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第二部

173「レナの決断(1)」

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 その日の現実世界でのテントでの目覚めは、昨日ほど違和感はなかった。
 けど今日も、かなり早く目が覚めてしまった。

 そして誰にも気づかれないように外に出ると、オレを待っていたかのようにボクっ娘な雰囲気のレナが佇んでいた。
 最初から思っていたが、地味目の外見とのギャップがかなりある。

「おはよう」

「うん、おはよう。……ちょっと変な感じだね」

「何か変化あったのか?」

「うん。向こうでの1日の途中から、こっちで見ていたのと同じような感じになったんだ」

「夢を見ているみたいな感じか?」

「そう。全部感じ取れるけど何も出来ない状態。だから、午前中の話以外聞かなくても分かるよ」

 前から思っていたが、見ているだけとはどういう感じなのだろう。
 ボクっ娘と今の玲奈だけが体験出来る状況だから活かしたりはできないが、興味本位で聞く様な事でもないだろう。

「そりゃありがたい。それにしても、何かの前兆なんだろうな」

「元に戻るか、ボクが消えるかのね」

「簡単に消えるかとか言うなよ」

 あまりにも淡々と言うので、思わず口に出てしまう。

「でも、向こうでもう一人の天沢さんが支障無く活動出来るんだったら、ボクはお役目御免だよ」

「けど、こっちでお前が目覚めてるって事は、お前らの中での役目とかはまだあるって事だろ」

「そうかもね」

 ボクっ娘は、いつになくテンションが低い。というか落ち着いている。
 一見何かを悟ったとでもいう感じだけど、悲しいとか寂しいとかに決まっている。
 自分が消えてしまうのを、簡単に受け入れられる訳は無いだろう。
 とは思えど、オレに何ができるか見当もつかない。気楽に考えろなど無責任な事も言えないのが難しいところだ。

「まあ、二人で相談するんだな。向こうのレナは、お前の事を認識出来るようになった、みたいな事言ってたから、話し合うくらい何とか出来るんじゃないか?」

「それ、自分で自分に話すようなもんだよ」

「けど二重人格だから、別人格なんだろ。なら出来るんじゃないのか?」

 やっぱり無責任な事を言ってしまった。しかしその言葉に、ボクっ娘はニカッと笑いかけた。

「ショウと話してると、気が滅入らなくていいよ。ちょっと頑張ってみる。このまま家に戻ったら、大変な事になるだろうしね」


 その日も何事も無く半日ほどが過ぎて、部員達と野外活動を楽しんだ。
 ボクっ娘も無難に天沢玲奈を演じ続けていて、特に大きなボロは出していなかった。

 玲奈としては、多少と言うにはしゃいでいるように見えたが、野外活動好きということで誤摩化していた。
 しかしポロリと主語がボクになったので、子どもの頃はボクと言っていたという設定が加わるなど小さくない変化を強いられていた。
 この情景を把握しているであろう玲奈は、悲鳴を上げているのではないだろうか。

 そうして午後3時くらいになると、迎えの車がやってきた。うち1台は、もちろんシズさんの運転する厳つい目の車だ。

「問題は無かったか?」

「お、概ね、大丈夫、です」

 ボクっ娘の答えが途切れ途切れなのは、別に玲奈の演技をしているからではない。問題がゼロじゃなかったからだ。
 もっとも、シズさんの視線を受けたオレは、軽く肩をすくめるだけに止めた。

 その後すぐに荷物を積み込み、すぐにも帰路へとつく。
 高校生を夜遅くに家に帰すわけにはいかないので、予定では夕食までに帰る事になっていた。
 もっとも部員の一部は、解散したらそのまま夕食に出かけるようだ。


「ボク達も夕食どうですか? 常磐さんには個人的にお礼もしたいですし」

 そして帰路での車の中でも、同じようにタクミもアプローチをかけていく。
 畳み掛けるように、早めに連絡すれば家に夕食準備してもらわなくてもいいだろうと、退路すら断ってくる。
 そしてこいつの目的は明白だ。色恋沙汰とは別の理由で、シズさんの近くにいたいのだ。
 オレも頭数に入っているかもしれないけど。

「その言葉だけだと、ダブルデートの誘いみたいだな」

「あ、アハハ、すいません。そんなつもりはありません」

「それはそれで失礼だろ?」

「そうだよ」

 タクミが言葉でフルボッコされるのは珍しい。
 言葉もストレート過ぎるし、原因は分からないが心に余裕がないのかもしれない。

「えっ、ショウがそう言う? 向こうでは常磐さん含めて女の子3人と一緒なんだろ。それに天沢さんまで……」

「ショウはヘタレだから、お小姓みたいなものだがな」

「シズさん、それはそれであんまりです。荷物持ちは引き受けますけど」

 アハハと愛想笑いになるが、次の瞬間タクミが少し真剣になった。

「あの、ところで常磐さん、ショウと行動を共にしているって話ですけど、いつ合流したんですか? ショウからは定期的に話を聞いているけど、今ひとつ分かり辛いんですが?」

