223 / 296
竜の御子達
炭焼き小屋での一幕
しおりを挟む
サッズが竜王達と輪を繋ぎ、長い時を圧縮して共有していた頃。
ライカは山中の炭焼き小屋で緊張感に包まれていた。
ふいに現れた男が、ジロリとライカを見て、子供達に低く唸るような言葉で注意したのだ。
「見知らぬもんを連れ込むもんじゃねぇ。無害に見えても危険な生き物なんかいくらでもおるし、子供が可愛くても親は獰猛なんちゅうことは当たり前のようにあっど」
「ちょっと、おとん! この人動物じゃなくて人間やろ! 変な例えはやめて!」
その父親の言いようにスアンが猛抗議をする。
スアンはもはやライカと以前からの友達同士のように打ち解けていて、色々な話に興じていた所に突然顔を出した父親からの第一声があまりな言い回しだったため、恥じらいからかその顔が赤かった。
「おとん、もう窯を見に行ってもいいん? ライカ連れてってやるわ」
一方の彼女の弟であるニサはニサで、子供らしい性急さで自分の主張を父にぶつけた。
父親は二人の子供に対して、やれやれといった顔を見せたが、その一方でライカに対してはどこか警戒する態度を崩さない。
ライカは慌てて立ち上がると、ぺこりと頭を傾げた。
「こんにちは、おじゃましてます」
人付き合いは挨拶からというのがセルヌイの教育だ。
だが、ライカのその挨拶は相手の現在の態度に対しては少しずれた物となってしまっていた。
おかげで受け手である子供達の父からはほぼ無視をされる形となってしまう。
「なにもんだ? この辺りには俺んとこの炭焼き窯しかねえぞ。どう考えたっておかしいだろうが」
「おとん! 話を聞いたげてよ。また王都への道を勘違いした旅商人の見習いさんよ」
スアンがとりなすように説明するが、父親は一向に納得しなかった。
「おめ、旅商人ったら商品を持ってるもんだろうが。こんな軽装で商売なんぞ出来るか」
「だからお兄さんが道を探して別行動してるんだって! ちゃんと聞けばわかるじゃない!」
二人のやりとりにライカはすっかり当惑してしまった。
スアンの説明は、確かにそれまでの彼女の誤解をそのままに口に出したものだったのだが、ライカにとっては自分という人間が別にいるんじゃないかというぐらい事実と剥離していたせいで居たたまれなくなったのだ。
だからといってそれに抗議する訳にもいかないのも現状である。
何しろどこから来たのかという大元の説明が出来ないのだから。
「ええっと、何かご迷惑だったら申し訳ありませんでした。俺はこれで失礼します。二人にはすっかりお世話になってしまって、ありがとうございました」
仕方なくライカはそう切り出した。
自分のせいで家族が揉めるのは嫌だったし、積極的では無いにしろ嘘をついてしまったという罪悪感に苛まれてしまい、とりあえず去るのが一番良い選択だと思ったのである。
「ええっ? 駄目よ! 食事をふるまう約束をしちゃったのに、私を嘘つきにするつもり!」
「あ、ごめん」
その言葉を自分が叱られてしまったと取ったライカは、反射的に謝った。
しかし、色々とその対応はおかしくもある。
「おとん、見て! あたし怪我したんだけど、ライカさんが手当してくれたんよ! それに薬草のことも教えてくれたし、いわば恩人じゃない? おとんはいつも恩を受けて返さないのは人間じゃなくて獣と同じだって言ってるでしょ、あたしを獣扱いするつもりなの!」
娘の訴えに、その患部も確認して、二人の子供達の父親はまいったという風に両手を上げて頭を下げた。
「わかった俺が悪かった。すまないな、それと娘の治療をありがとう。俺はホルソという。こいつらの父親で炭焼きをやっとる」
「いえ、ええっと、ライカと言います。俺のほうこそ二人に良くしてもらったんです。お礼を言うならこっちのほうです」
ホルソはライカを頭のてっぺんから足の先までジロジロと見ると、顔をしかめる。
