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陰陽は和合する
そして縁は繋がれる
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元気が気づくと目の前がまっくらで一瞬パニックに陥りかけたが、手をついた地面の冷たさに我に返る。
「ここは?」
確か今日は得意先を回って、会社に帰るついでに新規開拓出来そうな個人経営店がないかと思って、まだ通ったことのない道を……と、順を追って思い出して、自分の身に起きた出来事に再びパニックに陥りかける。
「体は問題ないか?」
そのタイミングで、低く響く男の声が急に聞こえて来て、元気の恐怖を散らしてしまった。
うすぐらいなかで相手の姿があまりよく見えない。
それでもなんとなく輪郭がわかるのは、まだ夜になりきれてないからか。
とすると、問題の出来事があった時間からそれほど意識が飛んでいた訳ではないと、意外と冷静に元気は考えた。
「あ、はい。あの、助けていただいたのでしょうか?」
もしかすると、あの痴態を見られたのかもしれないと思えばカッと顔が熱くなる気持ちだったが、それでも同性であるだけ救いなのかもしれない。
もし美人のお姉さんとかだったりしたら、元気は今すぐ穴を掘って身を隠していたことだろう。
「時刻は黄昏、幽玄の時間。とは言え……」
なにやら訳のわからないことを言い出した恩人? を、元気は目をこらしてしげしげと見た。
何やら一風変わったシルエットだと元気は思っていたが、どうやらこの人は着物のようなものを着ているようだ。
あれは確か……と、元気は思い出す。
そう、作務衣という服だ。
お寺の人とか陶芸の人とかが着ているイメージがある。
足はもしかして下駄? いや、まぁ統一感はあるよねと、なぜか恩人の身なりの弁護を自分のなかで行う元気であった。
「お前、よく『見せて』みろ」
ずいっといきなり顔が近づき、元気はびくっと身を引きそうになったが、その逃げる顔をがっしりと掴まれて固定される。
「な、な……」
「ふうん……これは珍しいな。いや、俺は初めて会ったから、珍しいなんてもんじゃないのかもしれないが」
「なんなんですか、あんた! あ、いえ、助けてもらったことにはお礼を言いますけど。ちょっと失礼ですよね?」
あまりの無遠慮さに、感謝の気持ちで相手を見ていた元気もさすがに切れかける。
それに、なんというか、その相手がむさかったのだ。
髪も髭もボーボーで、美容院とか行ったことはないんじゃないかと思われる風貌だった。
そのホームレスじみた風貌のなかで、意外とキリッとした切れ長の力強い目が印象的だったことも元気を慌てさせる要因となっていた。
まるで昔の武士のような風貌……一言で説明すればそういう顔だ。
なぜか元気はこの相手に自分の弱みを、……恥ずかしいところを見られたということが、たまらなく嫌だった。
「お前は巫覡だな」
「ふでき?」
「巫覡だ。いわゆる巫、つまり巫女の男版ということだ」
「は? ええっと、僕は神社でバイトしたこととかないんですけど」
「そういう表面上の形式的なもんじゃない。魂の根源の話だ。それに、さっきので『開いた』な」
「ひ、開いた?」
「感じたんだろう?」
ゾクリと、背中になにやら痺れるようなものを感じて、元気は再びじたばたと抵抗を始めた。
耳元でこの声を聞くのは何かまずいという本能的な恐怖を感じたのだ。
「暴れるな。別に俺はお前に何かしたりしない。むしろ礼を言いたいぐらいだ」
「礼?」
「アレを鎮めてくれたのだろう。生を求めてあがいていた哀れな魂を」
男が顎を向けた先には、先ほど元気が目にした大木の根、というか切り株があった。
「あれ?」
何かが違う、と、元気は感じる。
通りがかったときに気になった存在感のようなものが薄くなっている気がしたのだ。
先ほどまでどこか哀れを誘う風情だった切り株は、今は一つの風景として夜のなかに溶けていこうとしていた。