「ノール王国の魔物鎮定の時に、偶然やって来た冒険者の一人で、神官戦士の知り合いだったって言わなかったか?」

「聞いたけど、違うんだろ? なんか違和感半端ない」

 そこまでタクミが話すとシズさんが「クククっ」と笑う。

「ショウは、もう少し話術なりを鍛えないといけないみたいだな。元宮君は、聞かないという約束だろ。それ以上知りたければ、何としても向こうで私たちに合流してくれ」

「そうですね。その時の楽しみにしてます。それで話戻しますが、夕食なんですが」

「ショウもバイトしているんだったな。それなら遠慮なく相伴させてもらうよ」

「えーっ、バイト代入るの月末なんですけど」

 オレの言葉でオチが付いたらしく、出発点となった学校前の駅で分かれると、そのまま4人で夕食へ赴いた。
 夕食は、オレ達のバイト先が見たいという二人のリクエストで、最近オレもバイトで通うようになったファミレスだ。

 それほど混んでいなかったので店員には厳しい目は向けられなかったが、ダブルデート状態は後で絶対何か言われるに決まっている。
 もっとも、タクミは気にする風もなく、主に向こう側のことについて色々と聞いてくるという、いつものパターンに終始した。
 それでいて個人のことを聞かないのは、その辺りはタクミらしいとも言える。

 一方、中身がボクっ娘のレナは、とにかくよく食べた。
 天沢玲奈が食べていないもので、食べたい物が沢山あったようだ。
 わざわざオレに別のメニューを頼ませ、シズさんが頼んだ別の料理にも興味を向け、それらを一口二口口にする事までした。
 あまりの健啖家ぶりに、タクミが目を丸くするほどだったが、まあ旅行のテンションということで誤摩化しておいた。


 そして2時間以上もかけた夕食後、家の方向の関係でタクミを先に送り3人となる。
 シズさんの運転する車はもうすぐ我が家だ。

「今夜というか明日なんだけど、」

「どうしたレナ、不安か?」

「ううん。もう一人の天沢さんをちゃんと守ってあげてね」

「もちろん。でないと、お前の戻る先も無くなるしな」

「アハハ。それはどうなるかボクには分かんないけど、もう一人の天沢さんの事の方が気になるから」

 レストランとは打って変わって静かなボクっ娘は、どこか玲奈っぽくもある。姿が玲奈なだけじゃなくて、やはり元は一つの人格だからなのかと思えてしまう。

「明日は送り迎えだけにさせようか?」

「それはダメ! 冒険に置いてけぼりはボクが許さない。もう一人の天沢さんも嫌だと思う」

「了解。それじゃあ、昨日の化け物くらいならなんとでもなると思うから、レナが嫌がらない限り同行でok?」

「オーケー。あと」

 声も表情も別の意味で真剣というか深刻そうだ。
 まあ察しはつくが、ここは聞いてやるべきだろう。

「まだあるのか?」

「いや、今度はこっちでの事なんだけど」

「やはりうちに泊まりに来るか?」

「いい、かな? やっぱり家族を誤摩化せる気がしないんだ」

 中身がボクっ娘と思うと珍しい、情けない感じでの苦笑いだ。

「ああ、そっちね。けどそれって、問題先延ばしになるだけなんじゃあ」

「明日一日で入れ替わるなり、ボクが消えるなりの答えが出れば大丈夫」

 意外という以上に確信に満ちた声だ。

「片方の結果は大丈夫じゃないけど、そういう予感なりするのか?」

「うん。何か変化というか結果が出そうな気がする。その為にも、多少危険なところにもう一人の天沢さんは踏み込む方がいいと思うんだ」

「なんか、お前がもう一人の天沢さんの保護者みたいだな」

 ボクっ娘の言葉に、少し心がほんわかしてしまった。しかし当人にとっては、至って普通の思いのようだ。
 シズさんも優しげな表情になっている。

「持ちつ持たれつだよ。どっちもボクもしくは私だし」

「了解。向こうのレナの事はオレたちに任せろ。じゃ、シズさん後お願いしますね」

「ああ、それじゃ向こうでな」

「はい。何かこのやり取りも変な感じですね」

「それもそうだな」

 さすがのシズさんも苦笑気味に肩をすくめた。
 そして、そこでちょうど着いたので、オレは車から降りて二人を見送る。
 そしてまた二人に会うため、さっさと寝る事にした。
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