上 下
219 / 528
第三部

219「彼女の家(2)」

しおりを挟む
 いつも通りの雰囲気で、二階にあるリビング・ダイニングに入る。
 部屋の広さは、それぞれ10人ほどが寛げるくらい広い。
 調度とかは庶民的だけど、広さはちょっとしたお屋敷くらいあるだろうが、一部屋でフロア全体のかなりを占めている。

 ただ少し違和感があったのは、匂いだ。なんとも馴染み深い匂いが、部屋に入る前から漂っていた。
 記憶違いでないなら、味噌や醤油の匂いだ。
 しかもその部屋には先客がいて、忙しげに食事の準備をしている。

「おはようございます。新たな主人様。朝食の準備をしておりますので、今少しお待ち願えますか」

 一昨日から一緒に行動する様になった、ロリッ娘猫耳メイドのスミレさんだ。
 相変わらずな格好だけど、だんだん見慣れてきた気がする。慣れとは恐ろしい。

 テーブルでは、すでに5人分の食事の準備が行われているが、その5人目はまだ眠っているので、まずはいつもの4人で食事をとることにする。
 どうやら、丁度いいタイミングで起きたみたいだ。
 しかも給仕などは、クロとスミレさんがオレ達に何もさせない勢いで行うので、優雅に朝食を楽しむこととする。

 食事内容はかなり和風だ。
 炊きたてのご飯、味噌汁、佃煮、漬物、納豆、海苔、生卵まである。とても異世界とは思えない。
 ただ主菜は盛りだくさんだ。
 それぞれに焼き魚があるのは和風なのだけど、テーブル中央には全員で食べるように肉類の料理が大量に盛られている。

 他の皿にも、全員用としてハム、ソーセージ、チーズといった洋風素材の簡単な料理がある。
 どことなく見慣れた生野菜のサラダまであるのはちょっとした驚きだし、新鮮な果物のデザートも抜かりなしだ。

 オレやシズさんは、和食は向こうで食べ慣れているというかいつも食べているが、ハルカさんとボクっ娘にとっては珍しい食事だ。
 と言うか、少なくともオレは、こっちに来てお米のご飯や和食は初めてだ。

 そのせいだろう、特にハルカさんはもう満面の笑顔で食事しているので、小難しいおしゃべりは食後で構わないと自然に思えた。
 無論会話がないわけではなく、他愛のない会話を調味料とする。

「そういえば、タクミンはどんな感じ?」

「タクミン? また変な呼び名つけるなあ」

「え、そう? そう言えばなんて呼ばれてたっけ?」

「普通にタクミもしくは苗字」

「なんかつまんない」

 ボクっ娘がブーっと口を軽く尖らせるが、そういう仕草がよく似合っている。

「それで、どうなの?」

 ボクっ娘だけじゃなくて、みんな気になるようだ。
 まあ、旅のスケジュールにも影響するから当然だろう。

「今の所、なんだかよく分からないものと、なんとなく戦ってるだけだってさ。そろそろ退屈だって言い始めてる」

「まあ、最初の一週間くらいはそんなものだろ」

「徐々に具体的になって、そのうちリアルに近い戦闘になるものね」

「あと、馬に乗ったりとか、細々した事も体験するよね」

 オレが体験出来なかったことを、それぞれが口にしていく。
 オレも前兆夢があれば、出現当初は少しは違っていたのだろうか。

「魔法は使えそうか?」

「まだ不明です」

「となると、私の時と同じくらいのペースなのかしら。強制召喚は早いって言われたけど、そうでもないのね」

 食べながら淡々と話が進むが、みんなが一番気にしているのは、タクミが何時現れるかという点だろう。

「まあ、ゆっくりに越したことはないでしょ。ボクは、できればエルブルス山にも行ってみたいし」

「やはり一ヶ月ほど欲しいところだな」

「あれ? 3週間ほどじゃありませんでしたっけ?」

 そこで3人同時に「ああ、そうだ」という顔になる。

「今朝起きてから3人で軽く話していたんだけど、最低3日、できれば1週間くらいノヴァに滞在したいの。その上でエルブルスまで行くとなると、ハーケン辺りまで戻る旅程として、余裕を見て4週間欲しいって」

