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第一部

026「初めての村(2)」

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 そしてその後少し、彼女からこの世界のレクチャーを受けた。
 この世界の一般的な農民は納税のために生きる事に精一杯で、文字を習うような贅沢はとてもできない。
 子供は、幼い頃から出来る限り家事や家業を手伝って仕事を覚えていく。

 そして年を重ねていくが、発展途上国のような典型的な先の細い三角形の人口ピラミッドを形成しているので、60歳以上生きる人は数えるほどだ。
 40代になれば、生活の厳しさもあって立派な老人となってしまう。

 治癒魔法や魔法の薬があっても高額医療に当たるので庶民に関係は薄く、逆に貴族や金持ちはその恩恵が受けられるので状態は良いらしい。
 これらの事は、現代世界の中世や現代世界のまとめサイトにも載っていたが、現実を前するとショックは小さくない。現代の日本がいかに贅沢なのか、嫌でも痛感させられる。

 また、自分たちで街に買い物に行く事は非常に珍しく、村で生産できない品を買うには行商人が来るのを待つしかない。
 小さな村だと村だと鍛冶屋が一人いるかどうかで、飯屋はおろか宿屋すらない。武器屋どころか道具屋もない。
 RPGの中の方が、よほど贅沢な世界だ。

 だから村落を巡察する神官は、領主がいなくてまともな神殿がない場合は村長宅に泊めることになる。
 そして神殿が医療巡回をするように、村には魔法を使える神官も医者も薬剤師もいない。
 簡単な民間療法として、近くで摘んだ薬草など自前の薬とも言えないものを飲んだりする以外だと、わずかに行商人から買うくらいだ。

 一定規模の人口の町になると魔法を使う神官や医者いるし魔法の治癒薬もあるが、神官が施しで行う以外となると高価で庶民ではなかなか手が届かない。

 さらに神殿以外での治癒魔法の使い手となると、大都市にでも行かないとお目にかかれるものではない。神殿以外で治療魔法を利用することは、現代世界で言えば高額医療のようなものだ。

 そして医療のない地域で時折神殿が行う医療巡回は、地域の住民にとっては天から差し込む一条の光に等しかった。
 古来から神殿が民衆の間に存続し続け、オレたちの世界のような宗教が起こらない理由の一つになっている程だ。

 その事は、彼女を見る村人達を見ても明らかだ。彼女を派遣している形になる神殿の威光や権威は、庶民の間で高まるという寸法だからだ。
 そして今の彼女は、この辺りの辺境部の医療巡回を行っている最中だった。

 本来は複数人で回るのだけど、人手不足もあるので数日前から腕に自信のある彼女が半ば強行軍で辺境中の辺境で単独行を行っている。
 それまで一緒だった神殿の人たちは、別ルートで違う村々を巡回しているそうだ。

 なお、魔物を相手にする事もあるが、自分から探さない限り襲われる事は珍しい。とはいえ女の子一人では、獣や魔物もそうだけれど盗賊も心配だ。
 そのことを聞くと、この辺りは二ヶ月ほど前に大規模な巡回と魔物の鎮定が行われたので危険度はかなり低く、盗賊も金にならない地域にいる可能性は低いそうだ。

 そして村長との会話で出た、『戦乱後の経過』で出てきた戦乱が巡回と鎮定のさらに一ヶ月前に隣国で行われた戦争になるらしい。


 その後、呼び出されて村長宅の広間と思われる部屋へと案内される。
 呼び出しと案内をしてくれたのは女性だったが、身なりは最低限といった感じだ。
 と言っても、オタクが大好きなメイドスタイルなどではなく、本当に質素な身なりだ。
 家族ではなく使用人なのだろうかと思ったが、後で聞いたら奴隷だった。

 しかも、奴隷を養えるだけ村長宅はマシな経済力を持っているということになるそうだ。貧しすぎたら、奴隷すら維持できなくなるからだ。
 そして奴隷を持つことは悪いことではなく、この世界では普通だ。
 農民を土地に縛り付けて半ば奴隷化する農奴制も珍しくない。
 この辺りの事情は、現実世界の中世ヨーロッパと似たり寄ったりだった。

 現代の価値観を持ち込んで奴隷の売り買いを憤ったりするのもお門違いだし、奴隷の側から助けてくれと言ってくる事もないそうだ。
 当然だけど、美幼女獣人の奴隷が解放してくれと、通りすがりの旅人に願い出てくる事などない。

 オレには都合悪くできた世界らしい。


「この度は、よくぞお越しくださいました。何もございませんが、お召し上がりください」

 村長の在り来たりな言葉から、歓迎の宴とも呼べない夕餉(ディナー)が始まる。
 とはいえ、量だけは多かったが、現代食に慣れた日本人からしたら微妙な内容だった。野営食くらい自分で作れるようになろうと決意するほどだ。

 肉が多めに入ったシチューは、逆に新鮮な野菜が少ない。というか、サラダとか新鮮な野菜類が一切ない。
 あるのは根菜類とビネガーで漬けたザワークラウトみたいなやつくらいだ。

 何かの鳥肉を焼いたものが出て、これは結構いけたけど、微妙な風味のハーブよりコショウが効いている方がオレは好みだった。
 ただし、あっちの中世ヨーロッパ同様に、コショウは庶民に手が届くような品ではない。

