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竜の御子達
旅の準備
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「駄目よ」
ミリアムの言葉はにべもなかった。
「なんで?」
不思議そうに聞いたのはライカだ。
サッズはと言えば根野菜と燻製肉のスープを味わっていて、元から会話には加わっていない。
ちなみにこのスープは、この食堂で本日最も値段が高い料理だった。
高い料理なら肉が入っていて、しかも辛くないという事をサッズが学んだ結果である。
サッズにとって金銭は手元にあっても意味がないものなので、食べ物にそれを使う事を躊躇う理由は欠片もないのだ。
おかげでミリアム一家は上得意の出現に喜んでいた。
「旅なんて一発当てようとする無謀者か、大規模な隊商を組める商人や護衛を雇える貴族、定住の場所を持たない放浪の民とかがするものよ。貴方達みたいな子供が気楽にするものじゃないわ。いい? とても危険なの」
「だから俺はどうすれば問題なく旅が出来るのかってミリアムに聞いたんじゃないか」
ライカはミリアムの答えが納得がいかなくて更に食い下がる。
ライカがミリアムに話を持ちかけたのは、旅をするに当たって必要な情報を教えて欲しかったからなのだ。
なにしろここは宿屋である。
旅に関する情報は豊富なはずだ。
「だから貴方達が旅をする事自体が無理なの」
ミリアムは二人の少年を上から下まで眺め回した。
「どう見ても盗賊や人狩りの良い獲物だわ」
溜め息と共に、否定の印に首を背ける。
「そいつらって同族を食うの?」
スープを平らげたサッズが口を挟んだ。
そのあんまりな質問の内容にミリアムは眉を上げるが、彼女も幼少時に難民として流離った経験がある。
世の中の酷い事を正面から受け止められないような女性ではなかった。
「ひと昔前はともかく今はそれは無いと思うけど」
「なら、何の為に狩りをするんだ?」
獲物という言葉をそのまま捉えたのだろう、サッズの口調は心底不思議そうだ。
「売ってお金にするの。嫌な話を誤魔化しても仕方ないからきちんと話すけど、戦争が終わって、だからと言ってまともな仕事も出来ない兵士崩れの人の中に、他人を食い物にして生きる道を選んだ人が一杯いるの。そういう人達は獣より性質が悪いわ。他人を犠牲にするのが当たり前の場所から湧いて出た悪鬼のようなものよ。女子供だからって優しくしたりはしないのよ」
「前に人狩りの人と話した時も思ったんだけど。人を売るって事は買う人がいるって事だよね。人間が人間を買ってどうするの?」
今度はライカが不思議そうに聞く。
ミリアムは精神的な疲れを感じたように、仕事中であるのを放っておいてぐったりと椅子に座った。
「人間を買うような人は相手が同じ人間だと思ってやしないの、ただの物だと思っているのよ。昔は戦の時、一番危ない所で戦わせる為に貴族が人を買っていたわ。そうすれば自分達が傷つくことが減るでしょう? 今だってそれは同じよ。自分が楽をしたり気分晴らしをする為の道具が欲しいの」
「やっぱりよくわからないや。同じ人間同士なのにどうしてそんな風に思えるんだろう?」
「狭い場所に増えすぎた生き物がよくやる共食いってやつじゃないか? 人間は多すぎるんだよ」
サッズが分かった風にそう言ってみせる。
「そうねぇ、そうなのかもしれないけど。実際の所、私もよくわからないわ。わかりたくもないし。ともかく二人で王都まで旅するなんて無理ですからね」
ミリアムはそう言って立ち上がると、入ってきた客に対応するためにその場を離れた。
「だ、そうだよ。諦める?」
「馬鹿言うな、共食い連中が来たら俺たちが食える相手かどうか教えてやればいいんだろう?」
「まぁサッズはそれでいいかもしれないけど、ミリアムを怒らせてまで俺は行きたくないなぁ」
「なら一人で行くさ」
「場所分かるの?」
「勘だ」
ライカはにっこりと微笑むと、
「絶対無理だね」
