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女子トーク
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「大変なことになっちゃったわね」
外部からの賓客をもてなすための部屋で、神殿騎士団長の補佐官である女性騎士ダハニアは、所望した温かいお茶を口にしつつアイメリアにそう言った。
実際、あまりにも短い間にものごとが目まぐるしく変化してしまって、アイメリア的には『大変』のひとことで片付けられるものではなかったのだが、ダハニアは持ち前の豪快な性格もあって、そうあっさりとまとめてしまう。
しかし、上品なテーブルを挟んでダハニアと向かい合って座ったアイメリアは、ダハニアと違って表情が暗い。
ダハニアには見えなかったが、不安気なアイメリアの周囲には小さな光の玉のような精霊たちが飛び交っていて、そんなアイメリアを慰めていた。
「変わるって、悪いことばかりじゃないから」
「変化は世界の成長だ……」
「そう!……そう!」
アイメリアが、ひそひそさん、ぽわぽわさん、ほっこりさんと呼んでいた精霊たちが、それぞれ言葉をかける。
物心ついてからずっとその声に励まされて来たアイメリアは、今回も勇気をもらって顔を上げた。
「私、……私、なんだか全然よくわからなくて」
「そりゃあ、いきなり出生の秘密とか、精霊の話とか聞かされたんだもの、混乱して当然よ。しばらくは考え過ぎないように、気楽に過ごすほうがいいわよ」
神殿の世話役である奉仕者たちが、寄ってたかってアイメリアの身なりを整えたおかげで、今のアイメリアは、本来の金色の髪の輝きを取り戻し、清楚でありながら女性らしいローブ風のドレスを身にまとい、まるで光の精霊の化身のような少女となっていた。
さらにその服装が婚礼衣装に似ているせいか、初々しい花嫁のようにも見える。
とは言え、アイメリア本人の心情的にはまったく真逆の気分ではあった。
「違うんです。それは、まだちゃんと飲み込めてはいないんですけど、そんなに、……こんなこと言うのもおかしいかもしれませんけど、それほどショックではなくって……」
アイメリアの口からこぼれた言葉に、ダハニアはどこか面白そうな顔を向ける。
「へー、生まれのことや、精霊のことなんかよりも、大事なことがあるんだね?」
ニヤニヤと、ダハニアはアイメリアに次の言葉を促した。
そんなダハニアの様子にすら気づかないように、アイメリアはうなずいて、自らの両手をぎゅっと握りしめる。
「私、大切なものを見つけたから。……だから、それを守りたいと思ったんです。だけど、それは、私の勝手な想いで、結局私のせいで迷惑をかけてしまっていたんじゃないかって……」
「ふーん。で? それってアイメリアだけの考えだよね?」
「え?」
ダハニアの少し意地悪な言葉を、アイメリアはいぶかしげに聞き返す。
ダハニアは、からかうような言葉とは裏腹に、真剣な顔だ。
「それ、あんた達の悪いところだと思うよ。優しさとか、相手を思いやる心ってのは、すごく大切なことでさ、私なんか、うちの旦那から、お前はがさつなところがあるって言われてるから、見習う部分も多いんだけど。でもさ、思いやりや優しさってのも、過ぎれば逆に相手を傷つけるだけなんじゃない?」
「相手を……傷つける……」
「精霊さまとはどうだかわかんないけどさ、人間同士ってのは結局、話さないと……言葉を伝えないと理解し合えないもんだと、私は思うの」
「はい。……それは、精霊も同じ、だと思います。言葉があるから、想いが伝わるんだと……」
アイメリアの精霊たちは、ずっと姿のないささやき声としてアイメリアを支え続けた。
対して、アイメリアが家族だと思っていた者たちは、言葉でアイメリアを傷つけて来たのだ。
言葉の大事さをアイメリアはよく知っていた。
「へー、精霊さまもそうなんだ。うん。そう考えたら、敬う対象としてだけじゃなく、ちょっと精霊さまも好きかも、私。と、まぁ、それはそれとして、さ。だから、相手が大事であればあるほど、ちゃんと話さないと、ね」
「話す。……そう、ですね」
アイメリアは、ラルダスと話すことを考える。
もう一度ラルダスと会って話す。
そう考えるだけで、アイメリアは幸せな気持ちになった。
たとえそれが詫びの言葉だとしても、ラルダスともう一度話せるということが、本当にうれしいのだ。
(そうか、私、今までずっとささやき声たちに助けられて来て、言葉がどれほど大切か知っていたはずなのに、……自分の気持ちを言葉で伝えるってことを、大事にしてこなかった気がする)
そんなふうに思うアイメリアだったが、それは、アイメリアのこれまでの人生において、他人と言葉を交わしてそれが良いことに繋がったという経験が少ない、現実のせいでもある。
アイメリアが育った館では、他人は嘘をつき、悪意を言葉に乗せ、アイメリアを傷つける存在だった。
優しい人も確かにいたし、その人たちのおかげで、アイメリアも完全に人に絶望することはなかったのだが、それでも、アイメリアの他人に対する臆病さは、小さい頃からの経験にある。
(変わらないと……)
ささやき声たちの言う良い変化、成長をしなければ、せっかくこんな自分を救ってくれたラルダスにも申し訳がない。
そんなふうに決意したアイメリアであった。
一方で、アイメリアと話していたダハニアは、うっそりと肉食獣のような笑みを浮かべて小さく呟く。
「あの唐変木、いい加減ビシッと決めないと、騎士としてどころか男として軽蔑するからね」
その頃王城にいたラルダスが、背中に寒気を感じたかどうかは定かではない。
外部からの賓客をもてなすための部屋で、神殿騎士団長の補佐官である女性騎士ダハニアは、所望した温かいお茶を口にしつつアイメリアにそう言った。
実際、あまりにも短い間にものごとが目まぐるしく変化してしまって、アイメリア的には『大変』のひとことで片付けられるものではなかったのだが、ダハニアは持ち前の豪快な性格もあって、そうあっさりとまとめてしまう。
しかし、上品なテーブルを挟んでダハニアと向かい合って座ったアイメリアは、ダハニアと違って表情が暗い。
ダハニアには見えなかったが、不安気なアイメリアの周囲には小さな光の玉のような精霊たちが飛び交っていて、そんなアイメリアを慰めていた。
「変わるって、悪いことばかりじゃないから」
「変化は世界の成長だ……」
「そう!……そう!」
アイメリアが、ひそひそさん、ぽわぽわさん、ほっこりさんと呼んでいた精霊たちが、それぞれ言葉をかける。
物心ついてからずっとその声に励まされて来たアイメリアは、今回も勇気をもらって顔を上げた。
「私、……私、なんだか全然よくわからなくて」
「そりゃあ、いきなり出生の秘密とか、精霊の話とか聞かされたんだもの、混乱して当然よ。しばらくは考え過ぎないように、気楽に過ごすほうがいいわよ」
神殿の世話役である奉仕者たちが、寄ってたかってアイメリアの身なりを整えたおかげで、今のアイメリアは、本来の金色の髪の輝きを取り戻し、清楚でありながら女性らしいローブ風のドレスを身にまとい、まるで光の精霊の化身のような少女となっていた。
さらにその服装が婚礼衣装に似ているせいか、初々しい花嫁のようにも見える。
とは言え、アイメリア本人の心情的にはまったく真逆の気分ではあった。
「違うんです。それは、まだちゃんと飲み込めてはいないんですけど、そんなに、……こんなこと言うのもおかしいかもしれませんけど、それほどショックではなくって……」
アイメリアの口からこぼれた言葉に、ダハニアはどこか面白そうな顔を向ける。
「へー、生まれのことや、精霊のことなんかよりも、大事なことがあるんだね?」
ニヤニヤと、ダハニアはアイメリアに次の言葉を促した。
そんなダハニアの様子にすら気づかないように、アイメリアはうなずいて、自らの両手をぎゅっと握りしめる。
「私、大切なものを見つけたから。……だから、それを守りたいと思ったんです。だけど、それは、私の勝手な想いで、結局私のせいで迷惑をかけてしまっていたんじゃないかって……」
「ふーん。で? それってアイメリアだけの考えだよね?」
「え?」
ダハニアの少し意地悪な言葉を、アイメリアはいぶかしげに聞き返す。
ダハニアは、からかうような言葉とは裏腹に、真剣な顔だ。
「それ、あんた達の悪いところだと思うよ。優しさとか、相手を思いやる心ってのは、すごく大切なことでさ、私なんか、うちの旦那から、お前はがさつなところがあるって言われてるから、見習う部分も多いんだけど。でもさ、思いやりや優しさってのも、過ぎれば逆に相手を傷つけるだけなんじゃない?」
「相手を……傷つける……」
「精霊さまとはどうだかわかんないけどさ、人間同士ってのは結局、話さないと……言葉を伝えないと理解し合えないもんだと、私は思うの」
「はい。……それは、精霊も同じ、だと思います。言葉があるから、想いが伝わるんだと……」
アイメリアの精霊たちは、ずっと姿のないささやき声としてアイメリアを支え続けた。
対して、アイメリアが家族だと思っていた者たちは、言葉でアイメリアを傷つけて来たのだ。
言葉の大事さをアイメリアはよく知っていた。
「へー、精霊さまもそうなんだ。うん。そう考えたら、敬う対象としてだけじゃなく、ちょっと精霊さまも好きかも、私。と、まぁ、それはそれとして、さ。だから、相手が大事であればあるほど、ちゃんと話さないと、ね」
「話す。……そう、ですね」
アイメリアは、ラルダスと話すことを考える。
もう一度ラルダスと会って話す。
そう考えるだけで、アイメリアは幸せな気持ちになった。
たとえそれが詫びの言葉だとしても、ラルダスともう一度話せるということが、本当にうれしいのだ。
(そうか、私、今までずっとささやき声たちに助けられて来て、言葉がどれほど大切か知っていたはずなのに、……自分の気持ちを言葉で伝えるってことを、大事にしてこなかった気がする)
そんなふうに思うアイメリアだったが、それは、アイメリアのこれまでの人生において、他人と言葉を交わしてそれが良いことに繋がったという経験が少ない、現実のせいでもある。
アイメリアが育った館では、他人は嘘をつき、悪意を言葉に乗せ、アイメリアを傷つける存在だった。
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(変わらないと……)
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そんなふうに決意したアイメリアであった。
一方で、アイメリアと話していたダハニアは、うっそりと肉食獣のような笑みを浮かべて小さく呟く。
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