「しかし、到底商人には見えんな。アイツらは一見丁寧だが独特の値踏みするような目付きをしとるもんだ。おまえさんは物腰が丁寧すぎる。まるで貴族かなんかのようだ。だけんど、貴族臭さはないし、どうも掴めん」
「そんなんはどうでもいいだろ? 話が終わったんなら一緒に窯を見に行こうぜ!」
ニサにとっては今までの父親達のやりとりはもはやどうでもいいことだったらしい。
話は済んだと見て、ライカを引っ張って外へと連れて行こうとした。
「あんた、ライカさんに迷惑を掛けたら駄目やろ!」
「うっさいな、けが人は大人しく茶でも飲んでろ!」
「もう!」
怒涛のように交わされたやり取りの末、ライカは炭焼きの窯の前に連れてこられていた。
そばにはニサだけがいて、ライカの胸元程度しかないその体で元気に飛び回って説明をしてくれている。
「これが炭焼き窯だ! 今焼いてる最中だからあちいだろ?」
レンガと土に覆われたニサの背程の高さのそれは、もぐら穴のように盛り上がったまま長く伸びていた。
ニサ少年の言う通り、周囲には篭った熱と火の『匂い』が満ちていて、住んでいた街が火に対して神経質な場所であったライカは、なんとなく不安になってしまう。
「炭ってうちの街でも作ってるけど、こんな大掛かりな窯で焼いてるのは見たことないな」
ライカの住む街でも家に閉じこもらなければならない期間のために炭は重宝されていた。
薪より少量で長く熱を保てるし、火種としても優秀で危険も少ない。
だが、それが主流にならないのは、普段は豊富な薪がいくらでも拾えることと、炭を作るには手間が掛かるのでどうしても割高だからだ。
ライカが以前言ったように、簡易な筆記具としての需要も僅かばかりはある。
「こうやって窯で熱を閉じ込めて長い時間掛けて焼くと硬くて締まった炭になるんだ。そういう良い炭は焼きがいいしすっごく長持ちすっから高級品なんだぞ」
ニサはそう言いながら傍らの藁敷きに包まれた一角から何やら黒く細い塊を手にして持って来るとライカに見せた。
「本当だ、硬いや」
ライカは驚いたようにそれを握った。
通常の炭よりずっと細いそれは真っ黒で艶があり、ライカの知る炭とは見掛けからして違う。
ライカの街で使われている炭は、力を込めるとすぐ崩れてしまうのだが、この炭はまるで生木の枝のように硬かった。
「これって本当に燃えるの?」
「あったりまえだろ! 炭なんだから」
「そっか、凄いね」
つくづくと眺めて次いで窯を見る。
「あのさ、ああいう窯があればうちの街でも作れるものなのかな?」
ライカの言葉にニサは大人ぶって顔をしかめた。
「窯だけじゃなくて技術もいるけんど、何より良い木がないと駄目だぞ?」
「木? どんな木でも良くないの?」
「駄目だ。固く締まって成長する木じゃないと良い炭にならねんだ。普通の木は水に浮くだろ?」
「そりゃあそうだね」
ライカは当然のように頷いた。
「この炭にする木は水に沈むんだ。そんくらいじゃねと良い炭にならねんだ」
「本当に? 水に沈む木なんてあるんだ」
「ん、こっち」
ニサ少年は手に持っていた炭を元の場所に戻すと、ライカを窯場の外に連れ出した。
そちらには以前ライカが上空から見た木材置き場がある。
「ほら、こん木だ」
示された木は、通常ライカの祖父が伐る木よりも細かった。そしてそれがそこにはぎっしりと積まれている。
といっても置き場自体はそう広い場所でもないので、物凄く大量という訳でもない。
その木は、よく見るとこの周辺でライカが度々見掛けた木だった。
小さな枝は焚きつけかなにかに使うのか別に纏められていて、それについたままの葉を見ると、広く肉厚で楕円をしている。
積んである一本をライカが試しに軽く持ち上げてみると、その太さから想定していた以上に重みがあった。
打ち合わせるとまるで石同士を打ち合わせたような感触がある。
