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竜の御子達
食べ物の価値
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結局、その衣装はライカが貰う事と、お詫びとして本日只働きをする事が決まった。
「いいのよ、また改めて着てもらうから」
ライカとしてはそう言ったミリアムの「改めて」が酷く気になるが、とりあえずはそれ以上の事もなく、ほっと胸を撫で下ろす。
「で、用事は済んだのか?」
一人、挨拶だけ済ませると、座るでも口を挟むでもなくその場にいたサッズが、動き出した二人の様子を見て確認する。
「うん、ちょっとここで働かなきゃならなくなったんだ。丁度いいからサックは何か食べなよ」
「食べる?」
この女を食っても良いのか? とでも続けそうな目付きを見て、ライカが慌てて言葉を続けた。
「ここは食堂って言って食べ物を作って売ってる所なんだ」
「宿屋でもあるんですけど、そっちはお客さんが少ないから忘れられても仕方ないわよね」
「あはは、……ミリアム睨まなくても」
元々遠方からの客が少ない街である。
この店は花の見頃の一時期、花祭りと言われる頃以外はほとんど宿としては開店休業状態なのだ。
そのせいで働いているライカですら宿である事を忘れてしまうのは確かに仕方ないと言えよう。
だが、ミリアムとしては大々的に改装して宿屋にしたのにそっちが順調にいかなかったのが悔しいらしく、「うちは宿屋なのよ」という主張を時々したくなるらしかった。
「食べ物を売るのか、面白いな」
「商売って言って、知らない人同士でも色々な物を提供しあって暮らしているのが街なんだよ。お互いが損をしないようにお金で価値を決めてそれを交換して取引するんだ」
「そういえばセルヌイが、人間世界で生活するには取引出来る価値のあるものを提供出来なければならないって言ってたな」
「あんたたちなに小難しい事を言ってるの? お金を払えば大概の物が買えるんだって事が分かってれば良いのよ」
ぼそぼそ話し合いを始めた少年達に、ミリアムが聞こえてきた内容から助言をする。
「そのお金を使った事がないんだよ、サックは」
「え? お金持ってないの?」
「ああ、代わりにこれを持って行けと言われたんだが、食べ物と交換するぐらいの価値はあるのかな?」
サッズは肩から吊るしていた革製の物入れから取り出した物をテーブルに置く。
それは精緻な細工の施された銀の首飾りで、所所に紅玉や青玉が嵌め込まれていた。
それを見て、ミリアムが空気が詰まったかのような音を喉から発すると、瞬時に硬直する。
「あの女、カエルのような声を出したが、あれは何かの意味があるのか?」
声を潜める事もせずにサッズはライカにそう聞き、一方のライカもミリアムの様子に少し驚いた風に首を傾げた。
「ええっと」
彼女の驚きが何に起因するかというと、その首飾りに違いない。
それはさすがにライカにも分かった。
しかし、その首飾りは白の竜王であるセルヌイが溜め込んでいる彼のコレクションの、人間の造る文化的な品の一つなのだが、この手の物が人間世界でどういった位置にあるのかがライカにも良く分からなかったのである。
何しろ生活に必須な物ではない。
だが、確かに綺麗な物だし、硬い鉱物に細かい細工をするのは並々ならぬ力量が必要だろうという事は木工細工をする祖父を見ていれば見当が付く。
安くはないだろうが、だからといってどの位なのか? は見当も付かなかった。
せいぜい装飾小物を扱っているホルスの店の相場なら一食分ぐらいにはなるんじゃないか? と思ったりするぐらいだ。
物の価値に疎い二人が困惑している間に、ミリアムは気持ちを立て直し、背筋を伸ばしてサッズに告げる。
「いい事? 今すぐ両替屋に行って、そのお宝をお金に換えて来なさい。ああ、でもそんな事をしたらたちまち噂になるわね。どっちにしろ大金だもの、こんな若い子が持ってると知れたら誘惑に弱い人が放っておけるはずがないわ。どうしたら、あ、そうだ!」
ミリアムはなにやら一人思い悩んだ末に、続けた。
「まずお城に行って、領主様に相談すると良いわ。うん、それが一番良いと思う」
「領主様?」
