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竜の御子達
大人のやり方
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「すると何かの? 坊主が王都見物に行きたいから、二人で行って来ると」
ライカの祖父ロウスは、夜、食事の後に子供等から持ち込まれたお願いを前に難しい顔をしていた。
「ああ、ライカから前に王が来た時の話を聞いたが、俺も実際に見てみたくなったんだ」
軽い調子でサッズは説明する。彼としては詳しい説明は面倒なので、かなりいい加減なものになった。
「儂もこれまでいろんな人間の旅立ちの理由を聞いたが、さすがにここまで単純な理由を聞いたことはないの」
「おじぃ、思いついたら行動してみるのも成長する為に大事なことだろ?」
なにやら怪しい理屈を言うが。
「大体はそれで痛い目を見るもんじゃよ」
ばっさりと切られてニヤリと笑われてしまう。
しかし、サッズは胸を張った。
「やってみないと痛いかどうかもわからないだろう」
(まぁ痛みなんて、経験した事ないだろうしね)
約束通り、ほぼ傍観に徹しているライカは、心の中でそうチャチャを入れた。
当然聞こえているサッズは(ちょっと黙ってろ!)とツッコミ返す。
ロウスはそのやり取りが聞こえた訳でもないだろうが、チラリとライカを見ると、話を振った。
「それで、お前はどうしても一緒についていくのか? 隊商と一緒に行くつもりならお前が世話を焼く必要もないだろうに」
「何をやらかすか離れて心配するより、一緒に行って巻き込まれるほうがマシだよ」
孫の返事にロウスは笑いを洩らした。
「なるほど、うむ、お前の主張はわからんでもない」
「ちょ、それじゃあ俺が何かやらかすみたいだろ?」
「一人で行かせたらとんでもないことやらかすに決まってるだろ」
「ふん、お前よりは柔軟に対応出来るさ」
「自覚が無さ過ぎるのは問題だと思うよ」
「ああん?」
睨み合った二人の横で、ロウスは両手を勢い良く打ち合わせる。
パアン! という小気味の良い音で、二人は驚いたようにロウスに注目した。
「良いか? お前たちは全く不安を持ってないようじゃが、旅というものは甘く考えちゃいかんものだぞ? 何しろ慣れた土地とがらりと環境が変わるんじゃ、何か問題が起こって水や食料が足りなくなることや、害意のある獣や人間に襲われることもあるじゃろう。見知らぬ親切そうな人間に騙されることだってあるかもしれん。正直、儂にはお前たちがそういう危険を楽に切り抜けられるとは思えん」
重々しい話を、二人は神妙に聞いている。
その様子に頷きながら、ロウスは更に眉を寄せた。
「じゃが、人間というものは、いわば決して完成しない生き物じゃ。それを完全になるのを待つというのは無駄な話でもある。誰しも経験を取り入れて少しずつ人としての形を整えていくしかない。じゃからそのこと自体はまぁいいじゃろう。しかしの」
『良いだろう』の部分で一瞬喜色を浮かべた二人だったが、言葉が更に続くことに気づき、もう一度口を引き結んで見せる。
どうやら、ロウスの前で良い子にしてみせることで了解を取り付ける作戦に出ているようだった。
「判断の甘さは自分と同行している者にも影響する。客のつもりでいけば必ずお前たちは他人に迷惑を掛けるじゃろう。なので、旅に出るなら条件がある」
「うん」
「おう」
若い二人の返事が返るのを聞き、ロウスは今までで一番厳しい表情を作って見せた。
「旅に出るのなら隊商に雇われて、自ら資格を得て同行させてもらうんじゃ。それが出来なければ許可は出さん」
祖父の厳命に、ライカは頷き、サッズはもう一度「おう」と答えた。
反対はしないが条件は出す。
それは了解ということだ。と、二人は感じた。
