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第三部

238「世界竜のトリビア(2)」

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 ドラゴン、しかも怪獣みたいに大きなドラゴンが、虫歯で臥してしまうほどの事態になるものなのだろうか。
 いや、そもそも虫歯になるとか、ファンタジー世界のドラゴンとしてどうなんだ。
 などと、3人共色々と思いつつ、ハルカさんの次の言葉を待った。

「彼、甘い物がすごく好きなの。しかも、『ダブル』が作ったこの世界には今まで無かった甘いお菓子が凄くお気に入りで、この10年ほど従者や眷族に定期的に買いに行かせてたのよ」

「甘味を大量に買い込む交易船の噂は、昔聞いたことがあるな」

「言い値で買ってくってやつね。私、知り合いにそのお菓子の一部を作っている娘がいるわ。まさか食べてたのが世界竜だとは、その時まで思いもしなかったけど」

「甘いもの好きのドラゴンとか、なんだかメルヘン世界のドラゴンみたいだね」

 2人が呆れるというか、拍子抜けしたような表情を浮かべている。
 オレ的には世界竜への好感度がぐっと上がる話に思えるが、偉大なドラゴンのイメージが崩れるのは確かかもしれない。

「彼、温厚だから、ファンタジーの住人よりメルヘンの住人の方が似合うと思うわよ。見た目以外は」

「で、その虫歯を治してやったのか?」

「ちょっと荒っぽくね」

「何をしたの?」

 少し悪戯っぽいハルカさんの口調に、ボクっ娘が思わず問いかける。しかしオレもシズさんも、是非とも聞きたい質問だ。

「彼の口を力自慢の眷族に開かせたままにして、虫歯を歯ごと魔法で粉砕して、そこに応急処置の治癒魔法をかけたの。やったのはそれだけ」

「親知らずをペンチで抜くみたいな話だな」

「あれ、痛いですよね。こう、頭の奥で『ゴキっ』て音がする感じで」

 去年抜いた記憶が蘇ってしまった。あれは二度としたくないもんだ。
 オレの言葉にシズさんも苦笑しているが、聞きたいのは別のことのようだ。

「しかし、世界竜ともあろう存在が、虫歯くらい自力で治せないものなのか?」

「答えは意外に簡単。なんだと思う?」

 全員が頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
 見当もつかない。

「自然治癒もしくは自己再生能力は、私たちの常識が通じないくらい凄いんだけど、それがかえって邪魔をしてたのよ」

「と言うと」

「自力で虫歯で欠けた歯自体は再生できるけど、虫歯菌は歯の上にいるだけで世界竜自体とは関係ない上に、口の中で蔓延るせいか、防御や治癒の対象外だったのよ。それに体の表面に何かの菌や虫が付着しても、普通は世界竜に影響するものじゃないらしいわ。
 だから歯に虫歯菌が残ったままになって、虫歯はいつまで経っても完治せず。しかも自己再生した歯の中に菌が埋もれて蔓延って、どんどん悪化していったってオチ」

「だから、歯ごと虫歯の部分を魔法で粉砕したわけか」

「そ。あとは勝手に自己再生してお終い。世界竜はその後、私の助言でドワーフに作らせたミスリル糸の歯ブラシでせっせと歯磨きをするようになりましたとさ」

「ホント、昔話みたいなオチだね」

「外では決して話せないな」

 気が抜けるような話に、聞いた3人ともが苦笑いしてしまう。

「だが、虫歯と名前は結びつかないが、世界竜のお礼か何かか?」

「名付けさせるって、それお礼なの? 名前を付けたら何か特典が付いてくるとか? お話みたいに、凄い加護とか力を与えたりとか?」

 やっと本題に入っただが、ハルカさんに気負う感じはない。

「この世界に、そんなの便利な力は無いわよ。ここのみんなが『真なる主人様』『世界竜』『あのお方』とかでしか呼ばないから、呼び名はつけたかったんだけどね」

「だが世界竜が、名前を受け入れたのだろう」

「うん。えっとね、治療の方法を探している時、痛みを紛らわせる為に色々と雑談をしたの。
 その中に、私があっちでのこの辺りの話をして、この世界でのエルブルス山の名前を聞いた時、『白い山』ってだけしか言わないから、あっちの世界だとエルブルスって名前があるんですよーって話したら、『気に入った。今日からその名を名乗るとしよう。アイタタタ』って」