「そうよ、あの方は一見ぼんやりして見えるけど、難しい事を間違えた事のない方よ。頼って大丈夫だと思う。そうしなさい」
「それで、結局これと食べ物は交換出来るのか?」
サッズはそのやり取りが全く理解出来ず、とりあえず肝心の用件を確認した。
「そうね、百年以上食べるのに困らないんじゃないかしら?」
「百年とかどうでも良いから、今食う分は?」
「と・に・か・く、価値が大きすぎてうちじゃ扱えないからお城に行ってくれる?」
サッズの物言いがあまりにも淡白なので、ミリアムの受け答えが段々冷淡になってしまう。
ライカはその冷ややかな空気を感じて、取り成すようにミリアムに向かって大きく頷いた。
「そ、そうだね、そんなに価値があるなら領主様に相談してみるよ。じゃあ仕事終わったら一緒に行こう、サ、ック」
「ああ」
ライカの焦りに疑問を感じつつも、サッズは軽く承知する。
どうやらサッズの方は、もうこの件について自分で考えるのをやめたらしかった。
「何言ってるの、すぐに行ってらっしゃい、そんなのが身近にあるなんて怖くてたまんないわよ」
「怖いって」
「価値が大きすぎる物は魔物が憑くって言って、人の欲を引き出しやすいの。魔物の誘惑に負けてあなたのお友達を襲う人が出てくるかもしれないわ」
「襲って来た奴は好きにしていいのか?」
サッズが独り言のように呟いたのを聞いて、ライカも焦る。
「そうなんだ、そういう話は始めて聞いたよ。ありがとうミリアム。じゃ、仕事は帰ってからでいいかな?」
「もう今日は良いわよ。なんか一生見れないようなお宝見せてもらったし、それでもう約束破った事は無しにしてあげます」
「ありがとう、ミリアム」
「はいはい、さあ、こんな開けっ広げな店だもの、誰が見てたかもしれないし、とにかく早く行って来なさい」
ほぼ追い出すように外へと追いやられ、ライカとサッズは彼女への挨拶もそこそこに、とりあえず言われた通りに城へと向かう事にした。
「百年か、人間はそんなに生きないんだろ? 生きてる内に食い切れんだろうに、そんなもんが欲しいものかな? 俺は今食える肉が欲しい」
「やっぱりお腹空いてたんだ。ミリアムを妙な目で眺めるのは止めてよね、サッズが我慢出来ずに襲い掛かったらどうしようかと思って怖かったんだから」
「馬鹿を言え、いくら腹が減っても女を食ったりするもんか」
「野牛とかトカゲとか襲う時に男女の区別を付けてるとは思わなかったよ」
「あれは食いもんだろ」
「人間を食べ物と認識してないって分かってとりあえず嬉しいよ」
再び首飾りが仕舞われた物入れを目に入れながら、ライカは少し考えるようにする。
「もしかすると、他の人が変な目で見ていたのはそれのせいなのかも?」
「見もしないのに知ってたとか?」
「昨夜気付かない内に誰かが見たのかもしれないし」
「どうやってだよ、人間はどんだけ訳が分からない生き物なんだ?」
「犯罪を犯す人間は獲物に敏感だって警備隊の人も言ってたし」
「なんだその警備隊ってのは」
「街を守ってる仕事をしている人達。同じ服着てるからすぐ分かるよ」
「へぇ、守ってるって事は強いのか?」
「あ、あー、強い人いるけど、喧嘩売っちゃ駄目だよ。街の人は仲間なんだから」
「どうも微妙に意味が分からん言葉が多くて困るな」
「俺の知識を写したんだからそれで分かるはずだよね?」
「知識はあるが意味が飲み込めん。仲間とか」
「友達ではないけど同じ場所で生活している相手みたいな」
「それのどこが特別なんだ?」
「だから人間は集団で生きる生き物だから、集団の仲間は生きる為に大事なんだよ」
「駄目だ、さっぱり分からん」
「まぁ理解しなくても良いから酷い事はしないでね」
「分かった」
元々の認識が違うのだから理解しろというのは無理な話だとはライカもなんとなくは分かっている。
以前あちらで他の種族の友達を作った時も全く家族に理解はされなかったのだ。
それでもライカが大事だと言うならと、その相手を受け入れてもらったのである。
(俺、色々無理させてるよなぁ)
ふとそうライカが考えてしまうと、その意識の揺れを感じてサッズがニヤリと笑って見せた。
サッズは人間の表情に慣れないせいか、笑うと少々高圧的に見えるのだが、そこに込められた意思には温かさがある。
