94 / 296
竜の御子達
謝罪と噂
しおりを挟む
現在の状況についてライカは色々と考えてみたのだが、結論として、新顔だから、という理由以外には思い至らず、もはや仕方ない事と割り切る事にした。
「でもさ、俺の時はこんな事はなかったと思うんだよね」
それでも何か納得出来ないものを感じてぼやく。
「あーくそ、意識を開放してるとイライラしてくるから暫く意識を閉じるからな」
「ちょ、サッズ、一人だけずるいぞ」
「ずるいも何もないだろ、お前はそもそも俺みたいには感じないんだからいいじゃないか」
そう言われてしまえば確かにその言葉は正しいので反論出来ない。
しかし、ライカとしてもこの居たたまれなさは良い気分ではなかった。
現在彼らに何が起きているかと言うと、ライカがサッズと連れ立ってミリアムの店に向かっていたら、通り掛かる人々が悉く二人を驚いたように見るのである。
サッズは前夜のいかにも異国風の目立つ衣装はやめて、ちゃんとライカの服を着せて目立たなくなっているはずであったし、それでもあえて注目を集めるのはサッズがこの街で見ない顔だからだと、納得はしたライカではあったのだが、だからといって周り全ての人にジロジロ見られるのはやはり気持ちの悪い事だった。
しかも、下手に気配に敏感な分、その視線を実際の圧力のように感じて気分が重い。
思い返してもライカがこの街に来たばかりの頃はこんな感じではなかった。
せいぜいちらりと見るぐらいで、あからさまに視線と意識を向け続ける人間などいなかったのである。
「なんかサッズ、竜っぽいんじゃないか?」
「なんだ、竜っぽいって、俺は今も昔も竜だぞ」
「いや、そうなんだけど。あ、そうだ! それだよ、その踏ん反り返った感じが通り掛かる人にも分かるから反感を生んでるじゃないか?」
「あ? 俺がいつ踏ん反り返ったよ? 情けなくもお前の言いなりにはいはい言う事を聞く年長者の鏡のような行いをしてるだろう?」
「見るからに態度がでかいだろ」
「そんな風に思うのはお前だけだね」
結局の所、注視されるばかりで話し掛けられる事はなかったので、二人は自分達の意識をその煩わしい視線から逸らす為に、わざとたわいない事を話しながらミリアムの店に辿り着いた。
時刻はもはやとうてい朝とは言えない一日の内で一番日が高くなる頃である。
当然食堂であるミリアムの店、バクサーの一枝亭は既に営業していた。
祭りの翌日は毎年客が少ないし、若い子は祭りではしゃぎすぎて疲れているだろうからと、この日ライカはお休みにしてもらっていたので、こうやってのんびり客として来ているのだ。
開店の印に戸口が仕切りなく開いている店の入り口を見ながら、ライカは大きく深呼吸する。
ミリアムの反応が予測出来ないのがちょっと怖いというのが今のライカの心境だ。
「こんにちは」
ライカは覚悟を決めたはずなのに、それでもなんとなくびくつきながら店に入り、ミリアムの姿を探す。
事前に聞いていた通り店には客が見当たらず、がらんとした店のテーブルをミリアムが拭き布で磨いていた。
ふと、声に導かれるように顔を上げた彼女は、そこにライカを見出して、きゅっと眦を吊り上げる。
「ライカ! あなた昨日!」
「うわぁ、ごめんなさい」
すかさずライカは挺身礼という、体を地面に投げ出す最高礼でもってミリアムに謝った。
はっきり言ってこの礼は地面に顔がこすれて痛いのだが、だからこその最高礼である。
「もう、そんな大げさな事して、そんな事よりちゃんと説明しなさい!」
なにやら尚更怒らせたような感じがする。
ライカは慌てて起き上がると服に付いた土を払うのもそこそこにミリアムに借りていた衣装を差し出した。
「ミリアム、これ、ありがとう」
包み布に包まれたそれを一瞥して、ミリアムは手を振ってみせる。
「それはあげたの。持って帰って」
全く取り付く島もない物言いに、ライカは真っ青になった。