「まぁ頑張ってみるんじゃな」
商人というものは自身に利益がないことはしない。
つまりこの二人を雇うという決断をするには、彼等が実労働力として必要だと納得しなければならないのだ。
普通に考えれば特別頑丈そうでもない子供を敢えて雇おうとする商人などいるはずもない。
つまり、これは遠まわしな足止めなのだが、少年達は許可が出たと理解した。
そう、ロウスは巧妙に、嫌われ役を商人に押し付けたのだった。
── ◇ ◇ ◇ ──
ライカは翌朝早速粉物屋へとサッズと連れ立って行った。
かなり早朝で、ほとんどの店はまだ開けていないが、大店のその粉屋は既に店を開き、商品を並べ始めている。
まだ早春で荷の入りはそう多くないのか、一番盛況な時期に比べるとその品揃えは寂しいが、その減った部分に小物を設置して、店舗を寂しく見せない工夫をしていた。
店前の道は綺麗に掃き清められていて、歩いた足跡がくっきりと残ってしまうのを通行する側が却って心配しなければならない程である。
なにより、店の内外で人がきびきびと忙しく動きまわっているのが印象的だった。
「おはようございます」
ライカは店の人間を見つけると、例の、商人の挨拶である手の平を上に向ける動作をしてみせた。
「おはようさん、おつかいですか?」
いつもの、穏やかで薄い笑みを浮かべながら、商人は挨拶を返す。
「実は、あの、お願いがあるのですが」
「ほう? なんでしょ?」
「王都に行く隊商に雇っていただきたいのです」
ふ、と、相手の笑みの質が変わった感じがした。
ライカははっきりとは掴めないその感覚に戸惑う。
「申し訳ありませんが、今は間に合ってますなぁ。また足りない時にでもお願いします。その時はよろしゅうに」
彼は柔らかく頭を下げると、手のひらを返す動作の返礼をした。
踵を返すその物腰は柔らかく、そこに強固なものは何処にも無かったが、言葉を繋ぎ引き止める余地がない。
「あ……」
ライカはこの時初めて、商人特有の慇懃無礼な対応を受けたのだった。
ライカの祖父ロウスは、夜、食事の後に子供等から持ち込まれたお願いを前に難しい顔をしていた。
「ああ、ライカから前に王が来た時の話を聞いたが、俺も実際に見てみたくなったんだ」
軽い調子でサッズは説明する。彼としては詳しい説明は面倒なので、かなりいい加減なものになった。
「儂もこれまでいろんな人間の旅立ちの理由を聞いたが、さすがにここまで単純な理由を聞いたことはないの」
「おじぃ、思いついたら行動してみるのも成長する為に大事なことだろ?」
なにやら怪しい理屈を言うが。
「大体はそれで痛い目を見るもんじゃよ」
ばっさりと切られてニヤリと笑われてしまう。
しかし、サッズは胸を張った。
「やってみないと痛いかどうかもわからないだろう」
(まぁ痛みなんて、経験した事ないだろうしね)
約束通り、ほぼ傍観に徹しているライカは、心の中でそうチャチャを入れた。
当然聞こえているサッズは(ちょっと黙ってろ!)とツッコミ返す。
ロウスはそのやり取りが聞こえた訳でもないだろうが、チラリとライカを見ると、話を振った。
「それで、お前はどうしても一緒についていくのか? 隊商と一緒に行くつもりならお前が世話を焼く必要もないだろうに」
「何をやらかすか離れて心配するより、一緒に行って巻き込まれるほうがマシだよ」
孫の返事にロウスは笑いを洩らした。
「なるほど、うむ、お前の主張はわからんでもない」
「ちょ、それじゃあ俺が何かやらかすみたいだろ?」
「一人で行かせたらとんでもないことやらかすに決まってるだろ」
「ふん、お前よりは柔軟に対応出来るさ」
「自覚が無さ過ぎるのは問題だと思うよ」
「ああん?」
睨み合った二人の横で、ロウスは両手を勢い良く打ち合わせる。
パアン! という小気味の良い音で、二人は驚いたようにロウスに注目した。
