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死衣の魔女
魔物
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「ライカ、しばらく城郭内へは行かないほうがいいぞ」
夕食中に突然そう言ったサッズに、ライカは首を傾げ、祖父のロウスはぴくりと眉を動かした。
「なんで?」
ライカは即尋ねる。
当然の疑問であろう。
「今日、城で働いてるという女達に会ったんだが、城郭内で不審なモノの姿を目撃したって話がかなりの数上がっていて、しかもそれに伴う話がマズイ」
「不審なモノって何? 人じゃないの?」
「一見すると人に見えるんだそうだ。ボロを被った女みたいな感じとか。だが、そいつは夜だけ現れる上に影が無いってことだ。そうなると人間というより魔物に近いんじゃないか?」
淡々と説明するサッズに、ライカは更に増えた疑問を重ねて尋ねた。
「魔物ってこっちにいるものなの? 俺、こっちで魔物なんか見たこと無いんだけど」
「こっちでは発生しにくいだけでああいうのはどこにでもいると思うぞ。魔物ってのは属性が偏り過ぎて生物としては不安定になった存在だからな。その偏りを修正するために常に己が所持しない属性を他から摂取する必要があるんだ。それで大概の魔物は危険なんだ」
そのサッズの説明に、ライカは驚きを露わにした。
「サッズ、今凄く賢そうに見えるよ!」
「なに、そうか! ふふん、どうだ、ちっとは尊敬したか?」
サッズはニヤニヤ笑いを浮かべて胸を反らして見せる。
「あー、今ちょっと台無しになった」
ライカはがっかりしたように言った。
「なんでだよ!」
賑やかである。
そんな子供たちを横目に、ロウスは一人「ふむ」と呟くと、手早く食事を終え、席を立った。
「わしはちょいと出てくるからの、二人共早く寝るんじゃぞ?」
そう言って、カンテラを柱の引っ掛けから外して外へと向かう。
「あ、ジィジィいってらっしゃい!」
「おう、留守はまかせとけ」
ロウスが夜に外出して一晩帰って来ないのはよくあることなので、二人共特に気にもしないでそれを見送った。
そのままライカはサッズに話の続きを振る。
「それで、マズイ話ってなに?」
「魔物にありがちなことだよ。目撃したやつが昏倒して元気が無くなるって話だ」
「それって生気を吸われるとかそういう類の話? こっちでは初めて聞いたな。あちこち回ったけど精霊や魔物なんかには出会いもしないから、こっちには存在しないのかと思ってた」
「まあ確かにな。そもそもこっちはもうエールは単独で存在出来なくなっているみたいで、どんなに特殊なエールでも必ず何かの物質に宿っている。だがな、逆に言うとどんな物質にもほんの僅かなりともエールが含まれているってことだ。あっちのように意思持つモノだけからしか摂取出来ないって訳じゃないのは助かるんだけどな」
「え? 何にでも? ええっと、土とか水とか?」
「ああ、人間が作りなおしたモノにもだ」
「じゃあ、サッズは最悪土食べて生活することも出来るんだ?」
「俺みたいな成長期の幼体が満足するのにどんだけ食えばいいか教えてやろうか? とりあえず一日に城の向こうの山程度は食わないと無理だぞ」
ライカは困ったように眉間にシワを寄せた。
「土地が無くなっちゃうから困るね」
「土地の心配か!」
憤るサッズに、ライカは笑いながらスープの中のカブをわけてやる。
最近は城の野菜作りが上手く行くようになり、この街の市場にも野菜が出回るようになって来たのだ。
城からは狩猟で得た獲物の骨で作ったスープの元であるブイヨンも売り出され、今まで食べ物のほとんどが僅かな塩かハーブの味付けだったのだが、そのおかげもあって料理の味わいが広がることとなった。
それをよく表しているのがここのところの井戸端の話題だ。
最近はそこで賑やかにやり取りされるおかみさん達の話題の大半が創作料理で占められているのである。