「う~ん、こんな木はうちの周辺では見なかったな。うちの辺りは松とか杉とかは一杯あるんだけどな」
「そんなら駄目だな」
「そっか」
そんな話をしてもう一度窯へと戻り、火の様子を見るための覗きから中を見せてもらったりとしている内にいつの間にか時間が経っていたらしい。
「あんたら、下に降りるよ!」
スアンの声が呼ぶ頃には太陽が地平近くまで降りていたのだった。
── ◇ ◇ ◇ ──
「で、俺がうちの連中に弄られていた頃、お前は楽しく見知らぬ人間と遊んでたという訳だな」
「ご飯貰って泊めてもらっただけだよ。サッズがまだ掛かりそうなのはわかってたからね」
サッズはライカが元の場所になかなか戻って来ずにすっかり待たされた上に、それなりに心配もしていたため、酷く機嫌が悪かった。
尤もサッズとて離れてはいてもライカが身体的に無事なことはわかっていたのでそこまで深刻では無かったはずなのだが、エイムの空間を二度も渡ったことですっかり精神的に疲弊していたこともあり、普段より神経質になっていたのである。
「サッズが朝早く戻ってたのは気づいてたけどさ、流石に泊めて貰って何の手伝いもせずに戻ってくる訳にもいかないだろ? 何しろ娘さんは足を怪我してたしさ」
ライカの言い分は当然のものではあったが、だからといってサッズの機嫌が直る訳でもない。
「でさ、実はそこのお母さんがポプリ作りが得意で、少し分けて貰って来たんだ。ほら、家から持ってきた分はもう無くなってただろ?」
小袋に詰められた乾燥させた花々をライカが取り出すと、高く昇った太陽に温められて篭っていた霧も晴れた林の中に、少し早い春めいた香りが漂う。
「お前、この手のごまかしだけは上手くなってきたな」
「このぐらいないとサッズとは家族をやってられないよ」
その言い分にむかついたサッズがすかさず頬に伸ばした手を、ライカはさっと躱した。
「全く、段々手に負えなくなってきやがって」
ぶつくさと言いながらも受け取ったポプリを背負い用の大きな袋に詰め込み、ついでにエッダから貰った服も脱いでその中に詰め込む。
サッズは身ひとつになると、そのまま竜体へと変じた。
と言っても、本来の姿よりも遥かに小さく、せいぜいライカが立ち寄って過ごしたあの炭焼き小屋程度の大きさだ。
「あ、許可貰えたんだね。やっぱりこっちの姿のほうがカッコイイよ、サッズは」
「どっちも俺だろうが、まあ俺もこっちのほうが楽でいいが」
ライカの賞賛にまんざらでもないサッズは、濃紺の体を伸ばし巨大な羽を広げた。
頑丈だが薄い皮膜は陽の光を通して瑠璃色に輝く。
ライカは久々に見るその光景に微笑みを零した。
ほっそりとした体と大きな羽。
飛竜はその姿の美しさから、古い共存の時代に人間の心を惹きつけ、描かれた姿は様々な意匠の元として残されていた。
現在地上に生きる後継種である翼竜は、前肢がそのまま翼となっているが、古代の飛竜は四肢とは別に羽を持っていて、見た目が全く違う種族である。
古代には空の王者であった飛竜は、もはや地上にはサッズのみを残して姿を消した種族なのだ。
「人に見られたらどうするの?」
「気にするな、俺も気にしない」
「大雑把すぎるよ、サッズ」
「ならお前はちまちま地上を歩いて帰れよ!」
「はいはい、わかりました。ってこの大きさだと足に掴まれないよ?」
「背中に乗ればいいだろ? 転がったら回収してやるさ」
「サッズの背中、掴みどころが無いもんな」
ライカがそう言った途端、カプリと巨大な口がその頭を覆った。
「暗い!」
サッズに銜えられたライカは、その口の中から抗議する。
『鱗が立派じゃなくて悪かったな!』
「気にしてたんだ、ごめん。大丈夫だよ、成竜になったらきっと立派で鋭い鱗になるよ」
『……お前しばらくそうしてろ』
「なんでだよ! 謝っただろ!」
なんだかんだと揉めた後、彼らが旅立ったのはすっかり太陽が中天を過ぎた頃となったのだった。