と、身も蓋もない評価を下した。
「う~ん、旅か。俺も若い頃にはあちこちフラフラしてた時期はあったけどな」
結局、他にも色々な人の意見を求めることにして、ライカは食堂の手伝いを終えてから、買い物ついでに市場で知り合いをあたった。
細工物を露天で売っているホルスは放浪の経験があるらしく、彼からは最も役に立つ話が聞けた。
「王都にどうしても行ってみたくて」
「若い時のそういう気持ちは俺もわかるな。俺なんか取られる物もなくて気楽だったし、あの頃は戦争が飛び火しないようにこの国も警戒が厳重でな。わりと国の領地内なら安全だったんだ。でも、今は領地内でも常駐兵がいる所はともかく、それ以外は厳しいだろうな。今進んでる街道の整備が済めばかなり違うんだろうけど、慣れないと道もわからないだろうし」
「地図とか無いのかな?」
ライカは気になっていたことを聞いてみる。
「地図か、まったくライカはよくそういうものを知ってるな。そっか、本が好きなんだよな。なるほど、書物ってのも捨てたもんじゃないな」
「うん、昔の記録文書には簡単な地図はよく出て来るからね」
「地図はなぁ、こう、線を引っ張ってるような簡単なもんは綴り本とか扱ってる雑貨屋にもあるんだろうけど、やたら高いし、あんまり正確でもないんだ。すげえ大雑把でさ。まあ俺は気ままにうろうろしてたからそこが何処とか気にしなかったけど、目的がある時は隊商に同行させてもらったな。それに大商人とかはかなり精密な地図を持ってるって話だぞ」
「隊商、か。そういえばミリアムもそんな話をしてたよ」
「ああ、一番確実なのは組合の隊商だな。連中は国の保護を受けていて専用の用心棒も抱えてるんだ。時々は試練の旅とかやらで貴族の子弟なんかも同行してるみたいだし、安全な旅をするなら連中に同行させて貰うのが一番だろうな、まぁでも高くつくだろうけどなあ。連中金にはがめついし」
「組合って言うと、粉物屋さんがそうだよね」
「そうだな、あそこがこの領の取り纏めだっていう話だ」
「わかった、ありがとう。助かったよ」
「なに、俺らは友達だもんな、なあトト」
ロバのトトが頷くように頭を上下させ、鼻を鳴らした。
「ありがとう、トトも」
その鼻面を撫でてやり、ライカはサッズの待つ場所まで戻る。
なぜサッズが離れているのかと言えば、その姿を見たロバのトトが怯えて興奮してしまったので、仕方なく別の場所で買い物をして合流することになったのだ。
「めんどくさい」
話を聞いたサッズが発した第一声はそれだった。
「人間がぞろぞろ集団で移動するんだろ? 考えただけで疲れる」
「仕方ないよ、俺も王都の場所とかよくわからないし、ちゃんと知識がある人に頼るのが一番いいよ。でも、問題は隊商には馬がいるってことだな」
ライカはサッズに怯えるトトを見て、そういえば自分も最初動物に苦労したことを思い出したのである。
ましてやサッズは竜そのものだ。
「気配をごまかせばいいんじゃないか? ほら、セルヌイがやってみせたことがあるだろ、潜み狩り」
サッズはなんでもないことのように解決案を提示してみせた。
「ああ」
ライカも思い出す。
潜み狩りというのは、いうなれば地竜の狩りの方法で、気配を消して動物を狩るやり方だ。
簡単に言うと岩とか山とかのふりをするのだ。
「それが出来るならさっきもそうすれば良かったんじゃないか?」
「あんときは思い出さなかった」
ライカは呆れたように横目でサッズを見るが、本人はケロッとして、ちゃっかり買った焼き芋を齧っている。
「まぁ思い出しただけでもいいか。ってことは後はじぃちゃんに話をしておかないとね」
「おじぃか。心配しそうだな」
サッズは無責任に言った。
「サッズが説得するんだよ」
しかしライカはそんなサッズの意表を突いて宣言する。
「なんでだ!」
「だってサッズが行きたいんだろ?」
「うっ」
サッズは勢いで芋の塊を飲み込むと、それを喉に詰まらせてジタバタし始めた。
ライカはニコニコしてそれを眺めると、思いっきりその背を叩いてやり、飲下してホッとしたサッズに明るく告げる。
