竜の御子は平穏を望む

蒼衣翼

文字の大きさ
1 / 296
西の果ての街

祖父との再会

しおりを挟む
「ええっと、この森でいいんだよね」

 ライカは、母が持っていた古い手書きの地図を広げて見たが、上から眺めていた時と違い、森の中からではその森の位置関係が分かるはずもない。
 仕方がないので、ライカは周囲の気配を探りながら進んだ。
 目印であった猛禽に似た大岩は、今いる場所から右手にある。
 そこから少し登った先にあるきこり小屋。それが本来、母が父の父、すなわちライカの祖父と落ち合う予定だった場所だ。
 この森で動物達の気配が薄く、それでいて水場が近い場所。
 人間が住むならばそういう場所を探ればいいはずだと考え、ライカは候補を絞っていった。
 そうして、やがてそう長くない時間の後に、人の手によって切り倒された樹木の切株を発見する。

 見ればその切り口は新しく、ここ数日の間のものだろうと分かった。
 後は、その木を引き摺った痕跡を追えばいい。
 あまり先を考えない気楽さで進む内に、ライカは小さな小屋を発見した。
 小屋の前には手桶を持って草に水を撒いている年を経た人間の男がいるのが見える。
 と、次の瞬間、ライカが踏みしめる下草の僅かな音に気付いたのか、その男とライカの視線が交わった。

「ほほう!こんな所にめんこい娘さんがやってくるとはの。さてはお前さん森の娘でわしを誘惑しに来たな?」

 そのやたら元気そうなお爺さんはライカに気付くと同時にそう言葉を発し、凄い勢いで駆け寄って来た。

「誘惑されちゃってもいいぞ~~い!」

 そして元気に抱きついた。

「……」
「……」
「ち、なんだ男か」

 がっかりされて突き放され舌打ちされてしまう。

「男でごめんなさい」

 別にライカが悪い訳ではないのだが、なぜか謝ってしまっていた。
 勢いというものは恐ろしい。

(おかしい。この服は一般的な男の服装だと、エイムは言ってたはず。やっぱり人間の事なんかカケラも興味がないエイムの判断なんか当てにならなかったのかな)

 長袖のシャツに裾の長い上着、粗い目で織られたごわごわのズボン。
 厳密に地域的な事を言えば、それはこの辺りでの一般的な服装とは違ってはいたが、だからと言ってさほどおかしいものではない。
 だが、人間社会を全く知らないライカは、ちょっと見当違いな不信に眉を寄せた。

「ところで坊やみたいな子どもが、こんな所で何しておるんだ? 迷子か?」

 突発的に怪しさ爆発な行動をしたくせに、今更まともな事をそのお爺さんは聞いて来た。
 もしかしたらこのお爺さんも色々鬱憤が溜まっていたのかもしれない。
 ライカはそう好意的に解釈する事にした。
 なにしろ自分の祖父であるかもしれない相手なのだ。

「あの、実は、俺の父はラウス、母はアイリという名前で……」
「! ……もしや、お前、ライカか!」

 言葉の半ばで、お爺さんは大口を開けて叫ぶとライカを指差した。
 ライカは思わずびくりと後ずさったが、気を取り直してうなずき、

「はじめまして、おじいさん」

 にこりと微笑んでそう言った。
 その、どうやらライカの祖父らしい相手は、ううむとうなるように声を出すと、ライカを上から下まで眺め始める。

「そうか、そうか、どちらかというと母親似じゃな」

 そしてゆっくり溜息を吐くと一人うなずいた。

「ところでアイリ殿はどうした? どうやらバカ息子は妻子も親も残してとっとと逝ってしもうたようだが」
「母も、俺が小さい頃に亡くなりました」

 ライカにとっては見知らぬ相手とはいえ父への暴言に少し動揺しながら、母の死を告げる。
 母の死はライカにとってすでに記憶もぼんやりとした過去の事ではあったが、やはり少し気持ちが沈んだ。

「そうか、ダメな両親だったの、二人とも」
「いえ、父さんと母さんが死ぬような事になったのは俺のせいだったみたいだし」

 ライカは、ちくちく浴びせられる両親への非難になんとなく抗うように言葉を返す。
 その途端に、パカーンといい音がして祖父の手にあった手桶が頭にクリーンヒットした。

「痛い!」
「いかん、いかんぞ!」

 やたら元気の良い老人である。

「いいか、あやつらは自分勝手をやって死におったんじゃ、お前に生きて欲しいという理由は、結局はあやつらの身勝手な望みでしかなかった。なにしろその頃お前はまだ赤子でしゃべれなかった訳だしの。それをお前が自分の責任のように言うてはいかん。自分達の負ったはずの責任を我が子が勝手に引き受けたと、あやつらが死者の国で腹を立てるぞ」

 それは、ライカにはちょっと分からない理屈だった。
 その思いが顔に出たのだろう、祖父は更に言いつのる。

「親ってやつはいつだって子どもに望みを押し付けるもんじゃ。例えばわしがバカ息子とかわいい嫁に自分の老後の面倒を見てもらいたかったという具合にな」

 ライカの祖父はしかめっ面をしてみせた。

「じゃが、子どもには子どもの考えや生き方がある。あやつらが我が子に生きて欲しかったのも、わしがあやつらに生きていて欲しかったのも所詮は親の身勝手よ。それを子どもが背負い込む必要はないんじゃ。あやつらが自らの意思でお前を生かそうとして自分は死んでしもうた。それをわしが親として怒るのも、お前が子として誇りに思うのもわしらの勝手じゃが、その背負うた責任だけは、心を決めた本人達以外が奪ってはいかんのだよ」

 結局の所、なんだか分かるような分らないような言葉ではあったが、ライカは素直にうなずいた。
 大切な事を教えてくれているという事は分かるのだ。

「うん、ごめんなさい」

 祖父はそれを聞いて、片眉を上げてうなって見せる。
 今度はなんだろう?とライカは身構えた。

「ううむ、どうもお前はいい人に育てられたようだの、ちょっといい子過ぎるわ」

 そのままくるっと身を翻すと、祖父は小屋へと歩き去る。

「これは鍛えなおさんといかんな」

 なにやらぶつぶつと呟いているようだった。

「おじいさん?」
「ジィジィじゃ!」

 びしぃ! とまたも指を突きつけられてライカはのけぞった。

「う?え?」
「ジィジィと呼べ! なるべくかわゆくな」
「う? ジジィ?」

 パカーン!といい音がして、再び頭に手桶が振り下ろされた。
 動作がやたら素早く無駄がない。
 ライカの祖父はどうやら出来る男のようだった。

「ジィジィじゃ!」
「う……じぃじぃ?」

 ライカはちょっと涙目になりながら言葉を真似る。
 それを聞いて、いい年をしたじいさんがポッと頬を赤らめながらニヤニヤしだした。

「うむうむ、いいのぅ、孫にそう呼んでもらうのが長年の夢じゃったのよ」

 ヒッヒッヒッと怪しげな笑いを漏らす祖父を見ながら、「人間って分らない」と、いろんな意味で誤解を含んだ事を思ってしまうライカであった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...