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竜の御子達
咆哮
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城の中で行き合う人々の大半は下働きの人、つまりここの領主に雇われている人達だ。
彼、彼女等は殆どが街の住人であり、この城には自宅から通っている。
なので城内なのに人々にはあまり堅苦しさは感じられなかった。
「こんにちは、昨夜は良いお祭りでしたね」
明らかに同僚ではなく、しかし城に滞在する貴族にも見えない少年達へと気軽に挨拶をして、その一方で異質な、と言える程整った容姿の少年をちらりと興味を持ったまなざしで見ていく。
街中と違ってジロジロと見られないのは、流石に領主の城で働くにはそれなりの教育がなされているからだろう。
ライカはその相手へにこやかに挨拶を返しながら、警備隊の班長である男の後を小走りについて行っていた。
彼は、ゆらゆらととらえどころのない歩き方なのにやたら進むのが早く、のんびりと歩いていてはとても追い付けない。
しかも少年達を案内すると言って先導しながら、一度も振り返って二人が付いて来ているか確認した事がなかった。
下働きの人達からの挨拶へも、軽く肩を動かすだけで応えているつもりらしい。
「なんて気配の掴みにくい奴だ」
サッズがぼやくように言って、その背中を睨み付ける。
「さっきこいつが現れた時、全く気配を感じさせなかったぞ。あそこで声を出すまで全く気付けなかった。有り得ないだろ?」
天上種族は物を見るというより感じている部分が大きい。
竜族の感知範囲は広く、普通ならこの街ぐらいなら丸々捉える事が出来るはずなのだ。
その天上種族、人間的に言う所の古代竜種であるサッズが、目前で声を発せられるまで気付かなかったという事実は驚くべき事だった。
だが、既にこの風の班の班長の、人離れした有り様に慣れているライカは事も無げに返す。
「まぁ班長さんだから」
「なんだ、それは? ……ああ、そうか! こいつが例の聖騎士だな」
「え? え、そうなのかな?」
「なんで自信がないんだよ」
「だって、確かに班長さんは聖騎士だったらしいけど、それは人間が与えた称号だよ?」
「ボケか、その昔のも人間がそう呼んでたんじゃないか」
「まあそうなんだけど。でも竜族が言う人間の聖騎士って、種族の中の特異な能力を持つ個体って事だろ? なんか違うんじゃないかな?」
「種族的な危機に自然発生する異端だろ? そういうのは同じ種族の方が敏感なんだから人間が同じよう感じて同じ風に呼ぶのは別に変じゃないんじゃないか?」
「サッズさ、普通の勉強は全然しないのにそういう話はちゃんと覚えているよね」
「そりゃ一族の継承記憶だからな、考える前に頭の中に入って来るんだよ」
「いっそ全部そうやって意識に焼き付けちゃえば賢くなれるんじゃないか?」
「それは俺が選べる話じゃないだろ」
「馬鹿なのは仕方ないって事だね」
「お前はまだ言うか!」
サッズはライカの頬を摘んで引っ張った。
と、笑っていたライカの顔が不意に引き攣る。
「つ!」
「? ライカ」
『……!』
ライカの頭の中に突如として強い拒絶の意識が飛び込んで来たのだ。
「グゥォオオオオオオオオ!」
同時に、彼等の行手と前庭を挟んで逆側に当たる方から、猛々しい獣の咆哮が響いて来る。
「お、旦那、今日は機嫌が悪いのかな?」
さっさと少年達を置いて行きかけていた風の班班長ザイラックが、どこかのんきに呟いた。
しかし、ライカはそれどころではない。
『サッズ、まずい、ここには男の成竜がいるんだ。きっとサッズの気配に反応してる。俺はもう挨拶してて輪に接触してるから頭にもガンガン意識が響いて来てキツイや』
『いや、他の竜がいる事には気付いてたが、地上種だろ? 何で生意気にも俺に挑戦してくるんだ?』
『伴侶持ちなんだ。ええっと、奥さんじゃないんだけど人間の、魂の伴侶がここの領主様なんだよ』
『なんだ? カーム・ラグァ(血の交わり)ってのは?』
『地上種の定めた決め事みたいだよ、人間と輪を繋ぐんだって』