ライカは山中の炭焼き小屋で緊張感に包まれていた。
ふいに現れた男が、ジロリとライカを見て、子供達に低く唸るような言葉で注意したのだ。
「見知らぬもんを連れ込むもんじゃねぇ。無害に見えても危険な生き物なんかいくらでもおるし、子供が可愛くても親は獰猛なんちゅうことは当たり前のようにあっど」
「ちょっと、おとん! この人動物じゃなくて人間やろ! 変な例えはやめて!」
その父親の言いようにスアンが猛抗議をする。
スアンはもはやライカと以前からの友達同士のように打ち解けていて、色々な話に興じていた所に突然顔を出した父親からの第一声があまりな言い回しだったため、恥じらいからかその顔が赤かった。
「おとん、もう窯を見に行ってもいいん? ライカ連れてってやるわ」
一方の彼女の弟であるニサはニサで、子供らしい性急さで自分の主張を父にぶつけた。
父親は二人の子供に対して、やれやれといった顔を見せたが、その一方でライカに対してはどこか警戒する態度を崩さない。
ライカは慌てて立ち上がると、ぺこりと頭を傾げた。
「こんにちは、おじゃましてます」
人付き合いは挨拶からというのがセルヌイの教育だ。
だが、ライカのその挨拶は相手の現在の態度に対しては少しずれた物となってしまっていた。
おかげで受け手である子供達の父からはほぼ無視をされる形となってしまう。
「なにもんだ? この辺りには俺んとこの炭焼き窯しかねえぞ。どう考えたっておかしいだろうが」
「おとん! 話を聞いたげてよ。また王都への道を勘違いした旅商人の見習いさんよ」
スアンがとりなすように説明するが、父親は一向に納得しなかった。
「おめ、旅商人ったら商品を持ってるもんだろうが。こんな軽装で商売なんぞ出来るか」
「だからお兄さんが道を探して別行動してるんだって! ちゃんと聞けばわかるじゃない!」
二人のやりとりにライカはすっかり当惑してしまった。
スアンの説明は、確かにそれまでの彼女の誤解をそのままに口に出したものだったのだが、ライカにとっては自分という人間が別にいるんじゃないかというぐらい事実と剥離していたせいで居たたまれなくなったのだ。
だからといってそれに抗議する訳にもいかないのも現状である。
何しろどこから来たのかという大元の説明が出来ないのだから。
「ええっと、何かご迷惑だったら申し訳ありませんでした。俺はこれで失礼します。二人にはすっかりお世話になってしまって、ありがとうございました」
仕方なくライカはそう切り出した。
自分のせいで家族が揉めるのは嫌だったし、積極的では無いにしろ嘘をついてしまったという罪悪感に苛まれてしまい、とりあえず去るのが一番良い選択だと思ったのである。
「ええっ? 駄目よ! 食事をふるまう約束をしちゃったのに、私を嘘つきにするつもり!」
「あ、ごめん」
その言葉を自分が叱られてしまったと取ったライカは、反射的に謝った。
しかし、色々とその対応はおかしくもある。
「おとん、見て! あたし怪我したんだけど、ライカさんが手当してくれたんよ! それに薬草のことも教えてくれたし、いわば恩人じゃない? おとんはいつも恩を受けて返さないのは人間じゃなくて獣と同じだって言ってるでしょ、あたしを獣扱いするつもりなの!」
娘の訴えに、その患部も確認して、二人の子供達の父親はまいったという風に両手を上げて頭を下げた。
「わかった俺が悪かった。すまないな、それと娘の治療をありがとう。俺はホルソという。こいつらの父親で炭焼きをやっとる」
「いえ、ええっと、ライカと言います。俺のほうこそ二人に良くしてもらったんです。お礼を言うならこっちのほうです」
ホルソはライカを頭のてっぺんから足の先までジロジロと見ると、顔をしかめる。
「しかし、到底商人には見えんな。アイツらは一見丁寧だが独特の値踏みするような目付きをしとるもんだ。おまえさんは物腰が丁寧すぎる。まるで貴族かなんかのようだ。だけんど、貴族臭さはないし、どうも掴めん」