 と言うより、基本何でも薄味な上にシチューは味気なかった。
 お米と一緒に食べる日本食が濃い目の味付けというのもあるらしいけど、塩が貴重だかららしい。
 ハルカさんの野営シチューの方が、よほど美味しかった。

 炭水化物はパンになるが、小麦粉を使った白いふかふかのパンなど望むべくもない。
 そもそもまともなイースト入りのパンは、現実世界でも細菌の事が分るようになってからのもので、こっちでも『ダブル』が持ち込んだ新しい技術や文化だそうだ。
 しかも北の地方なので、大麦のパンで精一杯。雑穀が入っていないだけ高級だそうだ。

 しかも、焼きたてでない限り、シチューやスープに浸して食べるのが前提のカチカチのパンばかりだ。
 この辺りだと、燕麦(オートミール)のおかゆの場合も多い。
 また、麦の代わりの主食になる、異世界ファンタジーの定番作物の一つであるジャガイモは存在しないらしい。
 それ以外だと、薄味の豆の煮物があるぐらいだ。

 飲み物はワインかエール。
 この辺りは葡萄の栽培が無理な地方なので、ワインは行商人などから買うしかない。硬水の地域なので飲み水はなく、その代わり何かのハーブティーが出た。

 デザートというかスイーツには、干した果実が少しついていた。新鮮な果物は収穫の時期でないと望むべくもないらしい。ついでに言えば、甘味はその干した果実ぐらいだ。
 砂糖はあるが、かなり高価なものだ。

 とにかく、量があるだけマシといった食事だった。そしてこれが、この村が出せる『精一杯豪華な料理』だった。
 肉など普段は村長でも簡単にたくさん食べたりできないそうだ。

 食べながら、彼女と村長が雑談混じりの情報交換をしていくが、近隣事情に疎いオレにはほとんど理解できなかった。
 それに彼女には、事前に余計なことを話すなと釘を刺されている。

 話す内容は、社交辞令を除くと彼女が村と近隣の現状を聞くことに終始する。
 とはいえ魔物の目撃情報はなく、特に重要な情報、話題もなく、村人の治療の話ぐらいで終わった。

 そして一度に多数を儀式魔法で治癒することに、すごく驚いていた。普通の巡回医療は、個別に何人か魔法で治療して、持っている薬を少し分け与えるくらいらしい。
 このため村長らは、どえらい人がやってきたと彼女に改めて恐れ入っていた。

 また、オレたちが近くで魔物の群を倒した事を話すと、非常に感謝された。あれだけの魔物でも、襲われていれば村は簡単に全滅しただろうとの事だ。
 あと、旅をしているというので外の情報を欲しがられたが、彼女が今日は疲れていると言うと簡単に引き下がった。

 この世界では、普通の村人が村の外に出ることが稀なので外の情報に飢えているのだけど、基本的に神官から聞くのはあまり良くないことらしい。
 だから、行商人やごくたまに訪れる吟遊詩人などは、神官並みかそれ以上に歓迎されるそうだ。

 そうして食事を終えると、桶に湯を用意してもらって体を拭くと彼女は早々に床につく。
 寝るために長い髪を大雑把にまとめているのが、どことなくあっちの世界の女の子っぽい。

「? どうしたの?」

「いや、その、この状況は予想外だったから」

「同室だって事? そりゃあ私も相応に思うところはあるけど、野営で私に近づきすらしなかったから合格にしてあげる」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして。それじゃ明日の朝早めに起きるから、これでお休み~。あ、そうそう、明日は色々やることがあるから一緒に手伝ってねー」

 と、オレの返事を聞くか聞かない間に、オレの横のベッドで眠ってしまった。
 村長宅の客間はそれなりの広さだけど一つしかないので、今日も彼女と二人で就寝だ。しかも、焚き火番の必要もないので、同時に就寝することになった。
 ベッドは別で間には数メートルの間隔と布を張った間仕切りがあるが、さすがに少し緊張させされる。

 彼女は彼女は無防備に寝てしまったが、大らかというか神経が太いのか、いやいやオレを心から信頼してくれている何よりの証なのだと思い直す。

(ていうか、この世界的に神官が男女同室とかありなのか? 今度聞いとこ)

 それだけ思うと、オレも平凡な日常への帰還を果たすべく床についた。
 藁に麻のシーツを敷いただけのベッドだけど、この世界での初めてのまともな寝床なので、本来ならすぐに眠れる筈だが、そうはいかなかった。

(これからも一緒に行動出来るかの試してるんだろうけど、これは拷問に近いな)

 野営で一緒に過ごしたが、同じ部屋で美少女が一緒に眠っているのだ。しかも出逢って3日しか経っていないのだから、平常心でいろという方が無理があるだろう。

 何度か別室にしてもらおうかとすら思ったが、その都度思い直した。
 彼女がさっさと寝たということは、オレの事をある程度信頼しているのと同時に、今後もオレと旅を続けて行けるかを更に試しているのではないかと考えたからだ。

 そしてそうは思っても、緊張と高ぶりの為なかなか寝付く事はできなかった。
 それでも、今日は色々あったし深夜から起きていたので意外に短時間で眠りに落ちたようだった。
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