「あの、やっぱり怒ってるよね?」
「そりゃあ怒ってるわよ。約束を守って貰えない事はもの凄く嫌な事なのよ。分かるでしょう? でもね、私だって耳も頭もあるんだから、何も弁明を聞かないって事はないの。大げさに謝るより、理由を説明して頂戴」
「うん」
ミリアムの言う事は尤もで、単に忘れていたライカとしては益々緊張してしまう。
(正直に言ったら怒るだろうし、嘘を言ったらもっと怒るだろうな)
どちらにしろ怒られるなら正直に言うべきだ。
祖父も言っていたではないか、女の子を相手にする時は絶対にごまかそうとしてはならない、と。
「ミリアム、実は……」
「ちょっと待って、そちらはどなた?」
ふと、厳しい表情だったミリアムの視線が流れ、訝しげなものに変わる。
その視線の先にはサッズがいた。
彼はライカの様子を興味深そうに眺めていて、それ以外の物には全く意識を向けずに茫と佇んでる。
「あ、これはサ、サックっていうんだ。小さい頃から一緒だった、じいちゃんとは違うけど俺の家族だよ」
「家族って全然似てないわよ」
「うん、血は繋がってないけどずっと一緒に育ったから」
「ああ、家族同然って事ね。……あー!」
急にミリアムが大きな声を上げて、ライカはびくりと体を引いた。
「昨日の噂の!」
「ええ? 何の噂?」
ミリアムは一人何事か納得すると、そのままずいっとサッズに近付く。
「こんにちは、ミリアムと言います」
言葉を掛けられて、そこで初めて彼女が生きている事に気付いたとでも言うように、サッズは改めてミリアムを見た。
その目には僅かに興味を浮かべている。
「ええっと、なんだったかな、混沌の末とかなんとか、ああ、面倒くさい。続柄の話は良いよな? ライカの兄だ、よろしく」
(サッズ! 笑顔!)
ライカは密かにそう指示を送ったが、それを受け取る感覚を先ほどの道中で閉じてしまっていたため、残念ながら相手には届かなかった。
ライカの心声が届かなかったサッズは、にこりともせずにミリアムの顔をじっと見る。
そして、顔をぐっと近付けた。
(う!)
目の下を擦り合せる竜式の挨拶をする気だと気付いたライカは、素早く足を引っ掛ける。
本来四本足の生き物であるサッズは、つい、自分が今二本足で立っている事を忘れていつもの感覚でバランスを取ろうとしてしまい、堪らずテーブルの下に突っ込んだ。
「ライカぁ」
「ここは向こうとは習慣が違うんだから、あっち式の挨拶は失礼だよ」
「あっち式って?」
一連の流れを呆然と見ていたミリアムが問い返す。
「ちょっと暑苦しい感じ」
「そうなんだ、なるほど、だからね」
「え?」
思いもよらないミリアムの反応に、ライカは首を傾げた。
「そういえば、昨日の噂とか」
「ええ、昨日広場で激しいラブシーンを繰り広げたカップルがいて、それがまた夢みたいに綺麗な人達だったって噂でみんな盛り上がってたの」
「へえ」
「へえ、じゃないわ、それってきっと貴方達の事よ」
「え? だって俺らカップルじゃないよ、男同士だし」
「ライカはあの衣装着てたんでしょう?」
「あ、そうか、って、ええっ?」
「やったんでしょう? その暑苦しい挨拶とやらを」
「やったけど」
ライカは昨日の出会いを思い出す。
確かに竜式の挨拶をした。
そういえば彼等の周りに人がかなりいたような覚えもある。
しかも彼等の衣装はどっちもそれなりに派手なものだった。
「きっと精霊のカップルが祭りに誘われてやってきたんだって、みんなで盛り上がったのよ」
クスクスと、ミリアムが笑う。
「うわぁ」
賑やかな二人に、サッズはさっぱり理解出来ないという顔を向けて肩を竦めた。
「あ~、サッ…ク、一人で関係ない顔してないで、教えただろ、こっち風の挨拶」
言われて、サッズは「ああ」と呟いて、ミリアムの目を正面から覗き込むと口元に笑みを浮かべる。
「改めまして、よろしく」