「名付けをしたたわけじゃないのか」

 シズさんの言葉に、ハルカさんが首を二、三度横に振る。

「そんな恐れ多いこと、出来るわけないでしょう。けど、妙に気に入ったらしくて、虫歯を治した恩もあるから私が命名者って事になってるわね。主に、私と彼の間で、だけど」

「世界竜がそう言ったのなら、ハルカが名付けた者で間違いないだろう」

「まあ、命名者で合ってるよね。じゃあ、他の大陸の世界竜も?」

「彼が自慢しに行って、あっちの山の最高峰の名前をみんな名乗り始めたみたい。世界竜って、みんな各地の最高峰に住んでるらしいのよね」

「へーっ。アコンカグアには空で一度会ったけど、そういう理由だったんだー」

「アコンカグアって、魔龍大陸の?」

「うん。ハルカさんとショウに会う前、南極行く途中に向こうから飛んできてさー。あの時は、さすがにこれは死んだかなーって思っちゃったよ」

 流石のボクっ娘も頭を軽く掻いている。
 この仕草は、同じレナでもボクっ娘だけがたまーに見せる仕草だ。本当にヤバイと思ったのだろう。

「アコンカグアの名自体は、誰が教えたんだ? ハルカがエルブルスに伝えて、それが他の世界竜に伝わったのか?」

「それぞれ近くの『ダブル』を探して聞いたみたいよ。エベレストの命名者はアメリカ人の『ダブル』って話だし」

「アコンカグアともう少し話したら、そういう話も聞けたのかもねー」

「話もしてるのね。どんな竜?」

 それはオレも興味がある。南米と言えば、オレ達の世界だと少し違った姿だが、同じなのだろうか、とか。
 しかしその表情をボクっ娘に見られたら、苦笑が返って来た。 

「見た目はおっかない魔竜そのものだけど、蛇に鳥の羽ってわけじゃなかったよ。それにあっちの空想上のドラゴンと違って、変な形のドラゴンってこの世界には居ないらしいね」

「腕が翼になっている翼竜型、腕と翼がある飛龍型、四つ足でトカゲのような地龍型、シャチの骨格に近いという水龍型、空に浮いた鯨のような雲龍型、あとはダチョウみたいな騎龍、だいたいこの6種類だな。この世界は我々の世界より温暖だから、恐竜のようなは虫類が進化した説があるくらい種類は居るぞ」

「みんなよく知ってるな」

 3人は世界竜の話で盛り上がっているが、オレは世界竜がいるらしいという情報以外、ほとんど知らない。
 それ以前に、ドラゴンの種類や分類にも詳しくない。

 そもそも人が飼っている龍以外、滅多にお目にかかるものでもないのだから、オレが非常識というわけではない筈だ。
 だが3人のオレへの反応や表情を見る限り、そうでもないのかもしれない。
 ハルカさんの視線がオレに据えられる。何かを言う前段階だ。

「飛龍、地龍と倒してきているのに、少しは勉強しときなさいよ。向こうでもネットを探せば、結構正確な情報が転がってた筈よ」

「そうだな。だが、今話した6種類で全ての筈だ。あと、種類と別に大きさや能力で上中下に分けられている。騎龍は小型龍、みたいにな」

「でも世界竜は、飛龍型しかいないよ」

「あと、属性の数だけ世界竜が居るって説になってるけど、当人たちも自分たちの同類が何体いるか正確には知らないらしいわ」

「ある程度分かっているのは、神々の代行者と言われる程の強大な魔物というところだな。怒ると大陸一つを滅ぼすほどの天変地異を呼ぶというが、個人的な知り合いという時点で驚きだ」

「ボクは道すがら挨拶されたくらいだけどね。命名の大元の人がハルカさんとか、凄すぎでしょ。実はハルカさんって、主人公か何かでしょう」

 茶化すようにボクっ娘がハルカさんに声をかける。
 それにハルカさんは、心底という感じで苦笑いするだけだった。
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