「まあ、あんまり心配するな。俺には『使命』があるし、なんとかなるさ」
「うん、信じているよ」
「当然だろ」
自信に満ちた顔には確かに揺らぎはない。
不安はあるが信頼もまたある。
ライカもサッズの言葉を受けて、信頼の気持ちを込めて微笑んで見せたのだった。
「いいのよ、また改めて着てもらうから」
ライカとしてはそう言ったミリアムの「改めて」が酷く気になるが、とりあえずはそれ以上の事もなく、ほっと胸を撫で下ろす。
「で、用事は済んだのか?」
一人、挨拶だけ済ませると、座るでも口を挟むでもなくその場にいたサッズが、動き出した二人の様子を見て確認する。
「うん、ちょっとここで働かなきゃならなくなったんだ。丁度いいからサックは何か食べなよ」
「食べる?」
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そのせいで働いているライカですら宿である事を忘れてしまうのは確かに仕方ないと言えよう。
だが、ミリアムとしては大々的に改装して宿屋にしたのにそっちが順調にいかなかったのが悔しいらしく、「うちは宿屋なのよ」という主張を時々したくなるらしかった。
「食べ物を売るのか、面白いな」
「商売って言って、知らない人同士でも色々な物を提供しあって暮らしているのが街なんだよ。お互いが損をしないようにお金で価値を決めてそれを交換して取引するんだ」
「そういえばセルヌイが、人間世界で生活するには取引出来る価値のあるものを提供出来なければならないって言ってたな」
「あんたたちなに小難しい事を言ってるの? お金を払えば大概の物が買えるんだって事が分かってれば良いのよ」
ぼそぼそ話し合いを始めた少年達に、ミリアムが聞こえてきた内容から助言をする。
「そのお金を使った事がないんだよ、サックは」
「え? お金持ってないの?」
「ああ、代わりにこれを持って行けと言われたんだが、食べ物と交換するぐらいの価値はあるのかな?」
サッズは肩から吊るしていた革製の物入れから取り出した物をテーブルに置く。
それは精緻な細工の施された銀の首飾りで、所所に紅玉や青玉が嵌め込まれていた。
それを見て、ミリアムが空気が詰まったかのような音を喉から発すると、瞬時に硬直する。
「あの女、カエルのような声を出したが、あれは何かの意味があるのか?」
声を潜める事もせずにサッズはライカにそう聞き、一方のライカもミリアムの様子に少し驚いた風に首を傾げた。
「ええっと」
彼女の驚きが何に起因するかというと、その首飾りに違いない。
それはさすがにライカにも分かった。
しかし、その首飾りは白の竜王であるセルヌイが溜め込んでいる彼のコレクションの、人間の造る文化的な品の一つなのだが、この手の物が人間世界でどういった位置にあるのかがライカにも良く分からなかったのである。
何しろ生活に必須な物ではない。
だが、確かに綺麗な物だし、硬い鉱物に細かい細工をするのは並々ならぬ力量が必要だろうという事は木工細工をする祖父を見ていれば見当が付く。
安くはないだろうが、だからといってどの位なのか? は見当も付かなかった。
せいぜい装飾小物を扱っているホルスの店の相場なら一食分ぐらいにはなるんじゃないか? と思ったりするぐらいだ。
物の価値に疎い二人が困惑している間に、ミリアムは気持ちを立て直し、背筋を伸ばしてサッズに告げる。
「いい事? 今すぐ両替屋に行って、そのお宝をお金に換えて来なさい。ああ、でもそんな事をしたらたちまち噂になるわね。どっちにしろ大金だもの、こんな若い子が持ってると知れたら誘惑に弱い人が放っておけるはずがないわ。どうしたら、あ、そうだ!」
ミリアムはなにやら一人思い悩んだ末に、続けた。
「まずお城に行って、領主様に相談すると良いわ。うん、それが一番良いと思う」
「領主様?」
「そうよ、あの方は一見ぼんやりして見えるけど、難しい事を間違えた事のない方よ。頼って大丈夫だと思う。そうしなさい」
「それで、結局これと食べ物は交換出来るのか?」
サッズはそのやり取りが全く理解出来ず、とりあえず肝心の用件を確認した。
「そうね、百年以上食べるのに困らないんじゃないかしら?」
「百年とかどうでも良いから、今食う分は?」