ライカもそこで聞き込んだカブのスープを今夜は作ってみたのだ。
おかげ様でサッズや祖父に好評を博すこととなった。
「でもさ、お城に行かない訳にはいかないよ。なんせ俺は本のお返しに午前中は治療所で働いてるんだし、しかもお返しなのに更に色々貰ってるんだよね。このカブやブイヨンだって、ハーブ園のついでに畑を手伝ったら分けて貰ったんだよ? それにその魔物は夜だけなんだろ?」
「夜だけ見掛けられてるだけで、いくらなんでも夜だけ存在する訳ないだろ? あの辺りのどっかに潜んでるってことだ。だが、うーん、約束は大事だし、食い物も大事だな。仕方ない、しばらくは城へ行く時は俺が付き合ってやるよ」
「それは頼もしいな。もちろん、力仕事手伝ってくれるよね?」
「お前な、……まあいい、人間の仕事というものも少しは理解しようとは思っていたんだ」
「一人一人が違う作業をして、一つの物事を進めていくって感覚はやっぱりわかりにくい?」
「理解は出来るがちまちましてて苛々する」
「あはは」
サッズはフンと鼻を鳴らすと、スプーンを無視して、貰ったカブを手掴みで口に放り込んだのだった。
―─ ◇ ◇ ◇ ―─
夜道を小さな灯りが揺らめいて、一つの扉に辿り着く。
やがて、コンと、吊るされたノッカーがその扉を叩いた。
その扉を構えるこじんまりとした家の中から応えがあり、人の動く気配が届く。
そして、やがて軽い足音が近づいて扉が開け放たれた。
「いらっしゃいませロウスさま。今日はお店で演らない日だからいらしてくださらないかと思っていました」
夜の闇に沈むとろりとした黒髪が、その頬を撫でるように揺れている。
酒場の踊り子であるレーイリアは、いつもの着飾った衣装ではなく、おとなしめの部屋着姿でロウスを迎えた。
「じゃまするよ?」
「邪魔だなんて、ロウスさまならいつでもおいでくださってかまいませんわ。出来ればずっと一緒にいてくださったらと夢見ているぐらいですから」
「やれやれ、年寄りにはお前の情熱は堪えるわい」
「うふふ」
小さな灯火皿の灯だけで照らされていたほの暗い室内に、ランプの灯が加わり明るさが増す。
彼女は更に火打石を使って小さな屋内調理用のストーブに火を入れると、やや冷えた室内が僅かに温もるようだった。
「すぐにお茶を淹れますね。最近北方のお茶を手に入れたんですよ。覚えています? ツンとした匂いの赤いお茶」
「ああ、荒野にわずかな水で育つというなんとかっていう茨木の実を使ったやつだったか? あの頃は茶なんか贅沢品だったが、口が貧しいのは心まで貧しくなるとかでソージャの野郎が工夫して、それがあの近辺に流行ったんだったな。そうか、まだあるのか」
「ふふ、ソーさんお料理も色々頑張っていましたよね」
「ふん、どうもあいつは理屈屋でしょうがなかったな」
「それで、今夜はどうされたんです?」
レーイリアは無邪気そうな口調でそう聞いた。
聡明な彼女は、孫が可愛くてい仕方ないこの老人が、店に出ていない自分を尋ねて来るには理由があるはずだということにとうに気づいていたのである。
ロウスが店に来てくれるのは、自分が理不尽な目に合わないように見守るためだということも知っていた。
「ああ、どうもよくない噂を聞いたんでな、お前のことが気になったんだ。お前、昔死神に会ったと言っていたろう?」
はっと、レーイリアは息を呑み、両手でその胸を押さえた。
「嫌なことを思い出させてしまったか? 悪かったの。嫌なら別に話さなくてもいいんだよ?」
「いえ、いえ! 大丈夫、大丈夫です。だって、思い出すのが辛いなんて言ったら、みんなに叱られますから」
レーイリアは口元に笑みを浮かべてそう言うと、ロウスの横に腰を下ろしてそっと寄り添う。
「あれは、まだ娼婦窟に居た頃でした。友達が次々に倒れて、倒れた子達は大人がどこかへと連れて行ってしまう。私はある日、倒れてしまった大事な友達が連れて行かれたのに耐えられなくって、こっそり後を追いました」
震える両手をロウスのたくましい腕に絡め、レーイリアは小さく息を吐いた。