「土地を変えるということはその土地に新たな因果を与えることでもある。幸い未だ人は地を鎮める配慮は残してはいるが、その地を追われるものたちのことを意識する者は稀だ。未練が残ればそれは災いの因果となり、やがて周囲に障りを成す。因果というものは、もつれればもつれるほど、ほどきにくくなるものだ。ちょうど糸と糸がからまりあって解けなくなるようにな」
「あ……」
何かが胸にこみ上げて来るのを感じて、元気は掘り返された土地を見た。
人の身勝手で作り変えられることに、彼らは何も感じていない訳ではないのだ。
ふいに、男の堅い指が元気の目じりを撫でた。
「な、なにを!」
直前までの不思議な気持ちが砕け散って、怒りのようなものまで感じた元気はキッと相手の顔を睨みつける。
「失われるものに涙を流すのは悪いことではない。感じやすいのは巫覡の特徴でもあるしな」
「ぼ、僕はそんな変なもんじゃないぞ!」
「自覚がなくとも開いてしまった以上、蜜にたかる虫のごとく哀れな魂がお前を求めるだろう」
「もう付き合い切れないよ。助けてもらったことには礼を言うけど、おかしな宗教とか興味ないからね!」
元気は急激に暗さを増して行く風景のなかから落としてしまったビジネスバッグを探して拾い上げ、おおざっぱにバッグと自分についた土をはたいて元の道へと戻る。
追って来るかと思った男は、そんな元気を黙って見送っていた。
工事現場予定地から道に戻ると、チリリン! というけたたましい音と共に猛スピードで高校生ぐらいの乗った自転車が通り過ぎて行く。
道沿いは街灯のおかげである程度明るい。
その現実感のある世界にほっと息を吐いて、慌ててスマホを確認した。
帰社予定時間を少し過ぎてしまいそうだ。
まだまだ新人である元気としては、いきなり会社のルールを逸脱した行動をしたくはない。
今起こった出来事はとりあえず忘れることにして、スマホで確認した会社の方向へと走り出す。
「今の時代に、こんな出会いがあるとはな」
だから、闇のなかに残された男が何かを地面から拾い上げながらひっそりとそう呟いたことを、元気が知るよしもなかった。
「ここは?」
確か今日は得意先を回って、会社に帰るついでに新規開拓出来そうな個人経営店がないかと思って、まだ通ったことのない道を……と、順を追って思い出して、自分の身に起きた出来事に再びパニックに陥りかける。
「体は問題ないか?」
そのタイミングで、低く響く男の声が急に聞こえて来て、元気の恐怖を散らしてしまった。
うすぐらいなかで相手の姿があまりよく見えない。
それでもなんとなく輪郭がわかるのは、まだ夜になりきれてないからか。
とすると、問題の出来事があった時間からそれほど意識が飛んでいた訳ではないと、意外と冷静に元気は考えた。
「あ、はい。あの、助けていただいたのでしょうか?」
もしかすると、あの痴態を見られたのかもしれないと思えばカッと顔が熱くなる気持ちだったが、それでも同性であるだけ救いなのかもしれない。
もし美人のお姉さんとかだったりしたら、元気は今すぐ穴を掘って身を隠していたことだろう。
「時刻は黄昏、幽玄の時間。とは言え……」
なにやら訳のわからないことを言い出した恩人? を、元気は目をこらしてしげしげと見た。
何やら一風変わったシルエットだと元気は思っていたが、どうやらこの人は着物のようなものを着ているようだ。
あれは確か……と、元気は思い出す。
そう、作務衣という服だ。
お寺の人とか陶芸の人とかが着ているイメージがある。
足はもしかして下駄? いや、まぁ統一感はあるよねと、なぜか恩人の身なりの弁護を自分のなかで行う元気であった。
「お前、よく『見せて』みろ」
ずいっといきなり顔が近づき、元気はびくっと身を引きそうになったが、その逃げる顔をがっしりと掴まれて固定される。
「な、な……」
「ふうん……これは珍しいな。いや、俺は初めて会ったから、珍しいなんてもんじゃないのかもしれないが」