「と・に・か・く、価値が大きすぎてうちじゃ扱えないからお城に行ってくれる?」
サッズの物言いがあまりにも淡白なので、ミリアムの受け答えが段々冷淡になってしまう。
ライカはその冷ややかな空気を感じて、取り成すようにミリアムに向かって大きく頷いた。
「そ、そうだね、そんなに価値があるなら領主様に相談してみるよ。じゃあ仕事終わったら一緒に行こう、サ、ック」
「ああ」
ライカの焦りに疑問を感じつつも、サッズは軽く承知する。
どうやらサッズの方は、もうこの件について自分で考えるのをやめたらしかった。
「何言ってるの、すぐに行ってらっしゃい、そんなのが身近にあるなんて怖くてたまんないわよ」
「怖いって」
「価値が大きすぎる物は魔物が憑くって言って、人の欲を引き出しやすいの。魔物の誘惑に負けてあなたのお友達を襲う人が出てくるかもしれないわ」
「襲って来た奴は好きにしていいのか?」
サッズが独り言のように呟いたのを聞いて、ライカも焦る。
「そうなんだ、そういう話は始めて聞いたよ。ありがとうミリアム。じゃ、仕事は帰ってからでいいかな?」
「もう今日は良いわよ。なんか一生見れないようなお宝見せてもらったし、それでもう約束破った事は無しにしてあげます」
「ありがとう、ミリアム」
「はいはい、さあ、こんな開けっ広げな店だもの、誰が見てたかもしれないし、とにかく早く行って来なさい」
ほぼ追い出すように外へと追いやられ、ライカとサッズは彼女への挨拶もそこそこに、とりあえず言われた通りに城へと向かう事にした。
「百年か、人間はそんなに生きないんだろ? 生きてる内に食い切れんだろうに、そんなもんが欲しいものかな? 俺は今食える肉が欲しい」
「やっぱりお腹空いてたんだ。ミリアムを妙な目で眺めるのは止めてよね、サッズが我慢出来ずに襲い掛かったらどうしようかと思って怖かったんだから」
「馬鹿を言え、いくら腹が減っても女を食ったりするもんか」
「野牛とかトカゲとか襲う時に男女の区別を付けてるとは思わなかったよ」
「あれは食いもんだろ」
「人間を食べ物と認識してないって分かってとりあえず嬉しいよ」
再び首飾りが仕舞われた物入れを目に入れながら、ライカは少し考えるようにする。
「もしかすると、他の人が変な目で見ていたのはそれのせいなのかも?」
「見もしないのに知ってたとか?」
「昨夜気付かない内に誰かが見たのかもしれないし」
「どうやってだよ、人間はどんだけ訳が分からない生き物なんだ?」
「犯罪を犯す人間は獲物に敏感だって警備隊の人も言ってたし」
「なんだその警備隊ってのは」
「街を守ってる仕事をしている人達。同じ服着てるからすぐ分かるよ」
「へぇ、守ってるって事は強いのか?」
「あ、あー、強い人いるけど、喧嘩売っちゃ駄目だよ。街の人は仲間なんだから」
「どうも微妙に意味が分からん言葉が多くて困るな」
「俺の知識を写したんだからそれで分かるはずだよね?」
「知識はあるが意味が飲み込めん。仲間とか」
「友達ではないけど同じ場所で生活している相手みたいな」
「それのどこが特別なんだ?」
「だから人間は集団で生きる生き物だから、集団の仲間は生きる為に大事なんだよ」
「駄目だ、さっぱり分からん」
「まぁ理解しなくても良いから酷い事はしないでね」
「分かった」
元々の認識が違うのだから理解しろというのは無理な話だとはライカもなんとなくは分かっている。
以前あちらで他の種族の友達を作った時も全く家族に理解はされなかったのだ。
それでもライカが大事だと言うならと、その相手を受け入れてもらったのである。
(俺、色々無理させてるよなぁ)
ふとそうライカが考えてしまうと、その意識の揺れを感じてサッズがニヤリと笑って見せた。
サッズは人間の表情に慣れないせいか、笑うと少々高圧的に見えるのだが、そこに込められた意思には温かさがある。
「まあ、あんまり心配するな。俺には『使命』があるし、なんとかなるさ」
「うん、信じているよ」
「当然だろ」
自信に満ちた顔には確かに揺らぎはない。
不安はあるが信頼もまたある。
ライカもサッズの言葉を受けて、信頼の気持ちを込めて微笑んで見せたのだった。
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