「着いたその場所は恐ろしい所でした。たくさんのゴミに混じって人の形をしたモノがいっぱいありました。彼女は軽い荷物のようにそこに放り投げられ、壊れたように動かなくなった。だってまだ大人の半分もないぐらいの体だったから、本当に軽かったんだと思います。私は、彼女を運んだ大人がいなくなるまで待つと、意を決して放り出された彼女に近づきました。彼女はその時まだ息があったんです。ヒューヒューって、隙間風みたいな細い息。でも両目は開いたまま瞬きをしなかった。私は恐怖に胸を掴まれながら小さな声で彼女に呼び掛けました。でも、どれだけ呼び掛けてもその目すらぴくりとも動くこともありませんでした。そんな時、アレが来たんです」
伏せられた睫毛の下から涙が頬を伝う。
パチリと焚き木が爆ぜて小さな音を立てた。
「まるで影のようでした。最初それが何か全くわからなかった。何かの動物が食べ物をあさりに来たのかもしれないと、私は怖くなってその場を離れました。そうして見たのです。ソレがあの子から何かを吸い上げるのを。それを見て、私は思いました。あれはきっとあの子の命なんだ、アレは死神なんだと。それから暫く、私は気を失って倒れていたようでした。店の者に見つかってさんざん折檻されましたけど、その痛みより、アレに対する恐怖のほうが大きくて、ずっと震えていたことを覚えています。ロウスさまがいらっしゃらなかったら、私も、生き残っていた他の子達も、きっとああやって死んでいたのでしょう」
レーイリアは、自分が優しく撫でられているのを感じて閉じていた目を開いた。
ロウスが慈しむような目で彼女を見つめている。
レーイリアは微笑み、先程とは違う意味の涙を流した。
(あの日、私達をあの穴蔵から出してくださった貴方様が私には話に聞く神様に見えたのです。だから……本当はもう死神なんか怖くはない。本当に怖いのは今の幸せだけ)
室内にゆっくりと漂い始めた炎の熱、湯の湧く微かな呟くような音、小さな家はその夜さまざまなものに満たされて、眠りへと続く深い夜を迎えたのだった。
夕食中に突然そう言ったサッズに、ライカは首を傾げ、祖父のロウスはぴくりと眉を動かした。
「なんで?」
ライカは即尋ねる。
当然の疑問であろう。
「今日、城で働いてるという女達に会ったんだが、城郭内で不審なモノの姿を目撃したって話がかなりの数上がっていて、しかもそれに伴う話がマズイ」
「不審なモノって何? 人じゃないの?」
「一見すると人に見えるんだそうだ。ボロを被った女みたいな感じとか。だが、そいつは夜だけ現れる上に影が無いってことだ。そうなると人間というより魔物に近いんじゃないか?」
淡々と説明するサッズに、ライカは更に増えた疑問を重ねて尋ねた。
「魔物ってこっちにいるものなの? 俺、こっちで魔物なんか見たこと無いんだけど」
「こっちでは発生しにくいだけでああいうのはどこにでもいると思うぞ。魔物ってのは属性が偏り過ぎて生物としては不安定になった存在だからな。その偏りを修正するために常に己が所持しない属性を他から摂取する必要があるんだ。それで大概の魔物は危険なんだ」
そのサッズの説明に、ライカは驚きを露わにした。
「サッズ、今凄く賢そうに見えるよ!」
「なに、そうか! ふふん、どうだ、ちっとは尊敬したか?」
サッズはニヤニヤ笑いを浮かべて胸を反らして見せる。
「あー、今ちょっと台無しになった」
ライカはがっかりしたように言った。
「なんでだよ!」
賑やかである。
そんな子供たちを横目に、ロウスは一人「ふむ」と呟くと、手早く食事を終え、席を立った。
「わしはちょいと出てくるからの、二人共早く寝るんじゃぞ?」
そう言って、カンテラを柱の引っ掛けから外して外へと向かう。
「あ、ジィジィいってらっしゃい!」
「おう、留守はまかせとけ」
ロウスが夜に外出して一晩帰って来ないのはよくあることなので、二人共特に気にもしないでそれを見送った。
そのままライカはサッズに話の続きを振る。