「なんなんですか、あんた! あ、いえ、助けてもらったことにはお礼を言いますけど。ちょっと失礼ですよね?」
あまりの無遠慮さに、感謝の気持ちで相手を見ていた元気もさすがに切れかける。
それに、なんというか、その相手がむさかったのだ。
髪も髭もボーボーで、美容院とか行ったことはないんじゃないかと思われる風貌だった。
そのホームレスじみた風貌のなかで、意外とキリッとした切れ長の力強い目が印象的だったことも元気を慌てさせる要因となっていた。
まるで昔の武士のような風貌……一言で説明すればそういう顔だ。
なぜか元気はこの相手に自分の弱みを、……恥ずかしいところを見られたということが、たまらなく嫌だった。
「お前は巫覡だな」
「ふでき?」
「巫覡だ。いわゆる巫、つまり巫女の男版ということだ」
「は? ええっと、僕は神社でバイトしたこととかないんですけど」
「そういう表面上の形式的なもんじゃない。魂の根源の話だ。それに、さっきので『開いた』な」
「ひ、開いた?」
「感じたんだろう?」
ゾクリと、背中になにやら痺れるようなものを感じて、元気は再びじたばたと抵抗を始めた。
耳元でこの声を聞くのは何かまずいという本能的な恐怖を感じたのだ。
「暴れるな。別に俺はお前に何かしたりしない。むしろ礼を言いたいぐらいだ」
「礼?」
「アレを鎮めてくれたのだろう。生を求めてあがいていた哀れな魂を」
男が顎を向けた先には、先ほど元気が目にした大木の根、というか切り株があった。
「あれ?」
何かが違う、と、元気は感じる。
通りがかったときに気になった存在感のようなものが薄くなっている気がしたのだ。
先ほどまでどこか哀れを誘う風情だった切り株は、今は一つの風景として夜のなかに溶けていこうとしていた。
「土地を変えるということはその土地に新たな因果を与えることでもある。幸い未だ人は地を鎮める配慮は残してはいるが、その地を追われるものたちのことを意識する者は稀だ。未練が残ればそれは災いの因果となり、やがて周囲に障りを成す。因果というものは、もつれればもつれるほど、ほどきにくくなるものだ。ちょうど糸と糸がからまりあって解けなくなるようにな」
「あ……」
何かが胸にこみ上げて来るのを感じて、元気は掘り返された土地を見た。
人の身勝手で作り変えられることに、彼らは何も感じていない訳ではないのだ。
ふいに、男の堅い指が元気の目じりを撫でた。
「な、なにを!」
直前までの不思議な気持ちが砕け散って、怒りのようなものまで感じた元気はキッと相手の顔を睨みつける。
「失われるものに涙を流すのは悪いことではない。感じやすいのは巫覡の特徴でもあるしな」
「ぼ、僕はそんな変なもんじゃないぞ!」
「自覚がなくとも開いてしまった以上、蜜にたかる虫のごとく哀れな魂がお前を求めるだろう」
「もう付き合い切れないよ。助けてもらったことには礼を言うけど、おかしな宗教とか興味ないからね!」
元気は急激に暗さを増して行く風景のなかから落としてしまったビジネスバッグを探して拾い上げ、おおざっぱにバッグと自分についた土をはたいて元の道へと戻る。
追って来るかと思った男は、そんな元気を黙って見送っていた。
工事現場予定地から道に戻ると、チリリン! というけたたましい音と共に猛スピードで高校生ぐらいの乗った自転車が通り過ぎて行く。
道沿いは街灯のおかげである程度明るい。
その現実感のある世界にほっと息を吐いて、慌ててスマホを確認した。
帰社予定時間を少し過ぎてしまいそうだ。
まだまだ新人である元気としては、いきなり会社のルールを逸脱した行動をしたくはない。
今起こった出来事はとりあえず忘れることにして、スマホで確認した会社の方向へと走り出す。
「今の時代に、こんな出会いがあるとはな」
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