結晶。毎度毎度紐無しバンジーやスカイダイビングは心臓に悪いよ。必要ならこれに少し魔力を込めて。それで浮かぶから」

「さんきゅ。じゃあ良い位置に持って行ってくれ」

「ハァ。じゃあ行くよお客さん!」

「頼むぜ相棒!」

 というわけで、化け物の少し上から鋭く飛び降りて、飛び降りる時にまずは首を一つ。
 相手が予期してなかったので、完全に不意を突けた。
 そして既にボロボロになっている胴体に着地して、さらに首もう一本刎ね飛ばす。

 これで流石に姿勢を崩したが、残った首が振り向いて襲いかかってくる。
 毒の息(ポイズンブレス)や酸の息(アシッドブレス)を吐いてきたら厄介だと思ったが、自分の体に悪影響があるのを危惧したのか物理攻撃のみだった。

 オレにとっての多少の懸念は、魔物もしくは亡者の核を潰すかこの首を落とせば、足場にもしている化け物が間違いなく墜落する事だ。
 けど空に放り出されるのは今更だし、懐にはクロもあるし、浮遊石も借りているので気にせずとどめを刺す事にした。

 そして化け物の首がこっちの牽制攻撃で引いたのを見計らって、思いっきり心臓当たりを突き刺す。
 翼龍なら、そこに龍石より小さい魔石がある筈で、ゾンビの一種ならそれが核となっている筈だからだ。

 その点は他とは変わらないようで、この一撃で一気に化け物が力を無くす。そこでそのまま首の方に突進し、すれ違い様に最後の首を落としてそのまま空へとダイブ。
 化け物と心中はご免だし、せっかくだから浮遊石の結晶を使ってみようと思ったからだ。

 浮遊石の結晶は、何となくそこに魔力を注ぐイメージをすると、確かに体全体に浮遊感があった。結晶につり下げられたりするのではなく、結晶を中心として空間ごと浮かぶ感じだ。
 原理はいまだに知らないが、シズさん曰く反重力や重力制御などではなく電磁力的に浮かぶ原理に近いそうだ。

 そしてしばらく浮かんでいると、ボクっ娘がゆっくり飛んで来たのはいいが、そのままヴァイスの爪に掴まれてしまう。
 もちろん爪が食い込んで来たりはしないが、あんまりな応対だ。

 その近くにライムも飛んで来たが、その背に乗る女子達は全員がしばらくそこで反省していろと言いたげな表情と視線だった。
 
「今日は大人しめにしたんだけどなあ」
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