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帳尻合わせは人の業
その三
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小人は見られている事に慌てた後、もう一度こっちを窺って、今度は視線が合わない事を確認してほっとした風だった。
まあ横目で見てる訳だが、この手の怪異は妙に純真というか表面上の事柄にこだわるので、とりあえずまっすぐ視線が合わなければ安心出来るようだ。
と、小人は再び慌て出した。
その視線を追って顔を上げると、周囲の見物人が小人をガン見している。
俺は慌てて小人から視線を逸らすようにジェスチャーと小声で指示した。
どこか唖然とした感じで小人を見ていた人々は、俺の指示に気づくと、慌てて小人から目を逸らす。
その複数の熱い視線が外れても、小人は少しの間動揺していたが、やがてビクビクしながらMDDの影に隠れた。
……って、おい、そこ増設用ドライブベイだから。
いやまあ、お前ら質量無いから別にそこに新しいMDD突っ込んでも気にしないだろうし良いんだけどさ。
そう思いながらも、俺は電算機本体のカバーをそっと閉じた。
そうして、まだ若干固まっている見物人の中から水沢部長に声を掛ける。
「ええっと、これどうします?」
「あのっ、これ、小人ですよね? 靴屋さんのお手伝いとかの」
しかし、硬直を解いて最初に声を上げたのは、水沢部長ではなく、この電算機の元々の担当だったらしい女子社員だった。
凄くワクワクしているのが見ただけで分かる。
「あ、はい。我が国では妖怪、西国の方ではフェアリーと呼ばれる類の存在ですね」
「驚いたな。まさか壁に囲まれた都会の真ん中でこんなモノを見るとは」
水沢部長は彼女のテンションに巻き込まれる事なく、冷静に感想を述べた。
「えっ? えっ? 小人? なんですかそれ? 見て無いです私」
ん? あれ? この人、確かお局様的ポジの人だったよな?
なんでいきなり頬を染めて女の子モードになっているんだ?
しかしそうか、見えないってことはこの人は伊藤さんと同じ無能力者なんだな。
「妖怪は怪異と基本は同じモノですから、むの……ブランクの方には見えないんですよ」
無能力と言い掛けて、以前出会った俺俺くんの言葉を思い出して言い方を変える。
確かに無能力という言い方は配慮に欠けるものかもしれないと思ったのだ。
実際は無能力の方が一般的に浸透している呼び名であり、ブランクというのは俗語に過ぎないのだけど、彼の言うように、みんながそう言っているからと相手のことも考えずに使うのはよくないだろう。
「えー、そうなんですか。残念です」
総務部のお局様は、ちょっとだけがっかりしたようだったが、すぐに先程の女子社員に小人がどんな姿だったかを聞き始めた。
小人に興味があるんですね? タフな人だな。
「小人ね。実際はあの童話のように人の窮地を救ったりはしないのだろう?」
一方、現実的な水沢部長は俺に確認するように聞いて来た。
冷静で助かるけど、なんで俺に情報を確認しようとするのだろう?
聞いてみるととんでもないことがわかった。
どうやらうちの課から例の給湯室の件が広まって、それに尾ひれが付き、他所の部門ではいつの間にか俺がオカルト博士だという話になっているらしいのだ。
おいおい、いったい何者なんだ、俺。
博士とか言われる程詳しくないからな、マジで。
ああいう専門的な研究者って大体変人だし。勘弁して欲しい。
「いえ、俺は実家や妹の関係で他よりちょっと詳しいぐらいですからね?」
「そうか。それで小人というのは本当に『良い隣人』なのか?」
おお、さすが部長知識人だな、よくそんな古い西の言い回しを知ってますね。
それと俺の名誉的な問題がさらっと流された気がするけど、気にしたら負けなんでしょうか?
「そうですね。ぶっちゃけこいつらには人間的な善悪の意識なぞありませんよ。エルフやドワーフならともかく。いえ、彼らとて倫理感は独特で人とは違いますしね」
「なるほど、そうするとやはり単純に良きモノという訳でもないのか」
「ただ」
こいつら小人においてはまた別の話がある。
「ん?」
「部長は座敷童をご存じですか?」
「あ? ああ、有名な地方神だな」
え? なに? あいつら神様扱いなの? マジ最近の教科書どうなってんの? って、部長さんは俺よりずっと年上だから最近の教育って訳じゃないよな。
単純に中央の人の感覚なんだろうか。
「その座敷童と同じ系統なんですよ。こいつらは存在するだけで場の因果率を整えることが出来るんです」
「因果率?」
「ええっとつまり、普通因果には揺らぎというか偏りがあるんです。頑張っても報われないとか、よかれと思ってやったことが裏目に出るとか」
「そうか、つまりそれを整えるということが、イコール幸運という訳か」
「まあ小人の場合、職人気質の濃い場所に現われて仕事の効率を上げるというのが公式見解のようですが」
周囲の見物人から「おお」という感じのどよめきが上がる。
「そ、それじゃあ仕事が忙しいのに不思議と残業しなくて済んでるのは……」
さっきはしゃいでた小人在中の電算機の担当の女子社員が嬉しそうにそう言った。
いやいや。
「仕事はあくまでも皆さんの力ですよ。だからこそ小人が住み着いたんでしょう」
「え? どういうことですか?」
「物語でもそうでしょう? 小人は自分の仕事に誇りを持った職人の家に住んでいる」
全員が驚いたように俺の顔を見た。
いや、童話の内容を知っているならわかることだと思うのだが。
「つまり君はこう言っているのかな? 我々が仕事に誇りを持った職人集団だと」
なんだか少し緊張したように水沢部長が言った。
「ここに小人が発生した以上、それは事実でしょう」
そう答えたが、誰もそれに言葉を返さない。
なに? なんでシンとしてるんだ? 俺、何か地雷でも踏んだ?