「よろしくね」
かくしてそれは決定事項となった。
ミリアムの言葉はにべもなかった。
「なんで?」
不思議そうに聞いたのはライカだ。
サッズはと言えば根野菜と燻製肉のスープを味わっていて、元から会話には加わっていない。
ちなみにこのスープは、この食堂で本日最も値段が高い料理だった。
高い料理なら肉が入っていて、しかも辛くないという事をサッズが学んだ結果である。
サッズにとって金銭は手元にあっても意味がないものなので、食べ物にそれを使う事を躊躇う理由は欠片もないのだ。
おかげでミリアム一家は上得意の出現に喜んでいた。
「旅なんて一発当てようとする無謀者か、大規模な隊商を組める商人や護衛を雇える貴族、定住の場所を持たない放浪の民とかがするものよ。貴方達みたいな子供が気楽にするものじゃないわ。いい? とても危険なの」
「だから俺はどうすれば問題なく旅が出来るのかってミリアムに聞いたんじゃないか」
ライカはミリアムの答えが納得がいかなくて更に食い下がる。
ライカがミリアムに話を持ちかけたのは、旅をするに当たって必要な情報を教えて欲しかったからなのだ。
なにしろここは宿屋である。
旅に関する情報は豊富なはずだ。
「だから貴方達が旅をする事自体が無理なの」
ミリアムは二人の少年を上から下まで眺め回した。
「どう見ても盗賊や人狩りの良い獲物だわ」
溜め息と共に、否定の印に首を背ける。
「そいつらって同族を食うの?」
スープを平らげたサッズが口を挟んだ。
そのあんまりな質問の内容にミリアムは眉を上げるが、彼女も幼少時に難民として流離った経験がある。
世の中の酷い事を正面から受け止められないような女性ではなかった。
「ひと昔前はともかく今はそれは無いと思うけど」
「なら、何の為に狩りをするんだ?」
獲物という言葉をそのまま捉えたのだろう、サッズの口調は心底不思議そうだ。
「売ってお金にするの。嫌な話を誤魔化しても仕方ないからきちんと話すけど、戦争が終わって、だからと言ってまともな仕事も出来ない兵士崩れの人の中に、他人を食い物にして生きる道を選んだ人が一杯いるの。そういう人達は獣より性質が悪いわ。他人を犠牲にするのが当たり前の場所から湧いて出た悪鬼のようなものよ。女子供だからって優しくしたりはしないのよ」
「前に人狩りの人と話した時も思ったんだけど。人を売るって事は買う人がいるって事だよね。人間が人間を買ってどうするの?」
今度はライカが不思議そうに聞く。
ミリアムは精神的な疲れを感じたように、仕事中であるのを放っておいてぐったりと椅子に座った。
「人間を買うような人は相手が同じ人間だと思ってやしないの、ただの物だと思っているのよ。昔は戦の時、一番危ない所で戦わせる為に貴族が人を買っていたわ。そうすれば自分達が傷つくことが減るでしょう? 今だってそれは同じよ。自分が楽をしたり気分晴らしをする為の道具が欲しいの」
「やっぱりよくわからないや。同じ人間同士なのにどうしてそんな風に思えるんだろう?」
「狭い場所に増えすぎた生き物がよくやる共食いってやつじゃないか? 人間は多すぎるんだよ」
サッズが分かった風にそう言ってみせる。
「そうねぇ、そうなのかもしれないけど。実際の所、私もよくわからないわ。わかりたくもないし。ともかく二人で王都まで旅するなんて無理ですからね」
ミリアムはそう言って立ち上がると、入ってきた客に対応するためにその場を離れた。
「だ、そうだよ。諦める?」
「馬鹿言うな、共食い連中が来たら俺たちが食える相手かどうか教えてやればいいんだろう?」
「まぁサッズはそれでいいかもしれないけど、ミリアムを怒らせてまで俺は行きたくないなぁ」
「なら一人で行くさ」
「場所分かるの?」
「勘だ」
ライカはにっこりと微笑むと、
「絶対無理だね」
と、身も蓋もない評価を下した。
「う~ん、旅か。俺も若い頃にはあちこちフラフラしてた時期はあったけどな」