「了解。タクミにはできるだけ粘れって、念を押しておくよ。それで、出現しそうな感じとかって前兆夢の中で分かるかな?」

 結局突然出現だと対応できないし、移動には最低4日を見ないといけないので、これはタクミに伝えておきたいことだ。

「そうねえ、周りの風景とかのリアル度合いが増せば増すほど出現できる日は迫ってくるから、あとは粘ろうっていう当人の気持ち次第ね。ただ限界超えると『夢』から弾かれそうになるから、その時は出現したいって強く考えないとダメよ」

「そうなのか。私はそこまで粘らなかったからなあ」

「私はギリギリだったと思う。おかげで魔法も多くて身体能力は相当高かったもの」

 前兆夢は人それぞれみたいだ。
 オレには体験がないので、この辺りは聞いておかないとタクミにも何もアドバイスが出来ないので、色々と聞ける事は聞いとかないといけない。

「けどマリアさんは、3週間くらいが限度って言ってたよな」

「そうだね。えっと、ノヴァとハーケンの往復で8日、滞在が7日となると、残り6日あるからぁ……黒海の往復をぶっ飛ばせば、エルブルスには4日居られるよ」

 ボクっ娘が指を折りながら、強行軍な日程を組んでいく。いたずら顏でもないので、多分真面目に考えての事だ。
 けど、ぶっ飛ばすという言葉で、二人の顔がやや青ざめている。
 そしてそれに、ボクっ娘は笑顔で返す。

「大丈夫、二、三回で慣れるって」

「いや、あれは慣れとかの問題じゃないだろ」

「まあ、最後の高速飛行をしないでくれたら、何とか」

 ボクっ娘の言葉に対して歯切れも悪い。
 モリモリと食事をするオレを、少しマイナス感情の篭った恨めしげな視線で見つめてくるくらいダメなようだ。
 まあここは、火の粉が降りかかる前に話題を変えるべきだ。

「で、ここでの1週間は何するんだ? やっぱ調べ物?」

「私はそうだな。レナに付き添ってもらって、形だけ大学なりを紹介してもらって、調べるつもりだ。レイ博士も利用できるだろう」

「私は、大巡礼の事でここの大神殿の人に一応合わないといけないし、評議会に顔出さないわけにもいかないのよね。それに、出来れば提出書類も書きたいし」

「ボクは、ここの空軍の人と訓練とか模擬空戦のスケジュールでパンパン」

「なるほどね。となると、オレはどうしたらいい?」

 3人の視線が少し交錯するが、合理的というより感情的な問題なようだ。

「とにかくショウは、今日1日休養してなさい。血が足りてないでしょ」

「う、うん」

 お医者さんモードなハルカさんには、色んな意味で従うに限る。特に無茶した後は、気を使わせ過ぎたらいけないことくらいは、もう十分に分かっている。

「それで、体調が戻ったらハルカに付いてくれ。偉い神官が、お付きや護衛もなしに動き回るわけにもいかないからな」

「ノヴァでもそうい世間体がいるんですね」

「ノヴァの住人の多くは、こっちの世界の人だしね」

「『ダブル』は、30人に1人くらいだっけ?」

 ノヴァについての知識はまだまだ不足しているので、こういう時に聞くに限る。

「そうね。常時滞在となると、街にいるのは非戦闘職と休暇中の人たちくらいだから、せいぜい1500人ってとこじゃないかしら」

「ノヴァの街の人口は?」

「約5万人。領土になる周辺を含めると、その10倍くらい。けど、なんだか前より増えてるっぽいわね。見たことない建物も増えてたし」

 そう言って、ハルカさんが何かを思い出すような表情を浮かべる。以前と今の景色を照らし合わせているようだ。

「数年来てないだけで、もう半分くらい知らない街だ」

「オレなんて完全初見だから、一番詳しいハルカさんいついて回るよ」

「迷子にならないでね」

「護衛が迷子になったらシャレにならないなあ」

 いつもの自虐で愛想笑いをもらったところで、今まで静かに給仕をしていたスミレさんが別の反応を示した。
 どこか一箇所を凝視している。

「どうかしたのか?」

「はい、新たな主人様。元主人様がお目覚めになられたようです」

「じゃあ、話を聞きに行くとするか」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...