『へ~、で、どっちが主だ?』
『ええっと、確か領主様の方が年が下だと思う』
『んじゃ主に先に挨拶に行くから安心しろって言っとけ、ついでに俺はまだ雛だから心配すんなって』
『無理だよ。家族でも狭い範囲でしか意識を届けられないのに、輪に接触しただけの相手に姿も見えない場所から意識を送ったり出来ないよ』
「おい、どうした? 大丈夫か?」
ようやく彼等の様子に気付いたらしいザイラックが、言葉の内容程には心配していなさそうなのんびりとした声を掛けて来る。
ライカが頭を押さえて唸っているのをサッズが支えているように見えるので、一見するとライカが具合を悪くしたようだ。
「いえ、なんでもないんです」
「今日はまだ何も食ってないもんだからふらふらしてるんだよ」
慌ててライカが歩き出そうとするのを抑えて、サッズがそう返事をする。
(ちょっと、頭押さえてるのに空腹とか、おかしいだろ)
さすがに呆れて、本人に抗議するのも馬鹿らしくなったライカが様子を窺っていると、ザイラックはなぜか納得したように頷いた。
「なるほど、そりゃ辛いよな。領主様に会う前に飯食っとくか。話の途中で倒れられたら困るしな」
「班長さん……」
ライカは絶句しつつ思った。サッズとザイラック、この二人は同類だ、と。
その間も領主の半身たる翼竜アルファルスの咆哮が響き渡っている。
「食堂は本城の中なんだぜ。こっからだと反対側だから中庭突っ切って行くか。食堂には犬がいるけど恐らく噛まねぇから気にするな」
そう言うザイラックに連れられ、例の、壁に囲まれた森を抜けて(ちなみに、サッズが「なんだこりゃ?」と呆れたように呟いた)反対側に出ると、以前行った兵舎とは逆の方へと曲がった。
渡り廊下から扉の無い入り口を抜けて、やたら広い空間に沢山のテーブルと椅子が並び、凄まじい匂いと熱気の篭る場所へと辿り着く。
そこにはザイラックの言うように何匹かの大型の犬がいたが、彼等が踏み込んだ途端、「ギャン!」という悲鳴じみた声を上げて逃げ出した。
「お、犬っころがどっかいっちまったな。あいつら油断すると飯をかっぱらうんでうっとおしかったんだ。丁度良かったぜ」
そこには既に何人かの男女がテーブルについて食事をしている。
見ると、皆同じ料理を食べているようだった。
「おう、領主様の客人なんだ、飯を出してくれよ」
ザイラックは二人が周囲を見ている間に調理場に入り込み、そこの人間と話し始めている。
のんびり行動しているように見えるのにあまりにも移動が早い。
ライカとサッズは自分達の家族にいる時空間を好き勝手に移動する赤い竜を思い出した。
「風の旦那、領主様の客人にこんなとこで食事を出しちゃいかんよ。ここは使用人や兵士用の食堂だぞ?」
「いいんだよ、街のガキなんだから畏まった場所で飯なんか食ったら腹痛起こしちまうぜ」
「おいおい、街の子供がなんで領主様の客人なんだよ」
「色々あんだよ、良いから飯」
「分かった分かった、何人だ?」
「二人」
何か交渉をしているらしい彼にその場を任せて、ライカは頭を押さえながら周りを見回した。
今、テーブルに着いてるのは守備隊の兵士が五人、人夫らしき男達が二人、何の仕事かは良く分からないがお城の使用人だろうと思われる女性が三人と男性が二人。
それぞれやや離れて固まって座っている。
やたら広いだけあってそれぞれ互いに干渉しない距離を取る事が可能なのだ。
「おい、どこ座りたい?」
ザイラックが両手に四角い配膳板を持って彼等に声を掛ける。
(あ、これ便利だな)
自身が料理を運ぶ仕事をしているライカは、思わずその配膳板に注目した。
それには容器に合わせたくぼみが付けてあり、上の容器が滑らないように工夫してあったのだ。
「すみません、自分で持ちます」
ライカはザイラックから配膳板を受け取ると、そのままサッズに渡す。
「持って」
「なんだ、これ? 飯?」
サッズは匂いを嗅いでいるが、ライカは気にせずに自分の分を受け取って、ぐるりともう一度周りを見渡し、竜舎側に近い端の席へと向かった。
「ここでいいです。サ……ック、こっち」
ライカ達が席に落ち着くと、ザイラックはどこか満足したようにそれを見て告げた。
「おう、じゃ、俺は先に話を通して来るからゆっくり食ってろや」
「あ、はい。ありがとうございます」
そういえば、さっきの門番の人の話だと、本来領主様に会うには事前に話を通しておかねばならないらしい。
なので今からその手順を踏むつもりなのだろうが、そもそもは二人を共に引き連れて行くつもりだったらしいザイラックは、その場合どういう風に手順を踏むつもりだったのだろう? と、ライカは真剣に疑問に思った。
しかし、その思考の間にも再びアルファルスの言葉にならない感情が大波のように襲ってきて、その疑問にいつまでも意識を向けている事は出来なかった。
「ライカ、奴に話せ、やってみろって、出来るはずだ」
ザイラックの背中を見送ってすぐ、サッズが食事を放置してライカにそう言って迫る。
「いい加減な事ばっかり、無理だって」
「無理じゃないって、やってみろよ」
押し問答と暴力的な感情に挟まれるのに疲れて、ライカは溜息を吐いた。
「分かった、試してみる」
「そうそう、挑戦してみろ、お前は頭でなんでも判断しすぎるんだって」
「サッズは何も考えてないくせに」
「愛する家族に何を言ってるのかな? 俺は心からお前を心配してるし、信頼もしてるぞ。だから考えるのはお前に任せてるんじゃないか」
「それは何? 学ぶのを放棄した言い訳?」
「疑り深いのは誰に似たんだろう」
「何度か酷い目に遭えば疑り深くもなるよね」
「なんだ? 俺の言った事で間違ってた事があったか?」
「間違いだらけだったじゃないか! いつだったか小火を風で煽って消そうとして火に囲まれた時とか」
「そんな古い話を」
「なんだったらもっと新しい話も、って、あ、痛!」
「ほら、お前こそ馬鹿言ってないで早くしろ」
「う~、分かった。とりあえず今回はサッズを信じてみるよ」
深く息を吸い込んで、酷い匂いに思わずむせて、もう一度ゆっくりと目を閉じ、意識を集中する。
それだけで意識が規則正しい波紋のような純粋な形に変化するのが傍らのサッズには分かる。
「うん、いつも最後はそうやって俺の言う事聞いてくれるよな、お前」
サッズは小さく呟き、目前の最も年若な自分の家族の顔を覗き込んで微笑んだのだった。
彼、彼女等は殆どが街の住人であり、この城には自宅から通っている。
なので城内なのに人々にはあまり堅苦しさは感じられなかった。
「こんにちは、昨夜は良いお祭りでしたね」
明らかに同僚ではなく、しかし城に滞在する貴族にも見えない少年達へと気軽に挨拶をして、その一方で異質な、と言える程整った容姿の少年をちらりと興味を持ったまなざしで見ていく。
街中と違ってジロジロと見られないのは、流石に領主の城で働くにはそれなりの教育がなされているからだろう。
ライカはその相手へにこやかに挨拶を返しながら、警備隊の班長である男の後を小走りについて行っていた。
彼は、ゆらゆらととらえどころのない歩き方なのにやたら進むのが早く、のんびりと歩いていてはとても追い付けない。
しかも少年達を案内すると言って先導しながら、一度も振り返って二人が付いて来ているか確認した事がなかった。
下働きの人達からの挨拶へも、軽く肩を動かすだけで応えているつもりらしい。
「なんて気配の掴みにくい奴だ」
サッズがぼやくように言って、その背中を睨み付ける。
「さっきこいつが現れた時、全く気配を感じさせなかったぞ。あそこで声を出すまで全く気付けなかった。有り得ないだろ?」
天上種族は物を見るというより感じている部分が大きい。
竜族の感知範囲は広く、普通ならこの街ぐらいなら丸々捉える事が出来るはずなのだ。
その天上種族、人間的に言う所の古代竜種であるサッズが、目前で声を発せられるまで気付かなかったという事実は驚くべき事だった。
だが、既にこの風の班の班長の、人離れした有り様に慣れているライカは事も無げに返す。
「まぁ班長さんだから」
「なんだ、それは? ……ああ、そうか! こいつが例の聖騎士だな」
「え? え、そうなのかな?」
「なんで自信がないんだよ」
「だって、確かに班長さんは聖騎士だったらしいけど、それは人間が与えた称号だよ?」
「ボケか、その昔のも人間がそう呼んでたんじゃないか」
「まあそうなんだけど。でも竜族が言う人間の聖騎士って、種族の中の特異な能力を持つ個体って事だろ? なんか違うんじゃないかな?」
「種族的な危機に自然発生する異端だろ? そういうのは同じ種族の方が敏感なんだから人間が同じよう感じて同じ風に呼ぶのは別に変じゃないんじゃないか?」
「サッズさ、普通の勉強は全然しないのにそういう話はちゃんと覚えているよね」
「そりゃ一族の継承記憶だからな、考える前に頭の中に入って来るんだよ」
「いっそ全部そうやって意識に焼き付けちゃえば賢くなれるんじゃないか?」
「それは俺が選べる話じゃないだろ」
「馬鹿なのは仕方ないって事だね」
「お前はまだ言うか!」
サッズはライカの頬を摘んで引っ張った。
と、笑っていたライカの顔が不意に引き攣る。
「つ!」
「? ライカ」
『……!』
ライカの頭の中に突如として強い拒絶の意識が飛び込んで来たのだ。
「グゥォオオオオオオオオ!」
同時に、彼等の行手と前庭を挟んで逆側に当たる方から、猛々しい獣の咆哮が響いて来る。
「お、旦那、今日は機嫌が悪いのかな?」
さっさと少年達を置いて行きかけていた風の班班長ザイラックが、どこかのんきに呟いた。
しかし、ライカはそれどころではない。
『サッズ、まずい、ここには男の成竜がいるんだ。きっとサッズの気配に反応してる。俺はもう挨拶してて輪に接触してるから頭にもガンガン意識が響いて来てキツイや』
『いや、他の竜がいる事には気付いてたが、地上種だろ? 何で生意気にも俺に挑戦してくるんだ?』
『伴侶持ちなんだ。ええっと、奥さんじゃないんだけど人間の、魂の伴侶がここの領主様なんだよ』
『なんだ? カーム・ラグァ(血の交わり)ってのは?』
『地上種の定めた決め事みたいだよ、人間と輪を繋ぐんだって』
『へ~、で、どっちが主だ?』
『ええっと、確か領主様の方が年が下だと思う』
『んじゃ主に先に挨拶に行くから安心しろって言っとけ、ついでに俺はまだ雛だから心配すんなって』
『無理だよ。家族でも狭い範囲でしか意識を届けられないのに、輪に接触しただけの相手に姿も見えない場所から意識を送ったり出来ないよ』
「おい、どうした? 大丈夫か?」
ようやく彼等の様子に気付いたらしいザイラックが、言葉の内容程には心配していなさそうなのんびりとした声を掛けて来る。
ライカが頭を押さえて唸っているのをサッズが支えているように見えるので、一見するとライカが具合を悪くしたようだ。
「いえ、なんでもないんです」
「今日はまだ何も食ってないもんだからふらふらしてるんだよ」
慌ててライカが歩き出そうとするのを抑えて、サッズがそう返事をする。
(ちょっと、頭押さえてるのに空腹とか、おかしいだろ)
さすがに呆れて、本人に抗議するのも馬鹿らしくなったライカが様子を窺っていると、ザイラックはなぜか納得したように頷いた。
「なるほど、そりゃ辛いよな。領主様に会う前に飯食っとくか。話の途中で倒れられたら困るしな」
「班長さん……」
ライカは絶句しつつ思った。サッズとザイラック、この二人は同類だ、と。
その間も領主の半身たる翼竜アルファルスの咆哮が響き渡っている。
「食堂は本城の中なんだぜ。こっからだと反対側だから中庭突っ切って行くか。食堂には犬がいるけど恐らく噛まねぇから気にするな」
そう言うザイラックに連れられ、例の、壁に囲まれた森を抜けて(ちなみに、サッズが「なんだこりゃ?」と呆れたように呟いた)反対側に出ると、以前行った兵舎とは逆の方へと曲がった。
渡り廊下から扉の無い入り口を抜けて、やたら広い空間に沢山のテーブルと椅子が並び、凄まじい匂いと熱気の篭る場所へと辿り着く。
そこにはザイラックの言うように何匹かの大型の犬がいたが、彼等が踏み込んだ途端、「ギャン!」という悲鳴じみた声を上げて逃げ出した。
「お、犬っころがどっかいっちまったな。あいつら油断すると飯をかっぱらうんでうっとおしかったんだ。丁度良かったぜ」
そこには既に何人かの男女がテーブルについて食事をしている。
見ると、皆同じ料理を食べているようだった。
「おう、領主様の客人なんだ、飯を出してくれよ」
ザイラックは二人が周囲を見ている間に調理場に入り込み、そこの人間と話し始めている。
のんびり行動しているように見えるのにあまりにも移動が早い。
ライカとサッズは自分達の家族にいる時空間を好き勝手に移動する赤い竜を思い出した。
「風の旦那、領主様の客人にこんなとこで食事を出しちゃいかんよ。ここは使用人や兵士用の食堂だぞ?」
「いいんだよ、街のガキなんだから畏まった場所で飯なんか食ったら腹痛起こしちまうぜ」
「おいおい、街の子供がなんで領主様の客人なんだよ」
「色々あんだよ、良いから飯」
「分かった分かった、何人だ?」
「二人」
何か交渉をしているらしい彼にその場を任せて、ライカは頭を押さえながら周りを見回した。
今、テーブルに着いてるのは守備隊の兵士が五人、人夫らしき男達が二人、何の仕事かは良く分からないがお城の使用人だろうと思われる女性が三人と男性が二人。
それぞれやや離れて固まって座っている。
やたら広いだけあってそれぞれ互いに干渉しない距離を取る事が可能なのだ。
「おい、どこ座りたい?」
ザイラックが両手に四角い配膳板を持って彼等に声を掛ける。
(あ、これ便利だな)
自身が料理を運ぶ仕事をしているライカは、思わずその配膳板に注目した。
それには容器に合わせたくぼみが付けてあり、上の容器が滑らないように工夫してあったのだ。
「すみません、自分で持ちます」
ライカはザイラックから配膳板を受け取ると、そのままサッズに渡す。
「持って」
「なんだ、これ? 飯?」
サッズは匂いを嗅いでいるが、ライカは気にせずに自分の分を受け取って、ぐるりともう一度周りを見渡し、竜舎側に近い端の席へと向かった。
「ここでいいです。サ……ック、こっち」
ライカ達が席に落ち着くと、ザイラックはどこか満足したようにそれを見て告げた。
「おう、じゃ、俺は先に話を通して来るからゆっくり食ってろや」
「あ、はい。ありがとうございます」
そういえば、さっきの門番の人の話だと、本来領主様に会うには事前に話を通しておかねばならないらしい。
なので今からその手順を踏むつもりなのだろうが、そもそもは二人を共に引き連れて行くつもりだったらしいザイラックは、その場合どういう風に手順を踏むつもりだったのだろう? と、ライカは真剣に疑問に思った。
しかし、その思考の間にも再びアルファルスの言葉にならない感情が大波のように襲ってきて、その疑問にいつまでも意識を向けている事は出来なかった。
「ライカ、奴に話せ、やってみろって、出来るはずだ」
ザイラックの背中を見送ってすぐ、サッズが食事を放置してライカにそう言って迫る。
「いい加減な事ばっかり、無理だって」
「無理じゃないって、やってみろよ」
押し問答と暴力的な感情に挟まれるのに疲れて、ライカは溜息を吐いた。
「分かった、試してみる」
「そうそう、挑戦してみろ、お前は頭でなんでも判断しすぎるんだって」
「サッズは何も考えてないくせに」
「愛する家族に何を言ってるのかな? 俺は心からお前を心配してるし、信頼もしてるぞ。だから考えるのはお前に任せてるんじゃないか」
「それは何? 学ぶのを放棄した言い訳?」
「疑り深いのは誰に似たんだろう」
「何度か酷い目に遭えば疑り深くもなるよね」
「なんだ? 俺の言った事で間違ってた事があったか?」
「間違いだらけだったじゃないか! いつだったか小火を風で煽って消そうとして火に囲まれた時とか」
「そんな古い話を」
「なんだったらもっと新しい話も、って、あ、痛!」
「ほら、お前こそ馬鹿言ってないで早くしろ」
「う~、分かった。とりあえず今回はサッズを信じてみるよ」
深く息を吸い込んで、酷い匂いに思わずむせて、もう一度ゆっくりと目を閉じ、意識を集中する。
それだけで意識が規則正しい波紋のような純粋な形に変化するのが傍らのサッズには分かる。
「うん、いつも最後はそうやって俺の言う事聞いてくれるよな、お前」
サッズは小さく呟き、目前の最も年若な自分の家族の顔を覗き込んで微笑んだのだった。
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