「そんなんはどうでもいいだろ? 話が終わったんなら一緒に窯を見に行こうぜ!」
ニサにとっては今までの父親達のやりとりはもはやどうでもいいことだったらしい。
話は済んだと見て、ライカを引っ張って外へと連れて行こうとした。
「あんた、ライカさんに迷惑を掛けたら駄目やろ!」
「うっさいな、けが人は大人しく茶でも飲んでろ!」
「もう!」
怒涛のように交わされたやり取りの末、ライカは炭焼きの窯の前に連れてこられていた。
そばにはニサだけがいて、ライカの胸元程度しかないその体で元気に飛び回って説明をしてくれている。
「これが炭焼き窯だ! 今焼いてる最中だからあちいだろ?」
レンガと土に覆われたニサの背程の高さのそれは、もぐら穴のように盛り上がったまま長く伸びていた。
ニサ少年の言う通り、周囲には篭った熱と火の『匂い』が満ちていて、住んでいた街が火に対して神経質な場所であったライカは、なんとなく不安になってしまう。
「炭ってうちの街でも作ってるけど、こんな大掛かりな窯で焼いてるのは見たことないな」
ライカの住む街でも家に閉じこもらなければならない期間のために炭は重宝されていた。
薪より少量で長く熱を保てるし、火種としても優秀で危険も少ない。
だが、それが主流にならないのは、普段は豊富な薪がいくらでも拾えることと、炭を作るには手間が掛かるのでどうしても割高だからだ。
ライカが以前言ったように、簡易な筆記具としての需要も僅かばかりはある。
「こうやって窯で熱を閉じ込めて長い時間掛けて焼くと硬くて締まった炭になるんだ。そういう良い炭は焼きがいいしすっごく長持ちすっから高級品なんだぞ」
ニサはそう言いながら傍らの藁敷きに包まれた一角から何やら黒く細い塊を手にして持って来るとライカに見せた。
「本当だ、硬いや」
ライカは驚いたようにそれを握った。
通常の炭よりずっと細いそれは真っ黒で艶があり、ライカの知る炭とは見掛けからして違う。
ライカの街で使われている炭は、力を込めるとすぐ崩れてしまうのだが、この炭はまるで生木の枝のように硬かった。
「これって本当に燃えるの?」
「あったりまえだろ! 炭なんだから」
「そっか、凄いね」
つくづくと眺めて次いで窯を見る。
「あのさ、ああいう窯があればうちの街でも作れるものなのかな?」
ライカの言葉にニサは大人ぶって顔をしかめた。
「窯だけじゃなくて技術もいるけんど、何より良い木がないと駄目だぞ?」
「木? どんな木でも良くないの?」
「駄目だ。固く締まって成長する木じゃないと良い炭にならねんだ。普通の木は水に浮くだろ?」
「そりゃあそうだね」
ライカは当然のように頷いた。
「この炭にする木は水に沈むんだ。そんくらいじゃねと良い炭にならねんだ」
「本当に? 水に沈む木なんてあるんだ」
「ん、こっち」
ニサ少年は手に持っていた炭を元の場所に戻すと、ライカを窯場の外に連れ出した。
そちらには以前ライカが上空から見た木材置き場がある。
「ほら、こん木だ」
示された木は、通常ライカの祖父が伐る木よりも細かった。そしてそれがそこにはぎっしりと積まれている。
といっても置き場自体はそう広い場所でもないので、物凄く大量という訳でもない。
その木は、よく見るとこの周辺でライカが度々見掛けた木だった。
小さな枝は焚きつけかなにかに使うのか別に纏められていて、それについたままの葉を見ると、広く肉厚で楕円をしている。
積んである一本をライカが試しに軽く持ち上げてみると、その太さから想定していた以上に重みがあった。
打ち合わせるとまるで石同士を打ち合わせたような感触がある。
「う~ん、こんな木はうちの周辺では見なかったな。うちの辺りは松とか杉とかは一杯あるんだけどな」
「そんなら駄目だな」
「そっか」
