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第三部

240「世界竜の財宝(2)」

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「ハルカさんって、こっちじゃあ超勝ち組だったんだね」

 ボクっ娘が、半ば呆然としながら呟く様に口にした。
 それにハルカさんは、苦笑と肩を竦めるのコンボ状態だ。

「ジャックポットに大当たりした気分は少しあるわね」

「100億に領民1万人の領地付きで少しなのか」

「使い道がない上に、いまだに実感ないもの」

「そりゃそうだな」

 確かに、現実世界で100億円の現金を積み上げられても、実感は湧かないだろう。1万円札で、なんと約1トン分だ。
 しかも後で聞いたが、現実世界での100億とこっちので100億は、価値がかなり違っていた。
 こっちの方だと、桁が違うくらい価値は大きい。

 そもそも現代社会ほど貨幣経済が発達していないので、国や商人の金庫に現代社会ほど貯蓄されていたりもしない。
 さらにオクシデント全体で、日本の総人口より少ないのだ。
 領地と合わせれば、小さな国を譲られたようなものらしい。


「でもさ、神官する必要ないんじゃないの」

 ボクっ娘のこの言葉も、正しい価値を分かった上での言葉だった。

「聖女も嫌だけど、ここに一人で閉じこもるのも嫌よ」

「ごもっとも」

「そんな事を言ってて良いのか。これからはショウがここの領主だぞ」

 シズさんが、言いつつオレの腰を肘でグリグリ押す。
 シズさんらしく無いが、ここに来て色々と知る事ができたので、少し機嫌が良くなっているみたいだ。

「さっきの話を聞いた限りじゃあ、1年や2年旅して回っても大丈夫でしょう」

「ただの神輿だから、3年は保証するわ。それ以降はショウが考えておいて」

 ハルカさんの何でも無いといった口ぶりだけど、こっちでは確かに3年くらいはあまり時間を感じる事はないのかもしれない。
 だから、思わずのんびりした考えが頭にもたげてきた。

「それ以降ねえ。落ち着けたら国でも作るか」

「国造りは、異世界ファンタジーものの基本の一つだもんねー」

「夢は大きくか」

「期待しておくわ」

 みんなも呑気に賛成してくれた。
 ま、今の時点では単なる冗談だ。
 金庫に行っている間にクロが作っていた夕食を平らげつつ、そんな話に興じた。
 夕食の頃には、掃除以外をする館の使用人もやって来ていて、色々とオレ達の世話をやいてくれた。
 おかげで、まだ真新しいどことなく和風な雰囲気のお風呂にも入れたし、着替えから何から準備も整っていた。
 また、色々な人との挨拶も交わしたり、顔見せもする事が出来た。

 もっとも、夕方に会った3者は、それぞれ出て行っている。
 そして明日朝には、真なる主人様こと世界竜エルブルスや領地の代表の人たち、それに領内の竜騎兵の皆さんもやって来るとの報告を使いの人から受けたので、早々に寝ることにした。



「で、何でまたダブルベッド?」

 ハーケンの街以来なので、ちょうど一週間ぶりのハルカさんとの同室&ダブルベッドだ。
 しかし今日のハルカさんは固まっていない。どちらかと言うと、半ば諦めのご様子だ。

「ハルカさん的にオーケーなのか?」

「同室は全然構わないわよ。むしろ違う部屋とか、家臣や領民がどう思うか」

「そうか。オレ、ハルカさんのツガイになったんだな」

「そうよ。まあ領主の寝室に覗きや聞き耳はしないだろうから、普通に寝ましょう」

 案外気楽そうに言うと、部屋の中にあるリゾートホテルなんかで見かける感じの木を編んだゆったりとした椅子に腰掛ける。
 椅子とセットのこちらも木を編んだ脚の洒落た丸テーブルには、果物やハムなどの軽食、さらには酒瓶とカップまで予め用意されているので、寛ぐには申し分ない。
 真なる主人様の影響からか、甘そうなお菓子も抜かりなく用意されている。

 そして彼女は、座るなりカップを並べてお酒を注ぎ始めている。すでに動きやすい部屋着に着替えているので、座るとスカートの裾からはふくらはぎが覗いている。肩を出した衣装で胸元も開いているので、かなりという以上に魅力的だ。
 普段は露出度面でも完全防備なので、ギャップは相当萌えるものがある。

「座ったら。突っ立ってられると、目のやり場に困るんだけど」

「お、おう」

 彼女が少し顔を赤らめながら目のやり場に困ると言ったのは、オレの下半身の生物学的な生理現象を視界に捉えてしまったからだろう。

(めっちゃ恥ずかしい)

 思わず注いでくれたお酒を一気に煽ってしまう。
 ただし、その酒はワインだと思ったが、思いの外強い酒だった。

「ゲっ! ゲフっ! ガフっ!」

「もう何してるの。はい、お水」

 堪らずハルカさんがくれた水を一気に飲み干す。

「あ、ありがとう。……キッツー、何これ」

「ブランデー。『ダブル』の人が蒸留所を建てて作った、ここの新しい名産よ。もっと味わって飲んでよ」

「そ、そうだな」

 そこで会話が少し途切れてしまう。
 まあ、本能的な醜態は別の醜態で上書きされたのでちょうど良かった。
 彼女の方も似たように思っているのか、お菓子とお酒を交互に口にしている。それを見て、最初は生ハムやチーズなどを口にしたのを、お菓子に変更してみる。

「おっ! なにこれ美味い」

「でしょう。ブランデーと甘いお菓子は相性がいいのよ」

「けどさあ、未成年なのに、いいのかなあ」

「何を今更。それにこっちじゃ大人よ」

「そうだったな。でないとツガイにもなれないよな」

 図らずも形式上の距離が縮まった事は、オレ的には棚ぼただと改めて思い直す。
 しかもこれで、彼女の負担をほんの少しだけ背負える事なったのだから、その点でも嬉しかった。