それはどこか皮肉気な、あまり暖かなものとは言えない笑顔と挨拶だったが、ミリアムは不意打ちを食らったように赤くなった。
改めて見るまでもなく、その少年は目前に存在するにも関わらず、まるで硬質の青い宝石が人の姿になったような、人が脳裏に思い浮かべる精霊の姿そのもののように人を魅了する容姿なのである。
まだ人生の半ばにも達していない少女にはあまりにも刺激の強い相手ではあった。
だが、彼女とて接客業のプロである。
その意地で自らを立て直したミリアムは、にこりと微笑んでその挨拶を受けた。
「こちらこそ、ライカは大事な仕事仲間でもあるし友人でもあるの。その家族同然の相手なら心から歓迎するわ」
ライカは二人のそんな様子にほっとしながらも、今後こんな気苦労をまだまだしなければならないと思うだけでぐったりと体から力が抜けるのを感じた。
「領主様、希望や望みってどうやって持つものでしたっけ?」
領主の言った暗い予感を打ち消す方法を思い浮かべながら、ライカは机に寄り掛かって口の中でぼそりと零す。
その時ふと、サッズからライカが炊き込めてやった少し尖ってはいるが気持ちがすっとする香りが漂い来た。
その空気を澄ませるような香りに、ぐったりとしていたライカの口元が微かに微笑を刻む。
気苦労も手間も、相手がいるからこそのものだ。
一人で苦労するよりは二人で苦労する方が気が楽だし家族は多い方が良い。
竜は孤独な生き物だが、竜ではないライカは、孤独が苦手だ。
(まあいいか)
ライカはそっと手の中の包みを見る。
ミリアムが彼にくれると言った人の希望が詰まった衣装がそこにあった。
ライカはそれを大事に抱え直すと、人間の少女であるミリアムにやや興味を引かれている様子のサッズに苦笑を零し、先の事はあまり心配しない事にしようと決めた。
しかし、そう考えた先から、ライカはまだミリアムに対して約束破りの説明が終わってない事に思い至って、サッズが下手を打ってミリアムの機嫌をまた損ねたりしないようにと祈るような気持ちで二人のやりとりを見守ったのだった。
「でもさ、俺の時はこんな事はなかったと思うんだよね」
それでも何か納得出来ないものを感じてぼやく。
「あーくそ、意識を開放してるとイライラしてくるから暫く意識を閉じるからな」
「ちょ、サッズ、一人だけずるいぞ」
「ずるいも何もないだろ、お前はそもそも俺みたいには感じないんだからいいじゃないか」
そう言われてしまえば確かにその言葉は正しいので反論出来ない。
しかし、ライカとしてもこの居たたまれなさは良い気分ではなかった。
現在彼らに何が起きているかと言うと、ライカがサッズと連れ立ってミリアムの店に向かっていたら、通り掛かる人々が悉く二人を驚いたように見るのである。
サッズは前夜のいかにも異国風の目立つ衣装はやめて、ちゃんとライカの服を着せて目立たなくなっているはずであったし、それでもあえて注目を集めるのはサッズがこの街で見ない顔だからだと、納得はしたライカではあったのだが、だからといって周り全ての人にジロジロ見られるのはやはり気持ちの悪い事だった。
しかも、下手に気配に敏感な分、その視線を実際の圧力のように感じて気分が重い。
思い返してもライカがこの街に来たばかりの頃はこんな感じではなかった。
せいぜいちらりと見るぐらいで、あからさまに視線と意識を向け続ける人間などいなかったのである。
「なんかサッズ、竜っぽいんじゃないか?」
「なんだ、竜っぽいって、俺は今も昔も竜だぞ」
「いや、そうなんだけど。あ、そうだ! それだよ、その踏ん反り返った感じが通り掛かる人にも分かるから反感を生んでるじゃないか?」
「あ? 俺がいつ踏ん反り返ったよ? 情けなくもお前の言いなりにはいはい言う事を聞く年長者の鏡のような行いをしてるだろう?」
「見るからに態度がでかいだろ」
「そんな風に思うのはお前だけだね」
結局の所、注視されるばかりで話し掛けられる事はなかったので、二人は自分達の意識をその煩わしい視線から逸らす為に、わざとたわいない事を話しながらミリアムの店に辿り着いた。
時刻はもはやとうてい朝とは言えない一日の内で一番日が高くなる頃である。
当然食堂であるミリアムの店、バクサーの一枝亭は既に営業していた。
祭りの翌日は毎年客が少ないし、若い子は祭りではしゃぎすぎて疲れているだろうからと、この日ライカはお休みにしてもらっていたので、こうやってのんびり客として来ているのだ。
開店の印に戸口が仕切りなく開いている店の入り口を見ながら、ライカは大きく深呼吸する。
ミリアムの反応が予測出来ないのがちょっと怖いというのが今のライカの心境だ。
「こんにちは」
ライカは覚悟を決めたはずなのに、それでもなんとなくびくつきながら店に入り、ミリアムの姿を探す。
事前に聞いていた通り店には客が見当たらず、がらんとした店のテーブルをミリアムが拭き布で磨いていた。
ふと、声に導かれるように顔を上げた彼女は、そこにライカを見出して、きゅっと眦を吊り上げる。
「ライカ! あなた昨日!」
「うわぁ、ごめんなさい」
すかさずライカは挺身礼という、体を地面に投げ出す最高礼でもってミリアムに謝った。
はっきり言ってこの礼は地面に顔がこすれて痛いのだが、だからこその最高礼である。
「もう、そんな大げさな事して、そんな事よりちゃんと説明しなさい!」
なにやら尚更怒らせたような感じがする。
ライカは慌てて起き上がると服に付いた土を払うのもそこそこにミリアムに借りていた衣装を差し出した。
「ミリアム、これ、ありがとう」
包み布に包まれたそれを一瞥して、ミリアムは手を振ってみせる。
「それはあげたの。持って帰って」
全く取り付く島もない物言いに、ライカは真っ青になった。
「あの、やっぱり怒ってるよね?」
「そりゃあ怒ってるわよ。約束を守って貰えない事はもの凄く嫌な事なのよ。分かるでしょう? でもね、私だって耳も頭もあるんだから、何も弁明を聞かないって事はないの。大げさに謝るより、理由を説明して頂戴」
「うん」
ミリアムの言う事は尤もで、単に忘れていたライカとしては益々緊張してしまう。
(正直に言ったら怒るだろうし、嘘を言ったらもっと怒るだろうな)
どちらにしろ怒られるなら正直に言うべきだ。
祖父も言っていたではないか、女の子を相手にする時は絶対にごまかそうとしてはならない、と。
「ミリアム、実は……」
「ちょっと待って、そちらはどなた?」
ふと、厳しい表情だったミリアムの視線が流れ、訝しげなものに変わる。
その視線の先にはサッズがいた。
彼はライカの様子を興味深そうに眺めていて、それ以外の物には全く意識を向けずに茫と佇んでる。
「あ、これはサ、サックっていうんだ。小さい頃から一緒だった、じいちゃんとは違うけど俺の家族だよ」
「家族って全然似てないわよ」
「うん、血は繋がってないけどずっと一緒に育ったから」
「ああ、家族同然って事ね。……あー!」
急にミリアムが大きな声を上げて、ライカはびくりと体を引いた。
「昨日の噂の!」
「ええ? 何の噂?」
ミリアムは一人何事か納得すると、そのままずいっとサッズに近付く。
「こんにちは、ミリアムと言います」
言葉を掛けられて、そこで初めて彼女が生きている事に気付いたとでも言うように、サッズは改めてミリアムを見た。
その目には僅かに興味を浮かべている。
「ええっと、なんだったかな、混沌の末とかなんとか、ああ、面倒くさい。続柄の話は良いよな? ライカの兄だ、よろしく」
(サッズ! 笑顔!)
ライカは密かにそう指示を送ったが、それを受け取る感覚を先ほどの道中で閉じてしまっていたため、残念ながら相手には届かなかった。
ライカの心声が届かなかったサッズは、にこりともせずにミリアムの顔をじっと見る。
そして、顔をぐっと近付けた。
(う!)