そんな話をしてもう一度窯へと戻り、火の様子を見るための覗きから中を見せてもらったりとしている内にいつの間にか時間が経っていたらしい。
「あんたら、下に降りるよ!」
スアンの声が呼ぶ頃には太陽が地平近くまで降りていたのだった。
── ◇ ◇ ◇ ──
「で、俺がうちの連中に弄られていた頃、お前は楽しく見知らぬ人間と遊んでたという訳だな」
「ご飯貰って泊めてもらっただけだよ。サッズがまだ掛かりそうなのはわかってたからね」
サッズはライカが元の場所になかなか戻って来ずにすっかり待たされた上に、それなりに心配もしていたため、酷く機嫌が悪かった。
尤もサッズとて離れてはいてもライカが身体的に無事なことはわかっていたのでそこまで深刻では無かったはずなのだが、エイムの空間を二度も渡ったことですっかり精神的に疲弊していたこともあり、普段より神経質になっていたのである。
「サッズが朝早く戻ってたのは気づいてたけどさ、流石に泊めて貰って何の手伝いもせずに戻ってくる訳にもいかないだろ? 何しろ娘さんは足を怪我してたしさ」
ライカの言い分は当然のものではあったが、だからといってサッズの機嫌が直る訳でもない。
「でさ、実はそこのお母さんがポプリ作りが得意で、少し分けて貰って来たんだ。ほら、家から持ってきた分はもう無くなってただろ?」
小袋に詰められた乾燥させた花々をライカが取り出すと、高く昇った太陽に温められて篭っていた霧も晴れた林の中に、少し早い春めいた香りが漂う。
「お前、この手のごまかしだけは上手くなってきたな」
「このぐらいないとサッズとは家族をやってられないよ」
その言い分にむかついたサッズがすかさず頬に伸ばした手を、ライカはさっと躱した。
「全く、段々手に負えなくなってきやがって」
ぶつくさと言いながらも受け取ったポプリを背負い用の大きな袋に詰め込み、ついでにエッダから貰った服も脱いでその中に詰め込む。
サッズは身ひとつになると、そのまま竜体へと変じた。
と言っても、本来の姿よりも遥かに小さく、せいぜいライカが立ち寄って過ごしたあの炭焼き小屋程度の大きさだ。
「あ、許可貰えたんだね。やっぱりこっちの姿のほうがカッコイイよ、サッズは」
「どっちも俺だろうが、まあ俺もこっちのほうが楽でいいが」
ライカの賞賛にまんざらでもないサッズは、濃紺の体を伸ばし巨大な羽を広げた。
頑丈だが薄い皮膜は陽の光を通して瑠璃色に輝く。
ライカは久々に見るその光景に微笑みを零した。
ほっそりとした体と大きな羽。
飛竜はその姿の美しさから、古い共存の時代に人間の心を惹きつけ、描かれた姿は様々な意匠の元として残されていた。
現在地上に生きる後継種である翼竜は、前肢がそのまま翼となっているが、古代の飛竜は四肢とは別に羽を持っていて、見た目が全く違う種族である。
古代には空の王者であった飛竜は、もはや地上にはサッズのみを残して姿を消した種族なのだ。
「人に見られたらどうするの?」
「気にするな、俺も気にしない」
「大雑把すぎるよ、サッズ」
「ならお前はちまちま地上を歩いて帰れよ!」
「はいはい、わかりました。ってこの大きさだと足に掴まれないよ?」
「背中に乗ればいいだろ? 転がったら回収してやるさ」
「サッズの背中、掴みどころが無いもんな」
ライカがそう言った途端、カプリと巨大な口がその頭を覆った。
「暗い!」
サッズに銜えられたライカは、その口の中から抗議する。
『鱗が立派じゃなくて悪かったな!』
「気にしてたんだ、ごめん。大丈夫だよ、成竜になったらきっと立派で鋭い鱗になるよ」
『……お前しばらくそうしてろ』
「なんでだよ! 謝っただろ!」
なんだかんだと揉めた後、彼らが旅立ったのはすっかり太陽が中天を過ぎた頃となったのだった。
0
お気に入りに追加
318
あなたにおすすめの小説
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる