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義父の悪巧み

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 アイメリアが新しい自分の居場所を見つけた頃、アイメリアを追い出した育ての両親と義理の姉は、これから自分達に訪れるバラ色の未来を思い描いていた。

「お父さま、わたくしがアイメリアです。お会いしとうございました!」
「うむうむ、あまりの愛らしさに感動すること間違いなしだ。素晴らしいぞ、メリアよ」

 まるで舞台女優のような娘の演技に称賛を贈るのは、ホフラン・ザイス。アイメリアの義理の父だった男だ。
 一代で巨万の富を手にしたとされ、立身出世を夢見る者達から羨望のまなざしを向けられる豪商でもある。
 富を得た者は、金だけでは手に入らないものを得ようとすることがあるが、このホフランという男もその一人だった。

 精霊など、ひとかけらも信じていないにも関わらず、精霊神殿に巨額の献金を行っていたのも、名声を得るためのパフォーマンスの一つである。
 そのパフォーマンスが、ホフランにさらなるチャンスを呼び込んだ。

 十五年前、ホフランは精霊神殿から秘密裏に招きを受けた。
 そのときに提示されたのが、赤子を成人まで大切に育てることが出来る者を探している、という驚くべき依頼だ。
 人一人を育て上げるには、豊かな環境が必要であり、同時に強い信仰心を持つ者でなければならない、という考えの元、精霊神殿に多額の献金を行った者から何人かが呼ばれたのである。

 ホフランは、これぞ天が自分に与えたチャンスと考えた。
 何しろ、ホフランには、一年前に生まれたばかりの娘がいる。
 子どもを育てる環境は整っていた。
 案の定、ホフランの主張は受け入れられ、赤ん坊を預かって育てる役目を仰せつかることとなる。
 もちろんタダ働きではない。
 一人の子どもを育てるには、十分以上の支給金が毎年届けられた。
 ホフランはその金を、アイメリアのためではなく、自分の本当の娘に贅沢をさせるために使ったのだが、他人を疑うということを知らない甘っちょろい神殿関係者に気づかれることはなかったのである。

 そして、ホフランは子どもを育てる傍らで、この赤ん坊の身元を探った。
 神殿側は赤ん坊についての情報を完全に伏せていたが、どのような場所にでも口の軽い者はいる。
 とある神殿関係者が、ホフランの手の者との酒の席で、単なる噂として話したのが、神殿の最高位である祭司長のスキャンダルだ。

 精霊神殿では、精霊に直接仕える者は家族との縁を切らねばならない。
 精霊を第一とするためだ。
 残された家族への支援は十分に行うため、それほど問題にはされていないが、悲しい別れではある。
 当然、ホフランも、神官がより上位に昇るために赤ん坊を切り捨てたのだろう、とは予想していた。
 いずれ娘をネタに、さまざまな要求を通すつもりで、その投資として赤ん坊を預かったのだ。

 だが、現祭司長の場合は少々事情が特殊だった。
 十五年前突然の抜擢となった祭司長は、精霊に愛されし者と言われている。
 なんでも人となった精霊と夫婦の契りを結んだとされているのだ。

 そして祭司長には、母親のわからない赤ん坊が残された。
 その赤子こそは、人として生きた精霊と祭司長との間に生まれた子どもとされているらしい。
 神殿の掟がある以上、娘として神殿で育てることは出来ないが、神殿としてもその子どもをないがしろにすることは出来ない。
 だから、豊かで信心深い者を育ての親として選んだということだ。
 祭司長は、成人した娘を精霊神殿の巫女として迎え、いずれは聖なる乙女として神殿の象徴的存在とする予定らしい。

 それを知ったホフランは企んだのである。
 子どもの入れ替えを。

 自分の本当の娘は事故で早逝したと届けを出し、メリリアーヌにアイメリアを名乗らせる。
 愛称をメリアとすれば、アイメリア呼びに慣れていないという状況もごまかせるだろう。
 裏の事情を知ってから十年程、様子を見るために本物のアイメリアを手元に置いていたが、入れ替えが完璧に完了すれば、本物のアイメリアの存在は邪魔でしかない。
 だが、自分達で始末してしまって、もしも発覚した場合には危険すぎる。

 そのため、世間知らずの娘を一人で着の身着のまま追い出したのだ。
 この街で、身寄りのない娘が一人で生きていくことは出来ない。
 せいぜい悪い連中に騙されて血の一滴まで搾り取られた屍として打ち捨てられるだけだろう。
 世間を知り尽くしたホフランはそう考えた。

 人生とは数奇なもので、計算通りにことが運ばない状況などいくらでもある。
 自身も成り上がりの途上でいくらでもそんな経験をしていながら、成功者となったホフランは、世間を自分の思いのままになるものと錯覚した。
 皮肉なことに、それがホフランの最大の失敗であり、アイメリアの人生の救いとなったのだ。
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