「それで、マズイ話ってなに?」
「魔物にありがちなことだよ。目撃したやつが昏倒して元気が無くなるって話だ」
「それって生気を吸われるとかそういう類の話? こっちでは初めて聞いたな。あちこち回ったけど精霊や魔物なんかには出会いもしないから、こっちには存在しないのかと思ってた」
「まあ確かにな。そもそもこっちはもうエールは単独で存在出来なくなっているみたいで、どんなに特殊なエールでも必ず何かの物質に宿っている。だがな、逆に言うとどんな物質にもほんの僅かなりともエールが含まれているってことだ。あっちのように意思持つモノだけからしか摂取出来ないって訳じゃないのは助かるんだけどな」
「え? 何にでも? ええっと、土とか水とか?」
「ああ、人間が作りなおしたモノにもだ」
「じゃあ、サッズは最悪土食べて生活することも出来るんだ?」
「俺みたいな成長期の幼体が満足するのにどんだけ食えばいいか教えてやろうか? とりあえず一日に城の向こうの山程度は食わないと無理だぞ」
ライカは困ったように眉間にシワを寄せた。
「土地が無くなっちゃうから困るね」
「土地の心配か!」
憤るサッズに、ライカは笑いながらスープの中のカブをわけてやる。
最近は城の野菜作りが上手く行くようになり、この街の市場にも野菜が出回るようになって来たのだ。
城からは狩猟で得た獲物の骨で作ったスープの元であるブイヨンも売り出され、今まで食べ物のほとんどが僅かな塩かハーブの味付けだったのだが、そのおかげもあって料理の味わいが広がることとなった。
それをよく表しているのがここのところの井戸端の話題だ。
最近はそこで賑やかにやり取りされるおかみさん達の話題の大半が創作料理で占められているのである。
ライカもそこで聞き込んだカブのスープを今夜は作ってみたのだ。
おかげ様でサッズや祖父に好評を博すこととなった。
「でもさ、お城に行かない訳にはいかないよ。なんせ俺は本のお返しに午前中は治療所で働いてるんだし、しかもお返しなのに更に色々貰ってるんだよね。このカブやブイヨンだって、ハーブ園のついでに畑を手伝ったら分けて貰ったんだよ? それにその魔物は夜だけなんだろ?」
「夜だけ見掛けられてるだけで、いくらなんでも夜だけ存在する訳ないだろ? あの辺りのどっかに潜んでるってことだ。だが、うーん、約束は大事だし、食い物も大事だな。仕方ない、しばらくは城へ行く時は俺が付き合ってやるよ」
「それは頼もしいな。もちろん、力仕事手伝ってくれるよね?」
「お前な、……まあいい、人間の仕事というものも少しは理解しようとは思っていたんだ」
「一人一人が違う作業をして、一つの物事を進めていくって感覚はやっぱりわかりにくい?」
「理解は出来るがちまちましてて苛々する」
「あはは」
サッズはフンと鼻を鳴らすと、スプーンを無視して、貰ったカブを手掴みで口に放り込んだのだった。
―─ ◇ ◇ ◇ ―─
夜道を小さな灯りが揺らめいて、一つの扉に辿り着く。
やがて、コンと、吊るされたノッカーがその扉を叩いた。
その扉を構えるこじんまりとした家の中から応えがあり、人の動く気配が届く。
そして、やがて軽い足音が近づいて扉が開け放たれた。
「いらっしゃいませロウスさま。今日はお店で演らない日だからいらしてくださらないかと思っていました」
夜の闇に沈むとろりとした黒髪が、その頬を撫でるように揺れている。
酒場の踊り子であるレーイリアは、いつもの着飾った衣装ではなく、おとなしめの部屋着姿でロウスを迎えた。
「じゃまするよ?」
「邪魔だなんて、ロウスさまならいつでもおいでくださってかまいませんわ。出来ればずっと一緒にいてくださったらと夢見ているぐらいですから」
「やれやれ、年寄りにはお前の情熱は堪えるわい」
「うふふ」
小さな灯火皿の灯だけで照らされていたほの暗い室内に、ランプの灯が加わり明るさが増す。
彼女は更に火打石を使って小さな屋内調理用のストーブに火を入れると、やや冷えた室内が僅かに温もるようだった。