「良いか? お前たちは全く不安を持ってないようじゃが、旅というものは甘く考えちゃいかんものだぞ? 何しろ慣れた土地とがらりと環境が変わるんじゃ、何か問題が起こって水や食料が足りなくなることや、害意のある獣や人間に襲われることもあるじゃろう。見知らぬ親切そうな人間に騙されることだってあるかもしれん。正直、儂にはお前たちがそういう危険を楽に切り抜けられるとは思えん」
重々しい話を、二人は神妙に聞いている。
その様子に頷きながら、ロウスは更に眉を寄せた。
「じゃが、人間というものは、いわば決して完成しない生き物じゃ。それを完全になるのを待つというのは無駄な話でもある。誰しも経験を取り入れて少しずつ人としての形を整えていくしかない。じゃからそのこと自体はまぁいいじゃろう。しかしの」
『良いだろう』の部分で一瞬喜色を浮かべた二人だったが、言葉が更に続くことに気づき、もう一度口を引き結んで見せる。
どうやら、ロウスの前で良い子にしてみせることで了解を取り付ける作戦に出ているようだった。
「判断の甘さは自分と同行している者にも影響する。客のつもりでいけば必ずお前たちは他人に迷惑を掛けるじゃろう。なので、旅に出るなら条件がある」
「うん」
「おう」
若い二人の返事が返るのを聞き、ロウスは今までで一番厳しい表情を作って見せた。
「旅に出るのなら隊商に雇われて、自ら資格を得て同行させてもらうんじゃ。それが出来なければ許可は出さん」
祖父の厳命に、ライカは頷き、サッズはもう一度「おう」と答えた。
反対はしないが条件は出す。
それは了解ということだ。と、二人は感じた。
「まぁ頑張ってみるんじゃな」
商人というものは自身に利益がないことはしない。
つまりこの二人を雇うという決断をするには、彼等が実労働力として必要だと納得しなければならないのだ。
普通に考えれば特別頑丈そうでもない子供を敢えて雇おうとする商人などいるはずもない。
つまり、これは遠まわしな足止めなのだが、少年達は許可が出たと理解した。
そう、ロウスは巧妙に、嫌われ役を商人に押し付けたのだった。
── ◇ ◇ ◇ ──
ライカは翌朝早速粉物屋へとサッズと連れ立って行った。
かなり早朝で、ほとんどの店はまだ開けていないが、大店のその粉屋は既に店を開き、商品を並べ始めている。
まだ早春で荷の入りはそう多くないのか、一番盛況な時期に比べるとその品揃えは寂しいが、その減った部分に小物を設置して、店舗を寂しく見せない工夫をしていた。
店前の道は綺麗に掃き清められていて、歩いた足跡がくっきりと残ってしまうのを通行する側が却って心配しなければならない程である。
なにより、店の内外で人がきびきびと忙しく動きまわっているのが印象的だった。
「おはようございます」
ライカは店の人間を見つけると、例の、商人の挨拶である手の平を上に向ける動作をしてみせた。
「おはようさん、おつかいですか?」
いつもの、穏やかで薄い笑みを浮かべながら、商人は挨拶を返す。
「実は、あの、お願いがあるのですが」
「ほう? なんでしょ?」
「王都に行く隊商に雇っていただきたいのです」
ふ、と、相手の笑みの質が変わった感じがした。
ライカははっきりとは掴めないその感覚に戸惑う。
「申し訳ありませんが、今は間に合ってますなぁ。また足りない時にでもお願いします。その時はよろしゅうに」
彼は柔らかく頭を下げると、手のひらを返す動作の返礼をした。
踵を返すその物腰は柔らかく、そこに強固なものは何処にも無かったが、言葉を繋ぎ引き止める余地がない。
「あ……」
ライカはこの時初めて、商人特有の慇懃無礼な対応を受けたのだった。
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