奇妙な静寂の中、俺は困惑して周囲の顔を見回した。
「ああ失礼。うちの部署は嫌われることはあってもあまり他の部門から評価されることが無いんでね。つまり、皆あまり褒められ慣れてないんだ」
なるほど。
言われてみればみんな、あの紙コップコーヒー君すら嬉しそうな様子だ。
てか、そうなのか? 驚きだな。
俺は事務方がいないとまともに仕事が進行出来ない自信があるぞ。
特に伊藤さんがいなかったらうちの課の仕事の効率は今の半分以下になるね。間違いない。
こういう一見地味な部署って、誰も言わないだけで評価はされていると思うけどな。
まあ確かに口に出して言われないと本人達に実感は無いのかもしれない。
「あの、それでこれどうしますか? 連中はある程度年季の入った物が好きなんでこの電算機に住み着いているんだと思うんですが、このままいじってうっかり目が合ったり意識したりすることが続くと逃げ出してしまうかもしれませんし」
「なるほどわかった。すぐに替えを探そう」
言うが早いか水沢部長はすぐに動き出した。
切り替えと行動の早さはやはりさすがだ。
「その子、見られるのが嫌いなのですか?」
お局様的女性がおずおずと聞いて来た。
凄く興味があるんですね? ……その子って、こいつの顔はおっさんですよ? まあ見えてないからイメージなんだろうけど。
「見られることというより存在を認識されるのを嫌うようですよ。話題に上っただけで姿を消した例もあるようですし」
「えっ? 話題にしても駄目なんですか? じゃあお礼とかどうすればいいんでしょう」
ああうん。
精霊信仰文化だと働きには対価って考えるよね。
「それは勝手に持っていくようです。弁当になぜか端っこが掛けたおかずがあったり、少し残っていたはずの飲み物が見てみたら無くなっていたりしたことはありませんか?」
「あ!」
「そういえば」
どうやら思い当たる節があるらしい。
「わかりました。難しいけどなんとか頑張ります」
何を頑張るんだか知らないが、うん、まあ女の人達楽しそうだし、……いいよね?
仕事(?)に対するモチベーションが高いのはいいことだし。
……もの問いたげな視線が痛い。
質問責めにされそうな予感がする。
俺は小人入りの電算機のカバーのネジを止めながら、溜め息を吐いた。
はやく開発課に戻りたいです。
まあ横目で見てる訳だが、この手の怪異は妙に純真というか表面上の事柄にこだわるので、とりあえずまっすぐ視線が合わなければ安心出来るようだ。
と、小人は再び慌て出した。
その視線を追って顔を上げると、周囲の見物人が小人をガン見している。
俺は慌てて小人から視線を逸らすようにジェスチャーと小声で指示した。
どこか唖然とした感じで小人を見ていた人々は、俺の指示に気づくと、慌てて小人から目を逸らす。
その複数の熱い視線が外れても、小人は少しの間動揺していたが、やがてビクビクしながらMDDの影に隠れた。
……って、おい、そこ増設用ドライブベイだから。
いやまあ、お前ら質量無いから別にそこに新しいMDD突っ込んでも気にしないだろうし良いんだけどさ。
そう思いながらも、俺は電算機本体のカバーをそっと閉じた。
そうして、まだ若干固まっている見物人の中から水沢部長に声を掛ける。
「ええっと、これどうします?」
「あのっ、これ、小人ですよね? 靴屋さんのお手伝いとかの」
しかし、硬直を解いて最初に声を上げたのは、水沢部長ではなく、この電算機の元々の担当だったらしい女子社員だった。
凄くワクワクしているのが見ただけで分かる。
「あ、はい。我が国では妖怪、西国の方ではフェアリーと呼ばれる類の存在ですね」
「驚いたな。まさか壁に囲まれた都会の真ん中でこんなモノを見るとは」
水沢部長は彼女のテンションに巻き込まれる事なく、冷静に感想を述べた。
「えっ? えっ? 小人? なんですかそれ? 見て無いです私」
ん? あれ? この人、確かお局様的ポジの人だったよな?
なんでいきなり頬を染めて女の子モードになっているんだ?