「15歳以下だと、基本的には婚約までね。それで、念のため聞くけど、」

「みなまで言わないでくれよ。出来ること、出来そうなことなら何でもござれだよ」

「そう。……本当にありがとう」

「それこそ、何を今更だって」

「うん」

 オレは出来る限り威勢良く、そして気軽に返したが、彼女の方は真剣な強い眼差しを注ぎ込んでくる。
 大きな瞳には、魔法の明かりが反射して揺れている。
 そして彼女は、さらに何か言いたげなので、こちらも視線を合わせて彼女の言葉を待つ。
 二人の間の雰囲気も悪くないし、ここは大いに期待したいところだ。

「……私にこの先言わせる気?」

「オレから言った方が良かった? 今、欲望丸出しの言葉しか頭にないんだけど」

「それでも良いわよ。ムードを壊さないなら」

 彼女の真剣でいてムードを壊さない表情は変わらない。

「それは難しいかなあ。行動だけじゃダメ」

「ダーメ。エロガキな事しか頭にないんでしょう」

「エロガキで悪かったな。そんな事言うと襲いかかるぞ」

「優しくしてくれるなら、いいわよ」

 色っぽさを加えた挑戦的な口調で、しかも誘うような表情で言ってくる。
 分かっている。演技でそうしているだけで、オレを試そうとしているのだ。
 それに、彼女の演技は完全には成功していない。
 自分の言葉に耳まで真っ赤にしていて、すごく可愛い。

「ハグしていい?」

「……キスがいい」

 少し考えてから彼女が返答する。

「ハグは?」

「仕方ないからハグも許してあげる。けど、手でいやらしいところ触らないでよ」

「うん。触ったら我慢できなくなると思う」

 言いながら二人して立ち上がり、椅子とテーブルの横に出る。
 さらに数歩先には大きなベッドが横たわっているが、このままそこに突入したら、もう我慢できなくなるかもしれない。
 だからテーブルの横で踏みとどまり、一歩前進する。
 彼女も鏡を見るように動いて、お互いの距離はほぼゼロになる。

 身長差は目測で7、8センチなので、彼女がほんの少しだけ上目遣いで見てくるのだけど、これが堪らなく可愛く見えるアングルだ。
 もう我慢も限界というものだ。

 そのあとは、オレが少し俯いて彼女がほんの少しだけ顔を上げると、自然と唇と唇を触れさせ合う。
 前回も思ったけど、ハルカさんはキスがお気に入りのようだ。しかも甘いキスが大好きなご様子だ。

 ただハグの方は、オレ的にもう一押し足りてなかった。
 キスする時に彼女が両手でオレの肩を持ってきたので、自然と彼女の腕が二人の体の間に挟まってしまったからだ。
 当然、計算しての事だろう。

 とはいえ、腕を無理矢理どかせるのも無粋なので、こっちは彼女の背中に腕を回して背中と腰の辺りを抱きしめるに止める。
 そして彼女の抵抗がないので、できるだけ引き寄せて全身が密接するくらいに抱きしめる。彼女の感触といい匂いが重なって、理性が吹き飛びそうになる。

 ただそこで、フト疑問が頭をよぎってしまった。
 魔力持ちの体は魔力が多いほど頑丈になり、特に戦闘となると魔法ばかりか刀剣類すらまともに通さなくなる。けど、こうして触るととても柔らかい。
 女性らしい柔らかさというのだろうが、ちょっと不思議な気がする。

 と、そんな余計なことを考えたのは、盛大な地雷踏みだった。

 唇を重ねているのに、彼女が目を開いてこっちを見据えている。眉も目尻もかなり上がっている。
 数センチの距離の彼女の瞳は、かなりの迫力だ。
 そうしてオレの瞳を見ると、手の力を少し込めて二人の間の距離を取った。
 当然だけどキスもハグもおしまいだ。

「今、変なこと考えてたでしょう」

「心の浮気はしてないよ」

「それは分かる。けど、ムードのない事考えてた」

「うん。ごめん」

 素直に謝るが、謝る程の事かとちょっと思ってしまう。
 けどそれが伝わったらしく、彼女のご機嫌はますます斜めだ。

「ハァ、今日はもうお終い。邪念を捨てる修行でもしてくるのね」

「精進します。ただ」

「ただ?」

「今はこれくらいの距離感がいいかなって」

「バーカ」

 少し甘い口調の罵倒だ。
 そして彼女の言葉で再び雰囲気が良くなったので、もう1ラウンドくらいキスとハグを堪能できそうだと思ったのだけど、空しく終了のゴングが鳴り響いた。
 「コンコン」と来客を告げるドアノッカーの音だ。
 この部屋は領主の寝室なので、内鍵もあるしドアノッカーも付いている。

「あーあ。どうせボクっ娘だろう。またデバガメか?」

「家臣かもしれないでしょう。どなた?!」

 オレのぼやきに彼女がツッコミを入れ、最後に少し大きな声で誰何する。
 すると「失礼します。夕刻、空で先導させていただいた竜騎士です。明日の予定をお伝えに来ました」と、くぐもった恐らく女性の声がした。
 屋内でも兜を被ったままというのも変な気がするが、それよりもやっぱりどこか聞き覚えのある声だ。

「領主様は座ってて。私が出るわ」

 女竜騎士の言葉にハルカさんがすぐに動き出す。
 仕方ないので椅子に腰掛け直して、残っていたブランデーを口にする。
 扉が開いたのは、オレが一口つけた時だった。
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