「すぐにお茶を淹れますね。最近北方のお茶を手に入れたんですよ。覚えています? ツンとした匂いの赤いお茶」
「ああ、荒野にわずかな水で育つというなんとかっていう茨木の実を使ったやつだったか? あの頃は茶なんか贅沢品だったが、口が貧しいのは心まで貧しくなるとかでソージャの野郎が工夫して、それがあの近辺に流行ったんだったな。そうか、まだあるのか」
「ふふ、ソーさんお料理も色々頑張っていましたよね」
「ふん、どうもあいつは理屈屋でしょうがなかったな」
「それで、今夜はどうされたんです?」
レーイリアは無邪気そうな口調でそう聞いた。
聡明な彼女は、孫が可愛くてい仕方ないこの老人が、店に出ていない自分を尋ねて来るには理由があるはずだということにとうに気づいていたのである。
ロウスが店に来てくれるのは、自分が理不尽な目に合わないように見守るためだということも知っていた。
「ああ、どうもよくない噂を聞いたんでな、お前のことが気になったんだ。お前、昔死神に会ったと言っていたろう?」
はっと、レーイリアは息を呑み、両手でその胸を押さえた。
「嫌なことを思い出させてしまったか? 悪かったの。嫌なら別に話さなくてもいいんだよ?」
「いえ、いえ! 大丈夫、大丈夫です。だって、思い出すのが辛いなんて言ったら、みんなに叱られますから」
レーイリアは口元に笑みを浮かべてそう言うと、ロウスの横に腰を下ろしてそっと寄り添う。
「あれは、まだ娼婦窟に居た頃でした。友達が次々に倒れて、倒れた子達は大人がどこかへと連れて行ってしまう。私はある日、倒れてしまった大事な友達が連れて行かれたのに耐えられなくって、こっそり後を追いました」
震える両手をロウスのたくましい腕に絡め、レーイリアは小さく息を吐いた。
「着いたその場所は恐ろしい所でした。たくさんのゴミに混じって人の形をしたモノがいっぱいありました。彼女は軽い荷物のようにそこに放り投げられ、壊れたように動かなくなった。だってまだ大人の半分もないぐらいの体だったから、本当に軽かったんだと思います。私は、彼女を運んだ大人がいなくなるまで待つと、意を決して放り出された彼女に近づきました。彼女はその時まだ息があったんです。ヒューヒューって、隙間風みたいな細い息。でも両目は開いたまま瞬きをしなかった。私は恐怖に胸を掴まれながら小さな声で彼女に呼び掛けました。でも、どれだけ呼び掛けてもその目すらぴくりとも動くこともありませんでした。そんな時、アレが来たんです」
伏せられた睫毛の下から涙が頬を伝う。
パチリと焚き木が爆ぜて小さな音を立てた。
「まるで影のようでした。最初それが何か全くわからなかった。何かの動物が食べ物をあさりに来たのかもしれないと、私は怖くなってその場を離れました。そうして見たのです。ソレがあの子から何かを吸い上げるのを。それを見て、私は思いました。あれはきっとあの子の命なんだ、アレは死神なんだと。それから暫く、私は気を失って倒れていたようでした。店の者に見つかってさんざん折檻されましたけど、その痛みより、アレに対する恐怖のほうが大きくて、ずっと震えていたことを覚えています。ロウスさまがいらっしゃらなかったら、私も、生き残っていた他の子達も、きっとああやって死んでいたのでしょう」
レーイリアは、自分が優しく撫でられているのを感じて閉じていた目を開いた。
ロウスが慈しむような目で彼女を見つめている。
レーイリアは微笑み、先程とは違う意味の涙を流した。
(あの日、私達をあの穴蔵から出してくださった貴方様が私には話に聞く神様に見えたのです。だから……本当はもう死神なんか怖くはない。本当に怖いのは今の幸せだけ)
室内にゆっくりと漂い始めた炎の熱、湯の湧く微かな呟くような音、小さな家はその夜さまざまなものに満たされて、眠りへと続く深い夜を迎えたのだった。
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