しかしそうか、見えないってことはこの人は伊藤さんと同じ無能力者なんだな。
「妖怪は怪異と基本は同じモノですから、むの……ブランクの方には見えないんですよ」
無能力と言い掛けて、以前出会った俺俺くんの言葉を思い出して言い方を変える。
確かに無能力という言い方は配慮に欠けるものかもしれないと思ったのだ。
実際は無能力の方が一般的に浸透している呼び名であり、ブランクというのは俗語に過ぎないのだけど、彼の言うように、みんながそう言っているからと相手のことも考えずに使うのはよくないだろう。
「えー、そうなんですか。残念です」
総務部のお局様は、ちょっとだけがっかりしたようだったが、すぐに先程の女子社員に小人がどんな姿だったかを聞き始めた。
小人に興味があるんですね? タフな人だな。
「小人ね。実際はあの童話のように人の窮地を救ったりはしないのだろう?」
一方、現実的な水沢部長は俺に確認するように聞いて来た。
冷静で助かるけど、なんで俺に情報を確認しようとするのだろう?
聞いてみるととんでもないことがわかった。
どうやらうちの課から例の給湯室の件が広まって、それに尾ひれが付き、他所の部門ではいつの間にか俺がオカルト博士だという話になっているらしいのだ。
おいおい、いったい何者なんだ、俺。
博士とか言われる程詳しくないからな、マジで。
ああいう専門的な研究者って大体変人だし。勘弁して欲しい。
「いえ、俺は実家や妹の関係で他よりちょっと詳しいぐらいですからね?」
「そうか。それで小人というのは本当に『良い隣人』なのか?」
おお、さすが部長知識人だな、よくそんな古い西の言い回しを知ってますね。
それと俺の名誉的な問題がさらっと流された気がするけど、気にしたら負けなんでしょうか?
「そうですね。ぶっちゃけこいつらには人間的な善悪の意識なぞありませんよ。エルフやドワーフならともかく。いえ、彼らとて倫理感は独特で人とは違いますしね」
「なるほど、そうするとやはり単純に良きモノという訳でもないのか」
「ただ」
こいつら小人においてはまた別の話がある。
「ん?」
「部長は座敷童をご存じですか?」
「あ? ああ、有名な地方神だな」
え? なに? あいつら神様扱いなの? マジ最近の教科書どうなってんの? って、部長さんは俺よりずっと年上だから最近の教育って訳じゃないよな。
単純に中央の人の感覚なんだろうか。
「その座敷童と同じ系統なんですよ。こいつらは存在するだけで場の因果率を整えることが出来るんです」
「因果率?」
「ええっとつまり、普通因果には揺らぎというか偏りがあるんです。頑張っても報われないとか、よかれと思ってやったことが裏目に出るとか」
「そうか、つまりそれを整えるということが、イコール幸運という訳か」
「まあ小人の場合、職人気質の濃い場所に現われて仕事の効率を上げるというのが公式見解のようですが」
周囲の見物人から「おお」という感じのどよめきが上がる。
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いやいや。
「仕事はあくまでも皆さんの力ですよ。だからこそ小人が住み着いたんでしょう」
「え? どういうことですか?」
「物語でもそうでしょう? 小人は自分の仕事に誇りを持った職人の家に住んでいる」
全員が驚いたように俺の顔を見た。
いや、童話の内容を知っているならわかることだと思うのだが。
「つまり君はこう言っているのかな? 我々が仕事に誇りを持った職人集団だと」
なんだか少し緊張したように水沢部長が言った。
「ここに小人が発生した以上、それは事実でしょう」
そう答えたが、誰もそれに言葉を返さない。
なに? なんでシンとしてるんだ? 俺、何か地雷でも踏んだ?
奇妙な静寂の中、俺は困惑して周囲の顔を見回した。
「ああ失礼。うちの部署は嫌われることはあってもあまり他の部門から評価されることが無いんでね。つまり、皆あまり褒められ慣れてないんだ」
なるほど。
言われてみればみんな、あの紙コップコーヒー君すら嬉しそうな様子だ。
てか、そうなのか? 驚きだな。
俺は事務方がいないとまともに仕事が進行出来ない自信があるぞ。
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切り替えと行動の早さはやはりさすがだ。
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「見られることというより存在を認識されるのを嫌うようですよ。話題に上っただけで姿を消した例もあるようですし」
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ああうん。
精霊信仰文化だと働きには対価って考えるよね。
「それは勝手に持っていくようです。弁当になぜか端っこが掛けたおかずがあったり、少し残っていたはずの飲み物が見てみたら無くなっていたりしたことはありませんか?」
「あ!」
「そういえば」
どうやら思い当たる節があるらしい。
「わかりました。難しいけどなんとか頑張ります」
何を頑張るんだか知らないが、うん、まあ女の人達楽しそうだし、……いいよね?
仕事(?)に対するモチベーションが高いのはいいことだし。
……もの問いたげな視線が痛い。
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