結局、他にも色々な人の意見を求めることにして、ライカは食堂の手伝いを終えてから、買い物ついでに市場で知り合いをあたった。
細工物を露天で売っているホルスは放浪の経験があるらしく、彼からは最も役に立つ話が聞けた。
「王都にどうしても行ってみたくて」
「若い時のそういう気持ちは俺もわかるな。俺なんか取られる物もなくて気楽だったし、あの頃は戦争が飛び火しないようにこの国も警戒が厳重でな。わりと国の領地内なら安全だったんだ。でも、今は領地内でも常駐兵がいる所はともかく、それ以外は厳しいだろうな。今進んでる街道の整備が済めばかなり違うんだろうけど、慣れないと道もわからないだろうし」
「地図とか無いのかな?」
ライカは気になっていたことを聞いてみる。
「地図か、まったくライカはよくそういうものを知ってるな。そっか、本が好きなんだよな。なるほど、書物ってのも捨てたもんじゃないな」
「うん、昔の記録文書には簡単な地図はよく出て来るからね」
「地図はなぁ、こう、線を引っ張ってるような簡単なもんは綴り本とか扱ってる雑貨屋にもあるんだろうけど、やたら高いし、あんまり正確でもないんだ。すげえ大雑把でさ。まあ俺は気ままにうろうろしてたからそこが何処とか気にしなかったけど、目的がある時は隊商に同行させてもらったな。それに大商人とかはかなり精密な地図を持ってるって話だぞ」
「隊商、か。そういえばミリアムもそんな話をしてたよ」
「ああ、一番確実なのは組合の隊商だな。連中は国の保護を受けていて専用の用心棒も抱えてるんだ。時々は試練の旅とかやらで貴族の子弟なんかも同行してるみたいだし、安全な旅をするなら連中に同行させて貰うのが一番だろうな、まぁでも高くつくだろうけどなあ。連中金にはがめついし」
「組合って言うと、粉物屋さんがそうだよね」
「そうだな、あそこがこの領の取り纏めだっていう話だ」
「わかった、ありがとう。助かったよ」
「なに、俺らは友達だもんな、なあトト」
ロバのトトが頷くように頭を上下させ、鼻を鳴らした。
「ありがとう、トトも」
その鼻面を撫でてやり、ライカはサッズの待つ場所まで戻る。
なぜサッズが離れているのかと言えば、その姿を見たロバのトトが怯えて興奮してしまったので、仕方なく別の場所で買い物をして合流することになったのだ。
「めんどくさい」
話を聞いたサッズが発した第一声はそれだった。
「人間がぞろぞろ集団で移動するんだろ? 考えただけで疲れる」
「仕方ないよ、俺も王都の場所とかよくわからないし、ちゃんと知識がある人に頼るのが一番いいよ。でも、問題は隊商には馬がいるってことだな」
ライカはサッズに怯えるトトを見て、そういえば自分も最初動物に苦労したことを思い出したのである。
ましてやサッズは竜そのものだ。
「気配をごまかせばいいんじゃないか? ほら、セルヌイがやってみせたことがあるだろ、潜み狩り」
サッズはなんでもないことのように解決案を提示してみせた。
「ああ」
ライカも思い出す。
潜み狩りというのは、いうなれば地竜の狩りの方法で、気配を消して動物を狩るやり方だ。
簡単に言うと岩とか山とかのふりをするのだ。
「それが出来るならさっきもそうすれば良かったんじゃないか?」
「あんときは思い出さなかった」
ライカは呆れたように横目でサッズを見るが、本人はケロッとして、ちゃっかり買った焼き芋を齧っている。
「まぁ思い出しただけでもいいか。ってことは後はじぃちゃんに話をしておかないとね」
「おじぃか。心配しそうだな」
サッズは無責任に言った。
「サッズが説得するんだよ」
しかしライカはそんなサッズの意表を突いて宣言する。
「なんでだ!」
「だってサッズが行きたいんだろ?」
「うっ」
サッズは勢いで芋の塊を飲み込むと、それを喉に詰まらせてジタバタし始めた。
ライカはニコニコしてそれを眺めると、思いっきりその背を叩いてやり、飲下してホッとしたサッズに明るく告げる。
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