目の下を擦り合せる竜式の挨拶をする気だと気付いたライカは、素早く足を引っ掛ける。
本来四本足の生き物であるサッズは、つい、自分が今二本足で立っている事を忘れていつもの感覚でバランスを取ろうとしてしまい、堪らずテーブルの下に突っ込んだ。
「ライカぁ」
「ここは向こうとは習慣が違うんだから、あっち式の挨拶は失礼だよ」
「あっち式って?」
一連の流れを呆然と見ていたミリアムが問い返す。
「ちょっと暑苦しい感じ」
「そうなんだ、なるほど、だからね」
「え?」
思いもよらないミリアムの反応に、ライカは首を傾げた。
「そういえば、昨日の噂とか」
「ええ、昨日広場で激しいラブシーンを繰り広げたカップルがいて、それがまた夢みたいに綺麗な人達だったって噂でみんな盛り上がってたの」
「へえ」
「へえ、じゃないわ、それってきっと貴方達の事よ」
「え? だって俺らカップルじゃないよ、男同士だし」
「ライカはあの衣装着てたんでしょう?」
「あ、そうか、って、ええっ?」
「やったんでしょう? その暑苦しい挨拶とやらを」
「やったけど」
ライカは昨日の出会いを思い出す。
確かに竜式の挨拶をした。
そういえば彼等の周りに人がかなりいたような覚えもある。
しかも彼等の衣装はどっちもそれなりに派手なものだった。
「きっと精霊のカップルが祭りに誘われてやってきたんだって、みんなで盛り上がったのよ」
クスクスと、ミリアムが笑う。
「うわぁ」
賑やかな二人に、サッズはさっぱり理解出来ないという顔を向けて肩を竦めた。
「あ~、サッ…ク、一人で関係ない顔してないで、教えただろ、こっち風の挨拶」
言われて、サッズは「ああ」と呟いて、ミリアムの目を正面から覗き込むと口元に笑みを浮かべる。
「改めまして、よろしく」
それはどこか皮肉気な、あまり暖かなものとは言えない笑顔と挨拶だったが、ミリアムは不意打ちを食らったように赤くなった。
改めて見るまでもなく、その少年は目前に存在するにも関わらず、まるで硬質の青い宝石が人の姿になったような、人が脳裏に思い浮かべる精霊の姿そのもののように人を魅了する容姿なのである。
まだ人生の半ばにも達していない少女にはあまりにも刺激の強い相手ではあった。
だが、彼女とて接客業のプロである。
その意地で自らを立て直したミリアムは、にこりと微笑んでその挨拶を受けた。
「こちらこそ、ライカは大事な仕事仲間でもあるし友人でもあるの。その家族同然の相手なら心から歓迎するわ」
ライカは二人のそんな様子にほっとしながらも、今後こんな気苦労をまだまだしなければならないと思うだけでぐったりと体から力が抜けるのを感じた。
「領主様、希望や望みってどうやって持つものでしたっけ?」
領主の言った暗い予感を打ち消す方法を思い浮かべながら、ライカは机に寄り掛かって口の中でぼそりと零す。
その時ふと、サッズからライカが炊き込めてやった少し尖ってはいるが気持ちがすっとする香りが漂い来た。
その空気を澄ませるような香りに、ぐったりとしていたライカの口元が微かに微笑を刻む。
気苦労も手間も、相手がいるからこそのものだ。
一人で苦労するよりは二人で苦労する方が気が楽だし家族は多い方が良い。
竜は孤独な生き物だが、竜ではないライカは、孤独が苦手だ。
(まあいいか)
ライカはそっと手の中の包みを見る。
ミリアムが彼にくれると言った人の希望が詰まった衣装がそこにあった。
ライカはそれを大事に抱え直すと、人間の少女であるミリアムにやや興味を引かれている様子のサッズに苦笑を零し、先の事はあまり心配しない事にしようと決めた。
しかし、そう考えた先から、ライカはまだミリアムに対して約束破りの説明が終わってない事に思い至って、サッズが下手を打ってミリアムの機嫌をまた損ねたりしないようにと祈るような気持ちで二人のやりとりを見守ったのだった。
0
お気に入りに追加
317
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
【完結】似て非なる双子の結婚
野村にれ
恋愛
ウェーブ王国のグラーフ伯爵家のメルベールとユーリ、トスター侯爵家のキリアムとオーランド兄弟は共に双子だった。メルベールとユーリは一卵性で、キリアムとオーランドは二卵性で、兄弟という程度に似ていた。
隣り合った領地で、伯爵家と侯爵家爵位ということもあり、親同士も仲が良かった。幼い頃から、親たちはよく集まっては、双子同士が結婚すれば面白い、どちらが継いでもいいななどと、集まっては話していた。
そして、図らずも両家の願いは叶い、メルベールとキリアムは婚約をした。
ユーリもオーランドとの婚約を迫られるが、二組の双子は幸せになれるのだろうか。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる